あしあとーⅡ

日々のあれこれ、綴ったものが自分の足跡に

九州豪雨

2017年07月16日 | 日記

梅雨明けの宣告はまだないんだけど、もう真夏の気配ですね~

今週中には梅雨明けするのでしょうか?

もう2週間になるのに九州の豪雨現場ではまだ行方不明の方がいらっしゃる。

今朝も有明海で2名の方が見つかったそうな・・・、

苦しかったでしょう!  でも見つかってよかった!   合掌!

 

九州の水害現場ではこの暑さにもかかわらず、何千人と言うボラティアの方達が集まり

泥に埋もれた家の復旧やゴミ出しに汗を流しておられる姿につくづく頭が下がる。

いま日本では災害復旧にボランティアの力は欠かすことはできないが、

最初にこのボランティアの活躍を認識したのは阪神淡路大震災だったかもしれない。

日本で災害が発生した時、どの地域でも暴動とか略奪なんて話は全く起きなくて

全国から装備も食料も全て自分持ちで奉仕活動に参加される人が沢山集まる様子がニュースで流れる。 

日本は災害の多い国だが、それでもくじけず立ち上がれるのは、こんな底辺での人々の善意のつながりが

有るからだろうと思わずにはいられない。良い国だなって思う。 

復旧なんて何時の事になるかわからない気の遠くなるような現状だけど、

それでも一歩一歩前に進んでいけば必ず明日は見えてくると思うので頑張って頂きたいと願います。

 

しかしここ何年か毎年のように甚大な豪雨の被害が発生しているような気がする。

雨の降り方が変わって来ているのだろうか?

特に被害を多く出す線状降水帯と呼ばれる何時間も同じ地域に猛烈な雨が降り続く状態がどの災害地でも

起きている。

昔はこんな雨の降り方はしなかったような気がするのだが・・・。

これも温暖化の影響なのだろうか?

 

そしてもう一つ、どの災害現場でも目するおびただしい量の流木が被害を大きくしている現状。

流木が家や橋を破壊し川を氾濫させ、被害の復旧を大きく阻害していると思われる現場でボランティアの方々が四苦八苦

されているのをみると、山に囲まれた我が国のこのような災害は全国どこでも、明日にも起こりうる状態だと

認識せざるを得ない。

空からの映像に映し出されているまるで爪でひっかいたような幾筋もの山崩れの跡、ここから流木が流れ出している。

流木の殆どが真っすぐな太い木だ。これらは戦後大量に植林された杉やヒノキだろうと思う。

杉やヒノキは根の張りが浅く土砂崩れに逢えばひとたまりもない。

そして木が大きくなった今は光が差し込まず土を連結する下草が殆どない。

もう切り出して木材として利用しなければいけない大木に成長しているが、今のわが国では

木材を使った家を建てる人が減っているらしい。

全国の山々に消費されずに残っている大量のスギ・ヒノキを一体どうすればいいのだろうか?

これからも災害が起きる度に流木の被害に悩まされることになるのだろうか?

 

ちなみに我が家は築120年・・・くらいかな?

主人の祖父になる方が自分の山の木を切りだして1年から3年くらい寝かせて乾燥させ大工さんにお願いして

建てた釘を一本も使わない昔ながらの工法で建てられた家だ。

杉やヒノキはなくて栗と松がメインに使われ表の廊下には桜の板が使われている。

家の骨組みをなす梁は一抱え以上もある丸太が使われている。

まだ50年は持つだろう。

きっと私の寿命より長生きすると思う(笑)

 

 


映画 『結婚』 2回目~!

2017年07月08日 | DEAN FUJIOKA

梅雨も末期だろうか?

大雨の被害の情報が毎日テレビで報じられている。

中でも九州の被害はまだ全容が掴めていないと言われるほど酷いものだ。

土砂と流木に押し流されつぶれた家の映像を見ると、家族は無事に避難されただろうかと祈らずにはいられない。

 

そんな中だけど・・・、心を痛めつつ・・・、私は広島へ映画を見に行ってきました (-_-;)

『結婚』2回目です。

広島ではあまり入場者が多くなくて、今日を逃せば見に行ける時間帯がなくなると思い・・・。

入場者、5人・10人ではないけど、半分もいなかったかなぁ~(涙) 寂しい現状です!

入場券と一緒に頂きました

 

前回見た時、2回目は無いかなぁーと思っていたけど、何故か心にひっかるものがあり

急に思いついて行ってきましたが、見て良かったなと。

 

前回見た時、妻・初音が突然いなくなったと思っていたが、あの時はベランダで花に水をやっていたんだ。

消えたのは健児が自分の罪の告白をし始めた時だ。

女を騙して得たお金で生活しているのだと・・・。

100万円するといった結婚指輪も実際は3千円のイミテーションなのだと・・・。

すると初音は「知ってたわよ!」と言ったと思うんだ・・・?   そしてふっと消えた。

その時家には家財らしきものが見当たらなかった。 この生活は本当に幻だったのか?

だが疑問もあるのだ。

結婚するまでに子供が出来たと話した時、そして流れたと、ごめんねと雨の中で泣いた初音。

結婚指輪を渡したときとか・・・、果たしてこれらの全てが健児が描いた幻の結婚生活だったの・・・?

そして相棒のるり子が健児の妻に電話をして、あなたの主人は悪いことをしていますと告げるシーンもあるけど

あの電話の相手は誰なの?

この生活の中で健児は妻の名前を一度も呼んではいない。

私は原作を読んでいないのでその辺りの事がよくわからない。

パンフレットでは妻も母も名前は初音なのだ。

 

ただ健児は4歳で母に海に突き落とされた。

母は結婚して幸せになるのだと4歳の健児に告げた。

4歳なら全く記憶がないとは言えないだろう。 

水の中は苦しかった!

その所為なのか海にや水に特別な関心を示す場面が多く見られる。

その微かな記憶を健児は全力で消し去りたかったのではないだろうか?

母が自分を捨てる筈はない、と。

 

この母と子の関係は現代も切実な問題としてある。

シングルマザーの子供の虐待の事件を何度も耳にする。

命は奪われなくても子供が受けた心の傷は生涯消えることはないのだろうと心が痛む。

ディーンさんの色っぽさが強調される映画だけど、哀しい映画だなと思った。

そしてエンドロールで流れた「Permanent Vacation」はとても心に沁みた。