「夜叉」 1985年 日本
監督 降旗康男
出演 高倉健 いしだあゆみ 乙羽信子 田中裕子 ビートたけし
田中邦衛 あき竹城 奈良岡朋子 小林稔侍 大滝秀治
檀ふみ 寺田農 下絛正巳 真梨邑ケイ
ストーリー
日本海に面した小さな漁港で漁師として働く修治(高倉健)は15年前に大阪ミナミでのヤクザ暮らしから足を洗い、妻の冬子(いしだあゆみ)、三人の子供、冬子の母うめ(乙羽信子)と一緒に静かな生活を送っていた。
修治の過去の名残りは背中一面の夜叉の刺青で、冬子とうめ以外は誰も知らない。
冬、ミナミから螢子(田中裕子)という子連れの女が流れてきて螢という呑み屋を開いた。
螢子の妖しい美しさに惹かれて漁師たちが集まってきた。
数カ月後、ヤクザで螢子のヒモの矢島(ビートたけし)という男がやってきた。
矢島は漁師たちを賭け麻雀で誘い込み、覚醒剤を売りつけた。
修治と仲のよい啓太(田中邦衛)もこれに引っかかった。
修治の脳裡には覚醒剤がもとで死んだ妹、夏子(檀ふみ)の辛い思い出がよぎった。
それは、シャブの運び屋がかつて修治の弟分だったトシオ(小林稔侍)だったことと無関係ではない。
修治は螢子にシャブを隠した方がいいと忠告、いわれた通りにした螢子を、矢島は包丁を持って追いかけ、止めに入った修治のシャツを矢島の包丁が斬り裂いた。
隠し続けた背中一面の刺青がむき出しにされ、修治の過去はたちまち街中に知れ渡った。
一方、螢子は矢島の子を流産してしまう。
ミナミに帰りたい、そんな螢子の気持は修治に通じるものでもあった。
二人はミナミという共通の過去に想いをよせて、抱き合った。
その頃、矢島がシャブの代金を払えなくなりミナミに連れ去られた。
螢子は、矢島を助けてほしいと修治に頼んだ。
修治は若かりし頃のミナミでの修羅の数々を思い出し、うちから燃えあがるものを押さえることができなかった・・・。
寸評
赤い色が印象的で雪の白さの中できらめく。
螢子が防波堤の先端にたたずむ冒頭では、小さな赤い燈台と螢子の羽織る赤いショールが目に焼き付く。
その後も赤いセーターなども登場し、矢島の着ているセーターにも赤いストライプが入っている。
圧巻なのは螢子のさす赤い和傘が空中に飛んでいくシーンだ。
赤は燃え上がる情念の象徴だったのだろうか?
気持ちが高ぶっていくシーンの象徴として日本海の荒れ狂う波が度々挿入される。
日本海は冬景色が良く似合い、街並みの風景も含めて、厳しい風雪の中で存在している漁村の雰囲気が画面全体に広がって映画を盛り上げていたが、このカメラワークは称賛に値する。
漁師たちの様子は螢子の登場で一変する。
今まで何人もの女性が飲み屋を開いたが成功せずにこの地を去っている。
しかし螢子のミナミで鍛えた客扱いと美人であることが幸いして男たちは螢子の「蛍」という飲み屋に集い始める。
螢子の田中裕子は愛嬌があるし、美人だし水商売の玄人を感じさせるいい女だ。
対する修治の妻のいしだあゆみは対極にあり、修治の過去を包み込み支える漁師の妻である。
やがて二人は修治を挟んで対決することになるが、静かな女の戦いである。
貯金を使い果たした件で啓太の奥さんと螢子が繰り広げる喧嘩とは対照的なものである。
螢子は「冬子さん嫌い…」とつぶやくことで二人の感情を表していたが、決して二人が言い争うことはない。
修治に寄り添う冬子だが、修治が螢子の頼みを聞いて体を張ることに対して初めて声を荒げて反発する。
修治はその言い分をただ聞いているだけでじっと耐えている。
男には分かっていながらも、どうしようもない事ってあるものなあ~。
そんな時、男は耐えるしかないのだが、この耐える男こそが高倉健である。
かつての親分の未亡人である奈良岡朋子と向き合う場面で、言えぬ事情を秘めながら向き合う視線もいい。
高倉健がどこか偶像化された男であるのに対して、圧倒的な存在感を示しているのが矢島を演じたビートたけしで、矢島の凶暴性と狂人性を見事なまでに表現していた。
螢子のヒモとしての振る舞いであり、漁師たちを覚せい剤に引きずり込むためにわざと負けてやる賭け麻雀での様子であり、荒れ狂って螢子を追い回す矢島の姿である。
忠告した修治に凄み、雰囲気の悪くなった場をひょうきんさで取り持つヤクザの顔だ。
全ての出演者の中で一番ヤクザらしかったのがビートたけしだった。
修治に起きた過去の出来事をはさみながら現在を描いていくが、螢子と修治がミナミを接着剤にして惹かれていく過程をもう少し濃密に描ければ、修治がミナミへ出向いていかざるを得ない気持ちを出せたと思う。
「やはりアンタはミナミの男やったんやね」という言葉がもっと重みをもったと思う。
螢子は修治の子供を宿し笑って去っていき、冬子には修治との生活が戻ってくる。
内容の割にはハッピーエンドとなっているが、高倉健の前半の白いスーツ姿とラストのサングラス顔は、僕にはなんだか違和感が生じた。