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AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

足三里の効能 ver.1.1

2023-07-30 | 経穴の意味

1.俳人、松尾芭蕉は著書「おくのほそ道」の中で、旅立つ際は足三里に灸する旨の記載があったことが針灸師にはよく知られている。このようなイメージから足三里には健脚の効能があるとされるようになった(江戸時代の旅人は、宿代を節約するために1日30~40㎞も歩いた。)ただし中国では足三里の効能に「健脚」は見当たらない。
 
2.江戸時代になって一般民衆の文化水準が向上すると、世の中の動きにも興味をもつ者が多くなり、神社仏閣参りを口実に、旅に出かける者も増えた。江戸時代の旅人の心配事は、道中で病に倒れることだった。旅人にとって”食あたり”は体力を消耗する致命傷となった。足三里の灸は、あたりを予防の意味があったらしい。
 
3.最近になり、旅人はツツガムシ病を恐れたのではないかとの見方が出てきた。ツツガムシ病は、かつては風土病の一つで、夏になると川沿いの草原に入った農民や旅人の間に、突然高熱(38~40℃)を発し,身体中に赤い発疹が現れ、意識朦朧状態になった。10人に4~5人は14~15日から20日のうちに死んでいく熱病だった。抗菌治療が行われない場合の致死率は3~60%。ツツガムシ病に対しては足三里の灸もあまり効果なかったことだろう。
 
4.江戸時代後期、とびぬけて長寿の家系として百姓の万平の一族がいた。長寿のお祝いとして当将軍、徳川家斉の招待を受けた。その折長寿の秘訣を聞かれた。すると万平は「両足の三里に灸するだけ」と返事した。万平一族は月の初旬の8日間、生涯にわたりお灸を続けていた。当時、中風(脳卒中)になるのぼせの結果だとされ、足三里の灸は、気を下にさげる効果があるとされ、長寿の灸としても推奨された。

 

モノクロ写真を疑似カラー化・詳細度化したもの


写真の人、原 志免太郎は健康灸として腰部八点灸を提唱した医師で、針灸師ならば誰でもご存じの筈。これまで針灸医学史上の人物だばかりと思っていたのだが、昭和58年2月号の針灸専門月刊誌「医道の日本」に本人の写真が口絵をかざった。福岡市内で百才を越えてもまだ医師を続けているということで、長寿としての灸の効果を身をもって証明した格好になり、読者を喜ばせた。結局104歳まで聴診器を持ち、「男性長寿日本一」として108歳で逝去した。

原志免太郎は昭和4年、灸の研究でで博士号を取得した。その要旨は次の通り。①ウサギへの施灸後、皮膚組織におけるタンパク変性と血液中の血球変化、とくに白血球数の増加が免疫性を増強し、病気予防に有益であった。②ウサギを4つのグループに分けて結核菌を感染させ、結核菌を感染させる前からお灸を始めたグループが最も良好な結果を示した。原は灸により火傷させることが病気予防に重要であって、施灸場所は無関係であることを主張した。場所はどこでも同じだから、施灸場所があまり目立たない腰仙部に8カ所するのがよいだろうと結論づけた。つまり本稿の「足三里」だけでなく、ツボごとの固有の効果には興味を示さなかった。


地機、承山、跗陽の触診と刺針の体位  Ver.1.5

2023-06-05 | 経穴の意味

1.教科書記載の地機穴の位置
 
地機穴は脾経の郄穴でもあるので古典的鍼灸で多用される経穴の一つである。東洋療法学校協会編教科書「経絡経穴概論」の地機の取穴は、「内果上8寸で脛骨後縁の骨際」とある。下腿内側長を1尺3寸と定めるので、下腿内側を3等分し、ほぼ上から1/3の処になる。ただし教科書には築賓の反応の取り方についての記載はない。

2.地機の取穴と意味
 
股関節外転かつ膝関節45度屈曲位、すなわち一方の足底を他方のフクラハギ内側に付けた姿勢(パトリック試験をするその手前の姿勢)をさせ、曲げた下腿内側の反応を調べていくことにする。指頭は脛骨際を容易に触知できるが、地機の高さに相当する部だけは、筋肉が邪魔して骨がうまく触知できないことに気がつく。その筋肉は誰でもシコっていて、軽く押圧しただけでも非常に痛がる。

私は、長い間このシコリの意味が分からなかったのだが、最近になって尾崎昭弘著「図解鍼灸臨床手技の実際」を何気なく読み返してみると、「地機はヒラメ筋の起始部である」と明記されていた。つまりシコリの正体はヒラメ筋の起始部だったわけだ。

補足:ヒラメ筋と腓腹筋(内側筋と外側筋がある)は併せて下腿三頭筋とよばれる。腓腹筋の起始は大腿骨で停止は踵骨の二関節筋であり、足関節伸展と膝屈曲作用があるのに対し、ヒラメ筋の起始は腓骨頭と脛骨、停止は踵骨の単関節筋であり、足関節伸展作用のみがある。仰臥位で膝屈曲肢位では、膝に負荷がかかっているわけではなく、足関節底屈の弱い負荷がかかっている。したがって両筋とも弱い負荷がかかっている訳だが、一般に二関節筋は関節の伸展状態で優位に働き、単関節筋は関節の屈曲状態で優位に働く特性があるので、膝屈曲位ではヒラメ筋の方が緊張している状態にある。ヒラメ筋緊張を増強させるにはさらに足関節伸展位にするとよい。(介護予防主任運動指導員、古賀真人氏の指導による)

※地機の語源

ネットで「地機」を検索すると、ツボの地機以上に、織機の地機の記事が上位に並ぶことに気づく。機織り機の種類にはいくつかあるが、次第に改良されつにつれ、その構造も複雑になっていった。現在の機織り機は、<高機(たかばた)>とよばれ、歴史ドラマなどでたまに目にすることがある。それに対して<地機>(じばた)は、原始的な織機で、地面に直接杭を打って、タテ糸を引っ張り力を保つ方式になっている。つまり地機の語源は、地面に設置された織機という意味であろうか。高機は、よこ糸が表にくるが、地機はタテ糸が表にくる。
地機におけるタテ糸の緊張とは、ヒラメ筋の緊張を意味するのだろうか。下の写真は、中近東のある部落にみる地機であり、ネットで発見したものである。地面に、じかにタテ糸を引っ張っている。人体の場合、地面に相当するのは、脛骨であろう。


 

※大杼の語源

地機穴を織機を結びつけるのは、唐突な考えではないのか思うこともあったのだが、後に大杼穴(上背部、第1胸椎(T1)棘突起下縁と同じ高さ、後正中線上の外方1.5寸)の由来が機織りの、横糸の間に縦糸を通すのに使われる道具であることを知った。脊椎の両側に伸びる横突起の形が杼に似ている。第1胸椎は最も大き椎体なので大杼となったという。やはり当時の中国人も織物は関心事だったに違いない。地機と大杼には共通項があった。

 



.仰臥位での承山・承筋刺針の体位

先に地機はヒラメ筋上にあるので、ヒラメ筋は緊張し腓腹筋は弛緩する体位となる股関節外転かつ膝関節屈曲位にして、地機刺針を行うこ効果的であることを説明した。

では、仰臥位の時、腓腹筋を緊張位で承筋や承山に刺針するにはどうすればよいだろうか。

それには、まず治療側の膝をのばした状態で下肢を挙上30度程度にする。この体位にすると腓腹筋、ヒラメ筋の両方が緊張している。患者の下腿後側とベッド間に術者の一側の膝をもぐりこませつつ、術者の両前腕で患者の下腿を抱え込み保持。次に術者の手指を上手に使って承山や承筋に刺針するとよい。


4.跗陽の触診方法

跗陽は、外果の上3寸でアキレス腱前縁にとる。膀胱経ではあまり目立たない穴だが、陽蹻脈の郄穴となっている。もっとも奇経は八宗穴が治療でよく使われるが郄穴の使い方はよく分かっていないのだが・・・ 跗陽の反応は、仰臥位で術者の手を被験者の踵とベットの間に入れ、少し下腿を挙上させ、もう片方の手指で押圧しつつ擦過するようにするとよい。隆起していれば陽性とする。もともと圧痛はあまり出ない。 

 





足三里穴と脳清穴の相違点 ver.2.1

2022-04-20 | 経穴の意味

1.足三里穴 

1)足三里灸の効能<健脚と胃腸障害>

それまで人々は自分の生活圏から外に出ることもなかったが、江戸時代になり識字率が向上し瓦版が入手できるようになると、人々は旅に出かけるようになった。当時の旅人はみな健脚で1日に男は40㎞、女は32
㎞歩いたという。ちなみに大名行列のスピードは1日32㎞(八里)と決まっていた。それは宿代を浮かすためでもあった。松尾芭蕉は著書「おくのほそ道」の中で、旅立つ際は足三里に灸する旨の記載がある。このようなイメージもあって足三里には健脚の効能があるとされるようになった。しかし中国では足三里の効能に健脚は見当たらない。

江戸時代の旅人の心配事は、旅の途中で病に倒れることだった。昔に冷蔵庫はなく食物の長期保管も困難だったことから、旅人にとって<食あたり>は体力を消耗することも多く、命取りだった。足三里の灸は、それを予防する意味があったとの見解がある。


2)ツツガムシ病

最近になって当時の旅人はツツガムシ病を恐れたためではないかとの意見が出てきた。ツツガムシ病は、かつては風土病の一つとされた。夏になると川沿いの草原に入った農民や旅人の間に,突然高熱(38~40℃)を発し,身体中に赤い発疹が現れ,せんもう状態になり,10人に4~5人は14~15日から20日のうちに死んでいくふしぎな熱病だった。これがこんにちのツツガムシ病である。潜伏期間 約5~14日で、 発熱・発疹・ツツガムシの刺し口が三徴候。 適切な抗菌治療が行われない場合の致死率は3~60%。
予防としては、感染が流行する時期には山間部に立ち入らない。立ち入る際には、皮膚を露出しない服装をして虫除けをする。地面に寝転んだり、腰を下ろしたりしないなど。
まあツツガムシ病に対して、足三里の灸もあまり効果はなかっただろう。


3)長寿としての足三里の灸

江戸時代の「百姓万平一族」の記録によると、百姓の万平という爺さんとその奥さんが240歳くらいまで長生きし、その息子夫婦が190歳、孫夫婦が130歳を超え皆元気だったという。長寿のお祝いに万平爺さんは将軍徳川家斉に招かれ、家斉は長寿の秘訣を聞いてみた。すると万平「両足の三里に灸するのみ」と返答したという。万平一族の三里へのお灸方法として、
万平一族は生涯、月初めの8日間、左右の足三里に8~11壮足三里に灸を続けたという。

 鎌倉時代の吉田兼好著、徒然草148段に「四十以降の人、身に灸を加へて、三里を焼かざれば、上気の事あり。必ず灸すべし」とある。上気とはのぼせのこと。年をとると気が上にのぼるので、平時から下げるため足三里に灸するべきだという。気が上にのぼると目がよく見えなくなってくる。鎌倉時代の四十才は、すでに高齢者の年齢である。年齢的に腎陰虚となり腎水が不足すると、丹田の炎が鍋を空焚き状態にし、熱風が身体上部を襲う。目がよく見えなくなるだけでなく、熱風が脳に入ると中風(=脳卒中)にもなりやすい。この上に舞い上がる熱風の方向を下向き変える意味で足三里に灸をするという理解になるだろうか。


※腎陰虚と腎陽虚に関する私の理解

腎は体幹底部にある鍋で、摂取した水分が溜まっている。丹田の火がこれを熱し、三焦容器内を蒸し器状態にする。腎容器に溜まった水分が少ない状態を腎陰虚とよぶ。この状態で鍋を熱すると空焚き状態となり、熱風が上昇し、諸内臓や五官に悪影響を与える。腎水が十分にあるが、丹田の火が弱い場合、十分に加熱できないので、蒸気量が減ってくる。これを腎陽虚とよぶ。


4)足三里の局所解剖

教科書での足三里の取穴は外膝眼の下3寸にとっている。前脛骨筋上にあり、深部に深腓骨神経が通る。しかしこの取穴では下肢先に針響を与えることは難しい。脛骨粗面の直側で1㎝ほどから直刺すると響きが得られやすいと思う。



2.脳清穴

1)脳清穴の針は長拇趾伸筋腱に入れるのが正解か?

