「世の中、ちょっとやぶにらみ」

本音とたてまえ使い分け、視点をかえてにらんでみれば、違った世界が見えてくる・・・かな?    yattaro-

「命をつなぐ」

2008年12月10日 | 家族・孫話
子や孫・ひ孫ら私たちに多くの思い出を残して、母が百歳七ヶ月の生涯を静かに閉じた。
当面の目標であった百歳の誕生祝いも敬老の日のお祝いもさせてくれたので大いに感謝している。

しかし、「今年いっぱいは元気に過ごして、正月を迎えさせたかった」などと願う気持ちは際限なく続く。
それは、我々周囲の人間の果てしない欲望である。
母にとっては、あらん限りの命の炎を精一杯燃やし続けて、私たちの長生き願望に答えてくれたのである。

斎場でひつぎの周りを歩きながら、大粒の涙を流し、声を上げて泣き悲しむ幼稚園年長のひ孫。 周囲の涙を誘う。
人一人の死に対して、多くの人が集まり嘆き悲しむ様子を、この子なりに真正面から受け止めようとしていたのだろう。

ほんの少しの間に、真っ白くなったお骨と灰だけしか残らない「人間の死」という空しい現実。
これらのことをいつまでも忘れないでいて欲しい。

そして自分の命を大切に、同時に他人の命も大切に守らなければいけないことを、身につけて成長して欲しい。
そのことが、百歳を生きた母の命を、若い命につなげて行くことになるのだと信じている。

     2008.12.10 中国新聞「広場」掲載

母を見送って後、初めて公の場へ向けて書いたエッセイが新聞紙上に掲載された。
世の中の多くの人に、人間の命の尊さ・命のはかなさ・命の空しさ、と言った物をもう一度呼び覚まして欲しい。そして、お互いの命を大切に守ることに徹して欲しいと切に願っている。
さらに言わせて頂くなら、親戚縁者のお葬式などには、子どもを率先して参列させて、現実をその目で確認させて上げることが、真の教育であろうと信じて止まない。そのために1日や2日学校を休ませることは、プラスにこそなれマイナスには決してならないと思っている。
コメント (9)
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