Dr内野のおすすめ文献紹介

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ピヴラッツっていう薬、知ってますか?

2022年08月27日 | 神経
僕は知らなかった。臨床から離れるとこれだから困る。
偶然知って、あまりに驚いたので、色々調べた。

まず、どうして驚いたかというと、この薬はclazosentanだから。
SAHに発生するDCIはspasmだけが原因ではないので、spasmを予防したり治療したりしようとしても予後は改善するとは言えない、さらにはDCIを予防したり治療したりしようとしても、SAHの長期予後は改善するとは言えない。これはいろいろなレビューや研究を読めば分かることで、なので例えば以前こんなことも書いた(三部作)。
そしたらなんと、今年の4月20日から日本で販売されているじゃないですか。しかも1バイアル8万円、きっちり投与すると240万円。あまりに高いので、DPCからは外れているらしい。

調べたこと、確認したことを順番に書きます。

まず、この薬はイドルシアというスイスの会社が開発した薬。RCTを4つ(REVERSE、CONSCIOUS-1, 2, 3)やっている。このうちPhase IIIはCONSCIOUS-2と3。
CONSCIOUS-2:27カ国102施設、クリッピング術後のN=1,157。Primary outcomeで有意な効果を示せず、12週時点での神経予後は悪化する傾向があり、呼吸器、貧血、低血圧といった合併症が有意に発生。
CONSCIOUS-3:コイリング術後を対象とし、CONSCIOUS-2とほぼ同時に行われたが、CONSCIOUS-2の結果を受けてearly terminationされた。
これら4つについてのメタ解析もあり(メーカーとは関係なさそう)、「血管攣縮に関連するDINDと遅発性脳梗塞の発生を有意に減少させたが、神経学的転帰不良を改善しなかった」という当然の結果になっている。

さて、ここまでは知っていた。
10年も前の話だし、この薬は終わった薬、サローゲートマーカーの改善は予後の改善にはつながらないという典型例として認識していた。

しかし、イドルシアは諦めておらず、ターゲットを日本にしたらしい(理由は不明、少なくともCONSCIOUSは行われていない国)。国内で第三層試験まで行われ、PMDAの承認を得て、4月から販売されている。ちなみにこの研究はon-line pubでもう読める。
日本で承認される薬剤はいつもそうだが、日本の第三層試験は国際的なphase IIIではない。通常、急性脳疾患の評価は数ヶ月後のGOSやmRSで行われるものだが、この研究のprimary outcomeは"Vasospasm-related morbidity and all-cause mortality within 6 weeks post-aSAH"。ただし長期予後も報告されていて、例えばmRSは23.4% vs. 15.6%(p=0.0.48)とギリギリだが有意差が出ている。

ちなみに投与量が少し複雑で、CONSCIOUS-2は5mg/hr、CONSCIOUS-3は5と15mg/hr、日本の投与量は10mg/hr。CONSCIOUS-3のexploratory analysisで15mgだと有効そうだという結果が出て、さらに日本(と韓国)で行われた第二層で最終的に10mgで良さそうだという結果になったらしい。アメリカのICU患者の体重の平均は80-90kg、日本人は60kgくらいなので、そういう意味では妥当な数字。

日本では爆発的に売れているらしく、イドルシア本社の2022年上半期の会計報告には、「日本におけるaSAHの推定発症率に基づくと、2022年6月にはaSAH患者の約10%がPIVLAZで治療されたことになります。4月の発売以来、純売上高は1140万スイスフラン(=16億!)に達しています」と書いてある(DeepLによる和訳)。2ヶ月ちょっとでこの金額はすごいのでは。

イドルシアはアメリカも諦めておらず、REACTというのがつい最近終了し、来年早々に結果が発表されるそうだ。ちなみに投与量は15mg/hr。ただし、Phase IIIとはなっているけど、primary outcomeは"clinical deterioration due to DCI from study drug initiation up to 14 days”で、N=409とCONSCIOUS-2より随分小さい。果たしてこの結果でFDAは動くのだろうか?

以上が調べたこと。
で、思ったこと2つ。ちょっと真逆。
1:Phase IIレベルのデータで、240万円と超高価で明らかな副作用のある薬を使用するべき、とは考えないのがEBM的には普通のはず。
2:ARDSに対するproneのように、挫折せずに一所懸命研究を続けると有効性が示されて標準治療になることもあるので、こういう活動は否定できない。

さて、今回はどっちかな?
(それにしても、日本から多額のお金が海外に流れているって、どっかの宗教みたいじゃないか?)

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追記、書きました。
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