脳清穴は新穴で、解谿の上2寸、脛骨の外縁にとる。筆者は、運動した後でもないのに原因不明で、たまに鈍重感を感じる部でもある。この脳清穴に鈍痛を感じる時、足母趾MP関節の動きとともに足関節の動きの悪さを自覚することから、筆者は脳清穴を
長母指伸筋腱上にとることにしていた。深部に深腓骨神経がある。しかし目立った刺針効果は自覚できなかった。その名称から推察すると、脳をすっきりさせる処なのだろうとも考察するが、精神的ストレスのあまりない時も重く感じる時があって、脳清穴の反応の意味は不明であった。

解谿の上2寸から長拇趾伸筋腱に刺入するには、針を45°腓骨外方に斜刺する必要がある。直刺するなら、すぐに脛骨にぶつかってしまう。

運動針の方法も独特になる。足三里は、前脛骨筋上なので、足関節の底屈背屈動作をさせる。脳清は、足母趾の底屈背屈動作をさせる。もっとも脳清穴斜刺では、深腓骨神経に命中すれば、足背までズンとした響きが得られれば、それ以上の針響増強法は必要はない。響きが得られなかった際、足母趾の自動運動を、ゆっくり数回実施させる。自動運動を始めたとたん、足首に鋭い響きがくることが多いので、その動作は徐々に大きくしていくなどの配慮が必要である。

3)脳清は第三腓骨筋に刺入しているのではいか?

脳清穴について、何の情報も得られない中、ある時第三腓骨筋をトリガーポイントとする放散痛範囲が、筆者が自覚する鈍痛部位に似ていることを発見した。

しかし足関節背面における第三腓骨筋腱は、足関節背面ではなく足関節の外方で、足外果の上方を通過している。そこで意識的に外果上方にある腱を触知すると、意外なことに圧痛があることを発見した。 第三腓骨筋は下肢の筋肉で足関節の背屈、外反を行う。 腓骨下部の前面から起こり、第5中足骨基底部で停止する。足関節捻挫は外反捻挫よりも圧倒的に内反捻挫が多いが、もし第3腓骨筋がなかったのなら、さらに内反捻挫が増えたことだろう。長腓骨筋・短腓骨筋に続く3番目の筋ということで第三腓骨筋と名付けられたのだろうが、長腓骨筋・短腓骨筋が浅腓骨神経なのに対し、第三腓骨筋は前脛骨筋などと同じ下腿伸筋群に属し、深腓骨神経支配になる。


膏肓穴について ver.1.2

2022-02-15 | 経穴の意味

 1.位置と局所解剖

1)取穴

正座位で両肘をつけ、両手掌の上に顎をのせる。(開甲法)。
伏臥位では上肢を挙げ、額の前で手を合わせる。要するに肩甲骨を大きく開かせる姿勢。この体位にさせ、第4棘突起下外方3寸にとる。厥陰兪の外方1寸5分になる。

2)局所解剖 

上記体位で肩甲骨内縁から直刺すると、針は僧帽筋→大菱形筋→胸腸肋筋中に入る。それ以上深刺すると外・内肋間筋に達する。さらに深部には胸膜と肺実質がある。

なお棘筋・最長筋・腸肋筋を総称して脊柱起立筋という。治療対象とするのは大菱形筋もしくは胸腸肋筋であるが、”病膏肓に入る”といった重篤感のある心疾患と関係深そうなのは胸腸肋筋の方だろう。なおデルマトームで心臓を反映するのはTh1~Th7なので心臓反応点にもなる。
    

 

①大菱形筋が過緊張すると肩甲骨上方回旋しづらくなる。大菱形筋は肩甲背神経が運動支配する。知覚成分はないので本神経の興奮では位置不鮮明なコリ感を生ずる。

②胸腸肋筋は第7~12肋骨から起始し、第1~6肋骨へと停止している。胸腸肋筋は主に胸椎を反らす作用(体幹の伸展動作)があり、体幹を側屈させる作用もある。
胸腸肋筋の過緊張では、上部胸椎の背屈がしずらくなる。この胸腸肋筋の緊張緩和が施術目的とされることが多いようだ。なお胸腸肋筋は脊髄神経後枝により運動・知覚支配されている。

③膏肓穴あたりを押圧すると、深部に硬結を触知できることが多い。これは前述の大菱形筋や胸腸肋筋の筋緊張由来のこともあるが、深部にある第5第6肋骨の肋骨角は背部方向に出ているので、指腹と肋骨角にはさまれた組織は圧迫されやすく、圧痛硬結を触知しやすいことも関係している。

3)胸腸肋筋のトリガーポイント

膏肓あたりでの胸腸肋骨筋トリガー活性化すれば、上図のような放散痛を形成しやすい。左膏肓トリガー活性化では虚血性心疾患と誤診しやすい。逆にいえば、偽の虚血性心疾患では、左膏肓あたりの刺激で改善する可能性がある。

胃倉(Th12棘突起下外方3寸)あたりでの胸腸肋筋トリガー活性化すれば、左下方の側腹部と左下腹部に放散痛が得られることがある。代田文誌は、胆石疝痛時に胃倉刺激で腹痛頓挫すると記している。右胃倉の慢性的筋緊張は、慢性虫垂炎と誤診されやすい。逆にいえば疲れると左下腹に鈍痛が生じるといった訴えで、医師には慢性虫垂炎だが手術するほどではないといわれた場合、右胃倉刺激で改善することもあることを示唆している。筆者は過去数例、慢性右下腹痛を側臥位で右胃倉刺針して改善させた経験がある。

 

2.肩甲間部の冷え感

昔、中年女性患者が来院した。ある夜、肩甲間部を矢で貫かれた夢を見たことがあって、以来肩甲間部が冷えて苦痛だと訴えたことがあった。肩甲間部は人体の中で発汗しやすい部位として知られている。発汗後、低気温下では冷え感に変わるだろう。冬期は誰しも、意識すれば肩甲間部は冷えを感じるものだ。それまで肩甲間部の冷えを意識しなかったのに、矢で射られた夢をみてから、背中の冷えを強く意識するようになったのだろう。心臓の裏に位置するので不安なのだろう。対症治療は肩甲間部を温めることになる。これも広義には膏肓の反応といえるのかもしれない。

  3.膏肓の適応症と施灸

膏肓の適応と刺激方法とはどういうものだろうか。中国唐代の道士であり漢方医で<千金方>の著者としても知られる孫思邈(ばく)は、当時の医療では膏肓の取穴がきちんとできなかったからであり、このツボは万病に効く。600~1000壮すえることで、自分の身体補養になると言っている。  600~1000壮という壮数は、<医心方>にもあって、医心方中最も多い壮数となっている。


4.膏肓の語解

1)「膏」とは
月(肉)+高という語解。元々はあぶら肉、脂肪といった意味。おいしい脂肉といった意味。とくに心臓の下の部分、横隔膜あたりの脂肪という意味もある。ちなみに軟膏とは、薬効成分をあぶらで錬った薬のことををいう。
油とは水に溶ける植物性のあぶら、脂は皮膚や肉から出るあぶらで動物性のあぶらを広く表す。膏は肉のあぶらのみに使う。 

2)「肓」とは
月(肉)+亡(見えない)という語解。体の内部の、よく見えない場所のこと。すなわち胸部と腹部の間のうす膜(≒横隔膜)のこと、あるいは横隔膜の上にあるあぶら肉のこと。


5.<病膏肓に入る>とは

中国の『春秋左氏伝』より。晋の景公が病気になり、秦から名医を呼んだ際、夢の中で病魔の二人が、「隣国から名医が来るから、お前は膏の下に、俺は肓の上に隠れよる」と言ったという故事に基づく。王を診察した名医が「病は膏の下、肓の上に入ったので既に施しようがありません」と匙を投げたという。今で言う心膜炎や胸膜炎、あるいは狭心症や心筋梗塞をさしているようである。

なお、病が非常に重く治療の施しようがない場合、よく薬石効果なしという。薬とは漢方薬、石とは鍼のことで、 砭(へん)と書いた。大昔の鍼は石でできていた。        


私説:膏肓穴は、自分の指では手が届きにくい場所にあることから、手で触れない →手当ができない →治療法がない というようになったのだろうか。この見解を代田文彦先生に言うと、苦笑いして「そうかい?」と返事しただけに終わった。普段忘れているようなつまらないことでも、ふと思い出すことがあって、二十代だった昔を思い起こされる。

 


現代鍼灸でのツボの効かせかた⑥頭部編 

2021-06-09 | 経穴の意味

1.百会と囟会

 1)解剖と位置
百会:前髪際を入ること5寸、頭頂部のやや後方。正中線上。頭頂孔がある。
囟会:前髪際を入ること2寸。正中線上。大泉門部。ただし大泉門は、1歳半~2歳の間に自然に閉じる。

2)臨床のヒント

①百会(ならびに通天)は、頭頂孔あたりにある。頭頂孔は頭蓋の外側にある浅側頭静脈と頭蓋の内側にある上矢状洞を連絡する血管通路で、頭蓋内の鬱血、静脈血の環流の妨げがあると、頭蓋の外側に導出静脈を介して環流をはかる機能がある。(石川太刀雄「内臓体壁反射」1962年より)。代田文誌氏は、百会・通天に刺針施灸または瀉血すると、この部分の血行を促進し、したがって頭蓋内の鬱血を除くと考えた。

②ヒトは起きていると、徐々に脳の深部温度が高くなる。そして過熱状態になると、熱から脳を守る意味で眠気を感じる。入眠開始当初のノンレム睡眠は脳の核心温と体温を強く下げる役割があることが知られている。この事実から、頭痛や不眠等の愁訴に対して、脳の核心温を下げることは治療になり得るだろう。

③これまでも百会に鍼灸すると鎮静効果は得られることが知られていた。実際、百会に灸して脳波を調べると、α波が増えることが確認されることがわかった。ただしα波が出るのは、百会に効果あるとされる主治症の一つである頭重感がある場合に限られた。(七堂利幸, 有地滋ほか「百会施灸時の脳波変化 と情緒的意味」)
鍼灸治療で、百会に施術しようと思うのは、患者が無論のこと百会の主治症をもっている時である。

④頭板状筋のトリガー(下風池)活性では、頭頂部に放散痛が生じることがある。この知見は、かつて鍼灸国家試験に出題されたことがあり、非常に驚いた。こうした内容はすでに鍼灸学校教育で教えられているということだろうか。

⑤百会刺激の適応症は、交感神経緊張症(頭痛頭重、ストレス、不眠といった交感神経筋緊張状態であり、これらを副交感神経緊張に誘導するのが治療目的である。これに対して囟会は交感神経を活性化させるツボとして百会と対照的である。
囟会は三叉神経第Ⅰ枝の支配領域であり、鼻粘膜と同じ神経支配であり、鼻炎や副鼻腔炎に対して灸治されることが多い。頭髪の中なので、灸痕が目立たないこと。患者自身、鏡を見ながら施灸できることに理由がある。

 

2.頭維
1)解剖と取穴
神庭(前髪際の上方5分、前正中線上)から外方4.5寸。額角髪際。

2)臨床のヒント

①側頭筋緊張を生ずる代表は緊張性頭痛で、きついハチマキを巻いたような、きつい帽子をかぶったような、締め付けられる痛みとなる。トラベルによれば、側頭筋部の痛みは、側頭筋だけでなく僧帽筋・後頸部筋・胸鎖乳突筋など多数の筋の放散痛部位になっているという。したがって、側頭部の痛みがどこからくる放散痛なのかを調べ、その震源となっているトリガーポイントに施術するべきである。

震源地は、胸鎖乳突筋、頭板状筋、頭半棘筋など。

②側頭筋そのものは薄く広い面積をもつ筋である。トラベルによると側頭筋のトリガーは外眼角と耳尖を結んだ線上数カ所にあるので、頭維だけが側頭筋の刺激点とはいえない。角孫にも圧痛点が出やすいようだ。

   


④側頭筋の深部にすっぽりと隠れるように側頭頭頂筋がある。側頭筋は咀嚼筋の一つで三叉神経第3枝支配なのに対し、側頭頭頂筋は顔面表情筋の一つで顔面神経支配である。ただし側頭頭頂筋の機能は耳介を動かす(うさぎなどの例)ことであるため、人間ではほぼ退化してしまった。


