AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

腰部神経根症に対する大腰筋刺針と坐骨神経刺針 ver.1.3

2020-10-11 | 腰下肢症状

本タイトルは2006年6月23日に投稿したものだが、現時点の常識に合わせ、少々改変して報告する。

1.腰部神経根症の概念
臨床的にはL5S1L4(多い順)神経根の圧迫により下肢の痛みや知覚鈍麻を起こしている病態。神経根圧迫の原因としては20~40才では腰椎椎間板ヘルニア(線維輪の膨張や髄核脱出)によるものが多い。高齢者では変形性脊椎症(骨棘による神経根圧迫)によるものもある。

2.診断
L5やS1の神経根症であればSLRテストで60度以内で、疼痛は下肢に放散する。L4の神経根症の頻度は非常に少ないが大腿神経伸展テストで大腿部に痛み放散する。ほかにデルマトームに従った知覚鈍麻が出現。

3.病態生理
坐骨神経は混合性神経である。この神経が腰部や殿部のヘルニアや筋により圧迫され、神経絞扼障害を起こすと考えられていた。しかし運動神経は下行性で、知覚神経は上行性なので、腰殿部で坐骨神経の知覚成分を圧迫しても下肢には痛み症状は出現しない。ゆえに坐骨神経痛症状を呈しているのは、運動線維成分が下肢の運動支配筋 (前脛骨筋、長短腓骨筋、下腿三頭筋など)を緊張させ、それぞれの筋が二次的に筋膜症を生ずるとみなされているようになった。これがMPSの考え方になる。
ゆえに腰殿部筋のコリを緩めることが本質的な価値をもつ治療へと見方が変化した。


4.鍼灸治療
基本的には下記の1)または2)の施術が効果あって無駄がない。1)は腰痛+臀痛+下肢痛の場合で、2)は腰痛ななく、臀痛+下肢痛の場合である。

1)大腰筋・腰仙筋膜刺針
L5やS1の神経根症の症状は坐骨神経痛が出現する。坐骨神経痛は仙骨神経叢(L4~S3前枝)の主要枝であるから、L4やL5の神経根部に刺針することは、高い技術が必要だが理論上は可能である。このような神経根刺針は、直後の治療効果は別として症状改善に寄与するかは疑わしい。腰部筋で坐骨神経の近傍にあるのが大腰筋と腰仙筋膜で、これらに対する刺針(シムス肢位にて行う外志室深刺)により症状部に一致した響きが得られれば、効果大になる。大腰筋に入れるか、腰仙筋膜に入れるかは、術者はコントロールできないが、効果の違いはさほどないと思っている。

※上図で、腰方形筋と大腰筋の接触部あたりに閉鎖神経と大腿神経が描かれている。この2つは腰神経叢の主要枝で、閉鎖神経は大腿内側の皮膚と筋を知覚・運動支配し、大腿神経は大腿外側~中央の皮膚と筋を知覚・運動支配している。すなわち大腿の外・前・内側の症状は外大腸兪の深刺で改善することがあることを示している。閉鎖神経痛と大腿神経痛は同時に起こることもある。

2)梨状筋刺針
殿部の最大圧痛点である坐骨神経ブロック点(中国の環跳穴)への置針、それに下肢症状部への置針(パルス鍼でもよい)で10~20分間を行う。すると数日間は良好な状態に保てることが多く、この効果を持続する目的で下肢症状部への自宅施灸を行わせる。
坐骨神経ブロック点刺針:側腹位(シムズ肢位)で実施することが重要。上後腸骨棘と大転子を結んた中点から、3㎝直角に下した点を刺入点とする。2.5寸#5~#8の針で直刺、電撃様針響を下肢に与える。



あえて少しずらして坐骨神経傍の梨状筋に刺針することで電撃様針響をあたえない方法もあって、両者間には治療効果の差はない。しかしながら、響きに過敏な者では電撃様針響は受け入れられない一方、電撃様針響を与えないと鍼灸師の技術が低いとする思い込みの患者もいるので、患者の好みの問題だといえる。


5.患者指導
神経根症は安静が非常に重要である。安静にすることで、次の効果が生まれる。

①局所の炎症が治まることで浮腫も消退して、神経圧迫の程度が軽減する。
②長期的には自ら神経根部の神経が位置を変化させることで、神経圧迫の度合も軽くなる。
③白血球がヘルニアを貪食する。

3週間の安静でもあまり改善しない場合、手術も考慮するが、実際に手術に至る例は100例中数例にとどまる。
腰椎神経根症では、下肢の知覚鈍麻を訴える例も多いが、知覚鈍麻に特化した治療というものはなく、痛みを軽減することで次第に知覚鈍麻も軽くなることを期待する。ただし痛みよりも知覚鈍麻は治しにくい。