以前に掲載したのは以下の作品でした。
2020/6/19から「醉いどれ天使」「八日目の蝉」「用心棒」「善き人のためのソナタ」「夜霧の恋人たち」「欲望という名の電車」「世にも怪奇な物語」「喜びも悲しみも幾歳月」「四十七人の刺客」
2021/12/24から「よこがお」「横道世之介」「四谷怪談」「夜の河」「48時間」
「酔いがさめたら、うちに帰ろう。」 2010年 日本
監督 東陽一
出演 浅野忠信 永作博美 藤岡洋介 森くれあ 市川実日子
高田聖子 柊瑠美 利重剛 西原理恵子 甲本雅裕渡辺真起子 堀部圭亮
西尾まり 大久保鷹 滝藤賢一 志賀廣太郎 古舘寛治 北見敏之
螢雪次朗 光石研 香山美子
ストーリー
「来週は素面で家族と会うのです」と言いながらウォッカを飲み、血を吐いて気絶した戦場カメラマンの塚原安行。
母・弘子は慌てつつも、慣れた様子で救急車を呼び、救急隊員に掛かり付けの病院を伝えている。
その場に駆け込んできた売れっ子漫画家の園田由紀は安行と結婚し、宏とかおるという子供にも恵まれたが、安行のアルコール依存症が原因で離婚、今は別々に暮らしている。
安行は病院に運ばれ、そのまま3ヶ月の入院、それは10回目の吐血だった……。
由紀は知り合いの医師を訪れ、アルコール依存症について尋ねると、医師は身を乗り出し「ほかの病気と決定的に違ういちばんの特徴は、世の中の誰も同情してくれないことです。場合によっては医師さえも」と答え、その言葉は由紀の胸に深く突き刺さった。
退院後、抗酒剤を服用している安行は、穏やかな日々を過ごしていた。
そんなある日、一人でふらっと入った寿司屋で出された奈良漬けを口にした安行は、数分後コンビニの酒棚に直行し、気が付くと、酔っ払って転倒、頭から血を流し、そのまま意識がかすんでいった。
後日、タクシーに乗り、ある場所に到着した安行と弘子。
驚いている安行をその場に残し「ここは精神病院。あなたは入院するんです」と言って弘子は足早に中へと入っていく。
嫌々ながら入院したアルコール病棟だったが、ここでの風変わりだが憎めない入院患者たちとの生活や、個性的な医者との会話は安行に不思議な安堵感を与えてくれた。
体力も心も回復に向っているかに見えた安行であったが、その体はもう一つ大きな病気を抱えていた…。
寸評
「ぼくんち」「毎日かあさん」などの人気漫画家の西原理恵子の元夫で、2007年に死去した戦場カメラマン・鴨志田穣の自伝的小説の映画化などとは関係なく、この映画の中における別れた妻である園田由紀を演じた永作博美が抜群に良い。
彼女あってのこの映画だという気がして、キャスティングの妙によってこの作品が支えられている側面を僕は評価する。
冒頭は、10度目の吐血をした安行が救急車で病院に運ばれるシーンなのだが、そこに駆けつける元妻の登場の仕方(少し怠惰気に歩く様)と、彼女の「大丈夫。まだ死なないよ」とひと言発する言い回しと表情で僕は一気にこの映画に引き込まれてしまった。
好きだなあ…、この手の映画…。
主人公の幻覚などは描くものの、かつて安行が元妻に対して繰り広げた修羅場の回想も1度だけ登場するのみで、「ほかの病気と決定的に違う一番の特徴…それは、ほかの病気と違い、世の中の誰もほんとうには同情してくれないことです。場合によっては医者さえも」と言われたアルコール依存症の恐怖を直接的に表現することはない。
あくまでも主人公と子供たちを含めた元妻との微妙な距離感をユーモアを交えながらも抑制的に描いていく。
ユーモアは全編にわたって描かれており、特に安行の食事へのこだわりが笑えるし、ユニークな患者や精神科の女医さんや看護師もそれを増幅させる。
一方で母親と元妻の支えによって回復したかに見えた安行が衝撃の宣告を受けるシーンの抑えた演出や、その後に二人が足をからめ合うシーンでの心の交流を見せるなど、けっしてオーバーな押し付けをしないしっとりとした雰囲気を醸し出している。
その分、安行が患者たちの前で自身の身の上を話すシーンや、明るかった元妻が見せる涙のシーンなどでより一層胸を熱くさせられる。
ラストシーンは海辺でのシーンで、家族を見つめる安行の姿も描かれるのだが、あれはやはり病院などではない安行が一番望んでいた心の居場所を見つけたことを表していると思うのだ。
安行は酔からさめて、うちに帰ろうとしたのだろう。
「うち」は建屋としての家ではなく、家族が待っているところ「家庭」だ。
皮肉なことに、その「家庭」は彼がいなくなることで平和になる。
妻は夫の暴力から逃れ、子供たちは父の罵声を聞かずに済むのだ。
しかし、家族はそんな平和は喜べない。
その矛盾が切なく迫ってくる。
モデルである鴨志田穣氏が入籍せずに西原理恵子さんと復縁し1年後に亡くなった事実を知って、改めて振り返るとことさらそのシーンが目に浮かびジーンときた。
特に可愛いというわけではないが「おとしゃん」と父を呼ぶ、かおる役の森くれあちゃんが愛らしかった。