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「世の中、ちょっとやぶにらみ」

本音とたてまえ使い分け、視点をかえてにらんでみれば、違った世界が見えてくる・・・かな?    yattaro-

「子どもの日」

2018年05月05日 | ニュース・世相

                 

大型連休と喜んだ人も多かったであろう今年のゴールデンウイーク。
5月5日の子供の日を迎えて、GWも後残り1日となった。年がら年中GWを楽しんでいるこの身には、格別な感慨もない。
が、孫たちが同時に我が家に集まると総勢11人の喧騒となる。これは嬉しいやら接待に追われるやらで気忙しい。

5月のカレンダーには「子供の心を知りその心を育てることが、子供の天性を伸ばす」と書いてある。
そこで『天性』を辞書で調べると「生まれつき備わっていること。天から与えられた性質。」とある。
ならば天性なるものを、我が家の孫たちに当てはめるとどうなるか、あれこれ考えてみた。

5人のうち0歳は除いて、17歳から4歳までの4人が、それぞれにどんな性質を与えられてこの世に生まれて来たのか。
あれこれ感が始めると、待てよ!所詮じいちゃんと孫という血縁の上で考えるのだから、宇宙に向かって開かれているこのブログでの話となると、どうしたって身びいき、自慢話になること必定。
だから本音の部分は敢えてここでは公表しないことにするが、誠に興味深い話ではある。

それにしても天はいったい、何を基準にして、どんな分別をして、生まれてくる子供たちに「性質」なるものを与えるのだろうか。
それも、肉体的なもの、精神的なもの、それぞれ別個に与えるのだろうか。運動神経は抜群なのに、学習の方は必ずしもそうではない場合。
またその逆の場合も。生まれて来る子供たちは千差万別。人それぞれにあふれる個性を持っていると考えるのが普通のような気もするのだが。

娘の方の孫三兄弟は、多少の差はあるとしても総じて運動神経抜群であるが、勝つことへの執念には三人三様大きく異なる。
必ずしも成績はいい方ではないが、学校での学習以外の専門分野に固執する性格もある。逆にそんなもの関係ないみたいな性格も見える。
倅のほうの姫孫は、4歳ながらはっきりした好き嫌いの意識を持っており、上手に使い分ける知能も持ち合わせているような。

要するに天性とは、そう簡単に周囲の人間に解読できるような生易しいものではない。天のみぞ知る複雑怪奇なものなのだ。という結論か。
これからもジジ・ババの役割は、命の続く限り、優しく寄り添い、丁寧に観察しながら、ひっそり応援するのが肝要ということか。
でもねー、そんなこと解っているつもりでも、ついつい応援に力が入り過ぎることもあるんよねー。

コメント (2)
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