現代鍼灸でのツボの効かせかた① 上肢編 ver.1.1

2021-06-06 | 経穴の意味

経穴書には、つぼ名の位置と局所解剖、主治症などが記載されているが、ほとんどの場合、なぜこの症状に使うのかという理由は書いていない。根拠が分からないのか秘密にしておきたいのか不明だが、こうした書き方であったとしても、これまで通用してきた。しかしながこれをブラックボックス化してしまうと、効かなかった場合、反省のしどころも分からないので、自分の治療を改良させることもできない。故・代田文彦先生は、症例報告会では、使用したツボの取穴根拠は、こじつでもよいから、ともかく書くようにと指導していた。
「ツボは効くのではなく効かせるもの」という格言がある。結局効かせることのできるツボ、すなわち「手に入ったツボ」の数を増やすことが臨床の幅を広げることにつながる。
ここでは私がこれまでに、手に入ったつもりでいるツボと、その実用的意味を記す。どこまで長くなるか分からないが、部位別に5回前後に分ける予定でいる。

 

1.手三里

1)解剖と取穴

肘を曲げ、肘関節横紋の外側端に曲池をとり、その下2寸で、長橈側手根伸筋と短橈側手根伸筋の筋溝にとる。深部に回外筋がある。なお長橈側手根伸筋の外側には腕橈骨筋がある。

2)臨床のヒント

①腕橈骨筋は、大部分は前腕にあるが、上腕屈筋群に分類され、その作用は肘の伸展なので、テニス肘治療には使わない。長・短側手根伸筋は前腕伸筋群に分類され、その作用は手関節の伸展である。回外筋は前腕を回外させる機能がある。  
バックハンドテニス肘の痛みは、長・短橈側手根伸筋とくに短橈側手根伸筋に出現するので、腕橈骨筋に刺針しても効果ない。


②雑巾絞りの動作の過剰負荷では、回外筋の痛みを起こしやすく、やはり手三里から回外筋に刺針する。
橈骨神経深枝は、フロセ Frohse のアーケード(前腕部回外筋入口の部)=手三里を通る。この部は狭いトンネルであり、可動性が少なく、神経絞扼障害が起こりやすい。


2.合谷

1)解剖と取穴

標準的な合谷は、母指中手骨と示指中手骨の間で第一背側骨間筋中に刺入する。

2)臨床のヒント

①合谷は、面疔に対する多壮灸(桜井戸の灸)で有名である。これは顔にできた膿を、合谷を化膿させて膿の出口をつくってやるという解釈だろうと推察する。なので合谷に鍼しただけでは効果が出ない。

②合谷深部の鈍痛があれば母指内転筋症を疑い、第一中手骨内縁をえぐるように探って圧痛硬結を発見し、て第一背側骨間筋の奥にある母指内転筋に運動鍼を行うのがよい。(通常の押圧方法では圧痛硬結は触知できない)


③脳血管障害時の手指の痙性麻痺時、合谷を刺入点として小指中手骨方向に深刺水平刺して、掌側骨間筋の緊張を緩める方法があり、これは醒脳開竅法の一技法として知られている。

 

3.陽谿 

1)解剖と取穴
手関節背面の橈側、母指を伸展してできる長母指伸筋腱と短母指伸筋腱の間の陥凹部。
皮膚支配は橈骨神経皮枝。



2)臨床のヒント

長母指外転筋と短母指伸筋は共通の腱鞘に入っている。母指自体の可動性が大きいこともあって、構造的に狭窄性腱鞘炎を起こしやすい。母指に起こる腱鞘炎を、とくにドケルバン病とよび、腱鞘炎のなかで最も高頻度。
腱鞘炎での痛みは腱鞘に起因するが、症状自体は皮膚に放散された橈骨神経皮枝の興奮に起因すると思われる。痛みを訴える部の撮痛点へ局所皮内針が効果的である。

 

4.郄門

1)解剖と取穴

手関節前面横紋の中央に大陵穴をとる。大陵から上方5寸。長掌筋と橈側手根屈筋の間。
深部に浅指屈筋、深指屈筋がある。

2)臨床のヒント

①浅指屈筋、深指屈筋はともに指の屈曲作用がある。比較的大きな物を握る時は深指屈筋が働き、握力計や比較的握りやすい物を握る時は浅指屈筋が働く。ただ実際には独立して働く事はほとんど無く互いに協調して握力を生み出す。

②母指を除く4指のバネ指は、浅・深指屈筋腱にできた結節が、両腱共通の輪状靱帯を通過できなくなった状態である。もし浅・深指屈筋が弛緩・伸張した状態では結節が腱鞘に入らなくても指伸展が可能となると考え、前腕屈筋側中央に心包経の郄門をとり、その高さの心経ルート上を刺入点とし、浅指屈筋または深刺屈筋中に至る斜刺を行ない、置針した状態で、母指を除く4指の屈伸運動を行わせる。

③母指バネ指は、長母指屈筋腱にできた結節が、輪状靱帯を通過できなくなった状態である。
 本腱の過伸張は、長母指屈筋の過収縮によると考え、郄門の2~3㎝橈側から長母指屈筋へ刺入し、母指屈伸運動を行わせると効果的である。ただし長母指屈筋に刺入することは、深浅指屈筋に刺入するのと比べ、マトが小さいので難しい。
  

   

5.神門、澤田流神門

1.神門

1)解剖と取穴

①標準神門:豆状骨の際で尺骨手根屈筋腱が付着している部の橈側で、横紋中で神門の脈(=尺骨動脈の脈拍)が触れる処にとる。教科書神門は心經上にある。
②澤田流神門:豆状骨に尺骨手根屈筋腱が付着している部の尺側で、豆状骨と尺骨茎状突起の中央の間で、澤田流神門は神経と小腸経の間にとる。尺骨神経手背枝の経路。

2)臨床のヒント

①私にとって神門の治効は昔から謎だった。代田文誌著「鍼灸治療基礎学」では、澤田流神門は、狭心症、心筋梗塞、精神病、ヒステリー、テンカンの名灸穴、便秘の特効穴、面疔にも効くとある。一般的には便秘に効能ありとして記憶されていることが多いが、なぜ便秘に効くのか、その根拠は不明なままである。代田文彦先生は、<便秘に澤田流神門>というのは、錯覚かもしれないと語ったことがあった。実際に便秘に神門の鍼灸をしても、多くの場合は効果がない。しかし神門に鍼灸して効いたとする症例を持つ者は確かにいる。どういう便秘が神門の鍼灸で効果あるのかを聴いてみると、「よく分からないが、効く時には効く」という返事だった。

②代田文誌を師匠としていた塩沢芳一は合谷の圧痛と澤田流神門の関係を調べた。その結果、合谷の圧痛は神門の刺針によって, 拭うがごとく消退するものが多いことが判明した。塩沢は、澤田流神門に針をすると合谷の圧痛が減り、合谷に針をすると澤田流神門の圧痛が変化することは、代田文誌の日常臨床の経験から熟知していたとも記している。

また澤田流神門に針をしたとき、中府・中脘・上不容・大巨の圧痛が変化するかどうかを229例調べた。この結果、合谷の圧痛が減っていれば、他のツボの圧痛もとれる傾向にあった。(刺針と圧痛の関係の研究 (第5報) 神門について 日鍼灸誌 11巻1号 昭36.12.1)

③合谷といえばまず面疔の名灸穴である点で、澤田流神門と共通点がある。また合谷に30分以上捻針を続けると、首~頭に針麻酔がかかることを発見し、世界中を驚かせた。これは生理学の発展にも寄与し、、麻脳内麻薬のエンドロフィン、エンケファリンの発見にもつながった。
合谷→脳内感受性の鈍化→澤田流神門も同じく脳内感受性が鈍化という関連が推察される。

④ストレス過多で交感神経緊張状態にあると、大腸蠕動運動が円滑にいかない。この結果、痙攣性便秘となる傾向にある。こうしたケースでは心身をリラックスさせる目的で、澤田流神門に施術するという手段はあるといえるのではないだろうか。

 

6.孔最

1)解剖と取穴

①標準孔最:肘から手関節横紋までを、一尺と定めた時、前腕前橈側、太淵の上7寸。腕橈骨筋中。

②澤田流孔最:尺沢の下2寸。標準孔最の上1寸。腕橈骨筋上。
※孔最のツボ反応は上下に移動することがある。指先の按圧感によって、その最高過敏点の硬結を取穴。痔核の位置によって本穴の圧痛は移動する。左右を比べ、圧痛の強い側を取穴する。


2)臨床のヒント

①孔最は痔の特効穴として澤田流では広く知られている。痔痛、痔核、痔出血、痔瘻、裂肛、脱肛に効くが、脱肛には効かないこともある。灸治が適する。(「基礎学」より)

②左右の沢田流孔最を調べて、圧痛や硬結の多い方が患部である(必ず患側に強く発現する)。まず硬結を目標に5~7壮施灸する。そしてその灸痕は、翌日になれば必ず移動している。毎日移動している硬結を求めて、その中心に施灸する。そのうち硬結の移動が止まる。この時が治癒の近づいた時である。痔痛が除かれても孔最の穴の移動している間は血齲したとはいえない。だいたい2~5週間くらいを要する。3ヶ月を要した例もある。小島福松:痔疾、現代日本の鍼灸 医道の日本300回記念)

③痛みを我慢する姿勢は、歯を食いしばり、上下肢を含め全身に力を入れた状態になる。昔の排便スタイルはでは、膝を相当窮屈にまげた姿勢で、手は自然と結ばれ、前腕は屈筋に力が入った姿勢となる。前腕屈筋群では、孔最穴あたりから手首に向かって一番力が入った状態になる。痔の痛みの中での排便のポーズは、この延長上である(三島泰之「今日から使える身近な疾患35の治療法」医道の日本社刊 2001年3月1日出版)。
※同種の考え方で、小宮猛史氏は、体験から排便困難時に排便姿勢をしつつ両側の合谷を押圧しながらイキむと便が出やすくなると書いている。(ブログ「JTDの小窓」より)

④以上のような見解から、孔最の刺激を有効にするには、仰臥位で施灸するのではなく、坐位で強く手を握りしめた肢位で行うべきだということが分かるだろう。針ならば太針を用いて5分~1寸、数分間の手技針を行う。主な適応症は、痔出血と痔痛。           
                                     


現代鍼灸でのツボの効かせかた⑤腹部編 ver.1.2

2021-06-05 | 経穴の意味

腹部のツボというと心下痞硬に対する中脘や巨闕、あるいは胸脇苦満に対する右期門などが代表的なところである。このようなツボを使って日常的に施術しているわけだが、実は「よく効いた」とする手応えがない。
自信をもって治療に使っているという腹部のツボは以下のようであるが、意外と少ない。

1.帯脈、淵腋、大包

1)解剖と取穴

①帯脈:中腋窩線の下で臍の高さ。L2棘突起の外方。浅層に外腹斜筋、中層に内腹斜筋、深層に腹横筋がある。
②淵腋:第4肋間。中腋窩線の下3寸。
③大包:第6肋間。中腋窩線の下6寸。

2)臨床のヒント

①上殿部痛で来院する患者は非常に多い。これはメイン( Maigne)症候群とよばれ、Th12/L1椎体接合部に生じた力学的ストレスにより脊髄神経後枝外側枝が興奮した結果、その走行上の痛みとして生じたものである。治療はTh12/L1棘突起直側に深刺して棘筋・回旋筋に当てれば速効することが多い。
これと同じ原理で、中背部の痛みを訴える患者で、帯脈に圧痛や撮痛がある場合(患者は,通常この部に圧痛あることを意識しない)、Th9椎体直側に深刺することで、この中背部の痛みを改善できることが多い。すなわち帯脈は治療点ではなく、診断点として役立つ。

②帯脈と同じ意味合いのものとして、淵腋や大包がある。淵腋や大包に圧痛を認めれば、C7/Th1棘突起直側(=治喘穴)に深刺すると、頸椎の可動域が増す。

 

2.秘結穴(左腹結移動穴)、便通穴(左腰宜) 

秘結穴

1)解剖と取穴

秘結穴は、木下晴都『最新針灸治療学』医道の日本社刊に載っているツボである。左腹結部位(臍の外方3.5寸に大横をとり、その下方1.3寸)では効果が期待できないと記している。仰臥位、左上前腸骨棘の前内縁中央から右方へ3㎝で脾経上を取穴する。
   
