現代針灸治療

針灸師と鍼灸ファンの医師に、現代医学的知見に基づいた鍼灸治療の方法を説明する。
(背景写真は、国立市「大学通り」です)

効果を実感できた浴室鏡のウロコ取り方法 ver.2.0

2022-06-03 | 雑件

 私は築三十年の家に住んでいる。浴室の鏡(縦47㎝横、36㎝の標準的なもの)は、月日の積み重ねにより、ひどく垢がつき曇っていて、自分を映し出すことはまったくできない。効果的だとされている方法を何回か追試し、ダイヤモンドうろこ取りを使ってみた。掃除直後に少し改善したように見えても、乾燥すると元に戻るのだった。新品(後日、三千円程度で新品が買えることを知ったのだが)に交換するしか手はないかと思っていた。そうした矢先、新しい鏡磨きの方法をYouTubeでやっていた。気を取り直しやってみることにした。

A.初回トライ

1.用意するもの
ダイヤモンド鏡うろこ取り(百均でも可)
トイレの洗剤サンポール  (9.5%希塩酸)
 ディスポゴム手袋
キッチンペーパータオル
ラップ

 

2.方法

①両手にディスポゴム手袋を装着

②風呂オケを準備し、サンポール原液を入れる(コップ半分くらい)
③キッチンペーパータオルを完全に浸す
④鏡面全体に、そのキッチンペーパーを貼り付ける。乾燥防止にキッチンペーパーの上にラップで覆う。そのまま1~2時間放置。
⑤ラップとキッチンペーパーを剥がす
⑥ゴム手袋をした状態で、ダイヤモンド鏡うろこ取りでこする
⑦最後に鏡を水で洗浄する


3.効果と感想

①②③④⑤と手順通りに進行。見ると鏡面のこびりついた石鹸垢が浮き上がっているのを発見。ダイヤモンド鏡うろこ取りでこすってみると、面白いようにボロボロと垢が剥がれ、下に落ちていった。ただ予想外に垢が多量に出たので、鏡の1/3ほどこするうちに、うろこ取りが目詰まりし、使えなくなったが解決策は見えてきた。今度はダイヤモンドうろこ取りをあと2つ位用意し、再びトライしたい。下の写真で曇っている部分は、まだ垢が残っている部分。掃除前は、まったく鏡としての用をなさなかったが、ムラはあるものの掃除後はうっすらと像を写せる状態にまで回復した。


B.2回目トライ

前回の鏡みがきから約十日後、本格的に鏡磨きに挑戦した。その様子はブログ記事にする予定だったので、様子をしっかりと写真撮影した。この日のため、サンポール1本、百均のダイヤモンドウロコ取り2個.。それにディスポゴム手袋を用意した。

1.前回簡単に磨いた後の鏡を取り外して縁側に置いてみた。外の光にあててみると予想していた以上に汚いことが判明。なお鏡は上下2つずつの金属ツメで固定されている。上のツメを下から金属ヘラで叩くと、ツメが上に移動して鏡がとりはずせるようになる。


2.鏡を取り外した浴室壁面は、所々黒ずんでカビていた。ここには「カビ取りキラー」をふりかけ、ブラシでこすってみると、汚れは簡単に取れた。

 

3.ディスポ手袋を装着。「リードペーパータオル」をかぶせ、その上からまんべんなくサンポール原液をふりかけた。その後、鏡を大きなポリ袋に入れ蒸発防止のため密閉。

 

4.密閉すること70分、ポリ袋から取り出し、ペーパータオルも取り外した状態。

 

5.「ダイヤモンドうろこ取り」で5~10分こすると、消しゴムのカスのようにボロボロとウロコが除去できる
6.ウロコの取れ方が不十分な部分を、サンポールが染みこんだペーパータオルをかぶせること20分。



6.新品のダイヤモンドうろこ取りに交換し、再びこする。その後水洗い。なお酸は鏡にダメージを与えるとう話なので、掃除後はしっかりと水洗い洗浄すること。

 


7.浴室壁面に鏡を取り付けて完了。

水洗いして濡れた状態では非常に改善した印象を受けたが、乾いた状態になると透明感は落ち、新品と比べ80%程度の出来だろう。鏡に顔が映るようにはなり、ひげ剃り用として使えるようになった。(一般的に浴室鏡の寿命は5~10年だとされている)

 

 

 


慢性気管支炎と気管支喘息に対する治喘の強刺激 ver.1.1

2022-05-21 | 胸部症状

2006-04-08 01:48:16

1.慢性気管支炎の概要

気管支炎には急性と慢性がある。ただし急性気管支炎は医療機関での治療が効果的なので、針灸で取り扱うのは慢性にほぼ限られてくる。なお慢性気管支炎の診断は、検査数値では決まらない。主訴が咳嗽・喀痰であり、「痰の多い状態が年(特に冬場に)に3ヶ月以上毎日あり、2年以上続く場合」と定義される。
慢性気管支炎の病態生理は、文字通り気管支の炎症で、気管の改変が起こり、気管支の粘液分泌過剰となる状態である。40才以上の喫煙者に好発。
なお慢性気管支炎・肺気腫・気管支炎は呼吸通路の狭窄による呼吸障害という点で共通性があり、一括して慢性閉塞性肺疾患(COPD)とよばれる。

気管支拡張症との鑑別:咳嗽・喀痰は気管支炎と同じ。多量の痰と血痰が特徴。慢性気管支炎は気管支全体の破壊なのに対し、気管支拡張症は中等気管支の変性拡張。
肺気腫との鑑別:老人男性の喫煙者に多いという点は慢性気管支炎と同じ。ただし肺気腫の主訴は息切れで、樽状胸郭を認める。肺の老化現象で、肺胞壁の破壊により、終末気管支以下の肺胞壁が以上に拡大し、縮まない状態。


2.気管支喘息の概要

気管支粘膜が炎症を起こして腫脹している状態がベースにあり、わずかな刺激で気管支痙攣と浮腫を起こし、咳・喘鳴・呼気性呼吸困難を起こす疾患。35才以下に多いのが外因性(アトピー性)で、35才以上に多いのが内因性(感染性)である。
内因性の方が難治である。

喘息様気管支炎との鑑別:本来が気管支炎であり咳嗽喀痰が主。しかし気管支からの粘液分泌増大し、喘息様の呼吸困難があるかのように見える。小児に多い。風邪の二次感染で生じ、治癒しやすい。(本症を小児喘息と判断して針灸を行うと、針灸治療成績が極端に上昇する誤りを犯す)

心臓喘息との鑑別:左心不全が進行すると左心に溜まった血液を拍出する力が弱まり、結果として肺鬱血状態になる。また血液中の水分が肺に浸出(=肺水腫)して息切れや呼吸困難が生ずる。とくに夜間は全身に貯留した体液が血管内に戻り、循環血液量が増えるので心臓に負担がかかり、夜間発作性呼吸困難を生ずる。この別名が心臓喘息である。心臓喘息は呼気吸気性呼吸困難であり、サラッとしたピンクの泡沫状痰を呈する。気管支喘息は呼気性呼吸困難を呈し、無色透明のネバッとした痰が出る。


3.慢性気管支炎と気管支喘息の現代医学的治療

両者とも対症治療となる。慢性気管支炎で、痰が出る時には去痰剤を、呼吸が苦しい時には気管支拡張剤を、熱がある時は抗生物質を投与。タバコをやめさせることが重要。気管支喘息は、気管支の炎症を抑え喘息発作を予防する目的で、必要十分な量の吸入ステロイドを使用。それでも発作が起きた場合には気管支拡張剤を使用する。


4.慢性気管支炎と気管支喘息の針灸治療

1)針灸の需要
慢性気管支炎を医療機関でも治すことは難しいが、コントロールは可能なので、針灸の需要はあまりない。一方気管支喘息に対しては、20年ほど前までは盛んに針灸が行われたのだが、現代医療の進歩により、吸入ステロイドを使用するようになってから、針灸来院患者は激減している。

2)針灸の方法
肺と気管支は副交感神経優位内臓であり、交感神経優位臓器と異なり、理論上は臓器関連のデルマトームに異常所見は検出できない。
副交感神経優位の時に症状が悪化する。現代医療でも症状増悪時に、気管支拡張剤(交感神経刺激作用)を使うように、針灸でも身体全体として交感神経優位にすることが治療となる。針灸治療は、交感神経緊張を緩める(=リラクセーション)のイメージが強いが、ここでの治療は交感神経緊張を亢める(=リフレッシュ)治療が必要となる。
たとえば入浴でリラクセーションには、ぬるめの湯に長時間つかるのがよく、リフレッシュには、立って熱いシャワーを短時間浴びるのがよい。また咳を鎮め、痰を排出させやすくする方法として背中を強打することは日常よく行われることである(逆に、悪心ある者に対して嘔吐を促すには背中をさする。これは副交感神経優位にして胃の逆蠕動を誘発させる)。
針灸も同様で、リラクセーションには伏臥位や仰臥位での置針法がよく、リフレッシュには太い針や熱い灸の短時間刺激がよい。

強刺激という立場から治療点はどこでもよいが、星状神経節を刺激する目的も兼ねて、座位にて大椎や治喘を刺激するのが適切である。具体的には中国針を用いての速刺速抜を何ヶ所か行い、灸ならば小豆第大の艾しゅ5壮である。淺野周氏は、温灸用モグサをつかっての透熱灸を推奨している(「北京堂」ホームページ)。

注意すべきは全体としての刺激量である。強刺激の治療は、あっさりと5分間程度で終わらせるべきで、これを越えると刺激量過多となる。治療直後は、よく効いて感謝されても、その晩に悪化して信頼を損ねかねない。これは新人針灸師がよくやる失敗でもある。

刺激を与えている最中は深呼吸をさせると促通効果が得られて治療効果が増す。喘息の誘発因子が肩こりのこともあり、肩こりのある者では、この治療も併用した方がよい。 

5.追加:大椎を冷やす道具(2022.5.21)

喘息発作時には大椎や治喘・定喘に強刺激を与える治療が効果的なことが知られている。喘息発作時は副交感神経優位状態であり、患者は起座位になると呼吸が楽になる(交感神経優位に誘導)することを患者が無意識的に自覚しているからである。老人に多いことだが銭湯で熱い湯船に入る際、その湯を桶ですくって自分の頸肩に何杯もかけたものだった。これにより交感神経優位に誘導すると熱い湯船に入ることができるようになる。

これと同じ理由で、暑い時期に涼む方法として、大椎あたりを冷やすことが知られている。ただ冷やすといっても冷やした濡れタオルでは、すぐにぬるくなってしまう問題があった。本日ネット検索をしていたら偶然に大椎あたりを冷やす装置(レオンポケット3)がソニーから発売されていたことを知った。板状の半導体熱電素子の一種であるペルチェ素子を使うもので、ある方向に直流電流を流すと、素子の上面で吸熱(冷却)し、下面で発熱(加熱)する。ただし冷却効率は低いのでワインクーラーにはよいが冷蔵庫に使うには力不足である。ペルチェ素子の金属板を直接ちょうど大椎あたりに接触させることで涼感を得るというアイデア商品だが、ソニーが販売しているので驚きだ。これも大椎刺激の効果にお墨付きを得た感じ。








箱灸の自作 ver.1.2

2022-05-20 | やや特殊な針灸技術

本記事は2013年に発表し、2022年5月に一部修正した。

代田文彦先生は、質問に答える形で、「灸頭針は手間の割合に効かないネ」と漏らしたことがあった。灸頭針を日常の針灸臨床に取り入れるには、燃焼中の艾の落下や、煙やニオイの問題を考慮するなら、ハードルが高いものとなる。現在では灸頭針に代わり箱灸が普及してきたようである。置針した上から箱灸を行うことで灸頭鍼の代用となるかもしれない。箱灸であれば、艾の落下の危険性はないし、艾に炭化艾を使えば煙の問題も解決できる。

箱灸、心地よいということで患者受けがいいようで鍼灸治療院経営の手段としてはいいのだが、はたして治療効果という点ではどうなのだろうか。

これは実際にやってみなければ分からないということで、私も箱灸治療を開始してみた。箱灸は市販品もあるが、試作品ということで簡単に、かつローコストで製作することを心がけた。箱灸時に使うモグサの熱量と、箱灸の密閉空間の大きさの関係は本来ならば、いろいろ試作品をつくって最も適切なものを採用すべきだろうが、今回は一発勝負で行った。それにしては最大温度、加熱持続時間、心地よさなどすべて適切にいった。

