特定の反応パターンを
ひとに対して誘導する
目的
で
教育される側の
意識を
教育する側が
制御する
ことを洗脳という
偏った方向へとひとを靡かせ
刷り込んだ思考パターンを
疑わせることなく
真実だ
と信じ込ませるその行為が
不正の温床となる例が
このところヤケニ目立つ
最新の事例ではISによる
イスラム教への
偏向した姿勢の強要
が生み出している犯罪行為に
その欠陥の最たる部分が
明確にみてとれる
その少し前には
反日教育と呼ばれる
意図的な方向付けが
東アジアの一部で
顕在化した
という記録が残されている
日本でも同様の刷り込みが
維新を契機として始められ
国家神道を前面に押し立てようとして
廃仏毀釈という名の運動が
明治新政府によって実施されたことがある
仏教が既に文化として定着していたことから
この権威づけに寄与する
と思われたさまざまな変更が
後に
英霊という名の特殊な信仰
へと転嫁していくこととなった
靖国神社がもつ特異な価値は
官軍として戦った日本兵を
慰霊するための社
という意味を
国民へと広く植え付けた
仏教文化に基づく
幕藩体制による統治を経て
大政奉還がなり
仏教から神道へと引き戻す
その契機となったのが
王政復古
神道が定める祭祀を
皇室が厳密に遵守し
国の基幹を形成する骨格を
伝統的に引き継いできた
皇室の威信を
国家の運営
へと取り入れてきた明治新政府が
権威主義を前提とする統治スタイルを
採用したのは
ものの道理
新生日本を確立するための内戦で
官軍となった戦死者を慰霊するために
特殊な神社が創建された
賊軍となった側の戦死者を
祀らない
というのが靖国の姿勢
だが
幕藩体制が取り入れてきた仏教文化は
維新後も廃れずに残り
今では却って隆盛を誇る
ほどの民族性の根拠
を与えるものになっている
国民の暮らしの
奥深くにまで
今では
仏教がすっかり行きわたり
国民の多くが
打ち揃って
ほとけ
に帰依していた
習俗の時代
がつい最近まで
できていた
保守系の国会議員の一部が
今でも靖国参拝
を続けている
というのは
選挙区に残されている
先の大戦による戦死者を悼む
家族の側からの
無言の圧力
を感じ取っているからに他なるまい
官軍として亡くなった多くの兵士を
仏教ではなく
国家神道で悼みつづけたい
とする心境は
まさに
明治政府が志向してきた
維新体制を護持するための
洗脳教育の結果として
国民に
その後与えられるようになったもの
洗脳の本質として
教育する側の都合が優先されている
ことに留意しなければならない
オウム事件がそうだったように
洗脳行為は
宗教と密接に結びつく
信仰心を逆手に取ると
意識を誘導することが
容易にできるようになる
洗脳された側は
その事実にまったく関心というものがなく
英霊に対する追悼を
仏式によらない
神式の
慰霊を望み
靖国参拝へと
保守系の議員を駆り立てる
問題は
東京裁判で戦犯
とされた霊魂まで
そこに合祀し
侵略された国々が
議員による靖国参拝を
批判せざるを得なくした
という
その点にある
与党議員による神社への参拝は
侵略戦争に対する礼賛
と見做されるようになり
対立を際立たせる結果を
招致させている
双方の国民にとって
まことに不本意なこと
としか言いようがない
だがその参拝行為がきっかけとなって
反日教育を国家的習慣
とするようになった
近隣の国々を
却って生み出すことともなったのだ
天皇制は武士による政治を
繰り返し生み出す理由
を与えてきたが
新政府に於いても
また
本質に於いても
伝統的手法を
採用する結果へと繋がった
のは歴史の皮肉
安易に流れた統治というものは
後の軋轢を生む種となる
御所のある都を守護する
検非違使が力をもつようになり
源平の時代を経て
明治維新まで
幕藩体制が続けられてきた
御所に接近することが許された一部の者が
権威の意向を体現する代理者となり
権威主義を正当化していく