2)臨床のヒント

3~4㎝速刺速抜する。この刺針は、鍼先が腹膜に触れるため、約2㎝は静かに入れて、その後は急速に刺入し、目的の深さに達した途端に抜き取る、と木下は記している。本穴は腸骨筋刺激になっているだろう。

※森秀太郎著『はり入門』には、左府舎から寸6#6でやや内方に向けて直刺すると10~30㎜ほど刺入すると、下腹部から肛門に響きを得る、と記されてる。左府舎からの直刺は下行結腸に入れるというより、その外方にある腸骨筋に入れて響かせることを意識していると思われた。腸骨筋は大腰筋の影にかくれて一見目立たない筋だが、骨盤内では意外なほど広い体積を占めている。
私は、弛緩性便秘に対して左府舎に2寸#4を使い、腸骨筋の筋緊張部に当て、腸骨筋を緩めることを目標に雀啄を行って抜針している。

 

便通穴
※本穴は腰部に?あるが、便秘の治療という効能をもつので、腹部編に入れた。

1)解剖と取穴

便通穴とは木下晴都が命名した。L4棘突起左下外方3寸。腰方形筋の外で、腸骨稜縁の直上を取穴。やや内下方に向けて3㎝刺入。

2)臨床のヒント

下行結腸(盲腸や上行結腸も)は後腹膜に固定されている。横行結腸・S状結腸は腸間膜を有し可動性がある。腰方形筋の深部にあるので腰部から直刺深刺すると内臓刺が可能である。
下行結腸を刺激する目的として、左腰宜(ようぎ=別称、便通穴(別名、左腰宜)を刺激する。

森秀太郎著「はり入門」には、「深さ50㎜で下腹部に響きを得る」とある。腰方形筋または下行結腸内臓刺になる。弛緩性便秘に有効。
上行結腸と下行結腸の内縁には腎臓(h12~L3の高さ)があるので、下行結腸に刺入する際には、腸骨稜(L4の高さ=腸骨稜上縁)から実施することで、腎臓に刺入するのを回避できる。

 


 

3.中極

1)解剖と取穴

下腹部白線上、臍下4寸。曲骨の上1寸。

2)臨床のヒント

中極から2~3㎝直刺すると、陰茎に電撃様針響を与えることができる。これは陰茎背神経を刺激していると思われる。陰部神経は、S2~S4 脊髄から出て、肛門・陰嚢・陰茎などを知覚・運動支配する。陰茎を知覚支配する陰茎背神経は、下腹部の白線あたりを上行しているのであろう。適応症は冷えによる膀胱炎様症状(排尿終了時痛、頻尿)に効果ある。(尿白濁、細菌尿があれば抗生物質使用)

中極から肛門に響かせるのは困難である。会陰刺針は別として肛門に響かせたいのであれば、3寸中国鍼を用い、陰部神経刺針(S2後仙骨孔の高さで仙骨外縁から深刺)を行うとよい。陰部神経刺針の適応は広く、痔疾、肛門奥の痛み(慢性前立腺炎?)、脊柱管狭窄症による間歇性跛行などに有効。

 


現代鍼灸でのツボの効かせかた④顔面部編

2021-06-01 | 経穴の意味

1.翳風と難聴穴

1)解剖と取穴
①翳風:耳垂後方で、乳様突起と下顎骨の間に翳風をとる。顔面神経幹が茎乳突孔を出る部。谷底の骨にぶつかるように刺入する。顔面神経幹部に正しく刺入できれば無痛で針響もない。ただし本刺針は難易度が高く、刺入方向を間違えると強い刺痛を与える。

 

②難聴穴:耳垂の表面の頬部付着部中央。中国の新穴「耳痕」の下方にあるので、筆者は下耳痕と名付けたが。すでに深谷伊三郎が「難聴穴」として記されていた。 

 

2)臨床のヒント

翳風

①顔面神経は、側頭骨内の顔面神経管を通って頭蓋外に出る。この出口を茎乳突孔とよぶ。ベル麻痺の原因は顔面神経管内の浮腫だとされるが、 この局所に最も近い刺激可能な部位が茎乳突穴孔刺針すなわち翳風刺針になる。

②代田文誌は、顔面麻痺に鍼灸治療は効果的でないと書いていた。しかし若杉文吉(関東逓信病院ペインクリニック科)は顔面神経の主幹を神経が頭蓋底を出た部位で針を使って圧迫する治療法を開発。痙攣が止まっている平均有効期間は9.3 カ月と好成績の結果を出した。痙攣が再発してもすぐにブロック前の強さにもどるのではないので,年に1回程度治療を行う症例が大部分だという。ブロック後の麻痺期間は平均1.3 カ月で70%以上が1ヶ月以内に麻痺は回復するとのこと。

③この若杉式穿刺圧迫法を私も鍼で追試してみた。2寸以上の中国針を使用。治療側を上にした側臥位。針先は顔面神経管開口部に命中させる。命中したことを確かめるには、針柄と他の部位(顔面と無関係な部位、例えば手三里)を刺針低周波通電をする。これで顔面表情筋が攣縮することを確認。攣縮しなければ、攣縮するまで翳風の刺針転向を行う。針先が骨に命中したら、3分間のコツコツとタッピング刺激を与える。その後7分間置針し、再び3分間タッピング刺激。トータルの治療時間は20分間程度。技術的に習熟していないせいもあるだろうが、上記の治療を行っても、痙攣が軽くならないケースは5割ほどいた。効果あった場合でも鎮痙期間は数日間という結果だった。

難聴穴

①深谷伊三郎は難聴穴に半米粒大灸7壮すると書いている。柳谷素霊の「秘法一本鍼伝書」には、耳中疼痛の一本針として、完骨移動穴刺針のことを記しているが、これも難聴穴のこと意味していると思えた。
私の場合は5㎜~1㎝刺針する。それで顔面神経幹に当たる。顔面神経幹の命中したか否かを調べるため、1~2ヘルツで通電しながら刺入し、唇や頬が最も攣縮する深さ(5㎜~1㎝)で針を留める。

鼓膜から鼓室に響かすことのできる針は、解剖学的見地から、この難聴穴以外にない。なお内耳には知覚がないので、痛みむことはなく響かせることもできない。

 

 

②現在ベル麻痺に対する針治療では、低周波置針通電に代わり単なる置針をするようになったと思う。低周波刺激をすれば後遺症(病的共同運動=閉眼すると口の周りが動く、口を動かすと目が閉じるなど)が必要以上に強化され、病的共同運動プログラムが助長されるとの危惧が広まったせいであった。病的共同運動は巧緻動作回復の邪魔をすることになる。

③難聴穴刺針は2つの神経が立体的に走行している。
直刺5㎜~1㎝では顔面神経刺激となり、ベル麻痺の治療に用いられる。
直刺2㎝では舌咽神経の分枝の鼓室神経(鼓膜~鼓室の知覚支配)に命中し耳中に響く。この刺針は中耳痛、難聴耳鳴の治療に適応がある。響かせた後30~40分間の長時間置針する(筋を完全に緩めるには時間がかかるので)。

 

    

3.下関、上関

1)解剖と取穴

①下関:頬骨弓中央の下際陥凹部。口を開けば穴があり口を閉じれば穴はなし。
口を閉じて陥凹がなくなるのは、頬筋が収縮するからだろう。下関から直刺すると頬筋に入り、深刺すると外側翼突筋下頭に入る。
②上関:旧称は客主人。頬骨弓中央の上際陥凹部。頬骨弓の下をくぐるように下向きに斜刺すると側頭筋に入り、深刺すると外側翼突筋上頭に入る。

2)臨床のヒント

下関

①咀嚼筋には側頭筋・咬筋・外側翼突筋・内側翼突筋の4種類からなり、いずれも三叉神経第Ⅲ枝が運動支配する。この中で側頭筋・咬筋・内側突筋は閉口筋で、外側翼突筋は開口筋である。

②Ⅰ型顎関節症(閉口筋緊張により開口困難)は顎関節症で高頻度にみられるもので、とくに咬筋の骨付着部に圧痛が多数みられる。患者に強く歯をくいしばった状態にさせた状態で、咬筋の起始・停止の圧痛点(頬車、大迎、下関など)に刺針する。
上下前歯にペーパータオル等を折り畳んで厚くしたものを強く噛ませ、頬筋を収縮した状態で下関から刺針すると効果が増す。

③外側翼突筋は顎関節症にとって最も重要な筋だとみなす者もいる。外側翼筋は他の咀嚼筋と違って開口筋であり、かつ咀嚼筋の中で最も小さい。顎関節は単純な蝶番関節でなく、口を大きく開けるために、外側翼突筋の収縮で下顎頭前下方への滑走運動を起こし、2横指ほど前方に滑走し、顎の突き出し運動をしている。

 

④外側翼筋は上頭と下頭を区別し、上頭は関節円板に停止している。顎関節の動きに適した関節円板の動きは外側翼突筋上頭が担当していることで、本筋を緊張異常は、半月円板の動きに異常をきたすのではないかと思ってる。若年者に生ずる開口時のクリック音は、開口時に前方に動く半月板が元の位置にもどる時に生ずる。外側翼突筋上頭への運動針(下関深刺)はⅠ型顎関節症だけでなく、Ⅲ型顎関節症状に対し、試みる価値があるのではないかと考えている。つまりクリック音が小さくなる感じ。  


⑤外側翼突筋への刺針:最大限に開口させた肢位にさせ、下関からやや上方に向けて直刺1~1.5㎝で外側翼突筋上頭に到達する(意外に浅い)。軽い手技を行い静かに抜針する。
実際には、ある程度開口させた状態で下関に深刺を行っておき、次に3秒間できるだけ大きく開口するよう指示する。術者は「1、2,‥‥」とカウントしつつ下関に刺してある針に上下動の手技を加え、「3」で静かに抜針するようにすると、治療効果が増す。

 

上関

①上関は柳谷素霊著「秘法一本針伝書」では上歯痛の治療として紹介されている。頬骨弓をくぐるように下向きに斜刺する。これはおそらく側頭筋中に側頭筋トリガーの放散痛は上歯部なので、側頭筋緊張由来の放散性歯痛に適応があるという意味であろう。

②深刺すると外側翼突筋上頭に入る。外側翼突筋上頭の起始は顎関節関節円板に停止しているので、Ⅰ型のみならずⅢ型顎関節症(関節円板の障害。開口制限あり。コキッというクリック音)にも上関深刺が効果的かもしれない。

 

4.睛明と球後

1)解剖と取穴

①睛明:内眼角の内一分。鼻根との間。睛明の直下3㎝には上眼窩裂と視神経管がある。上眼窩裂とは、眼窩底の内方にある孔で、ここから三叉神経第1枝、動眼・滑車・外転神経、眼静脈も出る。神経管とは視神経が通る孔である。

②球後:外眼角と内眼角との間の、外方から1/4 の垂直線上で「承泣」の高さ。

2)臨床のヒント

睛明

①掃骨針法の創案者の小山曲泉(1912-1994)は、眼痛を訴える患者に対して、「眼球自体を指圧するのと、眼窩内に指を折り曲げて按圧するのとでは、どちらが快痛であるか」を術者が問うと、文句なしに「骨を圧重した法が気持ちよい」と返事すると記している。このことから、小山は3番~5番で圧痛方向に刺針して軽く雀啄して必ず快痛の響きがあるように刺針した。

②この記述を追試するため、私は眼の疲れを訴える患者の何例かに閉眼させ、眼窩内に指を折り曲げて按圧してみて、眼窩内筋の圧痛硬結を感じとれるポイントを探してみると、上睛明のやや外方であることを発見した。眼精疲労時、自分自身で無意識で母指と示指で鼻根部をつまむように押圧している。この押圧部が鍼灸治療でも重要になるのではないかと思った。
睛明と睛明の5ミリ外方を刺入点として圧痛硬結に向けて刺入すると、しっかりと硬い筋中に刺入でき、眼に響くという手応えを得た。眼窩内の骨にぶつかるまでこのシコリに向けて4番針で約2㎝刺入、5分間置針してみた。患者は眼球部に重い感じがしたという。さらに閉眼したまま、上下左右の眼球運動を数回指示した。(眼球運動の際は、なにも刺激感がなかった)。施術後は、眼のスッキリ感があったという。この時触知したのは外眼筋や眼瞼挙筋だと思えた。 

