無意識日記
宇多田光 word:i_
 



※ このエントリの初出日時は『2007-03-25 23:32:53』です。


過去記事発掘企画第7弾です。発表日時は不明ですが、2004年冬それも、2004年初頭の方の冬、ということのようです。まだ「EXODUS」が発売されてないと本文中にありますから。その点がかなり珍しいですね。大抵の記事は、2004年中盤以降のものですから。(最初のオフィシャルプレスリリースが6月だった為) 短いですし、内容にも新味はないですが、資料としては結構興味深いのではないでしょうか。ちな!みに、この「UCLA Asian Pacific American Newsmagazine (USA)」とう雑誌、検索にヒットしませんでした。謎です。



*****


http://www.utadanet.com/modules/sections/index.php?op=viewarticle&artid=18

"Jpopping~Jポップ飛躍の時: 読者の皆に彼らからのCDが届く日も間近"

By: カイル・ハナノ
UCLA Asian Pacific American Newsmagazine (USA) / Volume 27、Issue 2、Winter 2004


(平井堅のセクションは省略。彼は米国に[MTVアンプラグドの収録で]行っている。)

Utada HikaruはMTVアンプラグドに選ばれた最初のJpopアーティストであり、日本からの初めてのアメリカン・マーケットに向けたクロスオーヴァーの試みとなる。合衆国に生まれ流暢な英語を話すUtada Hikaruはアメリカの文化と言語を熟知している。しかし彼女は自らの才能をまず日本へと向けファースト・アルバムを日本歴代最高売上アルバムに仕立て上げた ; そのタイトル・トラック"First Love"は日本のポップ史上最もポピュラーな曲と考えられている。彼女のセカンドアルバムとその中からのシングル"Can You Keep a Secret?"の人気はアイランド・デフジャムにUtada Hikaruが合衆国で成功をみる事も可能だと確信させた。Jpopから離れているこの間、Utada Hikaruは英語詞アルバムを(アイランド・デフジャムと)制作している...今年(註:2004年)の後半にはリリースされる予定だ。

Utada Hikaruはその創造性で名を馳せる。彼女のミュージックビデオは世界規模で批評家達の目を釘づけにした。for their creativity and exploration of 神話("Sakuraドロップス")、SFファンタジー("Traveling"and "Final Distance")、そしてこの世界の自然美("Deep River"). Utada Hikaruは日本の他の女性ポップシンガーと同じ線に落ち込むのを拒む ; 彼女の深く低い歌声と常にリスクを孕んだ音楽スタイル[の変化]によって、その存在は日本の批評家達のお気に入りとなった。

しかしながら、Utada Hikaruは日本での人気を獲得する前にも英語の曲をリリースしていたのだ。Cubic Uという名の元で、"Precious"というアルバムを1998年に出していて、ザ・カーペンターズやフランク・シナトラのポップ・スタンダードのカヴァーが収録されていた。日本での成功後「ラッシュアワー2」サウンドトラック のフォクシー・ブラウンとの"Blow My Whistle"という曲もリリースしている。彼女のヒット曲"Hikari[光]"の英語版リメイクは"Simple and Clean"と名付けられ[米国内でも]人気のテレビゲーム"Kingdom Hearts."に起用された。

平井堅やUtada Hikaruといったアーティスト達の出現は、次の海外[米国外のこと]からの音楽の波が日本という国からやってくるのではとすら思わせる。平井堅は海外産[米国外産]のゴスペルとソウルを新しいレベルに引き上げていて、すぐにでも合衆国でウェーブを起こせるかもしれない。Utada Hikaruの方にはアメリカのリスナーに印象を与える創造性とヴォーカルの才能がある。この2人のアーティストなら、アメリカにジャパニーズ・ポップ・エンターテインメントの存在を知らしめ、その文化間障壁を突き崩す一助となり得るだろう。


*****


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )