![]() | ある男 価格:¥ 1,680(税込) 発売日:2012-09-27 |
明治初期を舞台とした短編集。直木賞受賞作『漂砂のうたう』とほぼ同じ時代であり、御一新の変革が様々に影響を及ぼす中で生きる人々を描いている。
木内昇には、『浮世女房洒落日記』や『笑い三年、泣き三月。』といった庶民情緒やユーモアに彩られた作品もあるが、本書ではそういう彩りはほとんど見られない。歴史もので悲劇を書くのはそう難しいことではない。読み始めた当初は、物足りない感じだったが、読み進めるうちに凄味が増して引き込まれた。
7編の短編はほぼ雑誌掲載順だが、後半の4編は主人公を固有名詞ではなくただ「男」としている。それによって、前半3編にない抉り出すような感触が際立つようになった。
「?」
南部の炭鉱夫(金工)が東京で井上馨に直談判をする話。印象としては、切れ味に欠け、凡庸。
「喰違坂」
東京警視庁発足直後、岩倉具視襲撃事件を担当する権小警視の「男」が主人公。展開やラストは悪くない。ただ「男」の変化がもう少し上手く描かれていればと思う。
「一両札」
贋物細工の老人が贋金造りを頼まれる話。本質を見据えない若者像は上手く描いてはいたがありがちでもある。過去の想い出も良い話に傾き過ぎているように感じた。
「女の面」
飛騨の地役人の「男」が主人公。時代の変化に適応できずに翻弄されている様はさほど見るべきものはないが、その妻の存在がユニーク。もう少し話に膨らみがあればとも思う。
「猿芝居」
兵庫県吏の「男」が主人公。ノルマントン号事件を題材にしている。それまで人々の生活を支えてきた慣習や道理と、御一新後に西洋からコピーされた新たな理念の狭間で葛藤するという構図は定番と言っていいだろうが、最も色濃くそれが前面に表れた作品。
「道理」
京都見廻組にいた「男」が会津で塾を営んでいる。しかし、県令が代わり、圧政を布くと、民衆がそれに反発し始める。過去の経験から憎しみによる戦いは避けるべきだと語る「男」だが……。
男の道理は確かに深いものがある。しかし、世は道理によって成り立っているわけではない。憎しみの連鎖や流血は哀しいことだが、時代を作るにはそれが必要とされることもある。それでもなお、理想に生きようというのは戦いに身を投じることよりも苛酷かもしれない。それを見事に描いた作品。
「フレーヘードル」
岡山の中農の「男」が主人公。傑出した知力があるがゆえに、それを隠さねばならず、自らの才を埋もれさせて生きようとしていた。しかし、同じような知性の持ち主と知り合い、国会開設や憲法の案を作ることにのめり込んでいく。
姑の存在が利いている。ラストの落ちも見事。ある意味当然の落ちとも言えるが、秀逸だった。この1編を読むだけでも価値がある。
時代物は現代の視線で裁きがちだが、木内作品はその陥穽から逃れている。時代の空気を巧みに描き、短編でも十分にらしさを表現している。
木内作品には先にも触れたように洒脱な作風のものもあり、そちらの方が好みではあるが、読み応えのある短編を久しぶりに堪能できたことは確かだ。