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一箱古本市専門店《吉田屋遠古堂》主人のぐうたらな日々。。。。

私的歌舞伎論 勢い余って三夜連続  第一夜

2005-01-05 21:30:08 | 歴史/民俗/伝統芸能
 歌舞伎は伝統を重んじる。伝統の上に成り立っている芸であるから当然のことである。慶長8年(1603年)に出雲の阿国が京都で歌舞伎踊を初めてから、四百年にわたる伝統が息づいている。しかしながら、それはいわゆる形式美を伝えるという事と等価ではない。
 時代を無視して、ひたすら伝承されるだけのものであれば、とっくの昔に風化しているはずである。あるいは地域に根ざした伝統芸能の枠を越えられず、たとえば檜枝岐歌舞伎や黒森歌舞伎、黒川能、大江戸助六太鼓のように、保存会によって命脈を長らえるものになっていたであろう。あるいは能のように大衆文化を離れ、芸術の高みに祭り上げられていたかもしれない。

 歌舞伎には時代を映す柔軟性が備わっている。意外と思われるかもしれないが、歌舞伎の古典には明治時代にかかれたものも少なくない。茨木しかり鏡獅子(春興鏡獅子)しかり、極付伴随院長兵衛しかり。壺坂霊現記だって浄瑠璃から移されたものだが、歌舞伎としては明治期のものである。これらは激動の時代に、江戸時代の香りを残しながら、明治の気風を吹き込んでの新作である。あたかも時代そのものが回り舞台であるかのごとく浮かれ進んでいくときに、優れた作家が成した芝居が、たとえば九代目市川団十郎や五代目尾上菊五郎といった秀でた役者を得て、古典として残ったのである。

 歌舞伎にはシェークスピアなどと違って、「その役を演じるところの役者」を見に行くものであるという特殊性がある。それゆえ、同じ演目でも演者が入れ替わったりする事も珍しくない。歌舞伎では、それがどんな芝居か、上手いか下手か、などが問題になるのではなく、贔屓の役者がどんな役を演じるかが一番の関心事である。三人吉三を見るとき、お坊吉三ではなくお坊吉三を演じる市川団十郎を、お嬢吉三ではなくお嬢吉三を演じる板東玉三郎を我々は見に行くのである。

 それゆえ、歌舞伎においては古典というものは時代と話と役者の三拍子が揃って初めて生まれるものなのであろう。これから先、いったいどんな古典が生まれるのかはわからない。ただ、我々の時代にはまだ生まれていない事だけは確かである。時代の速度が速すぎて、人々は回り舞台にしがみつくのがやっとなのだから。それは歌舞伎役者とて例外ではない。

 そんな中で、市川海老蔵は不器用で稚拙ではあったが、紛れもない歌舞伎役者である。あるいは不器用故にしっかりと舞台をつかみ馬鹿になって立ち上がれるのは、結局何をやっても歌舞伎しかできない、彼のような役者なのかもしれない。