③郡山七二は、眼窩内刺針には、鎮静作用もあると記し、鎮静法として内眼角付近からの眼窩刺針を第一に推薦した。郡山は、柔軟な細針を少し曲げて眼球の外壁に沿って、彎曲しつつ挿入するので、眼球に分布している内外上下直筋や上斜筋、すなわち動眼神経、外転、滑車等の各神経の異常を調整するのを目的とした。郡山は内眦、外眦、中央部の3点に限って行った。(郡山七二「現代針灸治法録」天平出版)

球後

①球後とは、眼球の後という意味がある。中国では内眼病の治療穴として用いられている。
深刺すると下眼窩裂に入る。下眼窩裂が眼窩下神経(三叉神経第2枝の分枝)が通る部であって、三叉神経第2枝刺激という点では眼窩下孔(=四白)刺激と同じ意味合いになる。
針を眼窩に沿わせて針尖を内上方に向けて眼球奥に刺入できれば毛、様体神経節や、長・短鼻毛様体神経などに影響を与える。これらは眼に対する副交感神経刺激になる。わさびを食べると、鼻にツーンと辛さを感じ涙が出るのは、鼻毛様体神経興奮による。       

②中国の唐麗亭は、病が眼の深部にある時は、眼の周囲部の浅刺は効果的ではなく、睛明穴と球後穴(毎回交代で一穴を使用)の深刺を採用した。針は30号あるいは32号(和針の10~8番相当)の3インチを使用。この2穴は30分間置針する。抜針時、出血を防止するため、針根部を圧迫して3~4回にわけて小刻みに抜針するようにする。(唐麗亭:三種刺法在眼病的応用、「北京中医学院三十年論文選」、北京中医学院編1956~1986、中医古籍出版)

 

5.挟鼻

1)解剖と取穴

鼻翼の上方の陥凹部で鼻骨の外縁中央。三叉神経第Ⅰ枝分枝の鼻毛様体神経刺激。
※鼻毛様体神経:知覚神経で鼻背、鼻粘膜(嗅覚部を除く)、涙腺に分布。揮発成分を含むワサビを食べると鼻がツーンとし、涙が出るのは、鼻毛様体神経刺激による。

 

2)臨床のヒント

①鼻周囲皮膚と鼻粘膜は三叉神経第Ⅰ枝支配である。本神経に強刺激を加えれば交感神経を緊張させ、血管収縮を引き起こすので、鼻閉や鼻汁に対しても効果がある。

③慢性鼻炎や慢性副鼻腔炎は文字通り慢性なので、持続的に反復刺激(半月~2ヶ月の自宅施灸)を与える方がよく、それには灸が適し、施灸痕が目立たずに三叉神経第Ⅰ枝を刺激するという意味から、挟鼻の針とともに上星や囟会への施灸を併用することが多い。施灸により長期間良好な状態を保つ間に、鼻粘膜の修復が行われ、施灸中止後も、症状は消失状態を保つことができる。

治療院では置針し、それに円皮針をしておくのもよい。顔に円皮針を貼るのは見た目が悪いと思う患者に対しては、マスクで隠すよう指導するとよい。

※挟鼻刺針は技術的に容易である。挟鼻刺針と同様に三叉神経第Ⅰ枝刺激になる攅竹から睛明への水平刺は伝統的方法だが、難易度が高く皮下出血も起こりやすい。

④患者自身でできる方法として、上唇鼻翼挙筋部マッサージがある。鼻稜の外縁を指頭でこすると、プチプチした感触が得られるので、何回か指頭でこすりつけるようにマッサージすると、次第にプチプチもなくなり、症状もとれてくる。このマッサージにより、鼻腔が開いて呼吸しやすくなる。ただし持続効果に乏しい。上唇鼻翼挙筋自体は顔面表情筋の一つ(顔面神経支配)だが、同部を知覚支配している鼻毛様体神経を刺激することになり、涙分泌を増やすので眼精疲労にも有効である。

 

 

 

  

 

 

 

 

 


現代鍼灸でのツボの効かせかた②下肢編 ver.1.2

2021-06-01 | 経穴の意味

前回、<現代鍼灸でのツボの効かせかた①上肢編>を記した。今回は第2弾として②下肢編を書き現してみた。

 

1.陽陵泉と懸鐘

1)解剖と取穴

①陽陵泉は、腓骨頭の前下方直下で長腓骨筋上を取穴。
②懸鐘は、腓骨頭と外果を線で結び、外果から1/5の短腓骨筋中にとる。

2)臨床のヒント

①両穴とも深部に浅腓骨神経が走行しており、も坐骨神経痛の部分症状である浅腓骨神経痛の治療点となる。

②下腿外側痛とくに腓骨頭直下の痛みに対する治療で陽陵泉刺針を行うが、直刺しても意外に下腿外側に響かすことは難しい。だが仰臥位にて陽陵泉から足三里方向に1㎝寄った処から刺入し、ベッド面に直角に刺入すると、下腿外側に響かせることができる。このことから、陽陵泉の刺針とは長腓骨筋TPsに対する刺針とみなすこともできる。

③懸鐘は短腓骨筋のトリガーポイント部に相当するので圧痛が多発しやすい。懸鐘部分の下腿筋膜による浅腓骨神経は神経絞扼障害を起こすことがある。

④深・浅腓骨筋には、足関節を底屈機能がある。足関節捻挫の代表的なものに、前距腓靭帯捻挫があるが、傷ついた足関節捻挫であっても、腓骨筋群(長・短腓骨筋)などが足関節をしっかりと支えているとグラつかずに歩行できる。このことは慢性外側足関節捻挫の治療のヒントになる。


  
2.地機と築賓

1)解剖と取穴

①地機は、下腿内側、脛骨内縁の後際で陰陵泉の下方3寸に取穴する。ヒラメ筋の起始部になる。刺針すると、ヒラメ筋に入り、深層には後脛骨筋・長趾屈筋・長母趾屈筋がある。
②内果の頂とアキレス腱の間の陥凹部に太谿をとり、その上5寸に築賓をとる。築賓は腓腹筋上にとる。

2)臨床のヒント

①下腿後側筋深部筋の、筋停止部は足底部にあり、筋の起始は下腿後側の上1/2までにある。 筋を緩めるには、筋の骨接合部を刺激するのが有効であり、刺針部位も下図の緑部分になる。

②下腿後側深部筋は単関節筋である。足関節を底屈する時、下腿後側深部筋は収縮する。ゆえに地機の筋硬結を触知するには、足底屈姿勢にするのがよい。実際には、患者の足底を自身の対側の下腿内側中央あたりに、ぴたりと付着させる姿勢にさせ、地機の硬結探索および施術を行うとよい。

 

③腓腹筋は膝関節と足関節との2関節を経由して起始停止がある2関節筋である。腓腹筋を緊張ささせるには、膝関節を完全伸展させる(できれば足関節も背屈させる)必要がある。ゆえに築賓の筋硬結を調べるには伏臥位で膝伸展位で行うことが合理的になる。

 

④膝を伸ばした状態で「アキレス腱を伸ばす体操」をすると腓腹筋が伸張され、膝をやや曲げた状態で行うとヒラメ筋が伸張される。ヒラメ筋刺針はこの肢位にて行うと効果的になる。

3.三陰交

1)解剖と取穴

下腿内側で内果の上方3寸で、脛骨内縁に三陰交をとる。三陰交から直刺すると後脛骨筋・長趾伸筋に入り、深刺すれば長母趾屈筋に入る。深部には脛骨神経がある。

2)臨床のヒント

①一般的には坐骨神経痛の部分症状である脛骨神経痛の時に、対症療法として使うことが多い。

②生理痛に対して三陰交の灸や皮内針などの皮膚刺激をするのは、伏在神経の興奮を遮断しているからだろう。 伏在神経(知覚性)は大腿神経(知覚性・運動性)の枝で、大腿神経は腰神経叢(L1~L3)からの枝である。腰神経叢からは腸骨下腹神経や腸骨鼡径神経が出て、鼡径部や下腹部を知覚支配しているので、これらの痛みに有効なことが予想できる。 

③三陰交がS2デルマトーム上にあるので、八髎穴とくに次髎と同じような用途がある。
八髎穴と同様の効果をもつ下肢遠隔治療穴に裏内庭があり、裏内庭は急性食中毒による下痢・下腹部痛すなわち下行結腸・S状結腸・直腸の痙攣に効果があるのではないか。

③三陰交は子宮頚部の緊張を緩める効果もあるようだ。安産の灸として出産が間近になると施灸する習慣があるのはこの効果を期待したもの。妊娠初期に三陰交刺激が禁忌とするのは、子宮頸部を緩めることで、堕胎につながるのではないだろうか。これに対し、逆子に効果あるとされる竅陰穴への施灸だが、これは一過性に子宮体部の緊張を緩める作用があると考えると納得がいく。  

④三陰交部から脛骨神経を直接刺激するのは、覚醒脳開竅法の下肢痙性麻痺に対する常用穴である。

 

4.足三里と脳清

1)解剖と取穴

①足三里は、外膝眼(膝蓋骨下縁と脛骨外側の陥凹部)の下3寸、前脛骨筋上にとる。深部に脛骨神経がある。

 

②足関節背面には、3本の腱(内側から外側に向けて、前脛骨筋腱・長母趾伸筋腱・長母伸筋腱)がある。足関節背面から2寸上方に脛骨を触知し、その外方にある長母趾伸筋腱に脳清(新穴)を取穴する。

 

2)臨床のヒント

①足三里(足)の適応症は、直接的には前脛骨筋の筋疲労である。足三里など、下腿前面の前脛骨筋外縁が脛骨に接する部の圧痛を探し、深刺し前脛骨筋の起始部骨膜に刺針、そのままゆっくりと足関節背屈の自動運動を行わせると、針の上下動により前脛骨筋の収縮を観察できる。(急激な関節背屈運動では深腓骨神経の針響きは非常に強くなり、針体も曲がりやすく折針の危険もある)
ただ、どういう場合に前脛骨筋に疲労を感じるかといえば、ランニングなどの激しい下肢運動をした時は当然として、大して運動していない場合でもコリを感ずる時があって、これは今のところ必ずしも胃の状態の反映といえないように思う。


②清脳の適応症状は、局所である下腿前面下部の重だるさである。脳清は直刺するとすぐに脛骨にぶつかるので、刺針方向は腓骨方向に45度の斜刺。置針したまま、長母趾伸筋腱中に入れる。そのまま母趾の背屈自動運動をゆっくりと少しずづつ行わせると、刺針部に針響を与えることができる。脳清とのツボ名から、頭をすっきりする効能がありそうに思うが、施術して効いたという感触がない。

 

5.失眠

1)解剖と取穴
踵骨隆起中央。脂肪体を介して踵骨がある。



2)臨床のヒント

①通常であれば立位や歩行に際し、踵中央が床に圧迫された際で、踵が痛むことはないが、原因不明だが踵のクッションである脂肪体が減少し、弾力を失っている場合、痛むようになる。  脛骨神経分枝の内側足底神経踵骨枝が、踵骨底と床に圧迫されて痛むのが直接原因。

②安静にして脂肪体の増殖を待つ。対症療法としては、踵部を覆う非伸縮性テーピングで脂肪体が広がらないように土手をつくる。歩行時はさらにヒールカップ、または靴のインソールの踵部分をくり抜いた靴底を自作し、体重負荷の免減を図る。

 

 

③類似の疾患に足底筋膜炎がある。しかし足底筋膜炎は踵骨隆起の中央が痛むのではなく、踵の前縁に圧痛があり、母指を他動的に背屈させた肢位にすると痛み再現する。

 

6.条山

1)解剖と取穴

五十肩に対し、健側の条口(足三里の下5寸で前脛骨筋上)から承山(委中の下8寸で腓腹筋がアキレス腱に移行する部)に透刺

2)臨床のヒント

五十肩に対して条口から承山への透刺をするという方法は、いわゆる中国の古典鍼灸に記載はなく、清の時代以降に発見されたらしい。わが国にはいったきたのは、1970年代頃である。

 坐位で、健側の条口から承山に透刺するには少なくとも4寸針が必要となる。透刺が必要となるとは、脛骨と腓骨間にある骨間膜刺激が重要なのかと考えたこともあったが、健側の条口から承山方向に1寸程度直刺でも効果はあるようだ。刺針したまま何回か患側肩関節の自動運動をさせると、次第に肩関節外転角が広がってくる現象をみる。しかし効かないことも多く、効いた例であっても、その効果は当日止まりということが少なくない。

