無意識日記
宇多田光 word:i_
 



このエントリ元投稿初出日時『2005/08/07(日) 22:44』です。

***** *****


MTV.comの「MTV NEWS : YOU HEAR IT FIRST」に、ちゃんと「UtaDAの回」の文字記事がありますので、その翻訳を載せておきますね。インタビュー映像の内容も一部含まれています。


*****

 文:アリッサ・ラッシュバウム


 古臭い決まり文句に「アメリカのアーティストが”日本でだけビッグ”になるのなんてカンタンさ」というのが,ある.では,「逆もまた真なり」とは言えるだろうか? 今,ある魅力的な若き日本のポップスターがアメリカのミュージック・シーンに入り込もうとしているのだ.

 ダンス・ポップ・シンガー「ウタダ・ヒカル」(これからはUtaDAと名乗るそうだが)は2300万枚以上のアルバムを日本で売り上げ,その成功を,10月5日(火)発売になるアルバム「エキソドス」をリリースすることによってアメリカに持ち込もうとしている.

 21歳のUtaDAは,アルバムの洗練されたポップサウンドがアメリカのリスナーにアピールするであろうことに自信を持っている。ティンバランドが3曲でプロデュースしてるという事実を付言する必要もなく。だが,このシンガーは,自分のルックスが米国でのポップスター街道を驀進するチャンスの妨げになるかもしれないことに関心があるらしい.


「みんな”ねぇ,アメリカで成功できると思ってる?”って訊いてくるんだよね…」とUtaDAは言う.「私が心配すべきなのは、音楽のことじゃないと思う。... もう見るからにワタシの見た目って全然違うわけで,確かに,完全にアジアの血のみの(アメリカで有名なシンガーの)人たちって今現在は居ないんだよね.」

 「エキソドス」は実に広い領域からの影響を見せている.速いテンポのキラキラしたポップ・ビートやアジアン・ポップス.UtaDAが言うには,これらはレッド・ツェッペリンLED ZEPPELIN),ザ・ビートルズTHE BEATLES),ナイン・インチ・ネイルズNINE INCH NAILS),ドクター・ドレーDr.DRE),エルヴィス・プレスリーElvis Presley),(元)プリンス(ex-)Prince),といったアーティストたちを聴いてきた結果だという.UtaDAの歌声は――それは盛んに乱高下を繰り返すのだが――トーリ・エイモスTori Amos)のような意図的に伸ばし続ける音と,マドンナMadonna)を思わせる深いトーンを合わせたかのようでもあり,そこに更にビョークBjork)の甘く,遊び心に満ちた抑揚が加わるのだ.


 UtaDAの音楽は,歌詩もまた両極端だ."イージー・ブリージー(Easy Breezy)"に出てくる"You're easy breezy and I'm Japanese-y"(『あなたはイージー・ブリージーで私はお手軽なジャパニーズ』(対訳:新谷洋子))のようなシンプルなポップスらしいものが一方にあるかと思えば,"Exodus'04"に出てくる"Daddy don't be mad that I'm leaving/ Please let me worry about me/ Mama don't you worry about me/ This is my story."(『ダディー,私が出て行くからといって怒らないで 自分の面倒は自分で見させて ママ,私の心配はしないで これは私の物語なのだから』(対訳:新谷洋子))のような内省的なものも一方にある.


 UtaDAの生い立ちもまた、その音楽同様変化に富んでいる.生まれはニューヨーク市だが,東京と同市の両方で成長していった.UtaDAは音楽一家に育ったのだ.彼の父親はミュージシャン/プロデューサーで,彼の母親は演歌を歌っている.二人の仕事を眺めながらも,UtaDAは最初,音楽業界に何の興味もなかった.

 「私はそんな正真正銘頭のイカれたミュージシャン二人を見ながら育ったの.で,考えたんだ,“神様! なんて彼らはクレイジーなの!?”」彼女は言う.「コイツらは車まで売ってスタジオを使う為のお金を作ってる! もう心配しっぱなしだったわ,“収入が果てしなく不安定なんじゃ?”って.それが小学校一年生の頃.

