※ この記事の初出日時は2007-03-04 23:36:32です。
引き続き過去記事発掘です。
2004-06-07 - "Will she shine in Hollywood?" - THE NEW PAPER (Singapore)
http://www.utadanet.com/modules/sections/index.php?op=viewarticle&artid=15
シンガポールの新聞記事かな?
いろんな国でUtaDAのデビューが期待されていたことを示す資料ですね。
初出は下記の通り2004年6月7日です。
*****
2004-06-07 - 「彼女はハリウッドで輝けるか?」 - ザ・ニュー・ペーパー (シンガポール)
By: ミハル・チャン
2004年6月7日月曜日
一度ならず何度も姿を変え、Hikaru Utadaは日本の音楽シーンでミラクルを起こしてきた。
こんにちまでこの21歳のシンガー・ソングライターは日本の歴代最高売上アルバム記録を保持し続けている。その1999年デビューアルバム「First Love」は世界で1000万枚という驚異的な数を売り上げた。
これまで彼女の人気は幾度も危機に瀕してきた。 2002年には卵巣腫瘍手術からの回復に一年を要し(註:そんなに長くない)、監督のKazuaki・Kiriyaとの突然の結婚もあった。
他のセレブなスター達が結婚を機にその輝きを失っていくのが普通な中、Hikki(彼女はこうあだ名されている)はここからそれまでにない輝きを見せてゆく。
彼女は昨年(註:2003年)たった一つのシングルしかリリースしなかったが、それでもその曲「Colors」1曲でその年1億7000万円(260万シンガポールドル)超もの所得税を払い長者番付歌手部門トップ10でNo.4となった。
ちょうど2ヶ月前(註:04年4月)、彼女は新しいコンピレーションアルバム「Single Collection Vol.1」で鮮烈なカムバックを果たした。
こちらは世界で(シンガポールでの約10000枚含め)300万枚以上を売った。
夫の独立系(註:配給は松竹)映画「Casshern」もまた彼女の“お金儲けの才能”の恩恵を受けている。彼女の歌うテーマソング「誰かの願いが叶うころ(When somebody's Wish Comes True)」だ。
数週間前にこの曲がリリースされて以来、この映画は興行的にバカ当たりし、15億円(2290万S$)の荒稼ぎをした。
とはいうものの、批評家達はそれ以前にこの映画を"エンディングのない映画だ"とか "Hikaru Utadaのミュージックビデオをただ引き延ばしただけ"と扱き下ろしていた。
しかしそれでも無数のファンがこの映画を見る為に映画館に群がったのだった。
同じように、この映画のテーマソングである彼らのアイドルのニューシングルを引っ掴みにレコード・ショップに押し寄せた。
Hikkiの次なる停車駅はハリウッドだ。
彼女は英語詞アルバムのレコーディングを終えたと語る。この作品は、今年の下半期にリリースが予定されている。
Hikkiがのぞむべきは高い。ニューヨークで生まれ育ったこの女性は、1963年坂本九「Sukiyaki」以来2人目のビルボードチャート・トップの座を狙っている。
最近メディア向けにリリースされたプロモーション映像の中で彼女は、自分にとってこの過去5年間は"ワンダフル"以外の何ものでもなかったと語っている。
「もし普通に学校に通っててこの仕事をしてなかったとしたら、自分は何者なんだろう?なんて考えもしなかっただろうな~。情緒の面でも、知性の面でもね。」と彼女は語る。
「様々に違った物事を学べたのは私にとって教わる事の多いプロセスだった。私は今自分が居るべき場所に徐々に近付いてると思う。」
もし彼女の目指している場所がハリウッドなのだとしたら我々は、彼女がまたも違ったミラクルをクリエイトしてくれるのを望むことになるだろう。
*****
| Trackback ( 0 )
|