おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

2021-03-03 09:34:50 | 映画
「侍」 1965年 日本


監督 岡本喜八
出演 三船敏郎 小林桂樹 伊藤雄之助
   松本幸四郎 新珠三千代 田村奈巳
   八千草薫 杉村春子 東野英治郎
   平田昭彦 稲葉義男 大辻伺郎

ストーリー
万延元年二月十七日。
雪降る桜田門を、水戸浪士星野監物を首領とする同志三十二名が、登城する井伊大老を狙っていた。
しかし、なぜか井伊は登城をさけ、暗殺計画は失敗に終った。
相模屋に集合した同志は、副首領住田啓二郎の「この中に裏切り者がいる」という言葉に騒然となった。
その日から星野と住田は裏切り者の探索に乗り出した。
そして浮びあがったのは、尾州浪人新納鶴千代と上州浪人栗原栄之助であった。
鶴千代は、出生の秘密も知らず、孤児として成長し、浪人として食いつないでいたが、ある日、捕吏に追われる小島要ら水戸浪士を助け大老暗殺計画の一味に加わったのだった。
「天下にときめく大老の首をとって、侍になる」鶴千代の夢は広がった。
一方栄之助は町道場で代稽古をつとめ、文武に長じた穏かな家庭人で、みつという美しい妻があったが、井伊大老のやり方に反抗して同志となった。
この二人は鶴千代が道場破りに現われて以来の友人であったが、栄之助の妻みつと、大老と親しい間柄である松平左兵督の側室お千代の方とは姉妹であったことから、二人は疑いをうけたのだった。
疑わしい者は斬る星野監物の強い信念で、武勇をみこまれた鶴千代がその役に指命された。
その頃鶴千代は、相模屋の女将お菊にかつて鶴千代が慕情を寄せた一条成久の息女、菊姫の面影をみて、泥酔する毎日であった。
星野から話を聞いた鶴千代は、涙ながらに栄之助に斬りかかった。
だがその後裏切り者の正体は、同志の参謀増位惣兵衛と判り、即日、斬殺された。
三月三日、暗殺の日は決定したが、鶴千代の出生の秘密を知った監物は、鶴千代に刺客を送った。
鶴千代の実父は、井伊大老であったのだ。


寸評
「侍ニッポン」は何度か映画化されているが僕はこの「侍」しか見ていない。
原作では自分の父親が井伊大老であると知った新納鶴千代が桜田門外に駆けつけ、親子の対面を果たすが二人とも浪士集団の刃に倒れることになっているらしいが、この作品では新納鶴千代は最後まで実の父親をしらないで、実の親子が殺し合うという悲劇性を描いて終わっている。
観客は木曽屋政五郎とお菊の会話から、井伊直弼が実の父親であることを知らされるが鶴千代は知らない。
井伊直弼襲撃に加担した鶴千代は、井伊大老の首級をあげ「見ろ!この首、二百石では手渡さぬ。いや三百石でもまだ安い。見ろ!本日の殊勲一番、井伊大老の首は、尾州浪人、新納鶴千代の手にある!」と叫び、降りしきる雪の中をよろめきながら歩いていくというラストシーンが用意されている。
このラストシーンは、親子の悲劇を描いていたというよりも、個人や組織のエゴイズムも時代の流れという見えざる力の前にはかき消されると言っていたように感じる。

伊藤雄之助の星野監物を初めとする水戸浪士たちは自分たちの目的のみが頭にある。
仲間の一人である小林桂樹の栗原栄之助は見るからに善人だが、疑いをもたれ抹殺される。
星野は井伊を殺害するには自分達だって血を流さねばならないのだと、屁理屈ともいえる弁解をする。
彼等は自分勝手なエゴイスト集団であり、そもそも新納鶴千代は井伊を殺害することによって立身出世を遂げようとしているのだから、他人の命と引き換えに自分が浮かび上がろうとしている究極のエゴイストだ。
鶴千代の出自や過去に受けた差別があるにせよ、金もないのにお菊の店に居続けるなんて、店側に立てば鶴千代は迷惑千万この上ない輩なのである。
それでも鶴千代は、妾腹の子で父親の名前を明かしてもらえない可哀そうな境遇に育ったとして同情をかう立ち位置だと思うが、三船敏郎の新納鶴千代は豪快過ぎて同情を買うという雰囲気ではない。
鶴千代は三船が何度も演じてきた腕だけはやたらと強い浪人者で、その立ち回りが待ち遠しくなってくる。
実際、鶴千代が星野の差し向けた水戸藩士と斬り合う場面はすさまじい。
血しぶきが飛び散り、バッタバッタと斬りまくる。
待っていた見せ場がやって来たという気がして画面に食い入ってしまうシーンとなっている。

時代劇はそれらしいセットを必要とする。
街並みであり、路地裏の様子であり、屋敷であり店構えであり、部屋の調度品などである。
江戸時代の雰囲気がモノクロの画面によって上手く描かれていたと思う。
そして桜田門外の変と言えば雪であり、雪はモノクロ作品によく似合う。
桜田門外の乱闘シーンはなかなか見応えのあるシーンとなっている。
実際と違って水戸浪士が次々と死んでいく中で、架空の人物である新納鶴千代が相手を倒し続け、ついに大老井伊直弼の首をとる。
ところが僕はなぜか、井伊と鶴千代の何とむごい巡り合わせかという気持ちが全くわいてこなかった。
父親の名を教えてもらえず、差別を受けて育ってきた鶴千代ということは消え去っていて、何とも強い素浪人三船敏郎というイメージだけが残った。
三船は素浪人がよく似合う。