 それでも,UtaDAは,12歳になる頃には彼女のデビューアルバムのレコーディングを始めている.その英語詩アルバムは完成したものの,(全米で)リリースされることはなかった.しかしながら,その作品は日本のレコード会社の重役の目にとまり,彼がUtaDAに日本語詩でのアルバムをレコーディングして欲しい,と依頼をしたのだった.当時高校生だったこのシンガーによると,そのアルバムは結果として「とんでもないくらい狂ったように売れまくってた」.

 「宣伝,プロモーションは(そんなに)してなかったんだけどね,」彼女は続ける.「もうどんどん訳のワカラン噂が付け加わってっちゃって,最後には“あぁ,彼女は一体何者なんだ? 実にミステリアスだ!”と.(笑)」


 そんなミステリアスなムードが、「First Love」アルバムを900万枚売ってしまう結果に一役買ったのだった.更に彼女はそのまま,二つのマルチプラチナアルバムを2001年に出している.結局,彼女はアジアで最も成功したミュージシャンのうちの一人となった.

 彼女の成功の噂がアメリカにまで届くのに,そう長い時間は掛からなかった.かくしてUtaDAは,英語詩アルバムを作りたいという多くのレーベルのアプローチを受けた。その中にアイランド・デフジャムは含まれていた.このレーベルの前のCEO(最高経営責任者)であるリオ・コーエンが,このシンガーが英語に馴染むかどうかを見極めるために,彼女に(映画の)サウンドトラック用の楽曲を録音するように依頼したのだった.

 UtaDAは”ブロウ・マイ・ホィッスル(Blow My Whistle)”を映画「ラッシュ・アワー2」サウンド・トラックの為に録音する.(同曲には,(ネプチューンズ(Neptunes)のファレル・ウィリアムズ(Pharrell Williams)と,ラッパーのフォクシー・ブラウン(Foxy Brown)が参加している) 彼女が言うには,この曲の存在が,アイランド・デフジャム・レーベルが彼女のサウンドと創造的ビジョンによくフィットするのだと感じさせることになったそうだ.


 「エキソドス」からの最初のシングルのリミックス,“デヴィル・インサイド(リミックス)”はビルボード・ダンス・シングルス・チャートで初登場8位だった.この曲の歌詩は,今の彼女の位置付けを描いているかのようだ.日本では飛び抜けた成功の山頂にまで上りつめてしまった一方,アメリカではまだ,戦いの高原に登ろうとしている途中でしかないのだ.

 "You don't know, 'cause you're too busy reading labels,"(『ラベルを読むのに忙しくてあなたは知らない』(対訳:新谷洋子)と彼女は歌う."You're missing all the action underneath my table/ They don't know how I burn/ Just waiting for my turn."(『その裏の展開を見逃している 私が燃えることを人は知らない 自分を出番を待っているの』(対訳:新谷洋子))





コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




このエントリの元投稿初出日時は『2005/11/09(水) 23:45』です。

***** *****


過去記事発掘企画第2弾、JAPAN TODAY(ジャパン・トゥデイ)のUtaDA分析記事です。
UtaDA本人へのインタビュー等はありません。
記事の日付は2004年10月4日となっています。
元記事はこちらに掲載されています。
(http://www.japantoday.com/e/?content=newsmaker&id=198)




*****



Utada to make U.S. debut

全米デビューを明日に控えるUtaDA





TOKYO - Popular female singer Hikaru Utada will make her debut in the United States on Tuesday with her album “Exodus,” in what may determine whether J-pop can make a breakthrough in winning worldwide popularity.

TOKYO ― 女性ポップシンガー・ヒカル・ウタダが明日火曜日、アルバム「エキソドス」でアメリカでのデビューを飾ろうとしている。このデビューは、J-ポップが世界規模での知名度を勝ち取る切っ掛けを掴むか否かを決定付けることになるかもしれない。


In the album, Utada sings not only J-pop but also hip-hop and rock 'n' roll, all in English.