という歴史が繰り返されてきた
頼朝が実弟である義経
を遠ざけて
討ち果たしたという史実には
権威に近づきすぎた者が負う
宿命的な破滅
という結果が示されている
武士階級による代理の統治を
幕藩体制と呼び
軍人による国家の統治を
軍政と呼ぶ
この両者は封建主義という点で
共通するあるものを共に具有し
力で他を制圧する体質に
縛られる
保守系の議員が
選出区にある
言わず語らずに伝わる
秘めた選挙民がもつ思い
を意識すればするほど
周辺の戦争被害国を
意図せずに刺激する
行為を善と信じて
繰り返す
国家相互間にできている
認識の齟齬
は
こうして勝手に
どんどん広がっていくようになり
ついには
安保体制を見直すための
理由
へと発展させてしまうものとなってゆく
洗脳教育を施されてきたひとは
固有の偏り
をその思考パターンへと
自覚なく抱え込む
それが判断の誤りへと結びつき
ISでは信仰を
犯罪を正当化するための手段へと
貶めた
批判精神の不在が
歴史的変化を
連綿と
これまで数多く
産み落としてきた
抜きがたい原因となっている
健全な認識を確保するには
教育に
バランスを保たせておかなければならない
知育偏重の高等教育は
思考能力のない国会と
産業界を同時に産み落とし
国家財政を危殆に瀕する状況へと
追い詰めた
国に認識能力があったなら
国の劣化など実現しない
産業界が学歴フィルターを放置して
判断能力のない指示待ち世代に
優越性を与えてきた
ということが
経営陣から認識の健全性を取り上げて
告発される事態を招き
その一方で
経営不振の状況とを
数多く与える経過を
いま
顕在化させている事実に
誰ひとり学ぼうとしていない
思考力が担保されていたのであれば
正しい認識をそれと自覚することは
できていた
その思慮の無さというものが
モンダイに対する理解を
これまで遠ざけてきた
学習はフィードバックを繰り返すことで
認識の精度をより高める
知識だけの学習は
理解ではなく
薀蓄へとひとをただ単に走らせる
批判精神を涵養するには
思考力を育むことが
なによりも大切な不可欠の要素
誤った教育は
不正な認識を正当化させ
有害な判断を
善と断じて
最終的に
当事者相互を追い詰める
総ての戦争は
独善
の結果として与えられたもの
戦勝国だけが
己の行為を正当化することが許され
時の政府を延命させる
パックスロマーナが
パックスアメリカーナ
の終焉を予告する如く
諸行は無常にして
絶えず変化する
健全な思考力は
まっとうな批判精神を育み
不正な認識を排除する
有効解を手に入れるには
知識が担うその意味を察知して
応用する術を割り出すことが
とても重要なことなのだ
教育の高度化が
思考力を価値のないものへと追いやり
批判精神を奪って
国に壮大な混乱と
それによる巨大な損失
を与えている
知識の量的拡大が
正しい認識より
多数派がもつ誤った認識を
数の論理で正当化させ
国民すべてに
不正な結果を押し付ける
民主主義において
分母となる成分が
多数派となればなるほど
分子成分がもつ認識は劣化する
それは野球でいう打率と同じ
打席数が増えれば増えるほど
打率は下がるものなのだ
量の拡大が
質の劣化となって
現れる
教育がもつ固有の欠陥は
ここにある
民主主義を劣化させてきたのは
学力重視による
選抜を目的とするその教育姿勢
知識量が巨大でも
そのもつ意味を考える力を
育てなければ
どんな成果も残せない
損失だけが
一方的にただ増えてゆく
止まらない温暖化
がその代表的な
失敗の典型
バブルを崩壊させたのもそうだったし
失われた二十年を強いてきたのも
経済認識に対する
為政者の無知に起因することだった
異次元緩和がいまどうなっているか
を一瞥するだけで
実生活の劣化
の意味が浮上する
一切は知に偏った教育
とその高等化
に
起源を有することなのだ
※
洗脳とは思考力を外部から奪うこと
教育と宗教とに共通してみられる特異な傾斜の謂
