先日、駐車場からでてゆくと
3m先に男性が立っていて
いきなり帽子を脱いで、胸で十字を切り
「神のご加護がありますように」と祈ってくださった。
「どうもありがとうございます」と
深々とお辞儀をして別れました。
私は、嬉しくて、良い一日を過ごしました。
ついつい、言ってあげたい優しい言葉を
恥ずかしがったり、変な奴という評価をおそれて、言いそびれます。
我欲のない、まっすぐな気持ちは、つきぬけて、届くものかと驚きました。
先日、駐車場からでてゆくと
3m先に男性が立っていて
いきなり帽子を脱いで、胸で十字を切り
「神のご加護がありますように」と祈ってくださった。
「どうもありがとうございます」と
深々とお辞儀をして別れました。
私は、嬉しくて、良い一日を過ごしました。
ついつい、言ってあげたい優しい言葉を
恥ずかしがったり、変な奴という評価をおそれて、言いそびれます。
我欲のない、まっすぐな気持ちは、つきぬけて、届くものかと驚きました。
ときどき、言葉で表現できない感情を
もどかしく感じるのは、
言葉を利用し始めた人類の脳が、
本能の脳についてゆけていないらしい。
機能的磁気共鳴映像法(fMRI)によって脳の反応を調べた結果、
怒鳴り声に対して脳はきわめて敏感に反応し、
内容がまったく被験者に関係なくても、
あるいは無視しようと努力しても無視できない、
という研究結果が2005年に『ネイチャー・ニューロサイエンス』誌のオンライン版に発表された。
脳が自分に向けられた怒りと他人の恐怖の声を聴いたとき
平常心で居られないのは、サルだった昔から
どちらも生命の危機を予感させるからで
脳は、たくさんの情報の中から、それらを最優先させるらしい。
気にしないでおこうと思えば思うほど、気になる。
不安はどんどん広がる。
興奮している時に言語は無力だ。
本能に理性が追いつかない。
もしも、何か切り替えるものがあるのか?と聴かれると
矢沢栄吉のいう、純粋な「魂」かもしれない。
一人で解決がつかなければ、神仏に守っていただいてもよい
その絶対的存在を体感できない人には
初対面であっても、隣にいる人が頼りだから
つまり、あなただったり、私がそこに居ることが大切ということ。