このアルバムでUtaDAは、J-ポップ・スタイルの楽曲だけではなく、ヒップホップ・スタイルの楽曲や、ロックンロール・スタイルの楽曲も歌っている。全曲英語詩で。


Steve McClure, chief of the Asian bureau of the U.S. magazine Billboard which compiles the U.S. charts, said Utada has no problem with English pronunciation, and that compared with other artists who have tried to break out overseas, her level is overwhelmingly high.


アメリカのチャートをまとめているアメリカの雑誌「ビルボード」のアジア支局長であるスティーヴ・マクルーアは、UtaDAの英語発音には何の問題もないと語る。アメリカ国外からブレイクを目指してやってきた他のアーティストたちと比較しても、UtaDAの英語発音のレヴェルは極めて高いのだ、と。

But he said that while she may be ranked 50th in the album charts, the arrangements are over-elaborated and the natural sounds of musical instruments cannot be heard.

しかし、マクルーアは、「UtaDAがアルバム・チャートの50位にランクされる可能性は否定できないものの、アルバムで聴けるアレンジは過度に作り込まれ過ぎていて楽器による自然なサウンドが聞かれない。」と指摘する。


Her music's width is too wide, and those who listen to her songs for the first time may wonder what she is actually good at, McClure added.

「UtaDAの音楽の幅は余りにも広すぎ、アルバムの楽曲を初めて聴いた人は『彼女が本当に得意な音楽とはいったい何なのだろう?』と戸惑う恐れがある。」―― そうマクルーアは付け加える。



There are many Japanese musicians who have won popularity abroad after reaching their peak in Japan, but only five singers and singing groups, including the Pink Lady and YMO, have been in the top 100 in Billboard's singles charts.

日本でキャリアのピークに達した後に海外で人気を博した日本のミュージシャンが数多くいたのは事実だ。しかし、ビルボードのシングル・チャートでトップ100に入ったシンガー、あるいは歌手グループは、ピンクレディYMOを含め、僅か5組しか存在しない。


Many producers think songs in English produced with famous producers will become a hit, but nothing is that easy, said Naoto Sato, an official of the compact disk shop American Pie of Tokyo who is well versed in U.S. music.

「多くのプロデューサたちが、有名プロデューサを使い英語で歌を唄いさえすればヒットになるだろうと考えているようだが、実際にそんな簡単にいくことはない」―― CDショップ“あめりかん・ぱい”の東京店代表のサトウ・ナオトはそう語る。彼は、米国の音楽に非常に精通している人物だ。



The late Kyu Sakamoto's song Let's walk in looking upward debuted in the United States in 1963 in the original Japanese with the title changed to Sukiyaki. It topped the charts for three weeks in a row.

故・坂本九は、1963年米国で“上を向いて歩こう”という歌でデビューしているが、これはタイトルを「スキヤキ」と短いものに変えただけで、歌詞はそのまま日本語で歌われている。しかし、同曲は3週連続チャートのトップを飾ったのだった。


The 'Macarena,' which sold quite fast in the 1990s, is a song in Spanish. A really good song can be sold regardless of its language, Sato said.

「1990年代初頭に爆発的に売れた“恋のマカレナ”は、スペイン語の歌だ。本当によい曲は、何語で歌われていようが売れる。」そうサトウは語る。



There are moves to broaden the appeal of J-pop by leveraging popular Japanese animated cartoons.

一方、日本の人気アニメに影響を及ぼすことでJ-ポップのアピールを広げようという動きがあるようだ。


TOFU Record, created in Los Angeles in July last year, has been churning out CDs of Japanese musicians related to animated cartoons, including T.M. Revolution and Nami Tamaki.

昨年2003年の7月にLAに創られたTOFUレコードは、T.M.Revolution玉置成実といった、アニメと関連をもった日本のミュージシャンのCDを大量に生産してきた。



One CD has sold 8,000 copies, making TOFU Record a good fighter as an indie.