本原稿は、多くの鍼灸の先生にご覧頂き、実際に制作している方も多くいることに驚かされた。お互いに頑張ろうという気になり結構なことである。

1.箱灸の製作

1)金属網:既製品の流し用の金属網。直径13.5㎝、深さ4㎝(100円)
この「流し金属網」はロングセラー商品で、いつでも入手できる。

2)木製外箱:既製品の物入れ用の木箱 外寸:縦18.5㎝ 横12.㎝ 高さ8.5㎝(100円)  
3)金属網を載せるため、木箱の底中央を、10.5㎝×10.5㎝カット。
4)木製フタ:既製品直径18㎝の調理用の木製落としぶた(100円)。この両サイドをカット。箱の幅に合わせて横12㎝とした。

5)熱が加わる部分にアルミホイールを巻き付け、アルミ粘着テープ巻き付け。
 以上で基本的構造が完成。制作材料費ほぼ300円。

6)箱灸に使用する艾は、初めは灸頭鍼用モグサを固く丸めて使ったが、すぐに燃焼終了してしまうので、中国棒灸を長さ1.5~2㎝程度にカットして使用。一度に2個燃焼させると適温となる。燃焼時間も10分間程度と丁度良い。
中国棒灸は1本約21㎝で、約80円。これを12カットに切った。1度に2個使うので、1回のコストは13円程度。

 

 

上の写真では、ヤニ汚れを簡単に拭き取れるように、粘着アルミテープとアルミホーイルをクリップ止めしている。ヤニはアルコール綿で簡単に拭き取れる。頑固なヤニは、マニキュア除光液を使えば取れる。使ってみて分かったのは、クリップ止めしたアルミホイールは必要なかった。その代わり蓋の裏側にも粘着アルミテープを貼っている。

 


2.箱灸の改良


この箱灸を何回か使ってみて分かったことは、箱灸の長辺が長すぎるために、箱灸を患者の腰や背中に置くと、グラぐらつき、両サイドに空間が空きすぎるということが判明した。箱の長辺を短くするのは大変なので、箱の長辺に山型の切れ込みをいれると安定感が増した。また両サイドを板で塞ぐことで熱が逃げない工夫をした。

箱灸製作の要点は、①モグサと皮膚との距離が6㎝前後であること、①皮膚に開放した箱灸面は、10㎝×10㎝前後だということらしい。
以上できあがってみると、いかにも図工作品のようなので、見栄えをよくするため、カラースプレーでチョコレート色に塗装した。


3.箱灸の使用感

1)しっかり加熱すると症状が改善すると思える患者数名に対して、臍部、仙骨部に箱灸を実施すた。その際、置針した上から箱灸をするので、灸頭鍼に近い治効が得られると思う。概ね患者は「気持ちが良い」というが、1名は家に帰ると具合が悪いので、今後使いたくないという者がいた。高齢女性で、強いて言えば熱証に属するためだろうか。またストレス性頻尿の患者に使ったが、頻尿自体に改善はみられていない。


2)「治療した晩はポカポカと腰が温まって、患者はどうしたワケかと不思議に思ったが、そういえば本日は箱灸したので、それが理由か」と、次回来院時に私に申告した者は2名もいたことには驚いた。要するに長時間温感が続くらしい。これは一般的な赤外線照射10分間では起こらないことである。箱灸は、赤外線ではマネできない価値をもつ治療手段であることを思い知った。


3)全体として箱灸の使い勝手は悪くないが、従来の治療にプラスする形で箱灸を使うとなれば、どうしても治療時間は長びく。私が鍼灸治療に要する時間は、ほぼ30分程度としているので、これに箱灸の時間が追加することは苦痛である。いくら患者受けがいいからといって、万人にやるわけにはいかない。あくまで「冷え」に対する治療手段として限定的に行うことになるだろう。


4.箱灸に使うモグサについて

秋頃から箱灸を使い始めたが、その時は直径1.5㎝、長さ21㎝の中国押灸をカッターで16等分し、一個の長さを1.3㎝程度とした。一度にそれを2片づつ使って温めた。これで10分強は温熱が持続した。室内が煙くなったら、窓を開けたり換気扇を回したりして室内の換気に努めた。



しかし冬になって室温が下がるので、この方法はとれなくなった。コスト高になるが、煙の出ない炭化灸(商品名は温暖、
釜屋製品)を使うことにした。ちなみに、480個で11,130円(税込)だった。温暖は、直径0.7㎝、長さ一個一個が小さいので、熱量も不足しがちなので一度に3個使うことした。それでも煙が出ないので、いつ燃焼終了したのかも分かりづらかった。苦肉の策として、現在は押灸片1個、温暖2個を使用することに落ち着いている。押灸片を併用しているのは、コスト削減と燃焼状況モニターのためである。 
 本稿とは別に、「箱灸2号機の自作」2016/10/17 10の記事がある。

 

 

 


石川日出鶴丸著 「滑伯仁ノ『十四経絡発揮』ノ現ハレルマデ」の要点 ver.1.7

2022-05-17 | 古典概念の現代的解釈

本書は石川日出鶴丸が、針灸を専門とする医学者でない、わが国の一般の医学者に対して、針灸医学の大要を説明するためにまとめられた。本著作は、日本皮電学会発行ということで現在絶版であり、またカタカナ表記であることもあって、読んだことのある者は少ないと思われる。内容は基本的であるが、そうだったのかと感心させられる内容が所々に見受けられた。本稿ではそうした内容を紹介する。

 

石川日出鶴丸 原著 倉島宗二 校訂 昭和51年5月1日 日本針灸皮電学会刊

1.米占領軍の針灸按等医療類似行為禁止令に抵抗した石川日出鶴丸
 
石川日出鶴丸(1878-1947)は、東京帝大医学部を卒業後に京都帝大で教授となり、生理学教室を主催し、そこで求心性自律神経二重支配法則を発見して注目を浴びた。また東洋の伝統医学である針灸についても深い関心を示し、その治効原理と經絡経穴の本態の解明に着手した。その研究は、京都帝大から三重医専校長に移ってからも引き続き展開され、針灸の臨床面まで手を拡げた。昭和18年には鍼灸臨床の研究グループ龍胆会を主催した。龍胆会会員は、主座:石川日出鶴丸、幹事:藤井秀二、郡山七二、清水千里、代田文誌ほか11名という蒼々たるメンバーだった。

 
昭和22年、米占領軍は、日本の医療制度審議会に対し、針灸按等医療類似行為の禁止令が伝えられたが、その一方で米占領軍当局代表者のアイズマンは、著明な針灸研究者として石川教授を選び、針灸の学理的根拠の有無に関して十二項目にわたって質問し、さらに臨床実験を臨検して興味をいだくようになり、代表者アイズマン自らも針治療を受けて満足した。その結果、米占領軍の針灸禁止命令は、再教育の実施という条件つきで解除された。ご子息の石川太刀雄は、御尊父の研究をさらに発展させ「内臓体壁反射」を発見した。

 

2.中国伝統医学の欠点
 
中国伝統医学の考え方を徹底的に学理的に考察すると信用できないものとなる。いろいろとこじつけることもできようが、それは屁理屈にすぎない。実に狭い経験から組み立てた理論をもって、それが妥当性を有するや否やを実験的に吟味しないで無理に一般的に適用しようと試み、理論の権力をもって強制的に押しつけてしまったので、はなはだしい誤解に陥っている。


かくして事実を誤るだけでなく、正常な学問の発達を妨げたことは、その罪のまことに大いなるものがあるが、これに類似することは西洋の医学史の中にも現れている。それゆえに西洋医学はある見方をすると、医学者ではなく理髪者や屠獣者の中から起こったと解されないでもない。

しかし彼らが医学をどうすることもできなかったと同様に、古代中国医学は決して排斥すべきものでなく、之を正しい道に導くように改造せねばならない。それを正しく改造するように読み直すことが、私は中国の医書を読むコツだと考えている。

 

3.陰陽における太陽、厥陰の意味合い 

陰陽にはそれぞれ三段階がある。陽は太陽・少陽・陽明に区分できるが、陽明とは太陽と少陽を合わせた状態であって、陽の全発する姿であるとする。


陰には太陰・少陰・厥陰があるが、ダニエル・キーオン著<閃く經絡>によると、「厥」は側面が開けた山があって、山陰に隠れた太陽が山際から出てくるこさまを示しているという。鈴木達彦らの研究によれば、体内における陰陽の不均衡状態で、外界から導入されるべき気が体内深部に停滞して尽きいる状態で、行き場を失った気は身体の上部や表層に出て発作を起こした状態と考えられている。(鈴木達彦他「厥の原義とその病理観」日本医史学雑誌、第58巻1号、2012)


厥陰とは陰気の最も甚だしい太陰と少陰の合わせた状態で、陰が尽きる状態であるかのようだが、支那の語で「尽きる」とは尽滅根絶の意味ではない。たとえば易に「碩果(せきか)不食」(大いなる樹果ありて食らわず)という言葉がある。手の届くところにある枝に実っている果実は食べられてしまうが、高い枝の先端の実は最後まで食べられずに残っている。この実はやがて地面に落ちるが、やがてその種から発芽して、再びつながって発展していくとしている。

註釈:地球からみて全く太陽光の反射がない月のことを新月とよぶが、中国語でも同じく新月という。上記内容を筆者(私)は次のように図で表現してみた。

 

この内容を、次のような螺旋で表現で示すこともできる。ここでは対数螺旋を使ってみることにした。対数螺旋は自然界にも多く見られる螺旋である。たとえば獲物を捕るための鷹の運動パターン(獲物を一定の角度で見続ける)、水の渦巻、巻き貝など。以下の図は、鈴木学氏の助言を受けて完成させた。

 

※六経弁証による山陰三陽の順番

六経弁証とは、おもに寒冷性の外邪により、疾病が発生するときに用いられ、病が身体のどの深さにあるのかの分類である。病の重さにより陽から陰へと一方向に移行するもので。これによれば、陽明は太陽・少陽よりも陽性が少なく、厥陰は太陰・少陰よりも陰性が多いと解釈している。このような陰陽の基本的概念にも中国医学には統一性がなく、疾患のタイプに応じてどの弁証理論を使うか選択しなくてはならない。

 

4.心包の相火とは 

心を君火とすれば、心包は相火(しょうか)である。相火とは宰相の「相」のことである。元来、宰相とは中国の王朝において皇帝や王を補佐する最高位の官吏を指したのが始まりで、内大臣に相当した地位だった。宰相は戦後に首相という名前に変わった。すなわち相の中の代表が首相という意味である。
「相」のの語源は「木+目」で、「木の種類や樹齢を丁寧に目で観察する」ことからきていいて、それが「人を見る」という意味に変わった。いわゆる人相であって、顔の美醜や好き嫌いではなく、「人間として持って生まれた性格、その後の育ち方、自分の律し方、多くの人を正しく指導できる本質」を見ることをいう。

 

5.心の役割 

心が憂えると心包の相火が宣(よろこ)ばない。心が喜ぶと相火が甚大となる。心は喜憂などの心情の宿るところで、今日の「こころ」と同じ意味である。ただし心は君主のように、じっとしているものなので、心情の変動は心包の働きによっている。ゆえに「心包は臣使の官なり喜楽出づ」と唱えられている。
 
筆者註釈:理性をつかさどるのは脳であって、心ではない。心拍数を変化させる情動こそ心の機能である。なお脳を起点として体幹四肢に至る流れを、nerveといい、解体新書では神経と訳出した。神とは意識のことである。

 

 

6.三焦は「決瀆の官、水道これより出ず」とは

「瀆」には、①水路を通す溝(=用水路)と、②けがすという意味(冒瀆といった表現)の2つの意味がある。これは用水路に、どぶの水を流すことで、汚くするという着想から成り立っている。「決」は、堤防が決壊するという場合の決で疏通するという意味。すなわち 決瀆とは、用水路の水を流すという意味で、それは三焦の役割だとしている。
 
三焦とは体温を一定内に保持する役割があり、体温維持との環境下で初めて他の臓腑の生理的機能が営まれる。上焦は霧のように、中焦は瀝(したたたり)のように、下焦は瀆(≒排水路)のごときという表現がある。

