AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

「秘法一本鍼伝書」⑥<上肢内側痛の鍼>の現代鍼灸からの検討 

2018-08-21 | 肩関節痛

1.「秘法一本鍼伝書」上肢内側痛の鍼(肩貞)

1)取穴法
後腋窩紋頭の内上方約2寸を下からナデ上げると、内上方から外下方にむかって太い筋肉が指に触れることができる。この筋の下縁に指頭を突っ込むように強圧すると有感的に響く処がある。本穴はここに取る。いわゆる肩貞穴である。

2)用鍼
寸6ないし2寸の3番の銀鍼または鉄鍼を用いる。

3)患者の姿勢
正座して手を下垂させ、拳を握らしめ、閉目させて呼吸を静かにさす。

4)刺針の方向
鍼尖を穴の部から内上方に向かうように刺す。取穴の時に述べた筋層の下に鍼を刺すように心構えて刺入する。硬物につき当たったならば、瀉法を行う。

5)技法
患者をして吸息させる同時に、鍼を進退しつつ左右に動揺させながら刺入する。鍼の響きが小指側に響けば刺入をやめる。

6)深度
約1寸3分ないし2寸近く刺入。鍼尖、硬結物に当たり、小指側に響く程度でやめ、弾振する。

7)注意
針響強劇にして患者圧重倦怠感ありといえば直ちに退け、皮下まで鍼尖を抜き上げ、患者をして呼吸させて抜除する。補助法として鍼尖を缺盆穴に水平にあて、やや外方に向かうようにして刺入する。これまた小指側に響くように刺すべし。首の側面、肩背に響く場合は、鍼尖を転向させて上肢に響くようにすべし。

 

 

 2.現代鍼灸からの解説

1)後方四角腔の局所解剖

後腕と肩甲骨間にできる陥凹を、後方四角腔とよぶ。後方四角口腔は、上腕三頭筋外側頭・上腕三頭筋長頭・大円筋・小円筋が四辺を構成していて、腋窩神経が深層から浅層に出てくる部である。

 


後方四角腔に直刺すると腋窩神経を刺激できるが、腋窩神経には知覚神経成分がないので、響きを生じることはない。
内上方に向けて斜刺すると、小円筋に刺針できる。一本鍼伝書<上肢内側痛の鍼>は、小円筋に対する刺激になるだろう。しかし小円筋刺針は上肢外側に響くことはあっても、上肢内側に響きは得られにくい。

 

 しかしながら肩貞から、小円筋を貫通して、肩甲骨と肋骨間に入れるような深刺をすると、肩甲下筋を刺激できる。肩甲下筋トリガーポイント活性時、その放散痛は、上肢内側に放散する。なお、肩甲下筋は、肩甲下神経の運動支配である。

 

 

 

 肩貞穴から肩甲骨と肋骨間に入れるような深刺で上肢内側痛に効果があるのならば、膏肓など肩甲骨内縁の穴から、肩甲骨内と肋骨をくぐる深刺も効果あるに違いない。
ということで実際にやってみる。3寸鍼を使い、2寸以上深刺すると、ズキンというような響くポイントに命中し、その直後からつらい症状が改善することを何例も経験できた。

実際の臨床にあたっては、患側上の側臥位で、肩甲骨の可動性を改善することを目標として、肩貞または膏肓から深刺し、介助しながらゆっくりと上腕の外転運動を行わせるようにすると効果的になる。 

 


 ※肩甲上神経:棘上筋・棘下筋を運動支配。知覚神経支配なし。肩関節包上部と後部を知覚支配
 ※腋窩神経 :小円筋・三角筋を運動支配。上外側上腕皮神経として上腕外側を知覚支配。肩関節包下部を知覚支配

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「秘法一本鍼伝書」⑤<上肢外側痛の鍼>の現代鍼灸からの検討 ver.1.2

2018-08-21 | 肩関節痛

最近の当ブログでは「秘法一本鍼伝書」中の下肢痛の鍼を4パターンに分け、現代鍼灸の立場から解説した。同じような形式で、上肢痛は2パターン分けて説明する。

1.「秘法一本鍼伝書」上肢外側痛の鍼(肩髃)

1)取穴法

肩関節上際部で上腕を挙げて凹みが出るところがある。この凹みに前と後の2カ所あり、前の凹みが治療穴である。この凹みのところに指端をあてて一応手を下垂する。それから患者をして上肢を外転そして内転させると、指端に太い筋が現れたり隠れたりするのを感ずる。外転させた時に太い筋が指下にきたり、内転させるとその筋前方に転移して指下には只やや陥凹の感を得る。これが穴である。肩髃穴である。

2)用鍼
寸6ないし2寸の2番を用いる。毫鍼の銀鍼または鉄鍼でよい。

3)患者の姿勢
正座させて両手は穏やかに下垂させ、手は自然の位置に垂れ、力を入れぬようにさせる。


4)刺針の方向
上方より穴所から垂直に、つまり上腕骨の縦側に沿うように刺入する。


5)技法
鍼を進退(刺入し、入れまたは引く)するにあたり、や左右に揺するごとく刺入する。もしくはゆるい間歇法を行う(これを古法では白虎揺頭の法)という。

※白虎揺頭の法:「金筋賦」にみえる刺針手法の一つ。基本的には深層まで刺針し、得気したのち浅層まで引き上げ、虎が頭部をゆらすように振顫する手法。


6)深度
針響が橈側に響くのを度とする、響いたら抜針する、患者が刺針によって重圧感を感じなければ弾振する。重圧感覚を訴えたら鍼を直ちに抜除する。

7)注意
患者が鍼を抜除した後でも重圧感を訴えたら円鍼を用いる。または渋滞のところに散鍼する。もし針響が予期どおりない時は、いったん抜いて刺し直す。
総じて、上肢外側の痛み・神経痛・リウマチ・肘腕の関節炎には呼吸の瀉法を、麻痺・鈍麻・痒癢(かゆい、くすぐったい)には呼吸の補法を用いる。