ひとに対して誘導する
目的
で
教育される側の
意識を
教育する側が
制御する
ことを洗脳という
偏った方向へとひとを靡かせ
刷り込んだ思考パターンを
疑わせることなく
真実だ
と信じ込ませるその行為が
不正の温床となる例が
このところヤケニ目立つ
最新の事例ではISによる
イスラム教への
偏向した姿勢の強要
が生み出している犯罪行為に
その欠陥の最たる部分が
明確にみてとれる
その少し前には
反日教育と呼ばれる
意図的な方向付けが
東アジアの一部で
顕在化した
という記録が残されている
日本でも同様の刷り込みが
維新を契機として始められ
国家神道を前面に押し立てようとして
廃仏毀釈という名の運動が
明治新政府によって実施されたことがある
仏教が既に文化として定着していたことから
この権威づけに寄与する
と思われたさまざまな変更が
後に
英霊という名の特殊な信仰
へと転嫁していくこととなった
靖国神社がもつ特異な価値は
官軍として戦った日本兵を
慰霊するための社
という意味を
国民へと広く植え付けた
仏教文化に基づく
幕藩体制による統治を経て
大政奉還がなり
仏教から神道へと引き戻す
その契機となったのが
王政復古
神道が定める祭祀を
皇室が厳密に遵守し
国の基幹を形成する骨格を
伝統的に引き継いできた
皇室の威信を
国家の運営
へと取り入れてきた明治新政府が
権威主義を前提とする統治スタイルを
採用したのは
ものの道理
新生日本を確立するための内戦で
官軍となった戦死者を慰霊するために
特殊な神社が創建された
賊軍となった側の戦死者を
祀らない
というのが靖国の姿勢
だが
幕藩体制が取り入れてきた仏教文化は
維新後も廃れずに残り
今では却って隆盛を誇る
ほどの民族性の根拠
を与えるものになっている
国民の暮らしの
奥深くにまで
今では
仏教がすっかり行きわたり
国民の多くが
打ち揃って
ほとけ
に帰依していた
習俗の時代
がつい最近まで
できていた
保守系の国会議員の一部が
今でも靖国参拝
を続けている
というのは
選挙区に残されている
先の大戦による戦死者を悼む
家族の側からの
無言の圧力
を感じ取っているからに他なるまい
官軍として亡くなった多くの兵士を
仏教ではなく
国家神道で悼みつづけたい
とする心境は
まさに
明治政府が志向してきた
維新体制を護持するための
洗脳教育の結果として
国民に
その後与えられるようになったもの
洗脳の本質として
教育する側の都合が優先されている
ことに留意しなければならない
オウム事件がそうだったように
洗脳行為は
宗教と密接に結びつく
信仰心を逆手に取ると
意識を誘導することが
容易にできるようになる
洗脳された側は
その事実にまったく関心というものがなく
英霊に対する追悼を
仏式によらない
神式の
慰霊を望み
靖国参拝へと
保守系の議員を駆り立てる
問題は
東京裁判で戦犯
とされた霊魂まで
そこに合祀し
侵略された国々が
議員による靖国参拝を
批判せざるを得なくした
という
その点にある
与党議員による神社への参拝は
侵略戦争に対する礼賛
と見做されるようになり
対立を際立たせる結果を
招致させている
双方の国民にとって
まことに不本意なこと
としか言いようがない
だがその参拝行為がきっかけとなって
反日教育を国家的習慣
とするようになった
近隣の国々を
却って生み出すことともなったのだ
天皇制は武士による政治を
繰り返し生み出す理由
を与えてきたが
新政府に於いても
また
本質に於いても
伝統的手法を
採用する結果へと繋がった
のは歴史の皮肉
安易に流れた統治というものは
後の軋轢を生む種となる
御所のある都を守護する
検非違使が力をもつようになり
源平の時代を経て
明治維新まで
幕藩体制が続けられてきた
御所に接近することが許された一部の者が
権威の意向を体現する代理者となり
権威主義を正当化していく
という歴史が繰り返されてきた
