AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

ベル麻痺に下耳痕置針 ver.1.1

2023-03-13 | 頭顔面症状

 1.ベル麻痺の病態と症状

ベル麻痺とは特発性末梢性顔面表情筋麻痺のことをいう。原因不明だが、顔面神経管の末端や茎乳突孔付近の浮腫による、顔面神経圧迫が想定されている。

2.ベル麻痺の症状と鑑別

突発的で急激に発症し、顔面麻痺中で最も高頻度。片側の顔面表情筋の麻痺。

・額のシワ寄せ可能→中枢性顔面麻痺(片麻痺など)
・顔面麻痺発症の数日前に顔面痛あり外耳道に水疱→ハント症候群
・両側性の顔面麻痺→ギランバレー症候群

    ※ギランバレー症候群の症状語呂:「獅子両面の手袋買いに」   
 獅子(四肢運動麻痺)両面(両側性顔面麻痺)の手袋(手袋足袋型の知覚麻痺)買いに(蛋白細胞解離)
 四肢の運動麻痺(脱力)、両側顔面神経麻痺、手袋足袋型の知覚障害、蛋白細胞解離

3.ベル麻痺の経過と予後

真性のベル麻痺であれば3週間以内に回復が始り、約7~8割は自然治癒するとされている。治癒率を下げている原因は、ハント症候群である。ベル麻痺と診断された中は、隠れハント症候群(疱疹がない「無疱疹性帯状疱疹」)が含まれているらしい。ベル麻痺の2割程度は完治しないのに対し、ハント症候群では3~4割完治しない。

ベル麻痺の発病当初は、副腎皮質ホルモンの毎日の点滴、場合により毎日の星状神経節ブロック。期間が経つにつれ、間隔をあけていく。

  


4.ベル麻痺の針灸治療

麻痺筋のモーターポイントもしくは顔面上の顔面神経走行部に刺針し、10~20分間のパルス通電するという方法が最もよく行われている。非鍼灸治療群と比較しての有効性は証明されていないが、施術者・患者とも効いているという実感はある。
もしベル麻痺発症して1週間後から鍼灸治療を開始するならば、発病後8割は3週間以内に改善が始まるということなので、単なる自然治癒を鍼灸治療のお手柄だと誤認することにもなるだろう。鍼灸治療家としては有難いことである。


顔面神経は、茎乳突孔(翳風)から頭蓋外に出て、耳垂の深部(下耳痕)を通過してから、いくつかの分枝に分かれ、それぞれ顔面表情筋モーターポイントまで走行しているので、私は耳垂からいくつかある麻痺筋を直線で結び、その線上の要点を治療点として選ぶようにする。

ベル麻痺のパルス通電治療で筋を攣縮させる治療そして無理な顔面表情筋の訓練は、一部の医師から批判されている。治癒過程で共同運動を促進させることが、分離運動を不能にするという指摘からである。この立場からは軽いマッサージや温熱治療を推奨している。一方別の医師は、多少の共同運動が出現することはやむを得ないという見解をしている。パルスによる筋の単収縮が、パルス周波数に追従できないほど速くすること(たとえば100ヘルツ)で行えば、パルスの副作用を防止するとの見解もある。いろいろな意見があるので困る。

必須治療は下耳痕穴パルスである。ここは顔面神経が枝分かれする手前なので、針の深度角度の調整により、顔面のどの麻痺筋をも攣縮させることが可能である。翳風も同じことがいえそうだが、翳風から顔面神経に当てるのは技術的に難しく、無理に行うと患者に強い痛みを与えがちになるので使うことは難しい。



※下耳痕穴の刺針深度と2つの用途

耳垂が頬部と付着している線の中央にとる。本穴は浅層に顔面神経が通り、深層には鼓室神経が通っている。したがって顔面神経麻痺の治療に際しては、1~2㎝刺入。パルス機のコードを針につなぎ、電流を流しながら刺針転向法を行い、目的とする顔面筋に攣縮を与える位置を探す。針先が顔面神経に当たっていることを確認できたら、パルスのスイッチを切り、10~20分間置鍼する(通電しない)。
難聴耳鳴の際には、下耳痕から2~3㎝深刺して鼓神経に命中させる。きちんと命中できれば鼓膜や鼓室に響きが得られる。その後、パルスはせず、30~40分程度置針する。