 

2.現代鍼灸からの解説

1)肩髃穴の取穴

「上肢を90度外転させてできる肩甲上腕関節の上際にできた2つの陥凹のうち、前の方の陥凹」というのが広く知られている<肩髃>穴の取穴法である。後の陥凹が肩髎穴になる。しかしこのような表現は解剖学的に曖昧で、昔から疑問だった。ひとつの取穴法として、上腕骨大結節を術者の母指と示指でつまむようにすると、肩髃と肩髎を同時に取穴できるというものがあったので、自分では結節間溝(大・小結節間)部が肩髃、大結節後の陥凹が肩髎とすることにした。しかしながら十年ほど前、肩髃穴の前方に<肩前>という新穴があることを知った。肩前穴は、上腕骨小結節と大結節の間にある結節間溝を走行する上腕二頭筋長頭腱部になるから、必然的に<肩髃>は、大結節と肩甲骨肩峰端の間隙に取り、肩髎穴は上腕骨大結節の外方陥凹部と肩峰端との間隙であると考えるようになった。 臨床的意味合いは次の通り。

上腕二頭筋長頭腱刺激→肩前穴
棘上筋腱刺激→肩髃穴
棘上筋腱刺激→肩髎(あまり使わない)


 

 

 2)上外側上腕皮神経痛に対する肩髃から曲池方向への水平刺刺

肩関節上外側の痛みは、三角筋部に相当し、この皮膚知覚は上外側上腕皮神経知覚(腋窩神経の分枝)支配である。腋窩神経の本幹は小円筋・三角筋を運動支配し、腋窩神経はさらに肩関節包下方を知覚支配している。

すなわち三角筋の痛みであるかのように見えるものは、実は上外側上腕皮神経痛による。そのため筋膜に対する刺針よりも、皮膚に対する水平刺または皮膚の刺絡の方が効果的になる。皮膚の痛みは皮膚を撮むように触診すると過敏点を検出しやすく、発見した撮刺点を貫くような水平刺を行うとよい。
その典型が、肩髃から曲池方向に水平刺である。この一本鍼は、清脳開竅法(天津の石学敏により開発された脳血管障害の鍼灸治療法)での脳血管後遺症としての肩関節痛の治療とほぼ同じものである。

 

 

 

しかしながら私の臨床経験から、上述した治療を行っても、直後効果のみで終わることが非常に多かった。この領域の皮膚を刺絡してみても、効果あるのは治療当日のみで、翌日には元に戻るのが普通だった。
上腕外側痛を生ずる、もっと本質に迫った治療があるのではないかと考えるようになった。

 

2)棘下筋の放散痛に対する天宗刺針

トラベルのトリガーポイントの図を見ると、上腕外側痛は、棘下筋のトリガー活性化に由来することでも起こるようだ。天宗穴あたりの圧痛点に4番程度の鍼を置いておき、まずは側臥位で上腕外転の介助自動運動を実施。すると次第に外転可能な範囲が広がることが多い。同じことを坐位で実施(上腕外転運動は重力に逆らうのでより強刺激になる)。

時には棘下筋の伸張を強いるので、上腕外転に軽度障害も生ずることが多い。このような場合、圧痛ある天宗に4番針以上で刺針すると上腕外側痛と上腕外転制限に効果あるようだ。
陳久性で棘下筋の緊張が強く、肩関節外転のROMは正常だが、それでもスポーツ時の動きが悪いという患者に対しては、天宗刺針で効果不足の場合には、上腕を自動的に外転させた肢位(棘下筋の収縮状態)でこの刺針をすると効果が増大する。もっと強く棘下筋を伸張させるヨガの「ネコの背伸びのポーズ」をさせた状態で圧痛ある天宗に雀啄刺針をするとよい。

 




3)大円筋・小円筋の放散痛

上腕骨と肩甲骨外縁の陥凹(後腕のつけね=後方四角腔)には肩貞を取穴する。肩貞から肩甲骨外縁に沿うように(それでも肩甲骨上になる)刺針すると小円筋に刺針できる。小円筋の放散痛は三角筋部の後方から上腕外側に放散痛が得られることがある。 

 


肩貞から少々下方には大円筋があり、肩甲骨下方の外縁で肩貞の下方1~2寸下方から刺針すると、小円筋と同様に三角筋部後方に痛みが放散するほか、前腕の背面にまで放散痛の得られることもあるらしい。後方四角口腔に刺針してもスカスカとした粗な組織に刺入している手応えが得られるだけで、筋中に命中しないので、筋膜症に用いる価値は薄い。しかし大円筋・小円筋の起始部である肩甲骨部に刺針すると、上腕外側に響きの得られることがある。

 

 

 

以上の検討から、肩甲骨棘下腋窩にある筋刺激が、上腕外側症状をきたすことが多いと思われた。
もちろん腕神経叢過敏状態や斜角筋放散痛が上肢外側症状を生ずることがあるが、ここでは論じない。