 
筆者註釈:この意味するところは、蒸し器内部を想い浮かべるとよい。上焦である蒸し器上部は、熱い水蒸気に満たされていて、下焦である蒸し器下部には熱湯がある。中焦部にすだれを置き、そこに食物を置けば、蒸されて軟らかくなる。蒸し器で温めるということは、食物の成分が下に滴りおちるので底の湯も汚れていくる。この液体としての水が水蒸気となり、冷やされて再び水に戻るという循環を「水道」とよぶ。水道には水を尿として排泄するという意味もある。

経穴の一つで前腕背面ほぼ中央に四瀆穴がある。四瀆とは、中国に水源を発して直接海に注ぐ四つの大河をいう。すなわち長江、黄河、淮(わい)水、済水のことである。なお中国で単に「河」といえば、黄河のことを称した。水源を発して直接海に注ぐ川(《爾雅》釈水)を指す。四瀆は三焦経にあり、三焦経は水を処理する作用があるとされることから、この名がつけられた。



 

5.白い生命・赤い生命

中国医学によれば、陰陽の気が凝ってできたものが気または血で、気は空気や水蒸気のようにガス状であり、血はこれを凝縮して液体となったものであると定義している。
中国医学でいう血とは、動脈血・静脈血のほかにリンパ液その他の体液をも含めていうのであろう。我々が吸う空気や吐き出す空気や水蒸気も気である。呼気とともに水蒸気が吐き出されて冬季などでは白い霧となるのを見て、中国民族は白い生命と名付けていた。同様に彼らは動脈血や静脈血を見て、赤い生命と名付けていた。血液が全部体外に流出して体内に血液が乏しくなると死亡してしまう。同様に白い生命がでなくなって呼吸運動が止まると死んでしまう。

 
筆者註:現代おける死の三徴候とは、心臓拍動停止、呼吸停止、および脳機能の不可逆的停止を示す瞳孔の対光反射の消失をもって3徴候死としている。(脳死はこの限りではない)

 

 

6.動脈と静脈

 
当時も血管には静脈と動脈の区別があった。ただし現代の意味とは異なり、脈搏を触知できるものを動脈、触知できないものを静脈とよんだ。当時、動脈を流れ出た血液は、砂原に水を注ぐように動脈から身体組織の中に浸みこむと考えたので、心臓へと環流する血液の流れがあることを知らなかった。

栄血衛気(気は衛し血は栄す)とは陰に属する「血」は中を栄(=栄養)して経絡中を運営する。つまり十二経脈の循環路を正しく順に一回りする。陽に属する「気」は外を衛(まも)ることでつまりは皮膚に充つる。衛気は経脈の外を行くもので、しかも昼は陽経を流れ、夜は陰経を流れるという。

 

筆者註:江戸時代後期の医師、石坂宗哲は、解体新書などで西洋の解剖学に初めて触れて自分達が教わった内容と非常に異なることに驚き、気血營衞の「営」が流れているのを動脈、「衛」が流れているのを静脈だという玉虫色の説を考えた。これは西洋医学の理論は、名前は異なっているが、基本的な考えは、わが『内経』の医の道の考え方と大きく異なるわけではないと考えたため。けれどもこれは間もなく否定され、西洋解剖学の方が正しいことに落ち着いたのだった。

 

7.横隔膜の意義

内臓は胸腔臓器と腹腔臓器に分けられるが、その境界を「隔膜」と称した。隔膜は、腹腔の汚れたものが、心・心包・肺の臓まで犯さぬよう遮断する働きがあると考えた。呼吸運動の関係あることは古代中国医学ではあずかり知らぬ知らぬことだた。

 

 

8.十四経発揮が現れる以前の中国医学の歴史

元来、中国では鍼治・灸治・煎薬(=湯液)服用の三種類の治療法があった。ただし素問霊枢の時代では、服餌(服薬+食餌)療法はさほど行われておらず、鍼術のみが盛んに行われていた。治療法中、服餌法は1~2割、灸法は3~4割、残りが鍼治療だった。『内経』は医学理論の基本であり、学説は経脈学が中心だったので、鍼術が医術の根本だったのだ。 湯液が盛んには行われなかった理由だが、その頃は薬物の発見が少なかったので、本草学が進歩しなかったのだろうと思っている。当時の鍼術は、現代の鍼術にとどまらず、外科手術をも含めた内容であって、鍼といえば外科の手術道具の総称だった。
 
現在に伝わる古代九針である鑱(さん)・員・鍉・鋒(ほう)・鈹・員利・豪・長・大の各鍼の中で、前五者が外科刀である。後の四者はいずれも鍼であると記述されているが、これは誤りあって、次のよう修正したいところである。

現在に伝わる古代九針は用途別に次の3種に大別できる。
①皮膚を切開するために破る鍼→鋒鍼・鈹鍼・鑱鍼。これは今日の外科刀に相当。
②鑱(さん)鍼・員鍼 →擦る・押すなど刺さない鍼。
③員利鍼・豪鍼・長鍼・大鍼→今日でいう鍼術に用いる鍼。刺入する用途。


しかるに後世になるほど内科的な医学が進歩してきた。非常に多くの薬品や薬物が発見され、湯液療法が大進歩を遂げた。そのため経絡学によらない療法も続々と現れてきた。当時の鍼術(外科手術を含めて)は危険だったが、湯液療法は鍼術ほどの危険はなかったため、經絡学中心の中国医学は動揺し、時代とともに行き詰まりを生じるようになった。

 

医学書は、時代を下るほど沢山出されるようになた。出版されるようになった。中には『内経』を基礎としないものも現れ、『内経』を基礎とする内容とともに混然として、ただ実際の療法のみを並べ立て、知識を雑然と記すだけになった。無論、立派な本も発行されたのだが、医学が発達するほどに議論が乱雑になり一貫したものがなくなった。

これを整理するための方法として、第一の方法としては雑然とした知識の中から誤ったものを取り除いて、正しい確かな知識だけを選び取り、新しい学理でまとめ上げることであるが、不幸なことに系統的に整列を行って中国医学をまとめ上げようとする者は中国に現れなかった。


第二の方法としては、その頃行われた医学の理論を一つにまとめ上げることだった。この流れから旧来の經絡学的主知主義によって新たなまとめ方をしようという運動が処々に起こりかけた。つまりできるだけ内経の理論に拠ろうと志した。これによって十四経絡の学問がまとまったのだが、それでもまだ充分といえないものがあった。

そこで元の時代の至正元年(西暦1341年)、滑伯仁はこれらの書物とくに素問(骨空論)・霊枢(経脈篇本輸篇)・甲乙経・金蘭循経により經絡兪募穴の詳しい説明を施した。
兪募穴でいう兪とは輸の意味で気血の輸入輸出する中心点とい。募は集まるという意味で気血の集まる意味で、これは任脈を始め胸腹部の陰経において臓腑に当たる経穴をいう。

 

この滑伯仁の著書を『十四経発揮』という。これは手の三陰三陽と足の三陰三陽の十二経と、奇経八脈中の督任両脈を加えて十四経になる。十四経が、とくに発起・揮発させるのが目的だから発揮との名称になった。本書は良書として四方の歓迎を受けることとなり、後世人にまで愛読されることとなった。私は雑然たる医学を纏めるために在来の学説の膠着した滑伯仁の努力を否定するものではないが、前述した第一の方法を選ぶべきだと思う。 滑氏の態度では、学説の進歩というものがまったくないからだ。


筆者註:『黄帝内経』が原点となり、時代を経て新たな知識が加わってその改修版が多数現れ、逆に何が正しいか混乱状態となった。そこで改めて原点に立ち返って、『黄帝内経』の理論に戻って共通理解を得たということだろう。『十四経発揮』は、現代では古典鍼灸入門の定番だが、種々の力関係のせめぎ合いを良しとせず、基本的合意部分を整理した内容ということだ。十二正經に奇経であるはずの任脈・督脈を加えたことで基準線を得ることとなり、経穴を学習しやすくなったとはいえよう。

主知主義とは、人間の精神を知性理性・意志・感情に三分割する見方で、知性理性の働きを 意志や感情よりも重視する立場のことである。本稿では、観察や実験的手法によらず、頭の中だけで組み立てられた思想といった意味合いで用いられていると思う。

 

 

 

 

 

 


片頭痛に対する知見と鍼灸治療の考察 ver.1.1

2022-05-15 | 頭顔面症状

1.三叉神経血管説の概略

何らかの原因で、視床下部のセロトニン分泌量が減少すると、三叉神経末端からCGRP
(血管拡張物質)を放出され、血管拡張により炎症が拡大。セロトニン減少の原因させる原因は不明だが、遺伝性体質の他に、ストレスや疲労、月経周期、天候などの影響がある。

普段仕事で緊張している時は、脳内セロトニンも多量に分泌されているが、週末に寝すぎなどリラックスしすぎると、脳がセロトニンを出す必要がなくなったと判断して量を減らしたために片頭痛が起きやすくなる。したがって片頭痛の予防には、リラックスするのではなく、リフレッシュするような活動をするほうが効果的だということで、坂井文彦医師は、後に示す片頭痛体操を考案した。

2.片頭痛薬の発達

1)従来的消炎鎮痛剤
いわゆる「痛み止め」。片頭痛の痛みは神経因子+血管因子の複合であるが、この神経因子に対する作用のみになる。血管因子に対しては無処置であるから、鎮痛効果に乏しい。

2)酒石酸エルゴタミン
一世代前の片頭痛の特効薬。30年前頃筆者が病院勤務だった頃は、「カフェルゴット」服用が定番だった。主成分はカフェインで、これには血管収縮作用がある。拡張しようとしている血管を、拡張させないという予防効果がある。しかし拡張し、拍動性頭痛となった後は、それを改善させるだけの力はない。カフェルゴットはトリプタン製剤の普及に伴い需要が減り、2022年販売終了した。

3)トリプタン製剤
現在の主流薬。 片頭痛が始まるときは、三叉神経からCGRPが脳の表面の硬膜に向かって放出。すると硬膜は、炎症と血管拡張をおこし、片頭痛発作が起こる。トリプタン(商品名イミグラン) は、三叉神経からCGRPを放出させるのを止める画期的な薬で1988年発売された。三叉神経終末からの血管拡張物質(CGPR)放出を止める作用がある。すなわち血管因子の痛みの連鎖を停止させる作用がある。拍動性の痛みも鎮痛できる。

4)レイボー錠
2022年商品名レイボー錠が販売開始。三叉神経からCGRPを放出させるのを止めるという点ではトリプタンと同じだが、トリプタンのように血管収縮作用がないので、虚血性心疾患狭心症などの患者でも使うことができる。

 

3.片頭痛の鍼灸治療各説
  
緊張性頭痛の圧痛点は後頸部やコメカミ部に出現することが知られ、この部の刺激で治療効果が得られることは周知のことだった。一方、片頭痛に対しては薬物療法で治療するのが定石だった。しかしわが国における頭痛の第一人者ともいえる坂井文彦医師は、片頭痛時も後頸部に圧痛点が出現することを発表し、以来圧痛点に関心の目が向けられるようになった。


1)C3の高さの頭板状筋(=下風池)の治療

坂井は、ある患者の診察から、C3C4の頭板状部のしこりが続くと片頭痛が起こりやすくなることを発見した。なおこの部位はツボでいう下風池に相当している。これまで緊張性頭痛時に好発する圧痛点は、今回の圧痛点よりも下方に位置するものだった。片頭痛に、なぜ下風池に圧痛点が出現するのだろうか、坂井は次の仮説を立てた。

①「片頭痛圧痛点」は、片頭痛の脳血管から首の表面の神経に伝わってくるのではないか。換言すると、脳の中で起こっていることが神経を通じて体の表面まで伝わってきた場所ではないか。

②片頭痛に悩む人の脳には、痛みの記憶回路ができてしまい、それが「片頭痛の圧痛点」 として首に反映されているのではないか。そして、片頭痛の記憶が増えてくると、脳は 記憶の引き出しから、「片頭痛で痛い」という信号を出しやすくなる、その信号を探知するための窓口が「片頭痛の圧痛点」であろう。

