とめどもないことをつらつらと

日々の雑感などを書いて行こうと思います。
草稿に近く、人に読まれる事を前提としていません。
引用OKす。

仕事のモラル

2016-03-21 00:13:53 | 国内社会批判
ケンカの流儀 佐藤優 P30 西村検事の言葉より

「仕事は与えられた条件の範囲でやればいいんだよ。結果が出なくても、自分や家族の生活をたいせつにすればいいんだよ。それが官僚なんだ。僕もあなたを反面教師としてやりすぎないようにしているんだ。」


ということで、上記の文章を引用させて頂いたが、上記だけ見れば、あたかも一般的にはお役所仕事の代弁のように、あるいは仕事への熱中で、人生における、自分がかけるべき重心が、家庭か仕事かのどちらかと言う形の上において、仕事に重きを置きすぎたが故の弊害についての注意をしているようにも思われる。

ただ、これは私から補足を行うと、「やりすぎないように」としているのは、モラルの面である。
検察が取り調べを進めるにしても、罪ありき、悪ありきの結論ありきで進めるというのは実態にそぐわない。出世や仕事の完成度のために、決定事実を先行させ、発生事実をおろそかにし、そして本当の意味での仕事を為すことに大して注意を払わない、仕事を成功させる為には、悪いことだって厭わない、そういった仕事上のモラルを超えたことをすることに注意をしているのである。

さて、このモラルであるが、発生事実に対する正義の断罪や、あるいは革新的利益の獲得に伴う勝利や成功に適用できるが、それでは労働環境への適用はどうなるだろうか? 

上記のモラルというのは、社会的道徳規範の線のことである。
これは労働に当てはまりずらい。モラルとは、社会集団の共通線のことであり、他人に迷惑をかけない、という点において発揮されるものであり、個人犠牲、とりわけ自己犠牲には適用されない。
例えば、組織に忠誠を誓って過労死した人間がいても、労働上のモラルは適用されない。他人が絡む事案、例えば、不十分な引継ぎ体制の中、他人に多大な労務を押し付けるのはモラル違反である。

それでは、過労を引き起こしうる労働条件下において労働をしなければならない場合は・・・? 
答えはYes。そういったことは枠組みを決めている管理側の不手際で、こちら側はその尻拭いをする立場ではない。
コメント
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