「世の中、ちょっとやぶにらみ」

本音とたてまえ使い分け、視点をかえてにらんでみれば、違った世界が見えてくる・・・かな?    yattaro-

「初冬の色」

2009年11月17日 | 季節の移ろい・出来事
昨夜来のさざんか梅雨がしとしと続く。気温は上がる気配を見せないまま。雨の方は昼前に上がった。所用で近くに出かけた。
家の周りに植木がビッシリ植えられている、かなり古い団地を通り抜けた。
その中に見上げるような高い木に、見事な花を咲かせているのが目に入った。

はて、なんじゃろう??
背丈は5メートルを超えるほどに伸び、枝も奔放に広がっている。見上げる先には薄紫色の星が降りそそぐような綺麗な花。子供の手のひらの大きさで、8枚の花びらは、今を盛りと豪快に開いている。

ちょっと失敬! 肖像権を顧みずシャッターを押す。折良く家主らしい人生の先輩が顔を出された。「見事ですね~、これは…??」「コダチダリアと言うんですよ、メキシコ原産らしいですが、この頃にこんなに咲くんですよ…」とサラッと教えて頂いた。「もう一つの名を皇帝ダリアともいうようです…」と付け加えられた。

何故か今まで特に気付かなかったな~。今頃初めて意識して見るだなんてなんだか損した気分。本気でひもといてみたら「木立ダリア」と書かれている。
12月半ばまでは花が楽しめるという。
薄ら寒さの中で、なんかしらホンワカ温かくなるような初冬の色にめぐり会えた。

気に掛かったら、その気になって、その木の下に立ってみるといいことがあるようだ。

ついでながら、木立ダリアの花言葉はないので、ダリアの花言葉を借りると「移り気」「華麗」「優雅」「威厳」「不安定」とある。
どれかが当たるだろうという無責任さを感じる花言葉ではある。
                
            木立ダリア          普通のダリア
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「採算は…?」

2009年11月16日 | 晴耕雨読
あれやこれやに追われて晴耕雨読と縁遠い日々が続いた。
気にはなっていた。早くタマネギ用の畑を作らなければ…。スナック豆・グリンピースを植える準備をしなければ…。

気持ちはあせれど身体は一つ。遊びも趣味もしっかり取り入れなくては…。
そんな合間を縫って、遅ればせながら取り敢えずタマネギ300本を植える畑は作った。作ったと言っても、ちょっと耕し、草を取り、鶏糞・もみ殻を混ぜて表面をならし、いつでも植えられる状態にする…。

そして年々値上がりする苗を購入に走る。
白タマネギ、早生(わせ)・中手・晩生(おくて)3種類ある。
晩生が成長も安定していて、出来上がりが腐りにくく長もちする。素人にお勧めはこちら。これを200本。 それに赤タマネギ100本を植える予定。

畑を作った直後なので、一雨、さざんか梅雨を待って植え付ける。
ちなみに、白タマネギの苗、100本が500円。1本5円。
赤タマネギは50本一束で400円。1本8円。

植えたら全部育つわけではない。ここ数年の歩留まり実績は、白タマは90%。赤タマはどうかすると70%でしかない。結構根腐れを起こしてダメにする。
となると、白タマ5.5円。赤タマはなんと11円の単価となる。

苗を買ったついでに、隣の大型スーパーを覗いたら、白タマ3個が180円、1個60円。赤タマはちょうど倍の値段が付いている。
そんなものか世の中は…、と思い返し明日かあさっては植えるぞー。

1本5.5円や11円の苗が、半年先には10倍近い値打ちが出る。野菜の中で、これほどお世話になるモノは他にない。やはりせっせと汗を流せば、植物はウソをつかない。それに孫の歓声がプラスされる。

半年で10倍の値打ちか……。タマネギのような株の掘り出し物はないものか。ここんところジリ貧で、新聞の株価情報を見るのが怖い。

     ( 写真: 明日かあさってには植え付ける、タマネギの苗 ) 


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「解放前夜…」

2009年11月14日 | おせっかい
ようやく先が見えた。無罪放免・解放される日が近づいた。
出席者の多くが楽しみにしていてくれるであろう、集合写真やオープニングセレモニー、先生への花束贈呈、笑顔の集まるスナップ等々の写真集。A-4版10ページにまとめた記念アルバムの完成間近。文字通り、全ての肩の荷を降ろすときだ。

3月7日、第1回目の幹事会。声をかけた13人全員参加。
更に今回から、写真班を担当しよう…と途中からの自主参加2人で総計15人。
小さい声でも充分通じ合えたこれまでとは様子が異なる。人数が増えたことは有り難いに違いない。がその分、一人一人の意識が甘くなって、責任感の欠落を警戒する。
チームワークで凌ぐしかない場面も必ず出てくることを想定して、ただ数に頼るわけにはいかないこともちょっと頭の片隅に…。