後頸部を治療点にするという点では緊張性頭痛と片頭痛に共通性はあるが、その一方で緊張型頭痛は逆に軽い運動や散歩をしたほうが血行がよくなり症状が緩和するのに対し、片頭痛は  身体を動かしたりマッサージしたりすると痛みがひどくなることがよくある。片頭痛がリラックスするような動作でかえって悪化するのは、脳がセロトニンを出す必要がなくなったと判断し、量を減らしたために起きる。
したがって片頭痛の治療は、単にリラックスするだけでなく、ストレッチ体操などリフレッシュするような活動をするほうが片頭痛の予防には効果的になる。
 

2)片頭痛体操(坂井文彦) 
 
非発作時に行う。朝夕一回づつ、それぞれ2分間程度の体操で首の硬さがほぐれる。頭板状筋を収縮させる動作は、片頭痛を悪化させる要因になってしまう。頸を左右に回す代わりに、体幹を左右に振ることで、頭板状筋のストレッチ動作を行わせようとするものになっている。
非発作時の片頭痛患者の後頸部に筋硬結・圧痛点を術者が指で圧迫すると、鈍痛ときに鋭い痛みを感ずる。このような場合、圧痛点を押圧しつつ頸部回旋のストレッチ状で圧痛点を押圧すると、筋硬結・圧痛が消失するという。

3)下風池に刺針しての頭板状筋回旋ストレッチ法

確かに上の方法は、患者が自宅で行うには良い方法だろうが、鍼灸院内で行わせるとすれば、治療者の技術が関与するものであってほしい。そこで、坐位にて下風池から頭板状筋の圧痛硬結に刺針後、術者は被験者の頭をホールドしながら同筋をストレッチさせるように回旋した後、雀啄刺激するのが良いと思う。

頭板状筋の機能は、頭蓋骨の伸展もあるが、主作用は左右回旋である。頭板状筋はC3~Th3あたりの棘突起を起始として、風池~完骨の後頭骨から側頭骨乳様突起に停止する。したがって、頭板状筋停止部に対する主治療点は、下風池(C3棘突起外方2寸) が妥当になる。

 


4)天柱ブロック


※天柱穴:C1C2椎体間の外方1.3寸、頭半棘筋、大後頭直筋刺激。

間中信也(脳神経外科医)は、頭痛56症例に対し、診断名別に天柱ブロックの効果を検討した。疾患名に関係なく、半数程度の患者に天柱ブロックが効果的なのが判明した。片頭痛に対しては8例中2例に頭痛がほぼ消失した。効果の持続時間は、数時間10%、半日~1日30%、数日36%、1週間12%、それ以上8%、不明(不定)4%だった。これは局所麻酔の有効時間をはるかに上回る治療効果だった。 
 (間中伸也著、頭痛診療ツールとしての鍼灸技法の応用、臨床神経 2012:52:1299-1302)


   


5)三叉神経-大後頭神経症候群としてC1~C3後頸椎部への刺激  

片頭痛の痛みは、神経性因子と血管性因子の複合である。前者に対する治療とは、脳動脈に分布する三叉神経の治療をいう。頭蓋内については針灸で直接的にアプローチはできないから、  三叉神経-大後頭神経症候群の治療と同じように扱う。
それには頸にある上位頸神経(C1~C3)へ刺激を加え、上位頸神経の興奮を取り除くような針が有効だとする見解がある。

坂井は「C3の高さの頭板状筋の圧痛点を押圧する」というが、なぜ片頭痛時に、この下風池に圧痛が現れるのかの機序は説明されていない。また間中信也の天柱ブロックも、天柱に行う必然性はあまりないようだ。これが鍼灸師的発想であれば、後頸部に多く刺針することになるのだろう。治療効果は別として、どのツボがなぜ効いたのか分からないことになるのだ。

 


 
6)足趾間刺針とグロムス機構刺激 

   
筆者が病院の東洋医学科に在籍した鍼灸初学者の頃、鍼灸症例検討会の報告資料(先輩達の残した症例報告数千例)を熱心に読んでいた時期があった。そして「上衝タイプ(のぼせて赤ら顔)の強い頭痛には、足指間の最大圧痛部を刺激すると頭痛が改善した」との報告が多いことに驚いた。 


一方。自分なりに患者の足趾間圧痛を多数触診して判明したのは、足指間の最大圧痛点は、第3第4指間に出現することが多いことだった。圧痛が多いのは、この部が内側足底神経と外側足底神経が合わさるところで神経腫が存在しやすい部によるものだろう。神経腫そのものは病的なものではないが、過敏点になりやすいという事実がある。ただしこの部は正穴が存在しないので、筆者はこれを内侠谿と名付けた。実際の臨床では内侠谿に限定することなく、足趾間の最大圧痛点に2~3分間置針する。これだけで痛みが取れてくることを多数確認できた。



「頭が割れそうだ」という入院患者に対し、左右の内侠谿のみに置針すること数分で、痛みがなくなった例を数例経験した。ただし日常の鍼灸臨床で弱い慢性頭痛に対しては、あまり効果がなかった。
針灸が効果あるか否かは、治療時の頭痛が拍動性か非拍動性かに関係し、非拍動性のタイプは有効となる場合が多いように思う。                                              

   
足趾間の圧痛点に刺針で頭痛が改善する理由は、グロムス機構の機序が考えられる。グロムス機構については、代田文誌・石川太刀雄の活躍していた時代に、さんざん論じられた。
グロムス機構とは、動脈脈吻合あるいは動動脈吻合部のことをいう。一般的に血液循環は動脈→毛細血管→静脈と移行するが、全部の血流が毛細血管まで達するのではなく、一部は小動脈から小静脈へとショートカットする。この血行動態の変化を起こす水門に相当するのが、
グロムス機構である。グロムス機構の性質として、例えば1カ所の水門が閉じると、それが全身のグロムスの水門も閉じられるという仕組みがある。つまり足母趾部グロムス水門を閉じると、脳内のグロムスも閉じ、血流減少するという機序が考えられるということである。

 

 


針灸院における外反母趾の診療 ver. 3.1

2022-05-12 | 下肢症状

外反母指の針灸に関しては、「外反母趾のテーピングと針灸治療」(2006.7.9)で発表。その後三度全面改訂し2019.6.19がver.3.0となった。さらに2022年5月14日ver3.1として部分改訂した。

1.外反母趾の定義

足母趾の中足指節関節(MP関節)の外反(小指側に傾く)状態。中足基節関節角が「15度以上」を外反母指とする。この15度以上という数値は厳密なもので、医師は角度を測って外反母趾か否かを判断する。外反母趾の高度なものは、第2趾と重なる。男女比は、1:10 で圧倒的に女性に多い。     

中足基節関節角:正常=15°未満、 軽症=15°~20°未満、 中等度→20°~40°未満、 重度=40°以上

 

2.外反母趾の進行 

1)距骨下関節の過回内(オーバープロネーション)        

歩行時の接地は、まず踵後方→足底外側→母趾側へと体重は移動する。 小趾側から接地するのは衝撃吸収の役割からで、この時、距骨下関節は回内運動が起きている。回内運動することは生理的だが、過回内状態になると、重心が土踏まず方向に片寄るので、足の横アーチが崩壊して<開張足>になる。なお距骨下関節回内に筋は関与しない。 

 

 

地面を蹴るのは拇趾腹ではなくなり、第2趾MP関節底部に代償される。この部には接地部はウオノメやタコができやすい。  

 

2)浮き指       

常に靴を履いた生活スタイルでは、母趾で地面を蹴って前に進む能力が乏しくなる。拇趾を屈曲する力は、長・短母趾屈によるが、この二筋の筋力が低下する。これにより立位では母趾が宙に浮いた状態になる。これを<浮き指>とよぶ。  




3)母趾の外反・内旋の強制     

歩行時の体重移動が土踏まず側に片寄った状態では、母趾内側に体重がかかり、地面を蹴るようになるので、母趾の内旋を強いられる。この状態が外反母趾である。     
※ハイヒールや先細りの靴を履くのが原因とする説もあるが、履かない者でも外反母趾になる者は多いので決定的要因とはいえない。

 

3.症状、所見   

①母趾MP関節が突出し、靴との接触でバニオンとなり、発赤して腫脹。       
※バニオン bunion: 靴との接触で母趾MP関節内側部が滑液包炎を起こし、発赤腫脹して疼痛を生じる。  
②開張足(足の幅が広く、扇状に広がる)   
③足の横アーチの消失(土踏まずの消失)  

④外反母趾になると歩行時に足趾に体重負荷がしにくくなる。第2趾MP関節底部で体重を支持すことになるので、圧痛や自発痛、鶏眼・タコ等が出現しやすくなる。


3.針灸院でできる外反母趾の治療(浮き指に対して)

現代医学での保存療法の目的は、痛み少なく日常を過ごせることと、また外反母趾の進行を防ぐことが治療目標。外反母趾の外科手術は数週~2ヶ月の入院が必要で、一方再発率15%。外反拇趾の手術となると患者にとっては大ごとに違いないので、保存療法でどうにかならないかといろいろ模索しているので、針灸は一応の需要のある治療になっている。

前述したように外反拇趾は、①距骨下関節の過回内→②浮き指→③母趾の外反・内旋の強制、といった順序で完成する。これに対する針灸治療だが、①に対してはアプローチの手段がない。②の浮き指治療は、拇趾底屈力の強化になり、長拇趾屈筋と短拇趾屈筋の収縮力増強を目的とする。③の母趾の外反・内旋の強制の是正は、テーピングによる治療になるだろう。

1)短母趾屈筋に対するトリガーポイント刺針(森田義之氏による)    

短母趾屈筋は内在筋(筋は足底に存在)で、起始は拇趾基節骨底の両側、停止は主に立方骨下面。母趾MPの屈曲作用。  

 

2)長母趾屈筋に対する腱ストレッチおよび筋腹への治療

①ストレッチによる治療(「かわせカイロプラクティック」HPより)

②長拇趾屈筋トリガーポイントへの治療

長母趾屈筋は外来筋(下腿に筋が存在。足底にあるのは長拇趾屈筋の腱のみ)で、起始は腓骨後面の下方2/3・下腿骨間膜の下部、停止は母趾の末節骨底である。母趾IP関節の屈曲と足内反(拇趾側を上げる)作用。要するに筋本体自体は下腿後側の中央縦中央線のやや外側あたりになる。長母趾屈筋に刺針するには陽交または承山から深刺する。   

 

③タオルギャザー筋力訓練

外反母趾変形に対する効果は乏しい。足底筋の筋力強化にはタオルギャザー訓練(長・短母趾屈筋の訓練) が行われる。これは座位で床にタオルを敷き、その端を足指でつかみ、前にたぐり寄せる動作をさせる。長・短母趾屈筋は、足の横アーチ形成 に関係している。母趾内転筋横頭の筋力低下は、開張足を招くので、この筋力低下防止の目的で足指ジャンケンを行わせる。履物としてはゲタやゾウリなど鼻緒のついたものを使うようにする。

 

 

4.母趾の外反・内旋の強制のキネシオテープによる矯正  

キネシオテープによる矯正直後から、外反母趾はかなり矯正されるが、勿論のこと変形矯正作用はない。つまりいくらテーピングしても治す力はない。それにテーピングを行うことは接着剤が皮膚の角質層を剥がすので、連続使用にも向かない。要するに応急処置としての用途であって、自宅にいる時は補装具を使うということになるだろう。キネシオテープでの矯正目的は母趾の外反制限と母趾内旋制限である。

距骨下関節の過回内矯正や開張足の矯正目的には、足底矯正板の使用が本質的かもしれない。

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 


古代九鍼の知識 ver.1.4

2022-05-10 | 古典概念の現代的解釈

これまで古代九鍼についてはあまり関心がなかったが、勉強し直してみると結構興味深いものがあった。古代九鍼のうち刀をもつタイプは、西洋医学のメスなどに改良進化したが、切ることは医行為とされているので、今日の鍼灸師は毫鍼以外は使う機会がなくなった。擦ったり押圧したりするタイプ(鑱鍼・圓鍼・鍉針)は、現代医学では興味対象外らしいが、針灸師の創意工夫により、今日には小児鍼として使われるに至った。

現在、古代九鍼について知るには柳谷素霊著「図説鍼灸実技」があり、近年では石原克己氏代表の「東京九鍼実技研究会」の活動がある。なお同会の著書として緑書房刊「ビジュアルでわかる九鍼実技解説」がある。それ以外にほとんど知識は得られない。まあ国家試験の出題範囲なので、ある程度の学習は必須となっている。

