おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

真空地帯

2022-09-12 07:12:55 | 映画
「真空地帯」 1952年 日本


監督 山本薩夫
出演 木村功 利根はる恵 神田隆 加藤嘉
   下元勉 西村晃 岡田英次 金子信雄

ストーリー
週番士官の金入れを盗んだというかどで、二年間服役していた木谷一等兵は、敗戦の前年の冬に大坂の原隊に帰っていた。
彼は入隊後二年目にすぐ入獄したのですでに四年兵だったが、中隊には同年兵は全くおらず、出むかえに来た立澤准尉も班長の吉田、大住軍曹も全く見覚えのない人々で、部隊の様子はすっかり変わっていた。
木谷が金入れをとったのは偶然であった。
しかし被害者の林中尉は当時反対派の中堀中尉と経理委員の地位を争って居り、木谷は中堀派と思いこまれた事から林中尉の策動によって事件は拡大され、木谷の愛人山海樓の娼妓花枝のもとから押収された木谷の手紙の一寸した事も反軍的なものとして、一方的に審理は進められたのだった。
兵隊達が唯一の楽しみにしている外出の日、外出の出来なかった木谷は班内でただ一人彼に好意をもっている曾田一等兵に軍隊のこうした出鱈目さを語るのだった。
地野上等兵の獣性、補充兵達の猥褻な自慰、安西初年兵のエゴイズムなど、事務室要員の曾田は激しいリンチや制裁がまかり通る軍隊のことを一般社会から隔絶された「真空地帯」だと表現していた。
或日、野戦行十五名を出せという命令が出た。
木谷が監獄帰りと聞こえよがしに云う上等兵達の言葉に木谷は猛然と踊りかかっていった。
木谷を監獄帰りにさせた真空地帯をぶちこわそうとする憎しみに燃えた鉄拳が彼等の頬に飛んだ。
それから木谷は最後の力をふりしぼって林中尉を探しまわった。
彼に不利な証言をした林中尉に野戦行きの前に会わねば死んでも死にきれなかった。
ついに二中隊の舎前で彼を発見し、必死の弁解に対し木谷の拳骨は頬にとんだ・・・。


寸評
「真空地帯」は戦争をテーマにした映画であるにかかわらず、戦争の場面は出てこない。
描かれているのは死にゆく者を描いて戦争の悲惨さを訴えるものではなく、兵士たちの日常生活の場としての兵営での出来事である。
戦場ではないが軍隊であるから、そこは徹底的な管理社会であり階級序列、年功序列の社会である。
古参兵による新兵への暴力は日常的に行われており、兵隊としての序列がそのまま人間の価値を決めている。
旧日本軍ではこれほど暴力が振るわれていたのかと思うほど、古参兵は新兵に制裁を加えている。
イジメとも言える制裁場面は何度も戦争映画の中で見た光景なのだが、それは必ずと言っていいぐらい陸軍で起きていて、僕は海軍で同様の暴力行為が行われるシーンを見た記憶がない。

反戦映画と言えるが、描かれているのは軍隊内部にある腐敗である。
林中尉と中堀中尉との将校同士の権力争いがあると思えば、軍隊の食料などを横流しして私利をむさぼる輩も横行している。
厳しい規律で管理されているはずだが、実情は兵営の隊長は名目上の存在で、実権は人事や予算の権限を持っている准尉が握っていたり、主人公の木谷一等兵は序列が下のほうなのに、兵営の中では大きな態度を示して上官に当たる者を滅多打ちしていて、規律などあったものではない。
散々反抗的な姿勢を見せて厄介者扱いされていた木谷一等兵は、脱走しそこなったにもかかわらず何も処罰されず死ぬことが約束されているような南方戦線へ送られていく。
そのような軍隊の不条理を描いているので、やはりこれは反戦映画と言えるのだろう。

ところが「真空地帯」は単純な反戦映画ではない。
主人公の木谷一等兵も正義の代弁者的人物ではないのだ。
彼は林中尉の財布を盗んではいないが、拾った財布から金を盗んでいるのである。
制裁を受けている新兵をかばってやるようなこともしていない。
木谷一等兵が「人間の条件」の梶のような人物ではないのが、反戦映画としてよりも僕には人間ドラマとしての深みを感じさせた。
人間はいかに利己的な動物であるのかと見せつけられ、軍隊はそのような人間を生み出してしまう場所なのだと言っているように思えた。
暴力をふるっている古参兵も新兵の時には同じような目にあっていたのだろう。
その時には理不尽だと感じたはずだが、自分がその立場になると理不尽と言える行為を疑いもなくやっている。
権力や立場を得てうまい汁が吸えるとなればそれを利用する。
刑務所送りになる前の木谷一等兵だって、自分の立場を利用して娼妓の花枝に軍隊用の米を持ってこようとしていたのだ。
この映画の制作年度を考えると、戦争の記憶は人々の心に鮮明に残っていたはずで、軍隊経験者たちの記憶が蘇る物となっていただろう。
軍隊にあった醜悪な側面を容赦なく暴き立てている本作はきっと真実の軍隊の姿だったのだろう。
戦争を知らない僕は想像するしかない。


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