あしあとーⅡ

日々のあれこれ、綴ったものが自分の足跡に

風林火山ー『仕官への道』

2007年02月12日 | 風林火山
更新が中々できなくて・・・。
その訳は後で話すとして、今日は『駿河大乱』を飛ばして『仕官への道』へ行きますが、勘助の武田への仕官はまだ程遠いようだ。
武田に始まり、今川、北条と行く先々で、行き当たりばったりに節操無く仕官を希望しているように見える勘助だが、その心の底に流れているのは、やはり無残な死に方をしたミツへの愛・武田への復讐なんだ!
前回の「そうか・・・、信虎は来ぬか・・・」のがっかりした様子に良く現れていたな。

ドラマストーリーによると、今川への仕官がダメになったのは、寿桂尼が福島の二の舞を恐れて勘助を家中に入れてはなりません、と忠告しているが、ドラマでは完全に義元の考えで拒否し、寿桂尼はそれを補佐して謝る言葉を口にしている。
さて、どちらが良かったのか・・・? その流れが今後に生きてくるかも。

しかし勘助さん、葛笠村から来たのなら仕方がないが、今は庵原の家の食客なのだから今川家当主の前に出る時くらい、あのボサボサ頭を何とかしようよ~(笑)
衣服は着替えているのだし、刀を鏡に自分の顔を眺める事も知っていたのだから髪も後れ毛が下がらないくらいに撫で付けるとか、当然の武士のたしなみだよ。
もしかしてそれも仕官を断られた原因かもよーーー(爆)
勿論撮影では鬘の問題なんだけど、今日見た『藤沢周平の世界』の映像で出てきた勘助は大分綺麗な鬘になっていたから、有る筈なんだけど。

でも勘助さんは本当に勢いがあるねぇ~!
浜辺で馬を奪い『目指せ小田原~~!!』には思わず笑ってしまいました
まるで少年のような勘助でしたね!

段々と亀次郎さんの出番が多くなってきましたね。
亀次郎さんがダンッ・ダンッ・ダンッと板の間を踏み鳴らして歩く歩き方は、やっぱり歌舞伎の方だなぁ、と思いました。

今回の大河の登場人物の名前、特に武田家中の人に『虎』の字のつく人の多いこと
数えてみたら後に出てくる長尾影虎(後の上杉謙信)を入れると6人もいるよ
「虎」という字が強そうで好きだったのかねぇ~(笑)
来週は愈々真田幸隆・蔵ちゃんの登場ですぅー!
楽しみだわぁ~

さて、更新ができなかったのは実は主人が大腸のポリープを取る手術をし、入院していました。
大腸のポリープは普通の人は3個か4個くらいだそうですが、主人のはなんと13個もあり、主治医は2回に分けようか・・・、と言われたのですが、主人が何とか一度の入院で取ってほしいと頼んで、一週間のうち中一日だけ普通の食事を取っただけで続けてやって貰ったという訳で・・・。
で、毎日看病に通っていたかというとさにあらず・・・(笑)
一週間の入院中に尾道市民劇場で『踏み台』を、大阪で『朧の森』を泊まりで観に行き、次男によくこんな時に・・!!と皮肉を言われながらも、敢行しました
というのも勿論主人の手術の予定が後から入ってきたというのもあるけど、何より主人が意外に元気でいて、快く行って来い!と言ってくれたから・・・。

勿論その合間に病院へは通い、ちょうど退院した日が私が大阪へ立つ日だったので、炊飯器いっぱいにお粥を炊き、副食も繊維質の少ないものを軟らかく煮た物を何種か作り置きをして出かけました。
しかし入院前の検査にも付き添ったし、あれやこれやの気疲れも有って、さすがに疲れが溜まっていたのでしょう!
『朧』2日目では、かなり船を漕ぎましたよ~

こんな状態なので観劇日記もどうなる事やら・・・?
でも『風林火山』だけはしっかり見ていますよ
勿論録画もしているし・・・。
この調子で行けば今年は観劇の回数が減りそうだわぁ~!