8月6日夜、富士山の斜面に建てられた山小屋、本八合目トモエ館。
その中の寝床、といっても部屋にビッシリ寝袋が並べられただけのシンプルな空間だが、そこで俺は夕食後悶々としていた。
ここまで登っている時は不思議と感じなかったのだが、横になって普通に呼吸をしているだけなのに、無性に息苦しい。
そう、ここは既に標高3,400m。酸素濃度としては平地よりは遥かに低く、俺自身は全く未体験の高度に到達していたのだ。
ただでさえ、お世辞にもユッタリとは言えない空間(それでも、昔は頭を互い違いにして寝るという、極限までの詰め込みをやっていたらしく、それと比べれば大分ましらしいが)の中、心理的にも息苦しい環境に参りそうになったが、そんな時こそ…
「オーツースタイル!」ぴしゃしゃしゃーん!!!<効果音
ということで、先の富士登山講座の時に小日向先生から教わった小型携帯酸素ボンベを取り出したドラ…ではなく俺。
何でも、従来からある大型の酸素缶、あの噴射口にカップがついていて口で吸うやつ、ああいうのは何回か呼吸するうちに自分の呼気で酸素濃度が薄くなり、効果が薄れる場合があるとか。
一方、こちらはそういう酸素缶よりも濃度が高く(99.5%)、小さい噴射口を使って鼻から吸うことにより高い効果が得られるんだとか。
ということで、実はこれが生涯初酸素缶だったのだが、ブシュっと出てくるガスを鼻から何度か吸うと、何だかハイな気分もとい息苦しさが和らいだ。
いやあ正直助かるわぁ…
てな訳で、幾分気分が落ち着いた俺は、一旦寝袋にて仮眠。
しかし、その仮眠も束の間、8月7日になって間もない午前1時過ぎ、再び起床しスタンバイ。
ここから先、てっぺんまでの登山道は日の出の時間に向けてかなり混むらしく、女性ガイドさんがその先手を取って早めに出ようと夕食時に通達。
一旦は天候悪化により様子見となったが、満を持して1時半に山小屋を出発し、てっぺんでご来光を拝むため夜の頂上アタックをすることになった。
つうか、出発しようと思った矢先、山小屋前から大渋滞。(ちなみに補足しとくと、構造上山小屋前のスペースも登山ルートになっており避けて通ることはできないため、山小屋の前も混むのである)
そして外に出て、ヘッドライトをつけて準備運動をする時も、既に山頂に向けて白く光る点が九十九折の登山路に沿って続き、さながら白い登り龍のようにてっぺんまで繋がっていた。
こ、こりゃすげえ…
圧倒されつつも、夜間工事のガードマンが持つような赤く光る棒を手にしたガイドさんを先頭に、一行イザ出発。
よせばいいのに、成り行き上またも列後尾の方で登る俺。
しかし、本八合目トモエ館は荷物を一時的に預かってもらえるため、軽量化した俺は昼よりは楽に登ることができた。
楽とは言え、前述の通り標高は3,000mを裕に超え、真夜中で視界の悪い登山路、それも九合目からは一旦岩場となり、もうサルの如く手もフル活用して必死に登り続ける。
そんな俺を尻目に、シンガリを務めるネパール人のガイド氏は、こともあろうに鼻歌交じりでその岩場を、器用にダブルストックを使いながらヒョイヒョイ登っていくのよ…
まあ、世界最高峰を擁し、富士山以上の標高の場所など幾らでもありそうな国の出身だから、富士山など朝飯前なのかも知れないわな。正直羨ましい限りだが…
登山路は続き、大渋滞の道を休み休まされ登るツアー一行。途中、ビバークというのか、ご来光待ちなのか、登山路脇にうずくまって待機する登山者がいたり、或いは訓練中なのか、自衛隊の方々がいたりする。
ふと、下を見下ろすとそこにはくねくねと、ひしめきあう登山者のヘッドライトが白い光の川を成す。
もし、外国人がこの光景を写真かなんかで観たら、「日本にはフジサンという山に夜通し登る『儀式』がある」と、そう思うんじゃないか。
そう、これは正に、日常ならざる風景。なぜか心躍らされる、不思議な「儀式」がここでは夏の間、毎夜の如く執り行われているのだ。
やがて、一行の儀式はピークを迎える。
吉田口から登りつめる山頂エリアの入り口を示す鳥居が見えてきたのだ。
遂にてっぺんか…
鳥居をくぐると、そこはまるで大晦日夜の神社のように、厚着をした人が狭い通路にひしめき合っていた。
一行は売店を一旦通過し、その奥の通路の広がった所で集合。
そこでまずはここまで来た労をねぎらいつつ、ガイドさんが「お鉢巡り」をするメンバーの確認をしてきた。
ここまで何度か「てっぺん」「山頂」という表現をしてきたが、正確にはまだ山頂ではない。
所謂3,776mの富士山の最高地点たる剣が峰は、俺が登ってきた吉田口から到達するには、この山頂エリアたる「お鉢」、富士のてっぺんの平らな場所のことだが、ここをぐるっと数十分程度歩いて回り込まないと到達できない。
今回俺が参加したツアーは、ハナっからこのお鉢巡りを念頭に入れており、それゆえガイドさんも早めの出発を決断していた訳だ。
俺は、もちろんその最高地点を目指すために当ツアーに参加し、ここまで来た。
目指すつもりだったのだが…
俺は、ガイドさんの問いかけに笑顔で「やめときます」と答えた。
理由は、俺が一番良く分かっていた。
もうとっくに膝が限界だったのだよ!!!(号泣)
次回、例によって感動とは程遠いgdgdの最終回。あまりにひどい展開に読者のみんなも悶絶必死だ!