はり師きゅう師の国家試験の要点プリントは、次のように整理している。誰が考えついたのか、語呂が実に巧みである。
①破る鍼:鈹鍼(ひしん)、鋒鍼(ほうしん)、鑱鍼(ざんしん) 語呂「秘(鈹)宝(鋒)山(鑱)を踏破(破)」
 ※鑱鍼には刺さないタイプもあり、これが今日の小児鍼の原型。
②刺入する鍼:毫鍼、圓利鍼、長鍼、大鍼  語呂「強(毫)引(圓)に刺入してちょう(長)だい(大)」
③刺入しない鍼:鍉鍼、圓鍼  語呂「庭(鍉)園(圓)に侵入せず」

 

1.古代九鍼の形状と用途

1)鑱鍼(ざんしん)


 

①形状
「鑱」とは先が細く尖っているという意味で、ノミのこと。確かに上右図写真「古今医統」に載っている形は、長さ1.6寸で矢尻のような形をしており、押しつけて内出血を出すのに適している。 

しかしながら「類経図翼」で示されているのは左図の方で、今日鑱針といえばこちらの方を指していることが多い。洋裁に用いる筋立てヘラのような平らな金属片で鋭利な尖端部分を皮膚に押しつけるようにして刺激する。これは今日の小児針の原型といえる。下の写真もヘラ様の形の鑱針で、意外に大きいものであることが理解できる。



②用途

もともとは外科的用法として、打ち傷での内出血を出す際に使われた。この用途としては鋭利な尖端部分を軽く迅速に連続的に皮膚に押しつけたり血絡上に打ち付けたりして皮膚を切開する。皮膚病や浮腫状態の治療に用いた。

補法としての使い方が、現代小児鍼の原型になり、皮膚を摩擦したりする。


補法:虚弱体質、小児消化不良。小児神経衰弱、異 嗜症、青便、遺尿症、発育不良、不眠等。

瀉法:夜泣き、夜驚症、神経異常興奮、赤眼、上衝、頭痛、歯痛、肩癖、炎症、鬱血、充血、神経痛等

 

2)圓鍼(円鍼)

①形状
「円」はもとは「圓」と表記し、どちらも”えん”と発音する。圓は「口」+「員」からなる。員そのものも口の丸い鼎(古代の三つ脚の青銅器)の意味だが、とくに丸いとの意味を示すため、圓と表記することにした。圓は丸いという意味で使用頻度の高い漢字だったので、もっと簡単に表記したいという要望から口(くにがまえ)の中に|(たてぼう)を書くことにした。しかしこれでは類似の漢字と区別しづらくなり、「円」に変化したという。なお円の対義語は「方」で四角いものをいう。卑近な例としては「前方後円墳」などがある。長さ1.6寸。尖端は卵型。

※圓鍼(上写真)のことを員利針と誤って表記して販売する業者がいるので注意。   

②用途 

分肉(皮下組織と表層筋との間。皮下組織を白肉、筋肉を赤肉と区別した際のその中間層)を按じたり擦ったりする。現代のマッサージとしての用途。現在あまり用いられないが、經絡治療家は使う。補的に使うには、鍼体や鍼柄頭を使う。
瀉的には擬宝珠(「ぎぼし」手すりや欄干部につけたネギの花の形をした伝統的装飾)の尖端で、こすりったり触れたりして刺激を与える。

 


3)鍉鍼



①形状
「鍉」は「金」+「是」の合成で、是とはまっすぐの意。すなわち、まっすぐな金属棒のこと。長さ3.5寸。尖端は直径1.5㎜の球形。分肉を按ずる。

写真右は、柄の中にバネが入っており、押圧で針先が後退する。
②用途
今日の銀粒のような使い方をする。經絡治療家の中には、經絡を鍉鍼で押さえて補瀉手技を行う者がいる。

 

 4)鋒鍼(三稜鍼)

①形状
「鋒」とは、△に尖った矛(ほこ)のこと。転じて三角形の切断面をもつ刺絡鍼を意味する。矛は刺すと斬るの両法を目的とした武器で今日では「矛盾」の故事として広く知られている。矛がやがて槍(やり)や長刀(なぎなた)に分化した。長さ1.6寸。

②用途
江戸時代頃まで、鍼医は、現代のような毫鍼での刺針よりも、鋒鍼で皮膚にできた腫物をの切開排膿するのを主な仕事としていたらしい。熱を帯びた腫れ物の場合、熱を瀉し、血を出し、癰(「よう」はれもの)熱を主どり、經絡痼(「こ」長病や持病)痺を治するに用いたという。水腫の水を抜くのにも用いた。

近世まで、一般西洋医師においても瀉血鍼として使わていた。


中国や朝鮮では、熱症ことに小児の原因不明な熱症に対して爪端穴および十井穴に取穴した。邪気発散泄瀉を目標に刺して著効することがしばしばある。

瀉法をするには經絡の迎隨を考え迎にして鋒鍼の身体を刺手につまみ迎源跳鍼する。

乳幼児の瘀血を刺絡するのに用いた鋒鍼が起源だと考えられている。江戸時代の小児科針医で小児針をやっている処は限られていた。もともとは乳幼児に対し、磁器の破片を用いて細絡から刺絡するような強刺激が普通に行われていた。しかし1912 年に施行した法律で、鋒鍼のような刃物による刺絡が禁止されたことや、藤井秀二(医師)の実家が今日行われているような軽刺激の小児針をやっていたことが発表されたことなどで、江戸中期には現在普及している小児按摩のような鍼法に変化し、大阪を中心に鍼灸家に広く普及するに至った。  

 

5)鈹鍼

①形状
長さ2.5寸。刀型の刺絡鍼ないしやり型の鍼。

②用途
膿を出す用途。ねぶとや膿瘍の切開に用いる。刺すのではなく、切る目的。今日の外科刀に相当。鋒鍼に比べ、多量の膿を出す必要がある場合に使用された。

 

 6)員利鍼(円利鍼)

 



①形状
1.6寸長。鋭くて丸い鍼、尖端の直径がやや厚くなっている。「員」の意味は上記の員鍼の項目を参照。「利」は「禾」+「刀」の合成したもので、稲束を鋭い刀でサッと切る意味がある。即ち「利」とは、すらりと刃が通って鋭いさまのこと。
時代とともに員利鍼の形状は二つあって、
徳川時代以降の鍼柄は珠(球状)であって鍼体の中身部がやや太めになり、鍼尖が鋭利に磨かれている。毫鍼と比べ、鍼柄と鍼体が太い。 

②用途
昔は暴気に対して用いられるとされ、別の文献では痺症に対して用いられるともされる。痛みが激しいときにリウマチ様症状に用いる。脳血管障害による片麻痺、言語障害、気滞血瘀などにも用いられた。要するに緊急時の激しい症状に適応があった。

 

7)毫鍼:毛のように細い鍼。現在の鍼治療で用いられている鍼。(詳細省略)

 

8)長鍼



①形状

「とじ針」のように長い鍼。とじ針とは、編み物用の先の丸い針のことで、縫い始めや縫い終わりの際、毛糸を布片の中にしまい込むために用いられる。普通は長さ2寸~3寸くらいの鍼を使うことが多いが、時には5寸7寸9寸あるいは1尺の鍼を刺すこともある。一般に4寸位から長鍼とみて差し支えない。

 ②用途
筋肉や間質組織に深く刺す、あるいは結合組中を水平に刺す。 坂井梅軒(=豊作)の横刺で刺す時は、押手の母指示指で皮下組織をつまみ、その持ち上がった中を鍼が進む。

肩井部の僧帽筋をつまんで背面から前面へと透刺する。五十肩時、肩髃から刺入して肩峰下をくぐらせる。上腕外側痛時は肩髃から曲池方向に刺入、大腿外側痛時は、風市から陽陵泉方向に水平刺し、下腿外側痛時は陽陵泉から懸鐘方向に水平刺する。

 

9)大鍼

①形状

太鍼ともいう。長さ4寸、太さは20~100番と太いのが特徴。多くは銀製。日本では鉄鍼が多い。

②用途

母指や示指の爪でグッと押さえ爪の晋第により鍼が盛り上がるように刺入する。夢分流打鍼法のように、小槌で叩打して切皮する方法もある。数呼吸後に抜針。関節に近い浮腫組織に用いる。

③火鍼としての使用

馬啣鉄(馬の口にくわえさせて手綱をつける金具。耐熱性がある)を使って製造したものを使う。不導体で鍼柄を包み、真紅になるほどゴマ灯油の中で焼く。その直後に一気に刺入する。熱いので押手は使えない。

わが国においてはもっぱら腫瘍潰瘍に用いる。排膿目的(膿をもっている部の皮膚は痛みをに鈍感になっているので火鍼ができる)。灸頭鍼も火鍼に類する。

現在の#30程度のステンレス製中国鍼を火鍼用として使ってみると、1~2回の使用で脆く使えなくなってしまう。火鍼にはタングステン・マンガンの合金の鍼が適しているといことである。タングステンは電球のフィラメント(赤く光って発熱する部分)に使われていることもあり耐熱性がある。

 

2.当時の九鍼使用時の医療感染問題

現代ではほぼ毫鍼、長鍼、大鍼3種の形式の鍼だけが残り、今日でも使われている。他の鍼は、やや洗練さた形とはいえない。
鋒鍼・鈹鍼・鑱鍼は今日の皮下注射程度ないしそれよりも太い。この鍼の太さにも関係するが、鍼治療の初期の時代、医療感染の問題に言及されねばならない。感染症が起きたことを疑わせる状況であっても、当時は間違った鍼を刺したとか、正しくない場所に刺したとか、間違った診察の結果にそうなったとかのせいにされている。(ニーダム著「中国のランセット」)

 


足三里穴と脳清穴の相違点 ver.2.1

2022-04-20 | 経穴の意味

1.足三里穴 

1)足三里灸の効能<健脚と胃腸障害>

それまで人々は自分の生活圏から外に出ることもなかったが、江戸時代になり識字率が向上し瓦版が入手できるようになると、人々は旅に出かけるようになった。当時の旅人はみな健脚で1日に男は40㎞、女は32
㎞歩いたという。ちなみに大名行列のスピードは1日32㎞(八里)と決まっていた。それは宿代を浮かすためでもあった。松尾芭蕉は著書「おくのほそ道」の中で、旅立つ際は足三里に灸する旨の記載がある。このようなイメージもあって足三里には健脚の効能があるとされるようになった。しかし中国では足三里の効能に健脚は見当たらない。

江戸時代の旅人の心配事は、旅の途中で病に倒れることだった。昔に冷蔵庫はなく食物の長期保管も困難だったことから、旅人にとって<食あたり>は体力を消耗することも多く、命取りだった。足三里の灸は、それを予防する意味があったとの見解がある。


2)ツツガムシ病

最近になって当時の旅人はツツガムシ病を恐れたためではないかとの意見が出てきた。ツツガムシ病は、かつては風土病の一つとされた。夏になると川沿いの草原に入った農民や旅人の間に,突然高熱(38~40℃)を発し,身体中に赤い発疹が現れ,せんもう状態になり,10人に4~5人は14~15日から20日のうちに死んでいくふしぎな熱病だった。これがこんにちのツツガムシ病である。潜伏期間 約5~14日で、 発熱・発疹・ツツガムシの刺し口が三徴候。 適切な抗菌治療が行われない場合の致死率は3~60%。
予防としては、感染が流行する時期には山間部に立ち入らない。立ち入る際には、皮膚を露出しない服装をして虫除けをする。地面に寝転んだり、腰を下ろしたりしないなど。
まあツツガムシ病に対して、足三里の灸もあまり効果はなかっただろう。


3)長寿としての足三里の灸

江戸時代の「百姓万平一族」の記録によると、百姓の万平という爺さんとその奥さんが240歳くらいまで長生きし、その息子夫婦が190歳、孫夫婦が130歳を超え皆元気だったという。長寿のお祝いに万平爺さんは将軍徳川家斉に招かれ、家斉は長寿の秘訣を聞いてみた。すると万平「両足の三里に灸するのみ」と返答したという。万平一族の三里へのお灸方法として、
万平一族は生涯、月初めの8日間、左右の足三里に8~11壮足三里に灸を続けたという。

 鎌倉時代の吉田兼好著、徒然草148段に「四十以降の人、身に灸を加へて、三里を焼かざれば、上気の事あり。必ず灸すべし」とある。上気とはのぼせのこと。年をとると気が上にのぼるので、平時から下げるため足三里に灸するべきだという。気が上にのぼると目がよく見えなくなってくる。鎌倉時代の四十才は、すでに高齢者の年齢である。年齢的に腎陰虚となり腎水が不足すると、丹田の炎が鍋を空焚き状態にし、熱風が身体上部を襲う。目がよく見えなくなるだけでなく、熱風が脳に入ると中風(=脳卒中)にもなりやすい。この上に舞い上がる熱風の方向を下向き変える意味で足三里に灸をするという理解になるだろうか。


※腎陰虚と腎陽虚に関する私の理解

腎は体幹底部にある鍋で、摂取した水分が溜まっている。丹田の火がこれを熱し、三焦容器内を蒸し器状態にする。腎容器に溜まった水分が少ない状態を腎陰虚とよぶ。この状態で鍋を熱すると空焚き状態となり、熱風が上昇し、諸内臓や五官に悪影響を与える。腎水が十分にあるが、丹田の火が弱い場合、十分に加熱できないので、蒸気量が減ってくる。これを腎陽虚とよぶ。


4)足三里の局所解剖

教科書での足三里の取穴は外膝眼の下3寸にとっている。前脛骨筋上にあり、深部に深腓骨神経が通る。しかしこの取穴では下肢先に針響を与えることは難しい。脛骨粗面の直側で1㎝ほどから直刺すると響きが得られやすいと思う。



2.脳清穴

1)脳清穴の針は長拇趾伸筋腱に入れるのが正解か?