ベテラン揃いで一枚岩の幹事団なのだが、メンバーの変動は時として流れる方向を変えてしまうこともある。などと一時期神経質にもなったが、そこは同級生、本番が近づくにつれて新たな丸い輪ができた。

・・・と、ここまで考えてきたとき。
人生の半分以上という長きを過ごした会社組織での自分の姿をふと思い出す。
確かに年齢を重ねた後半は、否応なしに何らかのポストと人数・テーマ・ノルマを与えられた。結果を出すことにチーム一丸情熱を燃やした。

しかし、その時の自分の気持ちの中に、人に優しい情熱・人情の機微を踏まえた配慮などがあったのだろうか。ノーではないにしても疑問は残る。
生産性を上げる…という至上命題のもとには、却って邪魔になる部分でもある。

ということは、会社組織しかり、それ以外の場所しかり、多くの場所で色々身に付けた豊かな生き方の基本が、少しでも今回の同窓会運営に役立ったとすれば、人生まんざら捨てたモノではない。むしろ人生楽しきかな…である。 やっぱり明日が開けそうに思えてくる。

     ( 写真: 一つの情熱を傾けた、記念アルバムの原版 )
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「伸び放題」

2009年11月13日 | つれづれ噺
ここんところ爪の伸び具合が異常に早く感じる。
そんな話をすると何のことはない、ただ一言「苦髪楽爪」で片付けられてしまった。
広辞苑にもネットにも確かに書いてある「苦髪楽爪」。

苦労している時は髪が伸び、楽をしているときは爪が伸びる。苦楽ともに、忙しいときは余裕がなく、どちらも伸び放題になってしまう。…と書いてある。

なんとなく誰かから聞かされた記憶はある。でも実際に我が身に降りかかってくるとは想定外であった。

そりゃー言われてみれば確かに会社現役時代は爪を切る間隔がとっても長かったように思う。髪の方も日に日に数が減るのを気にするのは深刻だったが早く伸びる…などと感じはしなかった。それに体裁もあって、散髪はほとんど定期的に馴染みの散髪屋さんに通い、少ないなりに手を入れていた。

髪も爪も、手に負えないほど伸びるわけではなかったということは、そこそこにというか、目に見えない・自分では意識しないうちに苦労している部分が多かったのかもね。

そこへいくとどうだ!この爪の伸び具合は…。今は苦労していない…とでも言うのか?
それなりに苦労しているよな…と自分では思っている。

あれもこれも、これもあれも…自分の中で何らかの苦しさを感じないことは何一つない。それでも爪は正直だから、会社勤めの頃と比べれば、今の苦労は苦労の内に入らないことを承知で、どんどん伸びさせているのだろうか。

キーボードの苦労は苦労の内に入らないのかなー、トホホ… 苦労しているのに…。

     ( 写真: ちょっと油断するとすぐ伸びに伸びる庭木 )
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「瀬戸の海でも」

2009年11月12日 | つれづれ噺
    ♪♪ 海は荒海 
          向こうを佐渡よ
             カモメ鳴け鳴け  もう日は暮れる ♪

と、歌われるように、この時期の荒れる海といえば佐渡島の浮かぶ日本海を連想させる。
瀬戸内のこの時期の海は、誰もいない静かなもの悲しさを感じさせるのが通り相場だ。

ところが昨日のように、低気圧襲来によって時ならぬ大荒れに荒れる海に出くわす。
海岸線に沿って走る国道の護岸に打ち寄せる波は、時に真っ白い泡となって路面を叩く。山陽本線の鉄路さえ、飛沫に洗われている。
珍しい光景に思わずカメラをひっさげて、かつては「カー君」とゆっくり散歩した海浜公園に行ってみる。

まさに人っ子一人いない。当たり前だ。打ち寄せる大波に舞い上がる飛沫がカメラのレンズを汚す。それでも見たいものは見たい。カメラに納めたい。

強風に煽られて波にさらわれた…などと新聞記事にならないよう細心の注意を払う。
それでも風は遠慮なく荒波に向かって身体を押す。西に東に走り回ること10分。
なんとか使えそうな写真が撮れた…と思った瞬間、背後から襲う突風に耐えきれず、愛用の野球帽が空高く舞ったと思ったら、あっという間に砕ける波に飲み込まれた。

たかが荒波の写真撮影、高いものになってしまったがまあいいか、とっても気持ちいい気分転換にはなった。
乗りかかった船の総仕上げに追われる気持ちの高揚を、刹那的ではあっても目先を変える効果は充分であった。

