AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

下肢静脈瘤の針灸治療 Ver.1.2

2011-12-23 | 末梢循環器症状

1.下肢静脈の走行
下肢の静脈は表在静脈と深部静脈に分類される。血液を心臓に環流させるのに重要なのは深部静脈である。表在静脈は、結局は深部静脈に流入することになる。表在静脈と、穿孔枝(表在静脈と深部静脈をつなぐ)の静脈弁が破壊されれば、本来なら深部静脈に流入すべき静脈血が逆流し、その結果、下腿部に血液の欝滞が生ずる。これが下肢静脈瘤である。

 表在静脈の本幹は次の2つである。
①大伏在静脈:下腿内側と大腿内側を上行、鼡径部で大腿静脈に流入。下肢脾経ルート。
②小伏在静脈:下腿後面を上行する。膝窩で膝窩静脈に注ぐ。下腿の膀胱経ルート。

 

 2.下肢静脈環流の機序
足から心臓に戻る血液は重力に逆らって心臓へと環流するが、それを可能にしているのが静脈弁と筋ポンプ作用である。血圧に静脈環流する力はない。
1)静脈弁:逆流を防止し、血液を一方向に流す役割がある。

2)筋ポンプ作用:また足を動かした時など、筋が収縮することで、深部静脈が圧迫され血液が上方に押し上げられる。筋が弛緩すると深部静脈は広がり、下方から血液を引っ張り上げる。さらに穿通枝を経由して表在静脈からも血液を引っ張り上げる。


3.病態・症状
①長時間の立位で筋ポンプが機能しない 
②環流静脈血速度が遅くなる(動脈血速度は一定)
③表在静脈(大伏在静脈と小伏在静脈・穿孔枝)の静脈弁の破壊
※深部静脈は周囲の筋によって拡張が抑えられている。表在静脈は圧力上昇の影響を受けやすく、弁が壊れやすい。特に穿通枝は、深部静脈の圧力を直接受けるので弁不全が生じやすい。
④深在性静脈への還流血が表在静脈に流入
⑤表在静脈の異常拡大や屈曲蛇行
⑥進行すると脚が重くなり、脚が疲れやすく痛むようになる。血管に沿って皮膚が黒ずんだり茶色になる色素沈着や潰瘍が起こることがある。

一般に長時間の立位や夕方に悪なる。40才台の女性に多い。臥位で安静にしていると軽快しているが、立位になって動き出すと再び悪化。

4.現代医学治療
①圧迫療法(軽症例):弾性包帯や医療用の弾性ストッキング使用
②硬化療法(中症例):静脈瘤内に硬化剤を注射した後、圧迫して静脈瘤を癒着・硬化させて静脈瘤を消失させる。
③エンドレーザー法(重症例):従来は小さな皮膚切開を数多くしておき、拡張したり瘤化した静脈瘤を抜き取るという、患者にとって負担の多い方法だった。現代では、エンドレーザー法(Endovenous Laser Treatment)が普及しつつある。Endovenoustとは、「静脈内の」という意味がある。超音波検査で静脈血逆流部位を特定する。次に正常静脈部を切開して細いファイバーを患部まで到達させ、レーザーで血管を焼いて閉鎖する。その結果静脈の逆流は止まり、静脈瘤は縮小消失する。 1999年に開始された新しい治療で、わが国では2011年から保険適用になった。従来の伏在静脈を抜去する方法と比べ、侵襲性が少なく、入院も不要となった。

5.針灸治療
一度壊れた静脈弁を復活させることはできないので、針灸治療の目的は、故障した弁という原因に対処できず、結果として生じた下肢静脈瘤による痛みを軽減させることになるので、
針灸治療でできることは限られてくる。

大伏在静脈静脈瘤は、鼠径部の大腿静脈との合流で弁が壊れて逆流がおき、それが徐々に下腿部に広がり、下腿内側(ときに大腿内側に至るまで)に静脈瘤が累々と浮き出て目立ってくる。
小伏在静脈静脈瘤は、膝窩静脈との合流部の弁不全により逆流がおき、下腿後側に静脈瘤ができる。要するに、ふくらはぎの静脈瘤であっても、実は脚の付け根や膝の裏に原因がある。  

1)静脈瘤部への火針  
賀普仁教授 (北京中医病院針灸科)は、タングステン合金製の針(ステンレス製では火熱に耐えられない)を、アルコールランプで赤くなるまで加熱し、素早く速刺速抜している(患者はさほど熱さを感じない)。火針後は針孔に、痒み・ほてり・赤みが出るが、しばらくすると消失する。
小さな静脈瘤であれば消失することがあるが、大きい瘤は少し縮小する程度。自覚症状は治療数回で消失するという。(東明堂石原針灸院「毎日インタラクティブ2001.12 HPより)

私は、この方法に準拠して施術している。静脈血管を火で凝固させることで、これ以上の静脈瘤の進行を防ぐ意味がある。ただしタングステンの針は入手困難なので、ステンレス中国針の1インチ28号(和針12番相当)を数本用意し、針が赤くなるまで火で熱し、静脈瘤局所に数回速刺速抜している(針は非常に脆くなるので1本の鍼で複数回の刺針はできない。細い鍼の使用は禁止)。痛みに対して、やや有効との印象をもつが、静脈瘤を縮小する効果はないようだ。なお静脈瘤部へ刺絡すると、広汎な皮下出血が生じるので禁忌とすべきだろう。

2)静脈瘤傍の筋緊張部への深刺+針尖転位法
三島泰之先生の方法:「静脈弁の故障→周りに静脈血が溢れる→弱い血管は脹らみ静脈瘤となる→静脈瘤は自身の血管を膨らませ、その中を通っている神経を引き伸ばし、また瘤により周りの筋を圧迫する→痛み出現」というのが病理機序で、それに対して静脈瘤近傍にある痛む部と静脈瘤近傍の筋緊張部に2寸#5で、3~5㎝刺入し、硬いところをほぐすような気持ちで針尖転位法で実施する。(下肢静脈瘤の痛みと鍼灸について:医道の日本、平成18年12月号)

意見:要するに静脈瘤により発生した筋緊張と、神経興奮に対して施術しており、鎮痛を目的としているらしい。

3)妊娠中や出産後に静脈瘤が増悪した女性の場合      
妊娠中や出産後に静脈瘤が増悪した女性の場合、骨盤内静脈の鬱血が原因で、下肢静脈の環流が不良となっているケースもあり、仙骨部や臀部の施術を加えた方がいいとの報告がある(辻内敬子先生:妊婦下肢静脈瘤に対する鍼灸治療の1症例、女性鍼灸師フォーラム会報)。

意見:静脈瘤の原因の一つに、 内腸骨静脈からの逆流が知られている。いわゆる骨盤内オケツの処理ということであり、針灸的発想である。一方、妊婦の10~15%に「静脈瘤」が出現するが、出産後に80~90%は、自然に消失することも知られているので、この針灸治療が特異的に効果あったとはいいがたい。