あるCDは8000枚売れ、TOFUレコードをインディーズとしては異例の好旗手の座に押し上げた。


A U.S. cable TV channel specializing in animated cartoons with about 80 million households as viewers will begin a variety program by picking the Puffy, a two-member singing group which has broken into the United States, as animated cartoon characters in November.

視聴者およそ8000万の家庭の向けアニメを専門に送り出すアメリカのあるケーブルテレビチャンネルは、PUFFYをパーソナリティに抜擢しバラエティー番組を開始する。この2人によるシンガー・グループは、すでにアメリカに進出しており、アニメのキャラクターとして11月に登場する予定だ。



Yaz Noya of TOFU Record said, With animated cartoons, the number of young people interested in Japanese pop culture is increasing. We would like to sell the creativity of Japanese culture without flattering. (Kyodo News)

TOFUレコードののノヤ・ヤズは次のように語る。「アニメーションによって、日本の大衆文化に興味を持つ若者たちの数は増加している。無意味に誇張することなく、素直に日本文化の創造力を売り込んでいきたい。」(共同News)


October 4, 2004

2004年10月4日




*****


> 訳者後記:

さて、今回はちょっと異色の記事です。表題の写真もUtaDAなのですが、彼女のインタビュー等による発言などはなく、全般的に日本の音楽の全米での位置付けについて、という切り口で短く纏められています。結局、英語で歌おうがどうしようが関係ないし、サウンドを作りこむより楽曲が命だし、日本人が全米のシーンに入り込むにはアニメを利用したほうがいいだろう、ということです。確かに、その通りだ。(笑) UtaDAは最初から「分の悪い戦い」を強いられていたというわけです。今、訳者がこの文章を書いてるのはこの記事が出た約13ヵ月後ですが、その潮流は弱まるばかりかますます強まっています。PUFFYは全米進出成功と捉えられていますし、UtaDAは全米進出失敗だと思われています。結局、この記事は慧眼だったわけですね。(^_^; ポップ・アーティストを応援する立場としては、結局は枚数をはじめとした「数字」が命なわけですから、何を言っても数字が出ていない以上負け惜しみにしかなりませんわ。(爆) いくら「『エキソドス』の音楽の質は高い、30年経っても色褪せないだろう」とファンが囀り事実色褪せなかったとしても、やっぱりポップスとしては不合格。ポップ・ミュージックは“今”売れなくては話になりません。尤も、素晴らしい音楽を聴いているときの個人の幸福感はやっぱり誰がどこで何を買ってようが大して変わらない、というのもまた真実ではあります。ま、どっちを取ってもいいってことなんですが、要は「ポップ・ミュージックとして作ったのであれば、売ること自体にももっと積極的になって欲しかった」ということなんです。でも、なんだかんだいって、UtaDAのカラダはひとつしかないわけで、シンガー・ソングライター・プロデューサ・アレンジャー・静止画被写体・動画被写体・インタビュードとそれらに纏わるミーティングの数々をたった一人でやっている人間が、マーケティングにまで手が回らなかったとしても、何の不思議もないです。というか、今列挙したこと全部やってることの方が恐ろしいです。ですから、もし彼女が、どこまでも「ポップ・ミュージック」を貫きたいのであれば、行動力の塊のような、強力なマーケティング&マネージング・アシスタントをどこかからか探してきてください。よろしくお願いします。m(_ _)m

・・・この文章の、どこが“訳者”後記なんだ。(汗爆) 単なる私の愚痴では、ないですか。(≧∇≦) by i_.

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




このエントリの元投稿初出日時は『2005/11/08(火) 23:27』です。

***** *****

他にも幾つか翻訳が残っているのですが、ちょっとわき道にそれた企画を。(^^ヾ

過去記事発掘企画第1弾、ニューヨーク・デイリー紙のUtaDA特集記事です。
日付は2004年10月3日、元の記事は、こちらです。
(http://www.nydailynews.com/entertainment/story/238264p-204443c.html)


*****



Found in translation, Hikaru
ファウンド・イン・トランスレーション、ヒカル



By REBECCA LOUIE
DAILY NEWS FEATURE WRITER

文:レベッカ・ルイ(デイリーニューズ・特集記事記者)


Utada Hikaru
ウタダ・ヒカル

With long black hair and pixielike features, Utada Hikaru looks like a female pop pinup.
But the 21-year-old singer insists that, in many ways, she's really a man.

