みずけん戦記

せめてもう少しだけ、走らせてくれ。

【こんなんでも完結編】とある水野の富士登山(ヒルクライム)2【第十一話・決死の富士下山】

2011-08-27 22:36:31 | その他スポーツ

 近年、富士山から拝む日の出、「ご来光」を富士山頂以外から拝もうという流れがあるとか。

 それというのも、とにかく特に日曜のご来光の時間は山頂が混むのである。

 一方、少なくとも俺が今回登った吉田口からの登山道は、富士山の東に面しているため、八合目まで来てしまえば、雲の上だし観られる条件も、景色もほとんど変わらない(らしい)。なので、敢えてリスクを犯して暗い夜道を登るより、山小屋でご来光を見てから山頂に行った方が快適であると。

 事実、山頂はやたらと混んでいた。

 俺が行った時は、天気は決して良くはなく、それでも冬の格好をした登山者達が食い入るように東の空の彼方を眺める中。

 やがて、雲海からオレンジ色の光の塊が姿を現した。

 どこかの都心の朝のラッシュアワーかと思うような群衆がどよめき、一斉に写真を撮る。

 そのうち、誰かの掛け声でバンザイ三唱が始まり、何だか自分も含め、群集が一体となったような気がした。

 

 で。

 女性ガイドに率いられたお鉢巡り組と別に、自分はネパール人のガイドに先導される組に加わり、先に荷物を預けた本八合目トモエ館に戻ることになった。

 ガイドに引率された先の下山路。それは他の登山者の方々にはそれは爽快な眺めに見えただろうが、俺にとってはそれはまるで断崖絶壁のように見えた…

 

 とにかく、左の膝裏が痛い。

 まともに前を向いて下りようとすると既に痛くて厳しかったため、後ろ向きで下りたり横向きで下りたりしていたのだが、トモエ館に戻る時にはもう限界を超えてる感じで、ネパール人のガイドさんに一応話はしたが、痛み止めの類はないとのこと。

 くっそー、これから五合目までこの調子の下りが続いていくということは、俺かなりのピンチかも…

 トモエ館にてしばし休憩し、お鉢巡り組も合流し、さー下山だとみんなウキウキ気分なのだが、俺だけはかなり厳しい状況となっていた。

 もう、後ろ向き歩きでも痛みが出てきたため、頼みの綱の二本のストックを松葉杖のように使いながらヘコヘコと下山道を歩く。

 ヘコヘコやっているが故に、もうあっという間に一団から取り残される俺。

 しかし、そこで、女性ガイドが心配して俺について下さった。もちろん、彼女は一番後ろの登山者を確実に案内するという仕事でやっているに過ぎない訳だが。

 それでも、膝に爆弾を抱えていながら、サポーターの一つも持っていない俺に、ガイドさんは色々手を尽くして下さった。

 まず膝が痛いときの対処法として、手ぬぐいを膝に巻きつけ強く縛ることである程度固定するというやり方。

 後は、膝のお皿を中心にひし形状にテーピングをして、膝を固定しぐらつきを防ぐ→痛みを和らげるという処置もしてもらった。

 その甲斐があってか、亀の歩みながらも、順調に俺はガイドさんと共に、ちまちま休憩を挟みつつ、どうにかこうにかつづら折の下山路を七合目までやってきた。

 七合目以下は、それ程急な下りではない上に、結構高いが馬に乗って五合目まで連れて行ってもらえるサービスがあるらしい。

 ガイドさんは俺にその馬を提案して下さったが、ここまできたら自分の脚で下りたいと思い、無理を行って徒歩での下山を続行。

 やがて、登山路との合流地点を過ぎ、六合目の施設を過ぎ、その先にある馬車もキャンセルし、ヘコヘコながら結局俺は五合目まで歩いてしまった。

 

 それは結局ガイドさんにとっては迷惑だったのかも知れないが…

 

 ともあれ、無事に下山できた俺は、ガイドさんに丁重にお礼を言い、五合目の施設で名物吉田うどんをチュルっと頂き、ほっと一息ついて。

 ツアーバスは、この後河口湖畔のあかり亭という所に行き、昨日今日とかきまくった汗を流し(山小屋は当然の如く風呂なんてないからね)、そこで俺は名物ほうとうをチュルっと頂き(アレこういうシーンさっき無かった?)、後はバスに揺られて地元まで帰還と…

 いうところで帰り道がまさかの超渋滞で、結局家についたのが夜中23時ごろだったという…最後の最後まで大変ではあったが、ともあれ無事っちゃあ無事に富士の(不)完全登山はここに幕を閉じたのであった。

 

 ここで予告。

 実は、来週日曜が某資格試験の受験日であり、もし更新できるとしても日曜夜にちびっとだけになりそうなのだが、その辺平にご容赦を。


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