風に吹かれて抜けそうな、それでなくても希少価値となった髪の毛を手で押さえながら早々に退散した。

     ( 写真: 瀬戸の穏やかな海でも、たまにはこんな荒々しい姿も… )
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「一周忌命日」

2009年11月10日 | 家族・孫話
気持ちの中に大きくあいた穴を埋める悪戦苦闘は今も続く。
女々しいと言われようと、未練な…と言われようと、自分の気持ちが完全に吹っ切れていないことを恥ずかしいとは思っていない。

私をあれほど頼りにしていてくれた母に、私は本当に応えて上げたのだろうか。
少しでも満足を与えて黄泉路の旅立ちを見送って上げたのだろうか。

この自問自答は、私自身の胸の中では答えを見出せないまま、あの世へ持って行くのだろう。

「浄寿院釈妙華」静かに仏壇から私たちの日常を見守ってくれているのに違いない。

あの日もいつも通り、お昼のご飯時を狙って病室を訪れた。ひょっとしたらこの手で一口でも食べさせて上げられるかも知れない、という淡い希望を持って。
そんなに甘くなかった。その日は食事どころではない。ひたすら酸素吸入の助けを借りて体を使って大きな息をするだけ。
母が最も愛した孫私の倅が、折良く午後3時に見舞いに帰った。手を握りしめたのがわかったのかどうか、それから2時間後に永遠の眠りに入った。

あの日からまる1年。一周忌命日。
記憶が薄れるどころか益々鮮明に、幅広く、数多くの思い出がよぎる。

しかし、帰りはしない現実に目を向け、母への思いをバネに本来の自分にもどることも一周忌命日の供養になるのかな、とも思う。

せめてもの慰みは、母と共に生活した66年は、この世の中で誰よりも長く、誰よりも深いお付き合いをしてきたということだ。

この点を肝に銘じて、明日からを新たな一日としてスタートしよう。
生涯の応援団長であった母への恩返しは、元気に明るく生きて、時々お線香をくゆらせ現状報告することなのだ、と思いたい。
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「前夜」

2009年11月09日 | 家族・孫話
昨年の今日、まだ介護型療養施設のベッドで間違いなく呼吸している母を見舞った。
数日前から酸素マスクが必要になるなど、なんとはなしに気に掛かる病状であり、姉や妹には極力度々見舞うよう連絡していた。さらに4つ違いの叔母さん、母の妹にも何度となく迎えに行っては母の元に行ってもらった。

酸素マスクの下で、せわしなく大きな息をする母の手を取り、「えらいのー、もうちっとがまんおせーよ…」と耳元でささやきながら、姉妹の意思の疎通を図ろうとする必死の叔母さんの姿、今もこの目に焼き付いている。
この頃には、食事も我々の手には負えなくなっていた。
見舞いとして病室を訪れてもほとんどすることもない。ただ看護士さん・介護職員さんにひたすら「よろしくお願いします…」を繰り返す日々となっていた。

それでも、なんとか行くたんびに顔を拭いてやりたいと思う。でも酸素マスクは外せない、仕方なし二の腕をさすってみる。か細い骨に薄いセロファンのような皮膚が巻いついているだけ。それでも必死に生きていた。

時間の経過と共に、なんかしら母の傍にいてやらなければ…という焦りを感じる。自分でも説明できない不思議な時間が流れた。

邪魔になりそうな酸素マスクの下で喘ぐ母の荒い息。見るのが辛い。ほんの一瞬、「苦しいのなら早く楽になった方が幸せなのではないだろうか」「こう考えるのは親不孝なのだろうか…」

永遠に忘れることの出来ない切ない思いに包まれ、その前夜は静かに更けた。
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「今やらなければ…」

2009年11月07日 | 趣味・・エッセイ
来年6月~7月頃に収穫する青梅。
多くを実らそうと思えばそれなりの手入れを怠ってはならない。
下刈り・施肥・下刈り・剪定、そして収穫。
年に何度か決まった時期に決まった作業がある。

今日は剪定という、一連の作業の中でも最も骨の折れる作業にいそしんだ。
いそしむ…「勤しむ」と書く。つとめはげむ、と広辞苑にある。
目が回るほど忙しい中、梅の木剪定につとめはげみたくはなかったが、収穫の時はそのほとんどをもらって帰る手前、やらざるを得ない。
梅林を守る義兄夫婦も寄る年波で、かなり過酷な選定作業などさせられない。
受益者負担で、梅林保守はこちらの義務になっている。

昨年は11月5日にやっている。あれから一年、全く花も咲きそうにない徒長枝が勢いよく伸びている。それらのほとんどを切り落とす。中にはノコギリでなければ始末できない大きさもある。
その周辺に吹き出した無数の小さな芽にはすでに可愛らしいツボミが付いている。
その枝先を少し切って、花が咲きやすいように手助けをしてやる。