いずれにせよ、五十肩になぜ条山穴刺針が効果あるのか不思議だった。中華民国、中国中医臨床医学会理事長の陳潮宗の研究によれば、この刺針が肩甲上腕関節の動きよりも肩甲胸郭関節の増加し、肩甲骨上方回旋がしやすくなる効果があるらしいことが判明した。

肩甲骨上方回旋を増大させる私流の方法は、甲下筋や前鋸筋の収縮力抑制をはずす目的で、膏肓を刺入点として肩甲骨と肋骨間に3寸針を刺入しつつ肩関節外転90度位にての肘の円運動を行わせる運動が効果的だと思っているが、3寸針を入れることは患者にとって抵抗感があるだろうから、その代用として条山穴刺針があると私は思っている。

 

7.委中

1)解剖と取穴

膝関節90度屈曲位で、膝窩横紋中央。膝窩筋中にとる。

2)臨床のヒント

①委中といえば四総穴の<腰背は委中に求む>が有名だが、腰背痛患者の治療には腰背部局所に施術する方が手っ取り早く確実性もある。

②膝窩痛を訴える患者に対しては、膝関節90度屈曲位(立ち膝位)にさせて委中付近の圧痛硬結の触知を試みる。圧痛硬結を触知でき、硬結を押圧すると非常に痛がることをもって、膝窩筋腱炎と診断する。この体位のまま、委中付近の硬結中に刺針すると、強い響きを生ずる。雀啄後に抜針。伏臥位で、症状部である委中に刺針してもスカスカした感じ(膝窩筋が収縮していない)となり、治療効果も乏しい。



③人間は膝関節完全伸展位で立っている際は、あまり筋肉に負担がかからない。ゆえに筋疲労しにくい。立位から歩行するため、まずは膝関節伸展位から膝軽度屈曲位にモードを切り換えねばならない。この切替スイッチを膝窩筋が行っている。歩行時中は、常時膝屈曲位になっている。歩行中に膝完全伸展になると膝ロック状態となってスムーズに前方に進めなくなる。これは四頭筋筋力低下時に、膝折れ防止を回避するため起こりやすくなる。

④足底筋は、大腿骨の外側顆の上方で、腓腹筋の外側頭の領域と膝関節の関節包から起こり、腓腹筋とヒラメ筋の間を走って下方へ向かい、アキレス腱内側縁で停止する。アキレス腱断裂時でも、足の底屈できるのは、足底筋収縮のため。足底筋は本来、足底筋膜を緊張させる役目があり、この機能により硬い地面を平気で歩けるようにしていた。
上肢で足底筋と機能が似ているものに長掌筋がある。サルは長掌筋が緊張すると手掌腱膜を緊張させ、これにより手掌が硬くなって、容易に木登りしたり枝にぶら下がったりできるようになる。猫の爪の出し入れも長掌筋の機能。
足底筋も長掌筋もヒトにとっては、無くともよい筋とされる。

 

 


現代鍼灸でのツボの効かせかた③頸部編 ver.1.1 

2021-05-30 | 経穴の意味

1.天柱と上天柱

1)解剖と取穴 

天柱:C1後結節-C2棘突起間の外方1.3寸。直刺では僧帽筋→頭半棘筋に入る。
上天柱:後頭骨-C1後結節突起間の外方1.3寸。直刺では僧帽筋→頭半棘筋→大後頭直筋に入る。
※後頸部の僧帽筋は薄いので、頸部運動にはあまり関与せず、臨床上は無視できる。僧帽筋の主作用は肩甲骨を動かすことにある。僧帽筋は肩甲骨を引き上げるためにある。

2)臨床のヒント

天柱
①大後頭神経(C2後枝)は上後頸部の筋を広く運動支配し、また後頭~頭頂を皮膚支配する。天柱から深刺すると時に後頭~頭頂に響くのはこのため。

②頭・頸半棘筋は後頸部にある太い筋で、頭の重量を支える働きがある。本筋が弱ければ、前を見ることもできない。頭・頸半棘筋は、後頭骨から頸椎後部を縦走しているので、天柱だけでなく、頸椎~上部胸椎の一行刺針でも  頸部痛の治療として有効になる場合がある。
    

 

上天柱

①後頭下筋(大・小後頭直筋と上・下頭斜筋)群の役割は、頸椎に対して頭位のブレの調整である。この機能により歩きながらでも前方を注視することが可能になる(デジカメの手ぶれ補正機能のよう)。

②後頭下筋の特徴的な動きは、C1-C2間の大きな左右回旋(左右とも45°)と、後頭骨-C1間の顎引き・顎出し動作である。これらの可動性低下の場合、後頭下筋に刺針する。         

③C1後枝(=後頭下神経)は後頭下筋を運動支配し、知覚神経は支配しない。ゆえに後頭下筋は凝ることはあるが痛まない。しかしすぐ浅層に大後頭神経があるので、これによる痛みやコリが出現することはある。

④三叉神経の一部(三叉神経脊髄路)は橋から出て、いったん上部頸椎の高さの脊髄まで下ったのち、再び上行して三叉神経節に至る。このような解剖学的特性により、C1~C3頚神経後枝(主に大後頭神経)が興奮すると、それが三叉神経(とくに眼神経)を興奮させる。これを大後頭三叉神症候群とよぶ。ほぼ上天柱深刺がトリガーポイントになる。

⑤天柱から緊張した大後頭直筋を刺入するためには、この筋を伸張させた肢位にして行うと効果が増大する。この対応として頭蓋骨を抱きかかえての天柱刺針することを思いついた(下の2枚目の図)。患者を椅坐位にさせて床を見させる。治療者は患者の頭を施術者の前腕内側と心窩部でスイカを抱きかかえるような格好で頭蓋骨を保持する。その姿勢のまま、天柱・上天柱などから深刺する。強刺激したい場合、術者の膝の屈伸をしつつ、針を雀啄するようにする。

 

2.風池と下風池

1)解剖と取穴

風池:後頭骨-C1棘突起間の外方2寸。上天柱と同じ高さ。直刺では頭板状筋に入る。上頭斜筋はかなり深部にあるので刺激するのは難しい。
下風池:C3棘突起の外方2寸。直刺では頭板上筋に入る。

2)臨床のヒント

①風池の深部には小後頭神経(C2C3前枝)がある、小後頭神経は筋を運動支配せず、側頭部皮膚を知覚支配。ただし小後頭神経痛患者が来院することはまれ。

②頭板状筋は、C1-C2間が大きく回旋させる機能があって、これにより顔を左右に回旋させることができる。「首が回らない」という症状には、まず頭板状筋の緊張を考える。

③頭板状筋への刺針では、解剖学的に風池よりも下風池が適している。

④首の回旋障害に対しては下風池に刺針するが、これには頭板上筋を伸張させた体位にさせて刺針すると効果が増す。たとえば右の下風池に刺針する場合、左に顔を最大限回旋させ、術者の肘と前腕で頭を抱える。この状態で刺針する。


 

3.天鼎

1)解剖と取穴
喉頭隆起の外方3寸。胸鎖乳突筋中に扶突をとる。扶突の後下方1寸で胸鎖乳突筋の後縁に天鼎をとる。(最新の学校協会教科書では別位置)

 

2)臨床のヒント

①頸椎部からは頸神経が出る。頸神経前枝はC1~C4が頸神経叢に、C5~Th1が腕神経叢にグループ化される。頸神経前枝障害における代表刺激点は天窓になるが、臨床的に天窓を刺激する機会は多くはない。腕神経叢の障害は臨床でよく遭遇するので、天鼎刺針を使う頻度は高い。

②上肢症状があれば、腕神経叢(C5~Th1)症状の有無を確認する。上肢症状がデルマトーム分布に従っていれば神経根症を、末梢神経分布に従えば胸郭出口症状群をまず考える。
なお胸郭出口症候群では前斜角筋症候群の頻度が高く、本症では前斜角筋刺針を行うが、鍼灸臨床で両者は同じような刺針になる。

③天鼎から腕神経叢に刺針することは難易度が高いが、習熟するとまず失敗することなく上肢に放散痛を与えられるようになる。

   

 

 

4.大椎・肩中兪・治喘・定喘

1)取穴と解剖

大椎:坐位にてC7Th1棘突起間
肩中兪:座位にてC7Th1棘突起間に大椎をとり、その外方2寸。やや内方に向けて4㎝程度刺入すると腕神経叢を刺激できる。

治喘:大椎の外方5分
定喘:大椎の外方1寸。中国からわが国に入ってきた知識としては治喘の方が先だと思うが、学校協会の経穴教科書内容(定喘はあるが治喘は載っていない)のせいか、近頃は治喘よりも定喘の方が知られるようになり、定喘を治喘と同じく大椎の外方5分と取穴することがむしろ普通となった。

 


2)臨床のヒント

①大椎と肩中兪の刺激意味は似ているが、大椎は下にすぐ脊椎があるので施灸するのに適し、肩中兪は腕神経叢刺激する場合、刺針が用いられる傾向にある。

②ペインクリニック科では頸部交感神経興奮の鎮静化や頭頸部の血流改善の目的で、頸部交感神経節ブロック(=星状神経節ブロック)が行われているが、鍼灸治療では星状神経節刺針の代わりに肩中兪深刺を用いることがある。星状神経節と肩中兪の高さはほぼ同一であるから、肩中兪深刺は星状神経節に影響を与えている可能性がある。そうであるなら肩中兪深刺の適用は星状神経節ブロックと同様に広範囲となる。具体的には 頸椎疾患、頸肩腕症候群、胸郭出口症候群、顔面神経麻痺、三叉神経の帯状疱疹後神経痛など。

③大椎付近は心臓の交感神経反射が出やすい部位。心疾患の体壁反応は、交感神経興奮に由来するが、交感神経反応→交通枝→体性神経反応と連鎖し、Th1~Th4デルマトーム領域の体壁に、圧痛や硬結反応を重視する。針灸の治効機序は、脊髄神経刺激→交通枝→交感神経へ影響を与えるとされている。体壁を刺激することで心臓症状(動悸、左胸部圧迫感)は軽くなることもよくあるが、これで心疾患が真に改善したとはいえないだろう。

気管支喘息時にも大椎や肩中兪を使うことは多い。気管支喘息時、起座姿勢で呼吸が楽になることは多いが、これは交感神経緊張の姿勢をするからで、これが気管支拡張作用をもたらす。

これに術者は気をよくして上背部に強刺激を続けると、その時は楽になって患者から感謝されるが、その晩に激しい喘息発作が起きることに注意すべきである。これは玉川病院入院患者の治療にあたって幾度となく経験した。振り子を、意図的に大きく動かすと、その反作用として反対方向の振れ幅も大きくなる。すなわち強い副交感神経緊張が起きやすくなるので喘息発作を起こしやすくなる。振り子は小さく動かすべきだという教訓である。

 

 

④治喘や定喘も、大椎や肩中兪と同じく、気管支喘息時の喘鳴・咳嗽・呼吸困難に施術することが多い。坐位で強刺激を与えるのがコツで、交感神経優位に誘導することで気管支を拡張させるねらいがある。坐位で#3~#5針にて、3㎝刺入し強刺激の雀啄。この間患者に命じて軽く数回呼吸させる。

代田文誌「針灸臨床ノート④」を見ると、面白いエピソードが載っていた。代田文誌が風邪で、いつまでたっても咳と咽痛が続いている時があった。そこで1979年発行中国人民解解放軍瀋陽医院編「快速刺針療法」で知った治喘に刺針することを試みた。自分自身では針を刺せないので、息子の文彦氏に打ってもらった。すると針を脊柱にって下方に向けて1.5寸ほど刺入すると、響きは脊柱と平行に5寸ほど下方にとどいた。抜針して今度は1寸直刺すると頚の方から咽の方に達した。その後まもなく咽が楽になり咳が鎮まってきた、とのこと。

  

 


三陰交の治効理論と適応症、至陰・裏内庭・失眠との比較 ver.1.4

2020-11-25 | 経穴の意味

1.三陰交の適応と治効理由

三陰交は足内果の上方3寸の脛骨内縁を取穴する。足の三陰經である脾経・腎経・肝経の交会する部なので、三陰交と命名された。古来から産婦人科症状に対して、三陰交刺激が多用されてきたという。
※このような經絡走行からの説明が成立するとすれば、前腕屈筋側にある三陽絡は手の三陽経(大腸経、三焦経、小腸経)が交わる処なのに、治療穴としては比較的マイナーである理由は何故なのだろうか。

