自分はかなり意識的に自分のリアルタイムより前の世代の音楽(主にThe Beatles以降のロックだが)も聴いてきている為、と言っていいかどうかはわからないが、自分より若い世代の音楽に対して余り抵抗が無く、新しく出てきたミュージシャンたちの音楽も(自分の世代の中では)積極的に評価している方だとは思う。つまり、年配として「最近の若いもんの音楽はわからん」とか「昔の方がよかった」とかそういう事をあんまり言わないタイプだと自認している。
が、ここ10~15年の間に出てきた世代のアーティストについては、一点、「昔の方がよかった」と言い切ってしまえるポイントがある。それは、トップレベルの歌唱力だ。
昔の歌手の方がずっと歌が上手い。これは覆らない事実だと捉えている。たとえば10年代の邦楽を代表するバンドとしてSEKAI NO OWARIが居るけれど、彼らが上の世代にいまいち受けが悪い(といっても既に7,8万人を一晩で集められる集客力があるので別にそれはそれで困っていないかもしれない)のは、ボーカルの子の歌がお世辞にも上手くないからというのは大きいと思う。自分も、彼らの音楽のよさを上の世代にアピールするとしてふと躊躇するとしたらボーカルの子の歌唱力だ。歌詞もメロディーもコンセプトも優れているのに、「でも歌下手じゃん、て言われるかもしれない」とつい思ってしまうのだ。
勿論どの世代にも歌の下手な歌手が大ヒットする事はあるけれど、その一方でちゃんと「聴かせるボーカリスト」もトップクラスに売れていた。自分のリアルタイムで言うと、B'zの稲葉、Mr.Childrenの櫻井、DREAMS COME TRUEの吉田、globeのKeiko、JUDY AND MARYのYUKI、という風に90年代には、上の世代に「音楽のよさはよくわからないけどボーカルは悪くない」と言って貰えるような歌手が居た訳だ。
そしてその最後に登場したのが宇多田ヒカルだった訳だが、と私が書くのは100%見越されていた気がするけれど(汗)、実際その通りだった。ヒカルがあの売上を記録したのは、若い世代に対する爆発力(例えば当時の小室系を聴いていた層とか)と、壮年組に一年に一回くらい現れる超ロングヒット(千の風とかああいうのな)の、本来完全に排他的に分離されていた筈の2つのファン層に同時にアピールできたからだ。特に壮年組に対して歌唱力の高さは絶対的な威力を持っていた。
確かに、年をとると、たくさん歌を聴いてきたせいで歌唱力に対して評価が厳しくなる。裏を返せば若いうちは少々歌が下手でも聴けてしまう訳なんだが、このままいくと10年代に邦楽を聴いて育った世代が歌唱力に対して耳を慣らせる機会がないまま時が過ぎるおそれが出てくるんじゃないかと今私は危惧しているのだ。
歌唱力に頓着しなくなるとどうなるか。単に「よさがわからない」だけではなく、年をとるにつれ「音楽を積極的に聴かなくなっていく」のだ。「あんなものは若いうちに罹る熱病のようなものだ」と捉えられてしまう。こういうフレーズを使うといよいよ年寄り扱いされそうだが仕方がない、言おう、「若者の歌離れ」がこれから20年単位で起こるかもしれないのだ。
この世代に対して、果たしてヒカルの歌唱力は価値としてどれだけ響けるのだろう?というのがより早い段階での危惧である。今の30代以上は「歌が上手いといえば宇多田ヒカル」という価値観の存在を知った上で生きてきているので余り心配はない(5年前以前と今後も反応はさほど変わらない)のだが、今の20代前半より下の世代に、ヒカルの歌が上手いと言って果たして話が通じるのかどうか。極端な話、物心ついた頃からずっと「日本のトップアーティストは嵐」と言われて生きてきたのだ。勿論「アイドルだろ(笑)」と冷笑する事も出来ようが、では嵐と同じ位売れてて歌の上手いヤツ誰か居るか?と言われても答に窮する。
勿論、出来ればヒカルの復活で「歌が上手いってこんなにも魅力的なのか」という価値観が浸透していけばいいのだが、もうヒカルは「彼らの世代の音楽」には成り得ない。ある意味なってはいけない、とすらいえる。出来れば、今の10代に物凄い歌唱力の歌手が現れて、物凄く売れて、我々以上の世代が悔しがって「なんの、そんな若造より宇多田ヒカルの方がずっと歌が上手いぞ」と負け惜しみを言いたくなるような状況になればベターである。だが現実は推して知るべし、だ。
勿論「そんなに売れていないミュージシャン」の中には歌の上手な若手が沢山居るだろうし、クラシックやジャズの世界に分け入れば化け物じみた若者は見つかるだろうが、今の話はあクマで日本中に名前が知れ渡るようなレベルでの話だ。ヒカルに対抗できる抜群の歌唱力を誇る若手が出てくれば、改めてヒカルの歌唱力が再評価され、復帰後もファン層がより厚くなるのではと期待したいのだが、こればっかりは待つ以外に術はなさそうだ。
| Trackback ( 0 )
|