たった5本しかない狭い狭い梅林なのに、剪定に入る前は気が遠くなるほど徒長枝は伸びきっている。一本また一本、ぼさぼさの長髪頭を丸坊主に刈り込むように剪定していく。2時間あまりで一段落。

冷蔵庫には今も今年作った梅ジャム・梅味噌がデンと幅を利かせている。
肝心な梅焼酎にはまだ手も付けていない。これほどの手作り保存食を確保するためには、自分勝手な忙しさを犠牲にして、梅の剪定に時間を回すのもごく当たり前のことか…と反省。

一仕事終えて、義兄とイッパイ。帰りのクルマで高いびき。アッシー君にはご苦労さん。

       ( 写真: 見事にこの手で剪定した梅の木 )


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「電話の向こう」

2009年11月06日 | つれづれ噺
人間にはお互いの意志を伝え合う言葉がある。
顔を合わせて、その時々の表情・顔かたち・顔のかげり…など目でも感じながら交わす言葉には、相手が言わんとすること以上を読み取れる安堵感がある。

表情の見えない電話はどうなんだろう。
声の調子、強弱、張りのありなし…など、一方的に耳からはいる情報だけで全てを判断しようと努力する。もちろん、話の内容に沿って電話の向こうの様子や態度までをキャッチしようと試みる。そこには、表情が見えない分、不安がある。

「モシモシ…○○ですが…」「お待ち下さい」暑いもなければ寒いもない、お早うももちろん今晩は…もない。こちらの名前を聞いただけでいち早く本人と替わる。

手間がはぶけていいには違いない。が、そこには人間らしい血の通いが感じられないのは淋しいものだ。全く初めての相手にでも「どちらの○○さんでしょうか…」くらいのことは聞く。それが、相手が分かっているからといって即座に「お待ち下さい…」となると、悪いことでもしているような引け目さえ感じてしまう。

そこの家は、というかその奥さんに限ってはこれが唯一の応接方法なのだろうから諦めるしかないが、ご主人様は気のいい話し好きのお友達なんだよな…。
でも奥さんにとっては、「また悪友からの電話か…」ということになるのかな。

まあいいや、奥さんに話があるわけじゃない。取り次ぎだけで充分か。
と思いつつ、電話の向こうに何がある?電話のこちらに何がある? 見えない分だけ言葉による余分な配慮が要るんじゃないかな…と独り言。

“人のふり見て我がふり直す” 頼むよ、男の値打ち 下げないでよね…。
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「花なす」

2009年11月05日 | 季節の移ろい・出来事
所用の途中久しぶりに同級生の家に寄ってみた。
元気にやっているか…の声かけと、顔を一目見たらそれでいい…と思いつつ。

玄関で顔を合わせたとたんに、やれ上がれ・そら座れ・コーヒーかお茶か…
夫婦揃って下へも置かぬ勢いで接待に相務められる。
突然で、しかも夕暮れ間近。夕餉の支度に忙しいかな…というこちらの心配などハナっから気にもしていない様子。

電話を掛けても、直接こうしてお邪魔しても、全くいつに変わらぬ「お父さんの大切なお友達」という位置づけで、それはそれは大切にして頂いている。それほどの者でもない只の同級生ということなのに…と思う。

コーヒー・お菓子をご馳走になりながら、孫の話などひとしきり。さー帰ろうか…と腰を浮かすと、いち早く友が姿を消す。ゆっくり帰り支度をしているところへ、裏の畑から大根を抜いてきて水で洗っている。「何にもないがこれを持って帰れ…」と差し出す。「他に何かなかったか…」「花ナスはどう?」さっさと新聞紙にくるんだ、真っ赤に熟れた観賞用のナスの小型、ちょうどフルーツトマト大の実がたわわになったのを頂く。

彼の所に寄ると、何かしら親元へ行ったよう気持ちの安らぎをおぼえる。
家庭で主人が如何に大切に扱われているか絵に描いたようだ、としみじみ我が家で話す。別に粗末に扱われているとは思わないのだが……。

花ナスの植え方も教わって帰った。しっかり畑作りをして、花ナスを育て、格好良く玄関にも飾り、不意の来客にお土産として持たせられるよう作ってみようか。
そういえば、花ナスもナスの仲間。花が咲いたら間違いなく全部実を結ぶという。
我が家でもお父さんの意見が花となって、それに全て実を結べば今よりもっとよくなるのかな。 ン? 平生往生とな…。

        ( 写真:彼の玄関に飾られた、見事な花ナス )

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