「彼女がその名を知らない鳥たち」 2017年 日本
監督 白石和彌
出演 蒼井優 阿部サダヲ 松坂桃李 村川絵梨
赤堀雅秋 赤澤ムック 中嶋しゅう 竹野内豊
ストーリー
8年前に別れた黒崎(竹野内豊)のことが忘れられない十和子(蒼井優)。
その淋しさから15歳も年上の陣治(阿部サダヲ)と仕方なく一緒に暮らしていたが、不潔で下品な陣治に嫌悪感しか抱けず、十和子は言い知れぬ欲求不満を抱えながら毎日を過ごしていた。
そんなある日、故障してしまった思い出の腕時計について十和子がクレームをつけたデパート社員の水島(松坂桃李)が、詫びの品をもって家を訪れる。
頑なな態度を崩さない十和子に、水島は濃厚な接吻を与えその心をとろけさせた。
情事を重ねてなのか、家を頻繁に空けるようになった彼女を叱りに、姉である美鈴(赤澤ムック)がやってくるが、陣治は十和子をかばい続けて美鈴に呆れられた。
そして、同じころ十和子は刑事(赤堀雅秋)の訪問を受け、黒崎が5年も前から失踪していることを聞き驚く。
真相を知りたくて黒崎の妻に会いに行く彼女は、そこで意外な人物と顔を合わせる。
国枝(中嶋しゅう)というその老人は十和子を以前慰み者にした男だった。
実力者である国枝の後ろ盾を得るべく黒崎は十和子を貢物として捧げ、その結果国枝の姪を花嫁に迎えた…そんな過去の記憶が十和子の胸によみがえった。
思い出したことはそれだけではない。
黒崎と別れた彼女が帰宅すると、陣治が「会社で殴られた」といって血に汚れた衣服を洗っていたのだ。
何か謎があると戸惑う十和子は一方で水島の態度のよそよそしさに気づく。
そんな裏事情を尾行によって得ていた陣治は、十和子に「またえらいことになってしまう」と水島と手を切るように訴えたが、十和子は陣治の言動に反発し、何かに憑かれたかのように水島に会いに出かけるのだった。
寸評
映画においてはヒーロやヒロインが登場することが多いし、大抵の場合は主人公に感情移入できる描き方がなされているのだが、本作の登場人物全てに嫌悪感しか湧かないという稀有な作品である。
十和子はクレイマーとしての一面も持っていて、貴金属売り場へのクレームは分かる気もするが、レンタルビデオ店に至ってはもはや恐喝まがいではないかと思えるようなクレームの付け方である。
それ以上に嫌悪感が湧くのは、同居している陣治に生活の面倒を見てもらっているくせに、彼のことを足蹴にしている姿である。
女に寄生しているヒモと呼ばれるひどい男の逆パターンで、男が暴力で支配するのに反し、彼女は言葉と態度で男に罵声を浴びせ続けていて、冒頭から十和子とはなんという女なんだと思わせるのだが、この十和子を演じた蒼井優は女優として艶めかしい姿も披露してワンランクアップしたような気がする。
一途な心を持って十和子に接しているのが陣治なのだが、ただこの男、本当に不潔で、風呂に入っているのかと言いたくなるくらいいつも汚くて、おまけに食事中に水虫の脚をさわったり、すぐご飯をこぼしたり、食べ方も下品で、十和子、十和子としつっこくて、女性観客なら誰も好感を持たないだろうという人物である。
十和子は黒崎という男を忘れられないのだが、この黒崎は国枝と言う老人に逃げることができない借りがあるらしく、その為に十和子を人身御供として老人に提供してしまうような男である。
更に十和子に対してひどい暴力をふるっているし、惚れた弱みにつけこんでくるゲスな男だ。
十和子は男がいないと生きていけない女なのか、カッコいい男に目がないのか、水島ともすぐに関係を持ってしまうが、この水島も結婚詐欺師の要素を持った男で、甘い言葉で十和子をもてあそぶゲスな男である。
観客は十和子が思いを寄せる黒崎や水島がゲスな男たちであることを感じ取っているので、嫌悪感を持ちながらも陣治がどのようにして十和子の心をつかむのかに関心が移るだろう。
この時点ではちょっと風変わりな純愛映画のように思えてくるのだが、しかしある時点からミステリーとしての要素が前面に出てくるようになる。
その転機となるのは、十和子が訪ねてきた刑事から黒崎の失踪を聞かされた時だ。
驚いた十和子は持っていた柿ピーを床に落とす。
落ちて撒き散らかる柿ピーをスローモーションでとらえるが、そう言えば天井から砂時計のように落ちてくる砂を映し込んだシュールな場面があったことを思い出す。
これらの落下するシーンは、十和子が堕ちていくことをイメージさせていたのかもしれない。
そして、優しそうだった陣治が電車で若い男を突き飛ばし、違った一面を見せ始める。
ミステリーはラストで完結するが、そのラストシーンにおいて「彼女がその名を知らない鳥たち」という長いタイトルを象徴するように3羽の小鳥が飛び立ち、そして無数の小鳥が大空を飛び立っていく。
タイトルに言う鳥とは、メーテールリンクの「青い鳥」だろう。
十和子は幸せの象徴「青い鳥」を見つけられなかったのか。
愛は慈しみであり憎しみでもあり、快さであり不快でもあり、幸福を感じるとともに同時に不幸ももたらす。
愛はそういった無数の感情の集まりでもあるから、無数の鳥はまさしく愛そのものだ。
十和子はその無数の鳥を仰ぎ見ることになるが、やっと陣治の愛を感じ取ったということだろう。
