腎陽虚症と冷えは不妊症の大敵
漢方外来を長く続けていると、不妊症のご婦人が同時に「冷え」に悩まされていることが多いのに驚かされる。その中でも、腎陽虚によるものが多い。
腎陽虚症とは?
中国漢方医学での腎病(腎陰虚、腎陽虚、腎精不足、腎気不固、腎不納気)のうちの一症候群です。人体の陰陽の根本は腎陰と腎陽であり、腎陽が不足することによる臨床症状が腎陽虚証です。
腎病の共通の症候は、
① 腰酸膝軟(腰や下肢がだるく痛む)
② 耳鳴耳聾(耳鳴りや難聴がある)
③ 尺脈沈取無力(脈診で腎の機能を示す尺脈が弱い)の3症候です。
これは西洋医学での腎炎、ネフローゼ、慢性腎不全などの症候と異なる漢方独自の症候です。
そこに、腎の性機能を主る機能の低下として、男性の
④ 陽萎(ようい)(インポテンツ)早泄(そうせつ)(早漏と同意)
⑤宮寒不孕(きゅうかんふよ)(子宮が冷える為の不妊症)が加わります。④~⑤に加え、腎病の中の腎陽虚たらしめているのが
⑥ 畏寒肢冷⑦ 面色淡白⑧口淡不渇⑨大便溏薄(溏白)(溏滑)⑩小便清長
⑪ 沈遅無力脈 或いは細脈 の7症候です。①~⑪の症候の集まり(症候群)を中国医学で腎陽虚症といいます。本稿は女性の不妊症ですから、不妊に加え、④は除きます。
一般には高齢者に多い腎陽虚症ですが、畏寒肢冷(さむがりで手足が冷たい) 精神不振(精神的に不活発である) 腰酸膝軟(腰や下肢がだるい) 尿が薄く多い 夜間頻尿と不妊症があり、消化器症状としての下痢がある場合もあります。舌質は淡で、舌苔は薄く、脈は細弱であることが多いのです。
治療原則は温補腎陽であり、腎気丸(八味地黄丸)や右気丸(うきがん)を基本に治療します。
腎気丸(じんきがん)(八味地黄丸はちみじおうがん)
腎気丸は補腎陰の六味地黄丸に附子と桂枝を加味したものです。そもそも腎陰を補う六味地黄丸に附子と桂枝を加味すると何故、補腎陽に働くという疑問があります。中国医学の治療経験によるものです。
中国医学の理論では、附子と桂枝を配合すると「少火生気」といい、温薬である二つの生薬を六味地黄丸に加えると、「気(陽気)を生む」とされています。
基礎となる六味地黄丸の組成は?
3つの補薬である補腎陰の作用の熟地黄、補肝腎の山茱萸、補脾固精の山薬
3つの瀉薬である泄腎濁防滋?の作用の澤瀉、山茱萸の対薬としての牡丹皮、健脾利水の茯苓の計6生薬からなる方剤です。六味地黄丸は中国漢方で最も有名な方剤です。古来から、①腎陰虚②陰虚発熱③小児発育不全 ④消渇病(糖尿病)に使用されてきました。
右帰丸(うきがん)
熟地黄 山茱萸 山薬 枸杞子 鹿角膠 菟?子 当帰 肉桂 杜仲 炮附子の組成です。温熱薬が主体で、腎気丸の補腎陽作用を強めたものです。枸杞子、熟地黄などの補陰剤に、鹿角膠、附子などの補陽剤を加えることによって、より強い補陽作用が得られることを中国医学は経験的に知っていました。それで、後世、中医学理論の「陰中求陽(いんちゅうきゅうよう)」の処方例とされています。ともかく、冷え、夜間頻尿、(男性の場合は)インポテンツなどに腎気丸よりも強い補腎陽効果があるとされます。当帰が配合されていることから血虚による乾燥性皮膚掻痒にも効果があります。
牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)
腎気丸の桂枝を肉桂にかえ、活血利水の牛膝(ごしつ)と滲湿止瀉の車前子(しゃぜんし)を加味したものです。 比較的年齢の高い人 下半身や手足の冷え 寒がり 腰酸膝軟 夜間頻尿 冷え症 歩くのが億劫 下肢の浮腫などがある場合に使用されます。また、腎陽虚の著しい場合の下痢傾向に対して、尿量を増やして便を硬くするという中国医学の「利小便実大便」の理論に基づいて下痢傾向を直す目的で処方されます。糖尿病性腎症によって浮腫が出現した場合などにも使用されます。婦人の不妊症に使用される場合は稀です。
実際の診療の感想
日常の臨床では、腎陽虚で冷えが強い場合には、干姜(がんきょう)吴茱萸(ごしゅゆ)烏薬(うやく)などを加えます。女性の場合、頭痛を訴える場合が多く、吴茱萸は効果があります。夜間頻尿が多い場合には男性、女性を問わず、仙霊脾(せんりんひ)仙茅(せんぼう) 益智仁(やくちにん)金桜子(きんおうし)芡実(けんじつ)などを、冷えを伴う下痢には補骨脂(ほこつし)益智仁、肉豆?(にくずく)などを加味します。とにかく、同じく冷えを訴えられていて、かつ便秘を訴えられる女性も多く、その場合には、補陽薬でも、腸を潤し便通を整える潤腸通便作用のある肉従蓉(にくじゅよう)、菟絲子(としし)、鎖陽(さよう)などを適宜配合するようにしています。一人の不妊症の女性がいれば、その女性独自の不妊症の治療があります。腎陽虚症はその一つです。
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