「修行の要点」とは、何も比較すべきものはありません。
只「死のみなり」と見て、他を見ないことです。
いくら考えても、功夫をしても、死ぬ時は死ぬより外に「道」はありません。
「仏も死に、衆生も死に、念仏を唱えればそれだけ汚れ、極楽を求めればそれだけ穢れる」のです。
とにかく人は、笑いの中に生まれ、死ぬ時は泣く中で、笑って死ぬ「覚悟」がなければなりません。
それには「平生の修行」が大事なのです。
死ぬ前ではもう間に合いません。
古来、おシャカ様を始めとした、歴代の覚者方の「死にざま」に学び、参究の一助とすべきです。
彼も人なり、我も人なり、その人に成れ、その人に成れ。