脳清穴は新穴で、解谿の上2寸、脛骨の外縁にとる。筆者は、運動した後でもないのに原因不明で、たまに鈍重感を感じる部でもある。この脳清穴に鈍痛を感じる時、足母趾MP関節の動きとともに足関節の動きの悪さを自覚することから、筆者は脳清穴を
長母指伸筋腱上にとることにしていた。深部に深腓骨神経がある。しかし目立った刺針効果は自覚できなかった。その名称から推察すると、脳をすっきりさせる処なのだろうとも考察するが、精神的ストレスのあまりない時も重く感じる時があって、脳清穴の反応の意味は不明であった。

解谿の上2寸から長拇趾伸筋腱に刺入するには、針を45°腓骨外方に斜刺する必要がある。直刺するなら、すぐに脛骨にぶつかってしまう。

運動針の方法も独特になる。足三里は、前脛骨筋上なので、足関節の底屈背屈動作をさせる。脳清は、足母趾の底屈背屈動作をさせる。もっとも脳清穴斜刺では、深腓骨神経に命中すれば、足背までズンとした響きが得られれば、それ以上の針響増強法は必要はない。響きが得られなかった際、足母趾の自動運動を、ゆっくり数回実施させる。自動運動を始めたとたん、足首に鋭い響きがくることが多いので、その動作は徐々に大きくしていくなどの配慮が必要である。

3)脳清は第三腓骨筋に刺入しているのではいか?

脳清穴について、何の情報も得られない中、ある時第三腓骨筋をトリガーポイントとする放散痛範囲が、筆者が自覚する鈍痛部位に似ていることを発見した。

しかし足関節背面における第三腓骨筋腱は、足関節背面ではなく足関節の外方で、足外果の上方を通過している。そこで意識的に外果上方にある腱を触知すると、意外なことに圧痛があることを発見した。 第三腓骨筋は下肢の筋肉で足関節の背屈、外反を行う。 腓骨下部の前面から起こり、第5中足骨基底部で停止する。足関節捻挫は外反捻挫よりも圧倒的に内反捻挫が多いが、もし第3腓骨筋がなかったのなら、さらに内反捻挫が増えたことだろう。長腓骨筋・短腓骨筋に続く3番目の筋ということで第三腓骨筋と名付けられたのだろうが、長腓骨筋・短腓骨筋が浅腓骨神経なのに対し、第三腓骨筋は前脛骨筋などと同じ下腿伸筋群に属し、深腓骨神経支配になる。


頭針法がなぜ効果をもたらすのかの一考察 ver.1.1

2022-04-19 | やや特殊な針灸技術

1.頭針法に関する成書の貧困について
 
頭皮に刺針することで、頭痛のみならず、非常に多様な疾病や症状を治療する方法を頭針法とよぶ。頭針にはいくつかの流派があり、それぞれ独自の頭針チャートをもっていて、ある疾病の時にはこの部分を刺激するという法則が定められている。しかしながら流派にり指定された刺針点が異なることや微妙なコツもあって、追試してみても容易には治療効果が観察できないという困った問題がある。
さらに勉強しようとする者の意欲を削ぐことになるのは、生み出され理論化された過程が説明されていないので、やってみて効いた、効かなかったというレベルに問題が終始するほかないことである。こうした論理性の欠如は、耳針法とまったく同じもので、中国人特有の思考回路かと思っていたら、山元敏勝著「山元式新頭針療法」でも同じような内容なので非常に失望した。


耳針チャートにはノジェ式と中国式の2種が代表的だが、基本的には母胎内にいる胎児は頭を下にして手足を縮こまっているが、その形が耳介に反映されているという風になっている。にわかには信じがたいが、そういうこともあるかもしれないとは思うことができる。
頭針チャートでは大脳皮質の機能局在が元になっているらしいが、脳は頭蓋骨で覆われており、大脳皮質局在と頭皮が対応関係にあることはにわかには信じがたい。


2.頭針の機序
 
偏頭痛と血管刺激部位の関係は、RayとWolfによって詳細に検討されている。それによれば脳の表在性の動脈刺激部位と頭痛部位の関係は、あたかも頭蓋骨が存在しないごとく、血管直上付近の頭皮に出現(直径5㎝ぐらいの範囲)し、脳底部の動脈では、耳と眼やこめかみの高さで帯状に出現することが確認されている。

一方頭皮上を刺針すると、刺針部を中心とした大脳皮質の血流改善が観察されている。これは三叉神経を仲介した反応だと推定されており、頭皮刺激が直下の大脳皮質に直接影響を及ぼしているとは考えられていない。なお山元式新頭針法は、別称頭髪際刺針とよばれており、文字通り前頭髪際を中心に治療点を求めるもので、三叉神経の分枝である前頭神経刺激だといえるかと思う。

つまり障害部位の大脳皮質の血流を増すことが治効を生むのだと仮定すれば、頭皮への刺針は、ある程度の効果をもたらすことが予想される。その施術点を求めるには、三叉神経支配領域であることが必要条件であるが、それ以上のことは不明である。ただ頭針チャートが何通りもあるように、かなり大きな面積をもつものだと予想される。


最近、パーキンソン病に対し、耳介上方のブヨブヨした感じの処に、横刺捻転手技をすると症状軽減し、また血中ドーパミン量が増加傾向にあることが確認されている(水島丈雄:パーキンソン病の鍼灸治療、医道の日本、平成15年12月号など)。三叉神経を刺激することで、脳内物質の分泌に変化がみられることは、今後の針灸の発展方向に大変な影響をもたらすことになるだろう。

 

3.頭針が有効となる条件
 
このような知見のもとに自己流に等しい頭皮刺激を行っても、実際にはあまり効果が得られないだろう。というのは、①一定の刺激量、②促通手技の併用、③一定以上の置針時間といった条件も満たす必要があるからである。

①一定の刺激量とは、中国針程度の太さ(和針10番相当)の使用である。

②促通手技とは、患部に刺激を与えるということである。頭皮針の創始者、朱明清氏の方法は、これが非常に徹底している。たとえば片麻痺で歩行困難の患者に対しては、座位にして頭皮針を行うが、頭皮針で手技針を行う一方、麻痺側の足底を、繰り返し床に叩きつけるような自動運動を併用したり、耳疾患の患者では頭皮針の手技針を行いつつ、外耳口に指を入れ、指を前後に動かしたり、外耳口を塞ぐように耳介を折り曲げ、指で叩いてその音を聞かせるようにする。これらは一言で言うと導引術を併用しているといえる。

※導引とは何か
中国医学には治療医学と養生医学があり、治療は薬と鍼灸、養生は食養生と気功から成り立っている。この気功の前身が導引吐納法で、導引とは身体をゆり動かし気の通路である経絡がスムーズに流れやすくする体操法のこと、吐納とは呼吸法のこと。人の心は常に静かであるべきだが、身体は常に動かしていた方がよいという思想にもとづく。


③治療の直後効果は速効的だが、手技を終えてもすぐに抜針はしない。すぐに抜くと元の症状に戻るらしい。1時間以上置針し、重症者には半日置針することもあるという。なお治療直後効果ない者は、置針しても無駄である。






ゴルフ肘の針灸治療 ver.2.1

2022-04-07 | 上肢症状

1.症状

ゴルフ肘ゴルフクラブのインパクト時、効き手の肘内側が痛む。 上腕骨内側上顆部の運動時痛

2.病態

 
1)ゴルフのスイングは、まず前腕を回外してクラブを持ち上げる。次にクラブを振り下ろすが、その際に利き腕(多くは右)の前腕は回内傾向になる。これは円回内筋が収縮し
、その起始である上腕骨内側上顆に牽引ストレスが働くことになる。

※長掌筋の機能
 手根部を曲げ,同時に手掌の腱膜を引く働き をする。ヒトでは必要ないので退化している。  
サルが木の枝にぶら下がったり、ネコが随意に  爪を出すのは、長掌筋よる。

 

※前腕が回内してしまう理由として、クラブの右手の握りで、母指。示指・中指を曲げてクラブを持つ習慣にあるという。この握りでクラブを振ると、前腕は回内してしまう。環指・小指に力を入れてクラブを握ると、自然と中指も曲がるようになる。

2)ゴルフクラブのスイングは、体幹のひねり(胸椎の回旋と骨盤のひねり)を効かすべきだが、腕だけでクラブを振るなら、前腕の回内を入れてインパクトしてしまう。

 

3.針灸治療   

1)手関節屈曲は、主に橈側手根屈筋と尺側手根屈筋の収縮による。なお橈側手根屈筋のみ収縮すれば手関節は橈屈し、尺側手根屈筋のみ収縮すれば手関節は尺屈する。これら両筋は上腕骨内側上顆を起始とし、筋緊張負荷が過多になれば運動時痛を生ずる。
    
橈側・尺側手根屈筋の圧痛点を見い出すには、被験者の手を掌屈させ、橈側・尺側手根屈筋するよう指示する一方、検者はこの運動をさせないように力を加えることで、筋収縮状態に誘導する。この姿勢で筋中の圧痛点を見い出して刺針するという方法が成書に記載されていた。
これは前腕屈筋を収縮状態にしていて施術する方法になる。
 

上腕骨内側上顆部の少海には強い圧痛がみられるので、刺針したまま手関節屈伸の運動針を行う。ゴルフ肘治療における局所治療としての少海反応点の触知は意外に難しい。下図で示した部位ではなく、上腕骨内側上顆部のわずかに肘頭寄りに限局的な強い圧痛となって出現すると思う。このことを知らないと、反応点を触知できないことになるだろう。

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2)仰臥位で前腕下にマクラを入れ、手関節を過伸展状態にする。この姿勢で、橈側・尺側手根筋上の圧痛点に刺針するという方法もある。これは前腕屈筋を伸張させて施術する方法になる。


この方法は、自宅で行う予防エクサイズとしても応用できる。

健側の指で、患側の手掌をつかんで、手関節を背屈するのがよい。
指をつかんで
手関節を背屈させるならば、浅・深指屈筋のストレッチになってしまうため。


3)円回内筋刺針

       
被験者の腕を回内するよう指示、検者はこれに抵抗を加える。その状態で円回内筋の圧痛を調べる。円回内筋は上腕骨内側上顆と前腕橈骨外縁中央を結んだ位置にある。代表穴は
孔最。 
※孔最:前腕前橈側、太淵穴の上7寸、尺沢穴の下3寸腕頭骨筋上。深部に円回内筋がある。

 

 

 

 


    

 