監督 白石和彌
出演 蒼井優 阿部サダヲ 松坂桃李 村川絵梨
赤堀雅秋 赤澤ムック 中嶋しゅう 竹野内豊
ストーリー
8年前に別れた黒崎(竹野内豊)のことが忘れられない十和子(蒼井優)。
その淋しさから15歳も年上の陣治(阿部サダヲ)と仕方なく一緒に暮らしていたが、不潔で下品な陣治に嫌悪感しか抱けず、十和子は言い知れぬ欲求不満を抱えながら毎日を過ごしていた。
そんなある日、故障してしまった思い出の腕時計について十和子がクレームをつけたデパート社員の水島(松坂桃李)が、詫びの品をもって家を訪れる。
頑なな態度を崩さない十和子に、水島は濃厚な接吻を与えその心をとろけさせた。
情事を重ねてなのか、家を頻繁に空けるようになった彼女を叱りに、姉である美鈴(赤澤ムック)がやってくるが、陣治は十和子をかばい続けて美鈴に呆れられた。
そして、同じころ十和子は刑事(赤堀雅秋)の訪問を受け、黒崎が5年も前から失踪していることを聞き驚く。
真相を知りたくて黒崎の妻に会いに行く彼女は、そこで意外な人物と顔を合わせる。
国枝(中嶋しゅう)というその老人は十和子を以前慰み者にした男だった。
実力者である国枝の後ろ盾を得るべく黒崎は十和子を貢物として捧げ、その結果国枝の姪を花嫁に迎えた…そんな過去の記憶が十和子の胸によみがえった。
思い出したことはそれだけではない。
黒崎と別れた彼女が帰宅すると、陣治が「会社で殴られた」といって血に汚れた衣服を洗っていたのだ。
何か謎があると戸惑う十和子は一方で水島の態度のよそよそしさに気づく。
そんな裏事情を尾行によって得ていた陣治は、十和子に「またえらいことになってしまう」と水島と手を切るように訴えたが、十和子は陣治の言動に反発し、何かに憑かれたかのように水島に会いに出かけるのだった。
寸評
映画においてはヒーロやヒロインが登場することが多いし、大抵の場合は主人公に感情移入できる描き方がなされているのだが、本作の登場人物全てに嫌悪感しか湧かないという稀有な作品である。
十和子はクレイマーとしての一面も持っていて、貴金属売り場へのクレームは分かる気もするが、レンタルビデオ店に至ってはもはや恐喝まがいではないかと思えるようなクレームの付け方である。
それ以上に嫌悪感が湧くのは、同居している陣治に生活の面倒を見てもらっているくせに、彼のことを足蹴にしている姿である。
女に寄生しているヒモと呼ばれるひどい男の逆パターンで、男が暴力で支配するのに反し、彼女は言葉と態度で男に罵声を浴びせ続けていて、冒頭から十和子とはなんという女なんだと思わせるのだが、この十和子を演じた蒼井優は女優として艶めかしい姿も披露してワンランクアップしたような気がする。
一途な心を持って十和子に接しているのが陣治なのだが、ただこの男、本当に不潔で、風呂に入っているのかと言いたくなるくらいいつも汚くて、おまけに食事中に水虫の脚をさわったり、すぐご飯をこぼしたり、食べ方も下品で、十和子、十和子としつっこくて、女性観客なら誰も好感を持たないだろうという人物である。
十和子は黒崎という男を忘れられないのだが、この黒崎は国枝と言う老人に逃げることができない借りがあるらしく、その為に十和子を人身御供として老人に提供してしまうような男である。
更に十和子に対してひどい暴力をふるっているし、惚れた弱みにつけこんでくるゲスな男だ。
十和子は男がいないと生きていけない女なのか、カッコいい男に目がないのか、水島ともすぐに関係を持ってしまうが、この水島も結婚詐欺師の要素を持った男で、甘い言葉で十和子をもてあそぶゲスな男である。
観客は十和子が思いを寄せる黒崎や水島がゲスな男たちであることを感じ取っているので、嫌悪感を持ちながらも陣治がどのようにして十和子の心をつかむのかに関心が移るだろう。
この時点ではちょっと風変わりな純愛映画のように思えてくるのだが、しかしある時点からミステリーとしての要素が前面に出てくるようになる。
その転機となるのは、十和子が訪ねてきた刑事から黒崎の失踪を聞かされた時だ。
驚いた十和子は持っていた柿ピーを床に落とす。
落ちて撒き散らかる柿ピーをスローモーションでとらえるが、そう言えば天井から砂時計のように落ちてくる砂を映し込んだシュールな場面があったことを思い出す。
これらの落下するシーンは、十和子が堕ちていくことをイメージさせていたのかもしれない。
そして、優しそうだった陣治が電車で若い男を突き飛ばし、違った一面を見せ始める。
ミステリーはラストで完結するが、そのラストシーンにおいて「彼女がその名を知らない鳥たち」という長いタイトルを象徴するように3羽の小鳥が飛び立ち、そして無数の小鳥が大空を飛び立っていく。
タイトルに言う鳥とは、メーテールリンクの「青い鳥」だろう。
十和子は幸せの象徴「青い鳥」を見つけられなかったのか。
愛は慈しみであり憎しみでもあり、快さであり不快でもあり、幸福を感じるとともに同時に不幸ももたらす。
愛はそういった無数の感情の集まりでもあるから、無数の鳥はまさしく愛そのものだ。
十和子はその無数の鳥を仰ぎ見ることになるが、やっと陣治の愛を感じ取ったということだろう。