頼朝が実弟である義経
を遠ざけて
討ち果たしたという史実には
権威に近づきすぎた者が負う
宿命的な破滅
という結果が示されている
武士階級による代理の統治を
幕藩体制と呼び
軍人による国家の統治を
軍政と呼ぶ
この両者は封建主義という点で
共通するあるものを共に具有し
力で他を制圧する体質に
縛られる
保守系の議員が
選出区にある
言わず語らずに伝わる
秘めた選挙民がもつ思い
を意識すればするほど
周辺の戦争被害国を
意図せずに刺激する
行為を善と信じて
繰り返す
国家相互間にできている
認識の齟齬
は
こうして勝手に
どんどん広がっていくようになり
ついには
安保体制を見直すための
理由
へと発展させてしまうものとなってゆく
洗脳教育を施されてきたひとは
固有の偏り
をその思考パターンへと
自覚なく抱え込む
それが判断の誤りへと結びつき
ISでは信仰を
犯罪を正当化するための手段へと
貶めた
批判精神の不在が
歴史的変化を
連綿と
これまで数多く
産み落としてきた
抜きがたい原因となっている
健全な認識を確保するには
教育に
バランスを保たせておかなければならない
知育偏重の高等教育は
思考能力のない国会と
産業界を同時に産み落とし
国家財政を危殆に瀕する状況へと
追い詰めた
国に認識能力があったなら
国の劣化など実現しない
産業界が学歴フィルターを放置して
判断能力のない指示待ち世代に
優越性を与えてきた
ということが
経営陣から認識の健全性を取り上げて
告発される事態を招き
その一方で
経営不振の状況とを
数多く与える経過を
いま
顕在化させている事実に
誰ひとり学ぼうとしていない
思考力が担保されていたのであれば
正しい認識をそれと自覚することは
できていた
その思慮の無さというものが
モンダイに対する理解を
これまで遠ざけてきた
学習はフィードバックを繰り返すことで
認識の精度をより高める
知識だけの学習は
理解ではなく
薀蓄へとひとをただ単に走らせる
批判精神を涵養するには
思考力を育むことが
なによりも大切な不可欠の要素
誤った教育は
不正な認識を正当化させ
有害な判断を
善と断じて
最終的に
当事者相互を追い詰める
総ての戦争は
独善
の結果として与えられたもの
戦勝国だけが
己の行為を正当化することが許され
時の政府を延命させる
パックスロマーナが
パックスアメリカーナ
の終焉を予告する如く
諸行は無常にして
絶えず変化する
健全な思考力は
まっとうな批判精神を育み
不正な認識を排除する
有効解を手に入れるには
知識が担うその意味を察知して
応用する術を割り出すことが
とても重要なことなのだ
教育の高度化が
思考力を価値のないものへと追いやり
批判精神を奪って
国に壮大な混乱と
それによる巨大な損失
を与えている
知識の量的拡大が
正しい認識より
多数派がもつ誤った認識を
数の論理で正当化させ
国民すべてに
不正な結果を押し付ける
民主主義において
分母となる成分が
多数派となればなるほど
分子成分がもつ認識は劣化する
それは野球でいう打率と同じ
打席数が増えれば増えるほど
打率は下がるものなのだ
量の拡大が
質の劣化となって
現れる
教育がもつ固有の欠陥は
ここにある
民主主義を劣化させてきたのは
学力重視による
選抜を目的とするその教育姿勢
知識量が巨大でも
そのもつ意味を考える力を
育てなければ
どんな成果も残せない
損失だけが
一方的にただ増えてゆく
止まらない温暖化
がその代表的な
失敗の典型
バブルを崩壊させたのもそうだったし
失われた二十年を強いてきたのも
経済認識に対する
為政者の無知に起因することだった
異次元緩和がいまどうなっているか
を一瞥するだけで
実生活の劣化
の意味が浮上する
一切は知に偏った教育
とその高等化
に
起源を有することなのだ
※
洗脳とは思考力を外部から奪うこと
教育と宗教とに共通してみられる特異な傾斜の謂