あるニヒリストの思考

日々の思いを綴る

無権力者の芸人が嘘を付いたことについて(自我その140)

2019-06-26 13:03:46 | 思想
五年前、十数名の芸人が、詐欺集団という反社会的勢力の首謀者の誕生会や忘年会に参加した。当初、金銭の授受を否定していたが、それが嘘であり、実際は、十万円以上を受け取っていたということが露見した。芸能事務所は、彼らに、謹慎処分を科した。マスコミは、連日連夜、彼らの嘘を追及している。マスコミが、遠慮会釈なく追及できるのは、彼らが芸人という無権力者であるからである。安倍晋三首相が、森友学園問題・加計学園問題で不正な便宜を計らったのに、マスコミの追及の手が緩かったのは、国の最高権力者だからである。心理学に、「人は自己の欲望を他者に投影する。」と「人は自己の欲望を他者に投影させる。」という言葉がある。前者は、人間は、自己の思いを他の人も持っていると思ってしまうという意味である。後者は、人間は、自己の思いを実現するために他の人を利用するという意味である。今回の事件は、後者に該当する。人間には、皆、支配欲がある。他者の上位に立ちたいという欲望がある。今回の事件は、マスコミも大衆も、協力して、大仰に、正義を振りかざして、彼らの不正を追及し、彼らの上位に立てるのだ。支配欲を満足させるのに、こんな格好の材料は他に無い。総理大臣という最高権力者ならば、後に、復讐されるかも知れないから、二の足を踏むが、芸人という無権力者ならば、後に、復讐される心配が無いから、思う存分、追及できるのである。また、マスコミも大衆も、協力して、芸人たちの嘘を追及できる喜びもある。連帯感である。格好の餌食が現れたのだ。喜びもひとしおである。さて、人間の深層心理は、他者に対して、対他化・対自化・共感化の動きをする。対他化とは、他者から認められたいと思いつつ、他者が自分をどのように思っているか探ることである。対自化とは、他者を利用・支配するために、他者の狙いや目標や目的などの思いを探ることである。共感化とは、他者を、味方として、仲間として、愛し合う存在として認め、外部の敵に対することである。今回の事件の場合、マスコミや大衆の深層心理は、対自化と共感化の作用を働かせている。マスコミや大衆の深層心理の対自化の作用は、芸人たちの上位に立ち、彼らを支配するために、大仰に、正義を振りかざして、彼らの嘘を追及するのである。そして、それは、今のところ、成功しているように見える。マスコミも大衆も満足しているだろう。マスコミや大衆の深層心理の共感化の作用は、互いに、仲間として、協力して、嘘を付いた芸人たちに対している。マスコミや大衆は、連帯感に満ちて、満足していることであろう。そもそも、芸人たちは、なぜ、嘘を付いたのだろうか。彼らの深層心理の対他化の作用からである。それは、彼らが、大衆から、これからも、芸人として認められたいという思いからである。金銭の授受を認めれば、大衆から信用を失い、芸人として暮らしていけないと思ったのである。彼らは、芸能界という構造体から追放され、芸人というポジションを失うのを恐れたのである。芸能界や芸人に限らず、人間は、常に、ある構造体に所属し、ある役割(役目、役柄)を担ったポジション(ステータス・地位)を得て、それを自我として、他者から認められるように活動して、暮らしている。活動の舞台を失うことは、自分が認められる機会を失うことだから、一つの構造体も一つのポジションもおろそかにできないのである。構造体には、家族、親戚、学校、会社、仲間、カップルなどの人間の組織・集合体がある。家族という構造体には、父・母・息子・娘などのポジション、親戚という構造体には、伯父、叔父、伯母、叔母、甥、姪、従兄弟、従姉妹などのポジション、学校という構造体には、校長・教頭・教諭・生徒などのポジション、会社という構造体には、社長・部長・課長・社員などのポジション、仲間という構造体には、友人というポジション、カップルという構造体には、恋人というポジションがある。どの構造体もどのポジションも大切なことが理解できるであろう。彼らは、芸能界という構造体から追放され、芸人というポジションを失うのを恐れて、嘘を付いた。しかし、嘘を付いたことが露見したことによって、いっそう、その可能性が強くなったのである。一般に、芸人は、自らの失敗を自虐ネタにすることによって復帰してくる。しかし、彼らが受け取ったお金は、詐欺集団の被害者のお金の一部であり、かつ、意図的に大衆を欺いたということで、自らの失敗を自虐ネタにできないのである。復帰は容易ではない。


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