バックハンドテニス肘の針灸治療 ver.2.0

2022-04-06 | 上肢症状

1.バックハンドテニス肘の概要

1)症状:
テニスでバックハンドで球を打つたびに痛みが出る。雑巾絞り動作(前腕回外筋負荷)でも起こりやすい。
 
2)所見
外側上顆の腱起始部圧痛(++)、伸筋々腹(おもに短橈側手根伸筋)の圧痛
中指伸展テスト(+):手掌を下にして前腕をベッド面につける。検者は被験者の中指を軽く押圧しつつ患者に中指を反らすよう指示。手三里付近の痛みが出れば陽性。
 

3)病態


 
①テニスで相手からの返球をラケットで受け止める際、手関節は背屈するのて前腕屈筋は伸張状態になるが、この衝撃を受け止めるには短橈側手根伸筋が強く収縮する。
すなわち筋長は伸びているのに筋は緊張する。これを伸張性筋収縮(=エキセントリック筋収縮)とよぶ。
  

 

②エキセントリック筋収縮による筋損傷

エキセントリック筋収縮は筋に負荷がかかるので、筋力を増やすには適するが、筋の微細損傷を生じやすい筋収縮形態になる。
なお
通常の筋収縮は緊張すると筋長は短くなる。これを短縮性筋収縮(コンセントリック収縮)とよぶ。コンセントリック筋収縮は、筋への負荷が比較的少ないので、筋線維を損傷しづらい。
eccentricは<奇妙な>という意味。鉄棒懸垂で肘を曲げて身体を上げつつあるのは短縮性筋収縮であり、肘を伸ばして身体を下ろしつつある状態は伸張性筋収縮である。


③短橈側手根伸筋の特殊性

長・短橈側手根伸筋の共通起始は上腕骨外側上顆。長橈側手根伸筋停止は第2中手骨底。 短橈側手根伸筋の停止は第3中手骨底である。

この2筋の作用はよく似てくるが、橈側手根伸筋は単に手関節背屈作用なのに対し、短長橈側手根伸筋が橈背屈作用になる。尺背屈では長橈側手根伸筋の活動が抑制され、短橈側手根伸筋の背屈作用が重要になる。

 

④バックハンドでのボールを受ける姿勢(雑巾絞りの姿勢と同じ)は、前腕の強い回内を伴うので、回外筋は伸張を強いられるので、回外筋上も圧痛が出現しやすい。
     

 

2.バックハンドテニス肘の針灸治療
 
1)手三里刺針しての手関節背屈運動針

前腕伸筋群とくに短橈側手根伸筋の短縮が外側上顆に加わる腱付着部の牽引力増強を引き起こしている。                 
   
→中指伸展テストを実施し、手三里付近で短橈手根筋上の圧痛点(手三里の5㎜~1㎝尺側)を探し刺針する。置針して手関節の背屈運動針を行う。この刺針により筋緊張は     ゆるみ筋長は長くなる(元に状態にもどる)。

     
※手三里は、教科書では前腕橈側、曲池穴の下2寸、長・短橈側手根伸筋の間に取穴する。しかし本稿では短党則手根伸筋中に取穴刺針している。

 

2)手三里刺針しての前腕の回内・回外運動針
    
雑巾絞りのように、患側の手関節を回外する動作で痛む場合は、回外筋の伸張痛の疑いがある。

刺針部の手里刺針は前項と同様だが、橈骨に至るような深刺をした状態で、ゆっくりと大きな前腕の回外・回内動作を 5~10回行わせることで、回外筋の過収縮を改善する。

※手三里の局所解剖では、表在筋として長・短橈側手根伸筋があり、深部筋には回外筋がある。この奇妙な偶然により、手三里刺針は手関節背屈痛にも前腕回外痛にも使えることになる。

 


右仙腸関節障害による劇痛にはトラマールが、残存する慢性痛には局所の針が効果あった自験例(68才、男性)

2022-03-29 | 腰背痛

1.主訴 右仙骨部の劇痛(右仙腸関節機能障害による)

2.現病歴


①令和4年3月20日
勉強会で立位と座位を繰り返しているうち、右腰痛出現。3時間すると座位から立ち上がることができなくなった。


②翌日

目覚めた朝、立ち座りは支障なかったが、仰向けに寝る際と、骨盤をわずかにひねるだけでもズッキンと息が止まるほどの激しい痛みを右仙腸関節部に感じた。ベッド上で仰臥位から上体を起こすだけで、仙腸関節にズッキンという激しい痛みが何回もくるので、それを思うと仰臥位になれなくなった。
横に慣れないので椅子に座ったままた眠ることにしたのだが熟睡できず心身ともに疲れ果てた。わずかな動きでもズッキンと痛むので、自分の骨盤に針を刺すのは困難たった。

③発症6日後

状態に変化がないので、近くの整形外科に行った。骨盤のX線をとるも大した所見なく、鎮痛剤を処方。自宅にあったロキソニン60mgを3T飲むもまったく痛みが止まらなかったことを伝えると、トラマール(麻薬に近い強力鎮痛剤)を処方された。午後6時にトラマール服用し、午後7時半~翌日午前○時半まで5時間久しぶりに仰臥位で熟眠できて、精神的にも少し落ち着くことができた。しかし起床後して間もなく右仙腸関節部の激しい痛みが再発。我慢できないので自宅にあったロキソニン4T(本来の最大内服量は3Tまで)を服用。すると間もなく寝返りがうてるようになり、明け方から朝にかけて4時間痛むことなく睡眠できた。

④発症7日後

午前9時に起きてみると、仰臥位から座位へ体位変換時、ギクッとする時が半減していた。その日は、骨盤の痛みを感じつつ、痛い痛いと言いつつ、仕事したが非常に身体が疲れ、午後7時にはトラマール服用して就寝した。

⑤発症8日後

深夜に目覚めたが、仰臥位から座位への体位変換時、ギクッとする痛みは8割減になっていた。そこで本日整形の2度目の受診日だったがキャンセル。本当は仙腸関節ブロックをしてほしかったのだが、それを言えない雰囲気だったたため。

⑥発症9日後
右仙腸関節部に、持続的な重だるい痛みを感じる時間が長い。とくに目覚めて起き上がると痛む。椅子に座っている分にはあまり痛まないが寝そべると、その後起きてからがつらい。ただしギクッした痛みは消失し、トラマールを服用するほどの痛みにはならない。
これまで仙腸関節を矯正する体操をいろいろ試したが、あまり効果なかった。

⑦発症10日後 
右仙腸関節部に円皮針やせんねん灸をしてみたが、あまり効果はなかった。そこで最後の手段ということで3寸#8針を用い、自分自身で右仙腸関節と思えるところに刺針してみた。刺針部位が自分で確認できず押手もできないので、刺針も不確かになるのはしょうがなかったが、針体を2㎝残して骨膜に当たり、当たると同時に響きのような鈍痛を感じた。自分自身で施術するので、正しくマトに命中させるのは難しく、数時間後に痛みは再発した。3時間後再治療。骨膜への針響を得て、仙腸関節体操を少々行い、5分置針して抜針。するといつもやってくる重だるい持続痛は大幅に軽くなった。半日経た現在、痛みは再発していない。

 

3.感想

①これまで何度も慢性の仙腸関節障害の患者を診てきたが、針でうまく治療できていたように思う。しかし仙腸関節障害で身動きできない劇痛になることもあることを身をもって知った。


②トラマール使用→熟眠できたこと→痛みの悪循環の遮断と心身安定といった流れがあった。トラマールはありがたかった。ただし慢性持続性の痛みは消えず、これも非常に苦しいものだった。この種類の痛みに骨膜に至る針が効果があり、針のありがたさを実感した。


③かつて代田文彦先生が、骨膜の針響は拡散性が強いという言葉を思い出した。すなわち厳密にツボに当たらなくても、針で症状と似た痛みを再現させれば効果ある。今回の治療効果は6時間以上たった現在も持続中である。針のありがたさが身にしみた。

 


膝痛に際してのⅠa抑制とⅠb抑制から考えた針灸治療 ver.1.1

2022-03-29 | 膝痛

膝関節痛を訴える患者の多くは、大腿四頭筋が過緊張している。いわゆる大腿四頭筋強化運動を行わせても効果が今ひとつなのは、四頭筋力低下ではなく過緊張(=過収縮)によるものだろうと考えている。この四頭筋の緊張緩和には、運動学的方法であるⅠb抑制とⅠa抑制を利用した方法がある。

1.Ⅰb抑制理論による鶴頂刺針 

Ⅰb抑制とは筋の持続的伸張などでゴルジ腱器官を興奮させることにより、Ⅰb線維を介して、目的とする筋の緊張が低下する現象。筋腱の骨付着部などゴルジ腱器官の集まる部位を針灸などで刺激すると、これと連なる筋の緊張緩和すること。

1)症状
歩行時の膝関節上縁部痛。ただし患者は膝蓋骨部が痛むと訴えるとが多い。

2)病態
歩行時は四頭筋が緊張収縮して膝蓋骨も挙上する。この動作の酷使により大腿直筋は常に緊張を強いられるので。大腿骨-膝蓋骨間に強い牽引力が生まれ、大腿直筋停止部症が生ずる。

3)針灸治療
膝蓋骨上縁の圧痛(+)時に実施。単に圧痛ある膝蓋骨上縁にある鶴頂穴に刺針しても効果はない。大腿直筋をなるべく伸張させた姿勢(すなわち仰臥位で股関節屈曲、膝関節屈曲位)で、鶴頂の圧痛(2~3カ所)を探し、単刺または施灸する。これにより大腿直筋緊張が緩み、筋長が伸びるので膝痛が軽減されることが多い。これはⅠb抑制の機序を利用したものである。




2.Ⅰa抑制理論によるハムストリング緊張

拮抗筋を緊張させることで、目的筋の緊張を緩める方法。大腿四頭筋を緩めるには意図的にハムストリング筋を緊張させる。
橋本敬三の操体法は、「動かしやすい方、気持ちの良い方へ動かす」という運動健康法だが、これも患側の筋を直接操作するのではなく、健側(=拮抗筋)の筋を動かすことを治療方針としている。これもⅠa抑制理論といえる。

1)症状
歩行時の膝関節上縁部痛。ただし患者は膝蓋骨部が痛むと訴えるとが多い。

2)病態
歩行時は四頭筋が緊張収縮して膝蓋骨も挙上する。この動作の酷使により大腿直筋は常に緊張を強いられるので。大腿骨-膝蓋骨間に強い牽引力が生まれ、大腿直筋停止部症が生ずる。


3)運動の方法
長座位で、膝下にタオルを丸めたものを置き、膝でこのタオルを押しつける。1回15~20回、これを1日2~3セット行わせる。この運動はリハではパテラセッティングとよばれている。足関節を持ち上げれば大腿四頭筋の筋力増強にも有効だが、四頭筋以上にハムストリングを鍛えるのに適している。

治療室で行うには、もっと効果のある方法で行いたい。


膝窩筋腱炎の針灸治療 ver.1.6

2022-03-08 | 膝痛

筆者はかって、<膝窩痛に対する委中刺針の体位 Ver. 1.4>2014.7.28 を発表したが、その後に内容がかなり充実してきた。ともに、このタイトルが内容にふさわしくないものとなったので、内容を大幅に追加するとともにタイトルを変更することにした。

 

1.膝窩筋とは
     
膝窩筋は、膝窩部にある小さな筋なので、大して重要な役割もないだろう考えられてきた。しかし最近、本筋は<膝ロックを解除する>重要な機能があることが分かってきた。

 膝窩筋の起始は大腿骨の外側顆、停止は脛骨の上部後面にある。歩行動作の間、膝は完全伸展位になることはない。しかし立位を保持しようとすると膝関節は完全伸展位になる。この時には脛骨の外旋を伴うことで、膝をある程度固定できる。膝の完全伸展位では、体重を骨で支えていて、膝部筋はほとんど使っていない。特に意識せず立位になっている者に対し、イタズラで膝窩を軽く押しただけで膝折れ状態になり驚かせた経験をした(させられた)者もいることだろう。

