おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

泥の河

2021-08-01 07:22:54 | 映画
「泥の河」 1981年 日本


監督 小栗康平
出演 田村高廣 藤田弓子 朝原靖貴
   加賀まりこ 桜井稔 柴田真生子
   初音礼子 西山嘉孝 蟹江敬三
   殿山泰司 八木昌子 芦屋雁之助

ストーリー
朝鮮動乱の新特需を足場に高度経済成長へと向かおうとしていた昭和31年。
まだ戦後の焼け跡の匂いを残す河っぷちで、食堂を営む家族がある。
食堂に毎日立ち寄っていた荷車のオッチャン(芦屋雁之助)が事故で死んだ。
ある朝、食堂の息子、信雄(朝原靖貴)は置き去りにされた荷車から鉄屑を盗もうとしていた少年、喜一(桜井稔)に出会った。
喜一は、対岸に繋がれているみすぼらしい廓舟に住んでおり、信雄は銀子(柴田真生子)という優しい姉にも会ったが、信雄の父晋平(田村高廣)は、夜、あの舟に行ってはいけないという。
しかし、父と母の貞子(藤田弓子 )は姉弟を夕食に呼んで、暖かくもてなした。
子供達の交流が深まり始めたある日、終戦直後に別れた晋平のかつての女房の病変の知らせが届く。
不可解な人生の断面が信雄に成長を促していく。
楽しみにしていた天神祭りの日、初めてお金を持って祭りに出た信雄は人込みでそれを落としてしまう。
しょげた信雄を楽しませようと喜一は強引に船の家に誘った。
泥の河に突きさした竹箒に、宝物の蟹の巣があった。
喜一がランプの油に蟹をつけて火をつけると、蟹は舟べりを逃げた。
蟹を追った信雄は窓から喜一の母(加賀まりこ)の姿を見たが、裸の男の背中が暗がりに動いていた。
次の日、喜一の舟は岸を離れ、「きっちゃーん!」と呼びながら舟を追い続けた信雄は、悲しみの感情をはじめて自分の人生に結びつけたのである。
船は何十年後かの繁栄と絶望とを象徴するように、ビルの暗い谷間に消えていく。


寸評
大阪が舞台の映画ではこれが秀逸で、80年代の日本映画では最高傑作といっても過言ではない。
明治の名残を残す中之島の中央公会堂から日銀大阪支店、そこからずっと西へ。
大阪随一の名門リーガ・ロイヤル・ホテルとそれに隣接する巨大な大阪国際会議場をさらに西へ行くと、景色は殺風景になり中之島の最西端にたどり着く。
そこがこの映画の舞台となった場所だが、今は当時の雰囲気をわずかに残すだけ。
したがって映画の撮影は、名古屋市の中川運河で行われたとのことである。

映画は僕が子供の頃にはどこにでも存在していたと思われる景色の中で、少年の目を通して、生きていくなかでの辛さや悲しみを描き出すことによって、それでも生きていく力強さを感じさせる。
今時はこんな子供はいないが、昭和31年当時のこの子供たちは僕と同世代で、当時はこんな格好をした子供たちが走り回っていた。
走っている車とか、テレビに写っている相撲中継とか、当時の様子が再現されてこれこそが映画の世界だと感じさせる丁寧な作りがいい。

田村高廣・藤田弓子の夫婦は、かつてはどこにでもいた人のいい夫婦で、売春婦の母親(加賀まりこ)のせいで激しい差別を受ける喜一や銀子を温かく迎える。
子供達を見守るこの夫婦の存在が、悲しく淋しくなる映画に希望を与えている。
そしてラストシーンに向かう一連の流れは感動のあまり身震いが起きてくる。
天神祭りの夜、大事にしている生きた蟹を燃やすことでしか信雄を慰める事ができない屈折した喜一の心情。
そして喜一の母親の上で刺青を入れた男の背中がうごめく光景を信雄が目撃。
見てはいけない大人の世界を目にし、ただただ驚き涙ぐむ信雄と、その信雄に無言の眼差しを投げかける銀子と喜一姉弟。
翌朝、逃げるように去っていく廓舟を追いかけ「きっちゃーん」と叫ぶ信雄・・・。
こう書き綴っただけで涙が流れ出してしまう。

三人の子供たちが素晴らしい演技(?)を見せる。
銀子が信雄の家のお風呂に入れてもらった時に見せる笑顔の、なんと穢れのないいじらしいものであったことか。
子供はこんなふうにして世の中を知り、そして鍛えられて育っていくのだと突き放した演出が素晴らしい。
声だけで姿を全く見せない喜一の母親役の加賀まりこさんが、ほんの少しモノトーンの画面に登場したときの真っ白な姿が脳裏からはなれない。
映像の持つ魔力であり、加賀さんの魅力であり、小栗監督の演出の冴えでもあり、今から思うとこの映画におけるインパクトの強さでもあったのだろう。
この母親も生きていくために、しかたなく売春婦をしているが喜一に接する姿を見ていると根は優しい女なのだ。
親子の関係が実に優しく描かれていて、社会を形作っていく原点がそこにあるように思わされた。
これがデビュー作という小栗康平だが、その演出は奇をてらったところが一つもなく、映画の王道を行く重厚なものでその才能を遺憾無く発揮していたと思う。


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