朝霧 (創元推理文庫) 価格:¥ 588(税込) 発売日:2004-04-09 |
円紫さんシリーズ最後となる連作短編集。
卒業、就職、そして新たな出逢い。日常のほんの些細な描写の積み重ねから、日々の心の動きや様々な日常の謎を見つめ、見出し、答えを見つけていく。博学な文学知識もあくまでそれら日常の中の断片に過ぎない。特に、今回多く取り上げられた俳句や和歌はそうした日常の狭間に在る詩の世界である。
「山眠る」は《私》の大学卒業を描いた作品だが、日常の中からわずかにはみ出した哀しみが切なく響くものだった。透き通る刃が斬るような、心へ伝わる想いがある。シリーズを通しても最も印象深い短編だ。
「走り来るもの」はリドル・ストーリーを扱ったもの。先日、『どちらかが彼女を殺した』を読んだ際にWikiを見て『女か虎か』の素筋は知っていた。それを下敷きに作られた短編を鮮やかに解き明かす様は見事。
表題作「朝霧」は祖父の残した暗号の解読自体はとりとめないものだが、そこに描かれた恋の予感がシリーズの幕を閉じるに相応しい内容となっている。
”日常の謎”というミステリの新たな世界を切り開きつつ、《私》の青春記であり、縦横無尽に語られる文学への愛があり、落語という演芸の魅力が大いに語られ、落語家円紫というキャラクターを描き出した、そんなシリーズ。それでいて、緩やかで叙情的な雰囲気があり、些細な断片の積み重ねで少しずつ感情を浮かび上がられる巧妙な技が冴えに冴え、独特の味わいを生み出している。
《私》の造型を始め気になる点は残るものの、それでも心に深く残るシリーズだった。ぬるさも含めた暖かさがこの世界の素晴らしさだったことは間違いないだろう。それもまた現実の確かな一部なのだし。
これまでに読んだ北村薫の本の感想。(☆は評価/最大☆10個)
『空飛ぶ馬』(☆☆☆☆☆)
『夜の蝉』(☆☆☆☆☆)
『秋の花』(☆☆☆☆☆☆)
『六の宮の姫君』(☆☆☆☆☆)
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