その長い黒髪と妖精のような横顔。ウタダ・ヒカルはまさしく女性ポップ・シンガーのピンナップスターに相応しい出で立ちだ。しかし、この21歳のシンガーはこう主張する。様々な角度から見て、自分は男性なんだ、と。

“It's a bit confusing being a young girl, because my taste in music and what I do is more like a 35-year-old guy,” says the Japanese star, who makes her stateside, English-language debut tomorrow when her CD “Exodus” reaches stores.
「自分が若い女の子だっていう“事実”に、ちょっと戸惑うというか。私の音楽のテイストとか、取り組み方とか、どっちかっつーと35歳くらいの男の子に思えるのよ。」――そう日本のスターは言う。彼女は米国向けの英語詩デビューアルバムCD「エキソドス」を作り、明日各地のショップに送り届けるのだ。


“Sometimes, I feel as though I'm caught in this girl's body and I'm like, ‘No! I want to be Trent Reznor!’”
「時々、この女の子のカラダの中で囚われの身になっているようにすら感じるんだ、そうなると、『違う! 私はトレント・レズナーになりたいの!』ってなっちゃう。(笑)」(註:トレントはロック・バンド“ナイン・インチ・ネイルズ”のリーダー。)

Departing from lighthearted Japanese or “J-pop” that has sold 17 million albums overseas, “Exodus” assaults with innovative dance beats and mischievous lyrics.
海外(註:日本のこと)で1700万枚以上を売った気楽な感じの日本の音楽即ち「J-ポップ」なるものから旅立ち、この「エキソドス」は、革新的なダンスビートと確信犯的な歌詩で聴き手に迫ってくる。

Unlike many chart-topping talents here, Hikaru wrote and produced the entire album herself. Missy Elliott collaborator Timbaland joins her on three tracks.
チャートのトップを飾る他の多くのタレント達とは違い、ヒカルは自身のアルバム全体で作曲とプロデュースを行っている。ミッシー・エリオットとコラボしていたティンバランドが、3曲でヒカルと共同プロデュースをしている。


“In Japan, Utada is a pop goddess,” says Tario (Magurochan) Cham of Japanese music culture site jpop.com. “There, music is very limited. No matter how big you are, you have to follow the trends.”
「日本では、UtaDAはポップスの女神様なんだ。」日本国内の音楽カルチャー・サイトjpop.comのタリオ・(マグローハン)・チャムは言う。「日本の市場っていうのは、音楽の幅がとても狭いんだ。どれだけビッグなミュージシャンでも、トレンドを無視することは出来ないよ。」

“On ‘Exodus,’ Hikaru has more freedom to explore things. This album has a lot of fusion on it, hip hop, dance, experimental.” Born on the upper East Side to musical parents (mom was a traditional Japanese singer and dad a producer), Hikaru wrote her first song in Japanese at age 10 and a full English language album at 13.
「『エキソドス』アルバムで、ヒカルは音楽的探求をする自由を得た。そこには、多くの融合が見られる。ヒップホップ、ダンスなどの融合だね。とても実験的だ。」 ヒカルは、音楽家の両親(母は日本の演歌歌手、父はプロデューサ)のもとニューヨークのイースト・サイド北に生まれ、10歳のとき最初の曲を日本語で書き、13歳になるころには英語でフルアルバムを作っていた。

Her family then moved back to Tokyo, where a label executive suggested she attempt recording in Japanese. At 15, her debut, “First Love,” sold 9 million copies.
彼女の家族はその後東京に引越しなおし、そこでレコード・レーベルの重役に日本語でのレコーディングをもちかけられ、15歳になる頃にはデビューアルバム「First Love」を900万枚売っていた。