1)S2デルマトーム上にあること



デルマトームとしては八髎穴と同じような使い方ができる。
子宮体部はTh12~L2、子宮頚部はS2~S4、卵巣がTh10、卵管はTh11~Th12との脊髄分節が支配している。この観点からは三陰交や八髎穴(次髎や中髎)の産婦人科領域の治療対象は子宮頸部であると思われた。

 

2)伏在神経支配であること

三陰交のある下腿内側領域の皮膚は伏在神経が知覚支配している。伏在神経は大腿神経の終末枝で、大腿神経は腰神経叢(L1~L3)を構成する。
腰神経叢からは腸骨下腹神経や腸骨鼡径神経が出て、鼡径部や下腹部を知覚支配しているので、これらの痛みの際に刺激する用途がある。伏在神経は皮膚知覚支配なので、興奮性を調べるには、皮膚を撮診(皮膚をつまむようにして過敏点を調べる)を使うとよい。三陰交には、灸や皮内針などの皮膚刺激が適する。なお三陰交は筋肉は長指屈筋や後脛骨筋(ともに脛骨神経の運動神経)で脛骨神経が深部を走行している。
以上の検討から、三陰交を含む下腿内側の皮膚痛覚異常は、腰神経叢刺激を行うことが妥当であり、たとえば外志室穴からの腰仙筋膜深葉刺激(大腿神経刺激でもある)などを行う方法がある。

※上の2つの診察着眼点の利用法(初学者のために)

身体表面は、デルマトームと末梢神経分布という2種類の診察要因がある。今回の例ではデルマトームがS2、末梢神経分布が伏在神経ということになった。初学者にとっては、どちらを診察の基準におけばよいのか迷うかもしれないので捕捉説明したい。症状が脊髄を介して出現するものはデルマトームを基準とし、たとえば神経根症状や内臓症状がこれに該当する。末梢神経症状の場合はもちろん、末梢神経分布を基準とする。たとえば胸廓出口症候群や手根管症候群時の上肢症状や梨状筋症候群の下肢症状がこれに相当する。

ところで月経痛は一見すると内臓症状すなわちデルマトームを治療根拠とするかのように見えるが、実は体性神経症状である。一昔前のテレビCMで<頭痛・歯痛・生理痛にセデス>というスローガンがあった。セデス・ボルタレン・ロキソニン等は鎮痛剤で体性神経痛に使う(一方腹痛は内臓痛であり、腹痛改善には鎮痙剤としては古くからブスコパンを使う)。そして体性神経痛に対して鍼灸は有効なのである。腰痛や膝痛は体性神経痛の典型といえる。

2.三陰交刺激の適応

1)三陰交皮内針は、下腹痛を軽減する

月経痛の治療で、腰部反応点のみに皮内針治療をすると、たいていは腰痛・下腹痛ともに消失するが、なかには下腹痛のみ残存することがあり、このような場合には三陰交に皮内針を追加することで下腹痛は消失できると高岡松雄は記している。

尾崎昭弘らは、月経期女子の硬い内側の脛骨縁や腓腹筋上に痛覚閾値低下することを明らかにし、このような被検者の腎兪や大腸兪に刺針すると、経時的に上昇することが明らかにした。さらに腰部の圧痛は、三陰交刺針すると、大腸兪よりも腎兪の方が疼痛閾値が高まった。
<尾崎昭弘ほか著「鍼刺激により女子の下腿と腰部の疼痛閾値(圧痛)の変化に関する研究、明治鍼灸医学、創刊号:65-74(1985)>

 

 

2)三陰交には月経困難症の予防効果がある 

①機能性月経痛は、思春期の若年女性に多くみられる。子宮頚部の緊張が硬く強い場合、月経血を通すには子宮頚部を無理にこじ開ける結果、痛みが生ずる。このような場合、子宮頚部の緊張をとることができれば月経痛も改善するので、三陰交刺激が有効となることが多い。妊娠初期に三陰交刺激が禁忌とするのは、子宮頸部を緩めることで、堕胎につながることを危惧しているのだろう。

②日産玉川病院の遠藤美咲、奥定香代子らは20名の月経困難を訴える看護師に対し、週1回皮内針を交換する方法で、3周期の改善度を調べたところ、著効10%、有効45%、やや有効30%、無効15%となり、半数以上の者にして月経困難症を半分以下に抑えることができた。普段体調が良い者ほど効きがよく、治療前の月経困難症の程度が軽い者ほど有効性が高かった。(医道の日本誌)
 
③月経痛はプロスタグランジン産生による子宮頸部平滑筋の収縮によるとされるが、末梢神経ではS2以下の脊髄神経興奮が症状をもたらしていることが多いとする研究もある。針による月経痛鎮静作用は、子宮収縮の程度を弱めるのではなく、関連痛の鎮痛によるもので、脊髄神経の興奮緩和が針の治効理由である。ゆえに、陰部神経刺針点・中髎・中極などの刺激が効果的となる。
 

3.類似の穴との比較

1)至陰

足の第5指爪甲根部外側1分に至陰をとる。至陰はS1~S2デルマトーム領域である。子宮体部はTh12~L2デルマトーム、子宮頚部はS2~S4応が現れるとされる。すなわち子宮頚部と子宮体部の中間的存在で、ここでは子宮全体に関係すると捉えることにする。
至陰へ施灸すると、子宮動脈と臍動脈の血管抵抗が低下することが観察される。この現象は、子宮筋の緊張が低下したことを示唆している。つまり、至陰の灸は子宮筋の緊張を緩め、子宮循環が改善することにより、胎児は動くやすくなり(灸治療中に胎動が有意に増加することが確認されている)、矯正に至るのではないかと推察される。
 (高橋佳代ほか:骨盤位矯正における温灸刺激の効果について、東京女子医大雑誌、65,801-807,1995)


2)裏内庭

①足の第2指を深く屈曲させ、足指腹の中央が足底皮膚に触れた部に裏内庭をとる。内庭は急性食中毒による下痢・下腹部痛に効果があるとする説は広く知られている。裏内庭は主にL4~L5デルマトーム領域だが、裏内庭の外側にはS1~S2デルマトームがある。一般に肛門に近い病変ほど症状が激しくなるので、裏内庭は直腸~下部大腸の病変をカバーする。同じことは三陰交にも言え、子宮頸部平滑筋の緊張による痛みに効果あるのではないだろうか。

②食中毒時に裏内庭に施灸しても熱くは感じないので、熱く感じるまで(百壮ほど)、多壮灸をするという旨が伝わっている。しかし筆者が牡蠣の急性食中毒で腹痛下痢になった際、裏内庭に灸したが、数壮目からすでに熱くなったため、施灸中止した経験がある。


3)失眠

①不眠のことを中国語で失眠とよぶ。失眠穴は踵中央に取穴する。不眠症と踵骨とは現代医学的にどう考えても関連性はないようだが、頭蓋骨とは対極の部位に踵骨があり、足裏側から踵骨をみると、踵骨隆起に頭蓋骨のような半球様と滑らかさがあるので、整体観的に踵と頭蓋骨は関係があるかもしれする考えたかもしれない。何例か患者に失眠の灸を試み、効果ないので行わなくなったが、症例集積を読むと効果のあった例が提示されている。難しいのは、日中に治療室で失眠に灸を行い、その夜に睡眠効果を発揮するという時間差の問題がある。



②通常は温灸を行う。踵や手掌は角質層が厚いので、土鍋を火で温める時のように、施灸時の熱感が到達しにくい。施灸して最初は熱く感じないが、数壮後に突然熱くなるので注意が必要である。

③踵脂肪体萎縮症

失眠は、踵脂肪体萎縮(=踵脂肪褥炎)の際、歩行時痛が出現し、痛みのため歩行困難になりやすい。
脛骨神経分枝の内側足底神経踵骨枝が、踵骨底と床に圧迫されて痛むのが直接原因。踵のクッションである脂肪体が薄くなって弾性を失った状態。踵脂肪体減少の原因は不明。通常はテーピングにて薄くなった踵中央部の脂肪を盛り上げる施術が直後効果もあって、テーピングを続けることで自然と痛みは軽減する。 


④利尿作用

踵中央にある失眠穴に灸刺激すると尿量が増えることが深谷伊三郎(「お灸で病気を治した話」に記録されている。足ツボ療法では足のむくみがとれるともいわれているが、これも利尿作用と関係しているのだろう。ただし腎不全で下肢浮腫がある患者に対して失眠灸をしてみたが、やはりというべきか効果はなかった。
フェリックスマン著「鍼の科学」には、足部とくに踵部と泌尿器の関係が興味深いことが記されている。「尿道と足とは、おそらく同一または隣接したデルマトームに属しているのだろう。多発性硬化症患者の踵を鍼で刺すと、排尿が起こることを観察している」とある。多発性硬化症は中枢神経疾患であって、頻尿に傾くのは上位排尿中枢(延髄)の機能低下した結果、下位中枢興奮を制御できなくなった結果であろう。

 

 


本稿での後頸部の経穴位置と刺激目標

2018-09-07 | 経穴の意味

1.序 

経穴の位置は、その古典的解釈や世界標準化などにより微妙に位置が変わることがあり、教科書もたびたび修正されてきた。その一方で施術者個人の刺激意図により、教科書とは異なった治療点を使用することも、これまた多い。

当然のことだが、学校協会編「經絡経穴学」に定めた経穴位置が今日の基準になっているので、本稿でもこれに準じているが、解剖学的観点から教科書にない治療ポイントも使っている。この新たな位置について、経穴名を別に定めた。具体的には「上天柱」「下玉枕」がこれに相当する。
種々の内容を書いていく上で、その最も基本となる経穴位置が不鮮明であると話にならない。まずは本稿での経穴の正確な位置を提示しておく。

 

2.天柱・上天柱

教科書ではC1C2椎体間の外方1.3に取っているが、何を刺激しようとしているのか治療の狙いが不明瞭である。本稿では、この天柱を使わず、教科書天柱の上1寸の部位を「上天柱」と命名し、臨床に使用している。上天柱は後頭骨-C1椎体間で、頭半棘筋→大後頭直筋と刺入できるが、大後頭直筋刺激用として用いることが多く、従って深刺になる。適応症は、後頭部鈍痛、眼精疲労などである。



3.風池

風池は、乳様突起下と瘂門(C1C2棘突起間で、左右天柱の間)を結んだ中央を取穴するというのが教科書である。これは後頭骨-C1間にとることを意味するので、上天柱と同じ高さになる。古くから風池は対側眼球に向けて刺すように指導されるが、そうすると頭板状筋→頭半棘筋→大後頭直筋刺激にな、治効は上天柱と大差ないものになる。伏臥位で、風池からベッド面に対して直刺すると、後頭三角の間隙に入る。この深部には椎骨動脈があるという解剖学的意義はあるが、治療としての意義は不明である。
風池ではなく、下風池(風池の下1寸)から直刺すると頭板状筋に刺入できる。頭板状筋は頭蓋骨左右回旋の主動作筋なので、本筋が過緊張すれば、その伸張動作(すなわち左右回旋)時に痛む。緊張した頭板状筋を伸張させた頭蓋骨回旋姿勢にして刺針すると回旋障害に対する治療となる。

4.玉枕と下玉枕

外後頭隆起の直上に「脳戸」をとり、その外方1.3寸に「玉枕」をとる。僧帽筋の停止が外後頭隆起なので、脳戸や玉枕は僧帽筋停止外縁刺激になる。また大後頭神経は、玉枕穴から浅層に出てくる。ワレーの圧痛点に一致している。
脳戸の下方で、後頭髪際から入る1寸に「風府」をとる。風府の外方1.3寸に「下玉枕」をとることにした。下玉枕は、頭半棘筋の停止部なので、臨床上刺激価値が大きい。この部の頭半棘筋は薄いので、下玉枕は直刺するよりも、水平刺するとよい。たとえば左玉枕穴から右玉枕穴に向けて刺入する。
下玉枕刺針は、上天柱は大後頭直筋に向けて直刺深刺するのと、異なることに注意すべきである。

 

 

 

 

 

 


大椎・治喘・定喘の効能

2015-03-17 | 経穴の意味

1.大椎の位置

私の大椎穴の取穴は、基本的にはC7/Th1棘突起間であり、今日の基準だと思われる(代田文誌先生は大椎はC6/C7棘突起間を取穴していた)。大椎は背部督脈上の穴や背部膀胱経上の取穴基準点となるので、経穴の位置を統一したい者にとっては困ったことではある。もっとも臨床的には、大椎穴近辺の圧痛所見をもって、そこを大椎と定めるだろうから、針灸治療的にはあまり混乱は起きないであろう。 


