Dr内野のおすすめ文献紹介

集中治療関連の文献紹介が主な趣旨のブログ。
しかし、セミリタイアした人間の文献紹介なんて価値があるのか?

治療の中止か継続か

2013年04月18日 | ひとりごと
当直明けの疲労度は、年齢とは関連が無い。
別に、昔に比べて疲れをより強く感じるようになった、とは思わない。

はずだったのだが、
一緒に当直をした、自分よりも仮眠時間の短い若者が元気なのを見ると、ちょっと、自信が揺らぐ。
いや、結構、揺らぐ。

そんな疲れた頭で、帰り道を歩きながらボーッと考えた。

あるラインを超えて重症な患者さんは、ある一定の頻度で存在する。
ICUはそういうところだ。
神経学的な予後が期待できなかったり、
原疾患による余命が限られている状況で急性の臓器不全を発症したり、
適切な治療を行っても改善が乏しかったり。
そんな患者さんに対して、ある人は治療の継続を選択し、ある人は治療の中止を選択する。
この選択は、患者さんの病態に応じて客観的に行われるというよりも、その人の考え方によって行われることが多いように思う。

治療を継続する人は、いつも治療の継続を選択するし、ずっと継続する。
先日の集中治療医学会で、ある医師がこう言っていた。
自分は救命センターがある大学病院の近くにある二次病院に勤務している。重症患者を救命センターに搬送することもあるが、”元”重症患者が救命センターから搬送されてくることもある。”こんなにしてしまうなら、初めからしなければいいのに”と同僚が嘆いているのを聞く事は稀ではない、と。
これに類する意見に対する反論は容易であり、いつも決まっている。
良くなるかどうかは急性期には分からない、それで救われる人も少なくない、だ。
一組の患者さんとその家族が幸運を得るために、何組の患者さんと家族が望ましくない結果を受け入れなければいけないのか。
その比率はどれくらいまで許容されるのか。10対1か、100対1か。
1対1なら、ほとんどの人は許容すると判断するだろう。1000対1ならほとんどの人は許容しないだろう。その間のどこが妥当なのだろうか。

治療を中止する人は、いつも治療の中止を選択するし、すぐに中止する。
こんな研究がある。
Azoulay E, Pochard F, Garrouste-Orgeas M, et al.; Outcomerea Study Group.
Decisions to forgo life-sustaining therapy in ICU patients independently predict hospital death.
Intensive Care Med. 2003 Nov;29(11):1895-901. PMID: 14530857.

フランスの6つのICUでの前向き観察研究。1698例のICU症例のうち、17.4%に治療の差し控えが行われた。死亡についての多変量解析を行ったところ、病前の健康状態、SAPS II、慢性肝疾患、LODスコア、そして治療の差し控えの決定(オッズ比1.887)が独立した因子として残った。
治療の差し控えの判断が患者の重症度に応じて客観的に行われるなら、決定そのものが独立因子とはならないのではないか。医療者の判断そのものが患者の予後に影響する可能性は、否定できない。

BEST kidney studyという重症AKIについての観察研究がある。
その中で、1260名に腎代替療法(RRT)が行われ、そのうち161名のRRTが治療撤退を理由に中止されたが、そのうち5名(3.1%)は病院を生存退院した。また、496名はBUNが著明高値であるなど、通常はRRTが行われる状態であったが、実際にはRRTは導入されず、そのうち168名は治療撤退が理由であった。そのうち12名(7.1%)は病院を生存退院した。
どのような状態で生存退院したかは不明だが、少なくとも何割かは、医療従事者の想像を超えて改善したのだろうと想像される。ということは、治療撤退が決断され、その結果として死亡した症例の中には、治療が継続されていれば回復した症例が含まれていると想像される。
(ちなみに、上記の数字は文献にはなっておらず、今、ざっと計算したものである。)

何が正しいのかは分からない。
一般論として、どうするべきかも分からない。
ただ、症例毎に判断しなければいけないのは当然だし、その判断の理由が、自分はこう思うから、よりも、こういう根拠があるから、の方が聞いていて納得はしやすい。

治療方法の選択をするときの根拠の重要性と、治療の継続/中止の選択をするときの根拠の重要性は、同等であるはずだ。
いつも根拠に基づいて治療方法の選択をすることはできないのと同じように、いつも根拠に基づいて治療の継続/中止の選択をすることもできないが、根拠を求める努力は同様に行われなければならない。
臨床においても、研究においても。

眠い。限界。。。
コメント
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