Though she abandoned biology studies at Columbia, Hikaru has a bookish approach to working on her music.
コロンビア大学での生物学の研究からは一旦退いてはいるものの、ヒカルはその学究的なアプローチを音楽に活かしているという。

“The same parts of my brain get as excited as when I study bio or read a novel and write a paper on it,” she says. “You begin with a thesis, take through the next paragraph, bring it to a conclusion.”
「生物学を研究してるときや小説を読んでいるとき、論文を書いているときは、(音楽を作ってるときと)頭の同じ部分が興奮するんだよ?w」と彼女は言う。「主題から始まり、次の段階に突入して、終結部にもっていくの。」

Trying her luck at a whole new market is a nerve-racking affair. “It's frightening to think, ‘Oh my God, no one is going to like it, no one is going to hear it,’” she says of her eclectic sound. “I just want people to see that I do my own stuff, that I'm not stupid, and I can make fun of myself.”
全く新しい市場で自らの運を試すことは、彼女の神経を随分参らせているようだ。「考えるのが怖くって。『あぁ神様っ! 誰も気に入ってくれなかったらどうしよう! 誰も聞いてくれなかったらどうしよう!』ってね。(苦笑)」 彼女は、自身の幅広い音楽についてこうコメントを寄せている。「誰の真似でもない、これが私なんだ!ていうのを、みんなに見てもらいたくって。私は愚か者じゃない、自分を笑うことだってできるんだから、ってね。」

When creatively blocked, Hikaru takes baths or tries yoga or Pilates at home.

スランプに陥ったとき、ヒカルは家でお風呂に入ったりヨガやピラティスをやったりするらしい。


“I don't like going to the gym because I don't like being with people I don't know in that intense environment,” she says. “That's like telling someone to do squats on the train.”
「ジムに行くのは好きじゃなくって。自分の知らない人たちと居るのがどうも、ね。そういう環境ってちょとキツイな~。」と彼女は語る。「まるで電車ん中でスクワットしろって誰かに言われてるようなもんじゃないそれって!?ねぇ!?(笑)」

She now splits her time between here and Tokyo. She's been married to her video director, 15 years her senior, for two years. Of marrying so young, she says: “I figure no matter how old you are, it's always going to be your first marriage and no life experience is going to make you a better judge of who you should marry.”
彼女は今、東京と米国の両方に時間を割り振っている。2年前に自身のビデオの監督と結婚していて、彼は15歳年上だ。そんな若さで結婚することについて、彼女はこう言っている。「何歳かなんて関係ないっしょ? 最初の結婚は誰にとっても初めての経験になるわけだし、誰と結婚すべきかをよりよく判断するために人生の経験が必要だなんてことはないと思うよ。」


Originally published on October 3, 2004

この記事の初出は2004年10月3日です。



========================================



> 訳者後記: 

過去に一度訳して訳者後記まで書き上げた記事なのですが、ファイルがどっか行っちゃったので(爆)、イチから書き直してみました。ですから翻訳はスピード重視で内容には特に工夫を凝らしておりません。一方、記事の内容自体には幾らか解説が必要かと思われましたので、以下にまとめて付記しておきますね。

タイトルについて: 「ファウンド・イン・トランスレーション」となっていますが、これは、この記事が公開された当時「ロスト・イン・トランスレーション」という映画が公開されていたので、それにひっかけてのものだと思われます。映画の方は訳者未見ですが、このタイトルは「言葉の通じない異国の都市で迷子になっている」という意味でしょうから、UtaDAの方は、「言葉の通じる異国の都市で自分の居場所をしっかりと見つけている」というニュアンスだと、とりあえず訳者は解釈しました。(トランスレーション/translation=翻訳、です)


“like a 35-year-old guy”: Hikkiはこの記事の中で「自分が35歳の男の子のように感じる」と述べています。・・・当時36歳ですが、旦那さんとはさぞかし気が合ったことでしょう。(笑) 一方のキリヤンはまるで20代のような純粋な情熱を持った人なので、心と体がねじれながらお互いを映し出しあっているような関係なのではないでしょうかこの二人は。