完全伸展位にある膝を歩行開始モードに移行させる役割をするのが膝窩筋になる。言い換えれば、膝ロックを外すのが膝窩筋の役割である。  
 

2.膝窩筋腱炎の症状
   
近年、膝窩筋は膝関節の完全伸展モードから膝屈曲モードに切り替わる起動装置(スターター)としての役割があることが判明した。
①大腿四頭筋筋力低下があれば膝折れしそうになる。
②四頭筋を緊張させ、膝折れを回避しようとする。
これは急に膝を完全伸展せさせ、脚が棒のようになる。(脚がつっかえ前に進めなくなる。)
③改めて歩きだすには、膝完全伸展モードから膝屈曲モードへの切替が必要。
④そのために膝窩筋が緊張する。 
⑤折れや膝ロック状態を治すには、根本的には四頭筋の筋力をつける必要がある。

筆者は以前、片側の膝関節亜脱臼(自己診断)で、膝痛となり安静を保ったので四頭筋筋力の廃用性萎縮が起きていたのだろう。歩く動作ではあまり支障なかったが、階段を下りる際、片膝関節が完全伸展状態となり、階段を下ろうとする動作をストップさせた。最も苦痛だったのは、バスを降りる際で、階段の最下段と道路には結構な段差があり、また次々と降りる人がいるので急かせられることで、転倒しないよう懸命だった。四頭筋の重要性を再認識したのであった。


  

  

 

※足底筋の機能:足の底屈。アキレス腱が断裂しても、足底屈ができるのは、足底筋の収縮による。足底筋は、前腕部の長掌筋と同じく、現代人にあっては必ずしも必要とされていない。足底筋や長掌筋の役割は、足底筋膜や手掌筋膜の緊張をたかめるためである。たとえばサルが四つ足で歩いたり、木に軽々と登ったりする時に機能している。体操の選手が、鉄棒や吊り輪をする時、手にはプロテクターをはめて手掌を保護する必要があるが、サルなら不要だということ。
猫が四つ足の爪を出したり引っ込めたりできるのも、足底筋や長掌筋の作用による。

  

 
 

 

3.膝窩筋腱炎の針灸治療
   
異常がある場合、膝関節90度屈曲位にて、膝窩横紋中点(委中)あたりに圧痛硬結を触知できる。このシコリは膝窩筋由来のものである。上図で、膝窩中央に委中があり、それが足底筋上にあるように描かれている。しかし90度膝屈曲位にすると、委中の直下感ずる筋シコリは膝窩筋になると思った。腹臥位で膝窩横紋中央を探ってもシコリは発見できない。
 

   
これは膝窩筋を緊張させる肢位である。上図の膝窩附近の断面では、腓腹筋が描かれているが、これは膝窩横紋のやや下方からの横断図であろう。膝窩横紋の委中外方からの直刺刺針時では腓腹筋やヒラメ筋は関与しない。

   

4.内合陽穴について

   代田文誌「鍼灸治療基礎学」には次のような記述がある。
「委中の下方2横指のところに合陽穴を定め、その内方2横指の筋肉中に内合陽穴を定める。座骨神経痛や膝関節炎の場合の圧痛好発部位であり、臨床上必要な治穴。」
 内合陽穴は澤田流を勉強している者は周知の穴であるが、どういう病態の時に、本穴に圧痛硬結反応が現れるのか私には不明だった。内合陽は
脛骨神経の走行上ではなく、腓腹筋内側頭だとしても、ここに限局的に圧痛硬結が出る機序が分からなかった。

しかし内合陽もまた膝窩筋の反応点となることは、改めて解剖学書を見ると明らかになる。つまり膝窩筋腱炎の病態のバリエーションだと見なす。最近正座姿勢ができず、膝窩が痛むと訴える65歳男性の患者の治療を経験した。立膝位で委中刺針を行ったが、珍しく効果不十分だった。どこが痛むのかを患者自身の指頭で押さえるように指示すると、まさしく内合陽を押さえた。そこで膝90度屈曲位のまま、内合陽の強い圧痛硬結に2寸#4程度で手技針すると、治療直後からかなり正座できるようになった。


鍼灸師のためのⅠ型アレルギー疾患に対する現代薬物治療の進歩

2022-02-25 | 特定疾患

アレルギー疾患の代表ともいえるのが、Ⅰ型アレルギーに属する IgEの抗原抗体反応によるものであり、その代表的疾患には気管支喘息、アトピー性皮膚炎、関節リウマチなどがある。これらの疾患に対する治療は、かつては治療効果を得るためステロイド剤を服用せざるを得ないことが多く、そうなるといつステロイド依存からの脱却するかいという新たな問題も起きてきた。それも困るので、ある一定の苦痛は我慢させることにして患者との折り合いをつけてきた。それに困った患者の中には、現代薬物療法を受けつつも鍼灸を受診する者もいた。鍼灸は効くことも効かないこともあった。効かなければ困るという場面で、必ずしもこの要望に応えられてない。鍼灸が効果的だったというより現代医学治療への不満から別の方法を模索した結果に過ぎないだろう。
 
現代医学は進歩するので、これまで治せなかった疾患であっても、新しい治療薬を使うことで、今現在では治せるようになったりもする。近年では前述のⅠ型アレルギー疾患の薬物療法もその好例といえる。30年ほど前まで、関節リウマチや気管支喘息の患者は、現代医療にかかる一方、鍼灸を受診する者も割合いた(アトピー性皮膚炎を鍼灸で治すのはさすがに難しかった)ものだが、近年になって減ってしまった。すなわち残念ながら鍼灸の適応症が相対的に減ってしまったのである。

 

1.関節リウマチの現代薬物治療 

1)旧来の治療としての消炎鎮痛剤+ステロイド内服

   
これまでは、薬はできるだけ使わず様子をみて、改善しなければ消炎鎮痛剤、次いで抗リウマチ薬(メトトレキサートなどの免疫抑制剤)、悪化すれば強力な抗炎症薬であるステロイド薬という順番で薬を使った。これは強い薬には強い副作用があるとの考えが根底にあったからである。

 
2)免疫抑制剤と生物学的製剤 

  
1990年頃からRAは発症後の最初の2年間で、骨破壊が進行することが判明し、薬の使い方も大きく変化した。身体の中でリウマチを悪化させるタンパク質の存在が究明され、そのタンパク質の作用と症状を抑えて関節の破壊を食い止める免疫抑制剤(抗リウマチ剤)や生物学的製剤が開発され治療に使われるようになった。従来の方法では、免疫抑制剤を使うタイミングが遅すぎるという見解による。免疫抑制剤は遅効性なので効果発現まで数ヶ月を要する。

  
①第一選択薬としてメトトレキサート(商品名リウマトレックス内服薬)などの免疫抑制剤。

  
②それで効果不足なら、メトトレキサートに加え、
生物学的製剤のエンブレル(皮下注射)・レミケード(点滴注射)・シンポニー(皮下注射)使用。4週間に1度の皮下注射となるが、3割負担で5000円超程度(これでもずいぶん値段が下がった)。
     
ある病院のデータでは、2000年頃の慢性関節リウマチの寛解率は6%だったが、2014年には60%に達した。 

※寛解:病気が進行しないよう、勢いを押さえ込んだ状況

※生物学的製剤(バイオ薬)とは
バイオテクノロジーにより、生物がつくりだすタンパク質などから生成された薬(従来薬は、化学的に合成されたもの)。細胞から分泌される蛋白質の一つにサイトカインがある。これは他の細胞に情報を伝える働きをもつ物質であるが、リウマチ患者ではサイトカインの働きが過剰になってリウマチが悪化する。生物学的製剤には、このサイトカインの作用を抑える薬や、リンパ球の活性化を抑える薬がある。副作用は易感染。


2.アトピー性皮膚炎の現代薬物療法

 
1)旧来の治療としてのステロイド外用薬とタクロリムス外用薬

   
ステロイド外用薬とタクロリムス軟膏を軸とした薬物療法により寛解導入し、増悪する可能性のある患者さんに対してプロアクティブ療法などを行うことで寛解維持につなげるという流れが一般的。

 
①ステロイド外用薬

炎症反応を鎮める対症療法。肥満細胞から放出されるヒスタミン等による真皮の血管透過性が亢進し、痒みや浮腫や膨疹となる。ステロイド剤には、この抑制作用がある。
   
※ステロイドの目的:
ステロイドはIgE抗体を減少させることができる。すなわち人体が有害だと認識したアレルゲン(=異種蛋白質)と反応させなくすることで強力な抗炎症作用を生む。ただし根本治療にはならない。免疫力低下により感染症に対して脆弱になる。
  
②免疫抑制剤タクロリムス水和物(プロトピック軟膏)

ステロイド外用薬は長期使用には適さないが、タクロリムス外用薬にはホルモン作用もないので皮膚萎縮や毛細血管拡張などの副作用がなく、炎症がある程度軽快した後の維持療法として用いるのに適している。顔や首のかゆみや皮膚炎には、ステロイド外用薬よりもプロトピック軟膏の方がよく処方されるようになった。
しかしその他の部位はステロイドが併用されている。これはプロトピック軟膏の吸収率が悪いので、ステロイド外用薬と一緒に使ってうまくコントロールしている。
 
2)生物学的製剤とJAK阻害薬

  
バイオテクノロジーの進歩により、免疫システムのうちアトピー性皮膚炎の発症・憎悪に関わる部分だけを狙い撃ちにする医薬品が開発された。

  
①デュピクセント(一般名デュピルマブ)

2018年アトピー性皮膚炎の10年ぶりに登場した注射薬。アトピー性皮膚炎治療薬としては初の生物学的製剤(バイオ医薬品)。根本的な治療薬となることが期待されている。2週間に1度皮下注射する。3割負担で一本2万円と高額。3ヶ月~1年以上続ける。
  
②コレクチム軟膏(一般名デルゴシチニブ)

2020年6月から使用可能になったJAK阻害。外用薬として誕生したことが画期的。

※JAK阻害:生物学的製剤は、それぞれの薬剤が1種類の特定のサイトカインを細胞の外でブロックして細胞に炎症を起こす刺激が入らないようにする。これに対して、JAK阻害薬は複数の種類のサイトカインに対して、サイトカイン受容体からの刺激を細胞のなかで遮断して炎症を抑える。。



3.気管支喘息の現代薬物療法

 
1)治療の二本柱としての吸入ステロイド薬と気管支拡張剤

   
気管支喘息治療の2本柱は、吸入ステロイド薬と緊急処置としての気管支拡張
(=交感神経β2刺激剤)だった。ステロイドを使用するのは、気管支喘息は気管支の炎症が本体だと判明したことから、治療の重点は気管支の炎症を軽くして気管支の腫れを引かせる方に置かれるようになった。炎症改善ならばステロイド剤が最も効果的だからである。

ただし現在の治療は、発作が出てからでなく、気道狭窄の度合いに応じて、必要十分な量のステロイドを吸入するように変化した。ステロイド剤を内服する場合に比べ、吸引すると使用量は1/100以下となり、副作用の弊害をほとんど気にしなくてもよいようになった。

気管支拡張剤(商品名インタール、テオドールなど)というのは、β2刺激剤のことで、交感神経とくに気管支に分布する交感神経を刺激する目的で吸入で使用。気管支を拡張させる効能がある。

 
2)抗IgE療法ゾレア

   
2009年からは、重症の喘息患者には新薬オマリズマブ(商品名ゾレア)の皮下注射が行われるようになった。ゾレアは、喘息などの即時型アレルギー反応を引きおこす元であるIgEに直接結合し、IgEの働きを遮断する作用がある。アレルギー物質が体内に取り込まれても、それに反応するIgEが働きをなくしてしまうので、アレルギー反応を消滅させることができるという。


ゾレアは2週間または4週間ごとに医療機関を受診して、皮下に注射する。
治療は原則として16週間(4回または8回投与)行い、そこで効果があったかどうかを判定して、その後も投与を続けるかどうか総合的に判断する。1ヶ月1万円程度と高額な薬
 

3)気管支サーモプラスティ療法 Broncial Termoplasty (気管支加熱治療)

   
本治療は、使用している薬物治療と併用して行う。喘息発作は、特定の刺激に反応して、気管支の周りにある筋肉が強く収縮し、気管支が狭くなることで現れるのだから、内視鏡を使ってカテーテルで気管支を1時間65℃に温めて筋肉を薄くすることで、筋肉が収縮する力を弱めようとするもの。刺激があっても気管支が狭くなりにくくなり、喘息症状が緩和される。気管支全体を3回に分けて治療し、それぞれ短期間の入院。

※気管支喘息の鍼灸治療理論として、気管支拡張に導くため交感神経優位に誘導→座位での上背部刺激がある。