2.大椎一行としての治喘と定喘

大椎穴はすぐ直下に骨があるので、刺針して響かせることは難しい。実際には大椎穴ではなく、大椎一行を治療穴として用いることが多い。大椎一行には、治喘と定喘がある。私は、治喘は大椎穴の外方5分、定喘は大椎穴の外方1寸としているが、異説が多い。私の病院研修時代、定喘というツボは耳にしたことがなかったのだが、現在の学校教育経穴教科書には、定喘はあっても治喘は載っていない。定喘と治喘は同一のものであるという者 までいる。


3.代田文誌著「鍼灸臨床ノート第4集」から<治喘の穴 昭47.6.7>の内容から


以下の内容は、現在でも私(似田)の治療に大きな影響を与えている。代田文誌先生は、「快速針刺療法」を読み、「治喘」の存在を知った。従来、この穴を文誌は大杼一行として捉えていた。なお「快速針刺療法」は手帳サイズの薄い本にすぎないが、光藤英彦先生も所持していた。その本の余白には、光藤先生の手によって細かく書き込みを入れていたものたが、愛媛県立中央病院に行った後にも病院に、その本は残されていた。


1)「快速針刺療法」からの抜粋

穴位:大椎穴の傍ら2分~3分のところ。すなわち第7頸椎と第1胸椎の間の骨際の処。

主治:喘息、咳嗽、脊柱両側の痛み、後頭部の痛み
針法:直刺1~1.5寸
針感:しびれて腫れぼったい感じが下方に伝わり、背部または腰部に達する。
注意:脊椎から遠くなりすぎてはいけない。肺臓を刺傷して気胸をおこすのを防ぐためである。

 

 2)代田文誌の体験例

文誌先生が風邪をひいて、身柱・風門に灸したがよくならず、慢性化して咽痛と夜間咳嗽が出現、寝ていると苦しいまでになった。そので自分自身で治喘に刺針したところ、少し症状が楽になったので、息子の(代田)文彦に、針尖を脊柱に沿って下方に向け、1寸5分ほど刺入してもらった。すると針の響きが脊柱に並行して下方に5寸ほど響いていった。今度は針を抜いて直刺1寸ほどしてもらうと、針の響きは頸の方から咽の方に達した。すると間もなく咽が楽になり、咳が鎮まってきて、体を横にして眠ることができた。こうした体験後、大椎一行から下向きに3㎝ほど斜刺するやり方は、文誌の常套法となっていった。

 

3.現在の私の治喘刺針の意図

1)椎間関節症の治療

椎間関節刻面傾斜角が、上下椎体間の動きは決定している。例えば腰椎は屈伸運動は可能だが回旋運動ができない。すると上体を回旋時、胸椎回旋のアラインメントはTh12/L1椎体間で遮断され、この椎体に大きな歪みが生じて椎間関節症状態になることが多いであろう。

 頸椎:   回旋○  屈伸○
 胸椎:   回旋○  屈伸×   
 腰椎:   回旋×  屈伸○ 
 仙椎・尾椎:回旋×  屈伸×

脊柱は頸椎・胸椎・腰椎・仙椎と尾椎という4つの構造体グループでできているが、建物の建て増し部分との接合部が地震に脆弱なように、構造体の境目に力学的な歪みが生じやすい。頸椎は回旋・屈伸ともに可動性があるが、胸椎は回旋可能だが屈伸に可動性はない。つまり頸部の屈伸運動において、C7/Th1椎体間で動きがストップされ、歪みがこの部に加わりやすいと思われる。頸部の屈伸運動障害時の治療には、脊柱回旋作用のある回旋筋・半棘筋が刺激目標になるので、大椎穴よりも、その直側である治喘穴あたりから深刺する方が効果的になる。


2)交感神経優位化の治療


肺や気管(支)の内臓体壁反射は、心臓とは逆に、「交感神経<副交感神経」の臓器であり、起立筋や大胸筋の反応は比較的弱く、これらの部のコリ痛みを緩めても症状の改善につながりにくい。要するに内臓-体壁反射としての体壁反応は弱く、体壁-内臓反射による治療効果も弱い。

 咳嗽喀痰に対する鍼灸治療は、交感神経優位にすることが症状緩和になると考える(たとえば、喘息発作時には、両手を熱い湯につけると症状緩和する。熱いシャワーを大椎部にあててもよいが、脱ぐのに手間取る)ので、促通手技として座位にし、上背部とくに治喘穴に対して強刺激施術を行う。
 <治喘>
位置:大椎穴(C7、Th1棘突起間)の外方5分(実際には直側)
刺針:刺針:#3~#5針にて、3㎝刺入して強刺激の雀啄。この間、患者に命じて軽く数回呼吸させる。頸部交感神経を興奮させることで副交感神経亢進を是正。


.星状神経節ブロックと大椎周囲刺激の共通性


1)星状神経節ブロックの治効理由にたいする疑問 


星状神経節ブロックは、頭部頸部を支配している交感神経の活動を抑えることで、相対的に副交感神経活動を優位にし、頭部顔面部の血管壁を拡張することで血流増加をまねき、このことが自然治癒力の増強を図るといった意味がある。

代田文彦先生は、この見解に異論があった。星状神経節ブロックでは、普通は局麻剤とステロイド剤の混合薬液を注射するが、実際にはブロック針を刺すことだけでも薬物を使った時と同様の効果が得られるという事実がある。刺針刺激は、局所を麻痺させるのではなく、局所を刺激するという真逆の作用なのに、同じような効果があるのは何故なのだろうか?

2)大椎と星状神経節刺針

 
筆者も玉川時代、星状神経節ブロックの真似をして、星状神経節刺針を結構行っていたが、治療効果が不明瞭(星状神経節に針先が命中したか否かを確認することが難しいこともある)であったこと、前頸部から刺針する関係で患者が嫌がる傾向にあったことなどから次第に行わなくなった。

星状神経節刺針に代えて行ったのが、座位での治喘深刺だった。治喘刺は星状神経節刺と同等の効果があり、治療のやりやすさを考慮すると、治喘の方に分があると思っている。
その理由として、①星状神経節刺部位と治喘は、座位側面からみると、ほぼ同じ高さに位置すること、②星状神経節ブロック時の薬液浸潤は上部胸椎領域にも広がるという事実による。

 

 


足三里刺針、陽陵泉刺針の響かせ方

2014-09-01 | 経穴の意味

1.足三里から深腓骨神経に響かせる方法
 
足三里から刺針し、足首背面方向に響かせようとすれば、仰臥位で膝完全伸展位にて、脛骨粗面の下1~2㎝の部から、脛骨エッジ部から1㎝程度外方を取穴。ベッド面に対して直刺し、前脛骨筋の固い筋層奥にまで入ったら、強めの上下の雀啄を行うようにする。このようにすると、ほぼ確実に深腓骨神経に刺激を与えることができる。

要するに、膝完全伸展位にすること、そして標準的足三里位置よりも、脛骨寄りに取穴すること、比較的深刺することなどがコツであろう。

 

 

2.陽陵泉から浅腓骨神経に響かせる方法

1)陽陵泉傍神経刺の発見

 ある時、当院に、陳久性の下腿外側の痛みを訴える患者が来院した。診察すると陽陵泉に強い圧痛を発見できたので、寸6#2で直刺すると、下腿外側に弱い響きを与えることはできたが、症状は改善されなかった。針を太くしても置針しても効果なし。一応坐骨神経ブロック点に刺針もしたが、元々圧痛はあまりなく、効果ないことに変わりなかった。 効果の乏しい治療を何十回も繰り返すうち、仰臥位下肢完全伸展位で、偶然に教科書陽陵泉位置から2㎝ほど足三里方向を取穴し、ベッド面に対して直刺することがあった。
すると患者がびっくりするほど強い針響が下腿外側に与えることができ、始めて症状の軽減せしめることができた。

2)陽陵泉傍神経刺

陽陵泉の局所解剖は、総腓骨神経あるいは浅腓骨神経が長腓骨筋を通過する部である。筆者の行った方法は長腓骨筋に対知る刺針なので、総腓骨神経(あるいは浅腓骨神経)傍神経刺になっている。傍神経刺といえば、木下晴都先生が有名で、先生の「最新鍼灸治療学」を見たが、陽陵泉の傍神経刺については記載ないようであった。


腕骨・陽谷・養老の位置と局所的意義 ver.1.1

2014-05-05 | 経穴の意味

1.教科書上の腕骨・陽谷・養老の位置

針灸学校教育で使用する東洋療法学校協会編「経絡経穴学概論」(旧版)で、小腸経上の腕骨・陽谷・養老の位置は次のようになっている。分かりにくいので図示してみた。

腕骨:手背尺側にあり、第5中手骨底と三角骨の間の陥凹部。
陽谷:手関節後面にあり、尺骨茎状突起の下際陥凹部。
養老:陽谷の上(肘側)1寸で、尺骨茎状突起と尺骨頭の陥凹部。

上記の穴は、経絡治療家は要穴治療として用いるだろうが、症状がこれら局所にない限りは、現代針灸派では、使う機会はめったにない。では、局所になる場合とは、どういうことだろうか。調べてみると、陽谷と養老穴は局所になり得ることが分かった。(針灸で治るという訳ではない)


2.陽谷=TFCC損傷

TFCCとは、三角線維軟骨複合体(triangular fibrocartilage complex)の略である。
尺骨と三角骨の間にある軟部組織で、手関節の尺側の支持性、手首の各方向の運動性、手根骨-尺骨間の荷重伝達・分散・吸収に寄与している。ちょうど膝における半月板と同様にいわゆるクッション役割を果たしている。

TFCC損傷とは、この部の外傷および加齢変性をいう。タオル絞り、ドアノブの開け閉めなどの手関節のひねり操作の際に手関節尺側部の疼痛を訴えることが多い。
現代医学的治療は、安静、消炎鎮痛剤投与、サポーター固定、ギプス固定などの保存療法が中心で、3ヶ月経ても治癒しない場合、手術療法を行う場合もある。

 


 

3.養老=尺側手根伸筋筋筋膜症・同腱の腱鞘炎・同腱の脱臼



尺側手根伸筋の起始は上腕骨外側上顆、停止は第5中手骨底であり、手関節の伸展と内転(尺屈)作用を行う。その腱は、手関節付近で腱鞘構造をとり、尺骨茎状突起と尺骨頭の間にある陥凹部を走行し、さらに伸筋支帯にもカバーされている。尺側手根伸筋腱鞘上で、尺骨茎状突起と尺骨頭の間に養老をとる。

尺側手根伸筋腱を触知するには、手掌を下にして手を机の上に置いたまま、小指を背屈させる。すると養老に相当する腱部の動きを感じることができる。


1)支正をトリガーとして、手関節尺側に放散痛


 

 



2)尺側手根伸筋腱の腱鞘炎および脱臼

手の回内・回外の際には、尺側手根伸筋腱には、摩擦が加わり、腱鞘炎が生ずることがある。また容易に脱臼し、尺骨茎状突起を乗り越える。脱臼症状とは、尺側手根伸筋腱鞘の腫脹、腱溝に沿う圧痛で、回外時に脱臼した同腱を皮下直下に触れることができる。強い回内外に伴う疼痛を認める場合がある。

保存療法では消炎鎮痛剤、ギプス固定、サポーター固定、腱鞘内ステロイド注射が主となる。

 

3)尺側手根伸筋腱炎の症例(追加分)

筆者は最近、右養老穴部の痛みを訴える患者(78歳女性)を診る機会を得たので、どういうきっかけで養老部が痛むようになったかの一例を知ることができた。この患者は山登りを趣味としているが、その際、両手にストックを持つことを最近覚えた。今回の下山時、高低差のある処に下りたのだが、目測を誤ってドスンといった感じで飛び降りるようになった。その時、ストックを握った手が強制的に外旋・背屈してしまったとのことだった。

 

本患者の疼痛痛部局所である養老穴に刺針や運動針しても無効、同部に刺絡すると、やや有効という程度。本筋の上流である筋へ運動針しても、効果なし。現在まで2ヶ月間に4回程度治療したが、痛みは初回治療前の半分程度存在しているという。治療は予想以上に難しいらしい。