トレント・レズナー: 註にも書きましたが、彼は米国のロック・バンドナイン・インチ・ネイルズの中心人物です。このバンドは、以前Hikkiもこの日のメッセで取り上げていますが、大抵、米国の無機質で殺伐としたサウンドのバンド――例えばデフトーンズなど――を彼女が好きだという場合は、夫のキリヤンの影響を受けてであることが多いと思います。(勝手な推測ですけどね) というのも、トレントの顔って、キリヤンが一番好きなタイプの造形なので。(笑) いつか彼を主演に映画を撮ってくれたら嬉しいですね。(^^;

“innovative and mischievous”: 紛らわしい訳し方をしてしまったので少々補足を。(苦笑) 訳文で「革新的/確信犯的」と韻を踏ませてみました。(というかダジャレwww) 前者のinnovative/イノヴェイティヴは、確かに「革新的」という意味なのですが、後者のmischievous/ミスチーヴァスは、「いたずらっぽい」 という意味です。「確信犯的」とは少々違いますね。でも、いたずら好きは大抵確信犯(誤用のでもね(笑))なので、こんな感じでいいでしょう。<テキトー(汗)


“Though she abandoned biology studies at Columbia”: この記事ではコロンビアで生物学を学んだことになっていますが、そういう情報はありませんでしたよね確か。この学校は初年度から専門的なことを教えるところではない、なんてことを小耳に挟んだような気もしますし。誰々についての論文を書いた、なんてことも複数のBBSで目にしたりもしましたが、ソースも見つからなかったことですし、あんまり不確実なことは書かないでおきましょう。

“I can make fun of myself.”: この箇所がちょっと日本語訳ではわかりにくいですね。どうして多様性を持った音楽を作ることが、「自分をからかう」ことになるのか。それはこういうことです。もし、何かひとつの方向性に凝り固まった音楽を作っている場合、その人はその他の音楽に対して排他的であったり自身の音楽に対して教条主義的であったりします。しかし、自分はそうではなく、多様であることよしとする、即ちあるひとつの価値観に囚われることなく、自分のことを客観的多角的に見ることができる、ということの主張です。センス・オブ・ユーモアは、常に当事者でない部外者によってもたらされます。必死になっている人を外から見たら滑稽ですがそれは当人にとっては笑い事ではない、という普遍的な状況を思い浮かべればいいかもしれません。しかし、だからといって頑張ってる自分をからかわれた(make fun)ときに視野を狭めて怒るのではなく、一緒になって笑うだけの広い視野=余裕と、相対的な視点を持てる知性があるんだよ、ということを彼女は主張しています。ですから、この“I can make fun of myself.”は、“I'm not a stupid”=「私は愚か者ではない、ちゃんと知性のある人間なんだ」から繋がって来るわけです。・・・もっと訳者は簡潔な説明が出来るよう、知性を磨く必要があるようですね・・・λ.........。

“You begin with a thesis, ・・・”: この部分は、論文の書き方と作曲の仕方の類似点についての指摘です。論文というものは、メインテーマとなる主張から始めてそれを展開させ結論を導くのですが、音楽でも、メインとなるメロディを決めて、そこから様々なひろがり・編曲・展開を見せ、かっくぃぃエンディングに結びつける、というのが作曲の基本だ、、、ね、よく似てるでしょ?ということですね。(*^.^*)

“Pilates”: ピラティスって辞書に載ってるんですねぇ。去年訳したときは、載ってなくて検索したような気がするんですが。WEBの世界は日進月歩ですな。(笑)



以上です。全体的には既出だらけの話ではありますが、ところどころ新鮮味がありました。今(2005年11月)読み返すと、トレント・レズナーのくだりは“You Make Me Want To Be A Man”のことを暗に指してるのかな、なんて思ったりもしますね。記事としては、文章の流れがわかりづらく途切れ途切れの印象がありますが、逆にいえば短くまとめてあるとも言えます。ま、訳者後記と併せれば、それなりに楽しく読めるのではないでしょうか。<珍しく自負(笑) by i_.


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )