たそがれ時のつれづれに

人生のたそがれ時を迎えて折々の記を・・思うままに

病気の組織検査

2012年07月27日 | 日記

昨日は猛烈な暑さでした。木曜日の午後はどこの開業医も午後休診ですので、お昼前に皮膚科医院へ組織検査の結果を聞き、赤外線治療に行ってきました。

組織検査の結果が出ました。結果はヘルペス・帯状疱疹(たいじょうほうしん)ではありませんでした。ほっとしました。
診察室に呼び込まれて、いつもの真ん中の治療椅子に掛けようとしたら、先生の横の椅子へとナースに促され、椅子に座るとDrは、「患部を見せてください」といわれ、弾力ネットの包帯を引き下げ、3日前より大分良くなった発疹を見せると、「ああもういいね」、「そんなのはしないのがいいよ」と、包帯の下にテッシュペーパーを挟んでいたのは不要で、患部を露出せよと指示されました。

診断の結果をカルテに手書き中、「帯状疱疹ではなかったですか」とお聞きすると、「疱疹ではありません」と、血液検査の結果が印字された伝票を下さった。伝票にはいつものコメントが書いてあり、

・「検査の結果ですと帯状疱疹(たいじょうほうしん)、おびくさではないようです。今のおくすりと、電気治療を根気よく続けられますと、早くよくなると思います」と、

読みやすい達筆のボールペン書きです。いつも手書きコメントが入ります。いまどきこんな丁寧なコメントを毎度書いてくれる良医はおられません。
「やはりそうでしたか、先生の診断に間違いはないと思ってはいたのですが・・安心しました」、というと、満足そうに「ねえ!もう60年もやってるのだからね・・」と、特徴あるあごひげ顔で笑っておられました。
「ありがとうございました、安心しました」と辞去し、次に電気治療器に大腿部をかざし赤外線を当ててもらいました。前回玄関まで追っかけて来てくれた若いナースさんに「帯状疱疹ではなかったよ」、「痛みの原因は何だったのかなぁ」と話していると、
顕微鏡のシャーレに検査標本を採って見てくれたナースさんも傍へ来て「マイナスでした。(何の数値か?)、もう一つの血液検査結果は10日くらいかかります・・」、と告げられ、「そんなにかかるの・・」と聞くと、「東京まで検査に出してあるので・・」と、これもビックリです。「ヘルペス抗体を持っているか調べるため」と、ナースさんは言っていました。

コメントの「おびくさ」、これも初見です。昔はおできを「くさ」と確かに言いましたね。

そこで帰宅してネットで調べました。おびくさ、ありました。このサイトのリンクは、こちらに変わっていました。ご参考になれば。(不快な人は見ないこと)

この80歳近い老皮膚科医との出会いは30年以上前、別の皮膚科医が当時県病院の皮膚科部長のこの先生に紹介状を持たせて意見を求められたのが初診です。ここを23年間勤めて退職後開業したと話されました。

次いで退職後ひんぱんに静脈瘤治療に、そのうち紹介状を書いていただいて手術、爪白癬、円形脱毛症の治療、昨年は頭に小さなこぶが出来て切除手術、湿疹、発疹は毎度のことです。悪性黒腫は皮膚がんなので検査結果は良性でした。
ここ15年間はすっかりご厄介になっています。世間も診立てがいいと評判の先生なのです。

円形脱毛症の頃は精神病院へも通っていました。アル症治療です。
この精神病院の院長先生は、「わたしの恩師だ」と言われました。この老皮膚科医は若い頃岐大で教員か講師をしておられたようです。
いつだったか先生に横着にも、「出身はどこの大学ですか」と聞きましたら、「○○大です。(関東の地方国立大)精神病院の○○院長は知っています。岐大の頃は2年間の予定でアメリカ留学していたら、当時岐大で国際会議をやることになり、その世話で帰ってこいとの命令で、2年留学の予定が1年で帰国させられたのです」、「当時の岐大にはそんなのが二人しか居なかったのですよ」って話されました。
この問答に診察室には4~5人のナースと、治療中の患者が何人かカーテンで仕切って傍にいますが、皆ポカーンでしたね。当時アメリカへは飛行機でだったのか、船だったのか今度聞きます。

今回はまぁ、ヘルペスを疑って・・と整形外科の先生の診断も誤診とまでいえないし、両方感謝しています。痛みは止ったしね。たまに太股の付け根のリンパ節がピリッと痛むが・・。
結果的に抗ウイルス剤「バルトレックス」は不要だったかな。この薬は高値な薬で市販薬ではないと、どこかの皮膚科医院のサイトがありました。
組織検査を皮膚科でやったらヘルペスではなかったとは言わずに、この整形外科にも寛解したと、最後の診察を受けるべきだと思っています。
あきれるほどどこも悪くないといっていた亡妻が永眠後、いろんな病気をやりました。