創価学会・公明党が日本を亡ぼす

  政教一体で憲法(20条・89条)違反だ!-打首獄門・所払い(=解散)せよ!

自民党・創価学会亡国論-32

2016-01-02 10:49:32 | Weblog

◎自民党・創価学会亡国論 屋山太郎 2001/8
    創価学会本当の恐ろしさ・ほか…<三笠書房 1500¥>…より
      ----------改頁-----165-----本文

日本が「世界標準」に達しないこれだけの理由
◆世界に比べて、なぜ「日本の物価」はこんなに高いのか?
 八月のフランスは心地よい。
 長年、政治記者として明日のスケジュールさえ立たないような緊張した世界で日々を過ごしてきた私は、「政治記者を卒業したら、それまでできなかったことをしょう」と心に決めていた。それは、夏休みをまるまる一力月とることである。
 五二歳で退職して以来、八月になると不快指数がピークに達する首都圏を夫婦そろって脱出して北イタリアで過ごしていたが、最近では娘が暮らすフランス中部、スイスのジュネーブにほど近いアヌシーで過ごすのがならわしとなっている。
 朝九時頃、明るい光を浴びながら一五分ほど歩いて、まず新聞を買い、隣で一個六〇円のクロワッサンを買って、お気に入りのカフェに持ち込んで、コーヒーを注文する。コーヒーがダブルで一六〇円。
 日本の倍の大きさはあるクロワッサンをかじり、コーヒーを飲みながら、新聞に目を通す。ゆったりした時間が流れて、ふと時計に目をやると、針は一一時を指している。
 では、と、今度は町外れの湖畔まで足を延ばす。レストランでプラ・ド・ジュール(日替わり定食)を注文すると、ステーキとフライドポテトと野菜が山盛りに載った一皿料理が運ばれてくる。値段は八〇〇円くらいのものである。湖をわたる優しい風に吹かれながら昼食を楽しんで、木漏れ日を浴びつつ家路につくのは午後二時を回った頃だ。
 朝から静かな時の流れを楽しんで、使ったお金はわずか一〇〇〇円ちよつと。日本ではこうはいかない。フランスの田舎の観光地と、都心の帝国ホテルを比べるのは適当ではないが、日本の一流ホテルではコーヒーが一杯飲めるかどうか。消費税とサービス税をカウントするとかなり怪しいところだ。外国人が文句をいうのもうなずける。
 われわれにとってつらいのは、フランスのバカンスを満喫した一力月を過ごした後だ。
 家内はからっぽになった冷蔵庫を埋めようとスーパーに出かけるが、旬で安いはずのキュゥリやトマトにも手が出ない。フランスの物価に慣れてしまったのか、とても買えないというのだ。かくして“プライス・ショック”が癒えるまでの日々、食卓はもやし料理のオンパレードとなる。
 家内の名誉のためにいつておくが、家内は決してケチではない。日本の物価が高すぎるのだ。スイスのジュネーブでは一〇尾以上は入っているであろう鯵が、紙袋からこぼれそうになって一〇〇円、ステーキ用の牛肉も一枚一〇〇円だった。畜産物はともかく、海のない国スイスでは、鰺などの海産物は確実に他の国からの「輪入物」なのだ。日本の流通システムに問題があることは確かだ。
 先日、日本政府が「デフレ基調にある」と発表した。これは消費者物価指数などから分析したものだろうが、欧米先進国などと国際比較すれば、物価はまだまだ高いと感じざるを得ない。
 今、日本では、土地をはじめ、あらゆる物価が値下がりしつつある。政府や経済界は、デフレ傾向として警戒を強めているが、これはあらゆる価格が国際標準に近づきつつあることを示しているのではないか。その価格では耐えられないという企業、産業はそもそも淘汰されるべき運命にあるのではないか。
 ジュネーブから北回り航路で、日本に一時帰国したことがある。途中、給油のためにアンカレッジ空港に降りたとたん、日本人が群れをなして一目散にどこかに突進していく。
「何だろう?」。好奇心旺盛な私は、その群れにとにもかくにもついて行った。目的地は空港内の牛肉販売コーナー。あっという間に冷蔵ケースの牛肉ブロックはからっぽになった。外国の空港でまに突進する日本人たち。日本経済の歪みを見る思いだった。
 その様子を見ながら、私の脳裏に、食べ盛りの息子が「ステーキもう一枚おかわり!」といつたときの光景がフラッシュバックした。
 「日本に帰ったら、ステーキおかわり、なんていわないでね」と苦笑する家内に、「そんなこといわずに、好きなだけ食べさせてやれよ」と私はたしなめるようにいった。すると家内は、「だって、日本でそんなことをしたら、家計が持ちませんよ」というのである。
 食べ盛りの子供に好きなだけステーキを食べさせてやれない。情けなさとともに、日本は本当に先進国の仲間入りをしたのかという疑問が、私の胸に浮かんだ。
 一九七七年(昭和五二)にジュネーブに赴任したときのこと。リビングに置かれたワゴンには、どの家庭でも有名ブランドのスコッチが二〇本ほども並んでいた。その一本一本が輝いて見えた。
 当時の日本では、シーバスリーガルが一万二〇〇〇円、ジョニーウオーカー黒ラベルが一万円というのが通り相場だった。「凄いな。いつになったらあれだけの酒をそろえられるだろう」と、その豊かさに驚いたものだ。
 ところが、スーパーを視いてみて、その「豊かさ」の理由がわかった。店では、シーバスリーガルか三〇〇〇円で売られ、その他のスコツチも押しなベて三〇〇〇円以下だった。
 「なーんだ」と思う一方で、「なぜ、欧米では三〇〇〇円なのに、日本では一万二〇〇〇円で売られているのか。なぜ、九〇〇〇円もの差額が生じるのか。どういうからくりになっているのか」と、頭の中は疑問符でいっぱいになった。
       --------改頁--------168--つづく--

 

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