「稽古場・風」の赤松の大樹@水戸市新荘3-4-5
「稽古場・風」は堀籠貴子(風野行衣)さんが主宰する多目的な空間。
絵画や陶器の展覧会・ジャズライブ・演劇会場などに幅広く使用されている。
道路際の樹齢200年に近い、赤松が目印。
常磐大学高等学校の正門から、水戸商業の一郭は整然とした区割りで、以前は武家屋敷が立ち並んでいた痕跡が最近まで在った。
旧「松小路」の町名碑。
幕末の古地図。
何時のものかは分からないが、天保7(1836)年以降。
松小路を始め、梅小路・楓小路・柳小路・花小路・桜小路・桃小路・桐小路・柏小路・常磐小路、などの洒落た名前の小路が並び「新屋敷」と呼ばれた。
江戸時代初期、寛文6(1666)年頃は水戸藩付け家老の中山備前の守の下屋敷となり備前町から(私の推測)家士を移住させて「新屋敷」とした。
中山氏が松岡藩の領主として独立した後は、陸田などになっていた。
文政9(1826)年の地図は「下屋敷」とあるが、町割りはされていない。
天保7(1836)年、水戸藩主斉昭は天保の改革の一環として、定府制を廃止。
江戸在住の家臣に国元帰還を命じた。
この時に再び武家屋敷となった。
屋敷割の際に、目印となる樹木を植え小路名とした。
何とも粋な計らいだ。
松小路の由来は、稽古場・風の赤松の大木に違いないだろう。
この地区は町名変更の際に「新荘」となったのは残念な話だ。
近年、この辺りは個人の住宅が減少しマンションなど、集合住宅が多くなった。
そんな風潮に抗い「稽古場・風」は健在だ。
毎月9日「風マルシェ」が開催される。
「生活クラブ生協」の品物やこだわりの農産物、手作りケーキの販売など。
その時に依って出し物は変わる。
庭&駐車場の一画の小屋は立ち飲みカフェ「小さな風」。
200円でコーヒーが飲め語り合う場。
多少の雑貨なども展示販売される。
久し振りに6月9日(火)に開催予定らしい。
新型コロナウイルス禍の状況下での開催だ。
珈琲を飲みに訪ねようと思っている。
「稽古場・風」は堀籠貴子(風野行衣)さんが主宰する多目的な空間。
絵画や陶器の展覧会・ジャズライブ・演劇会場などに幅広く使用されている。
道路際の樹齢200年に近い、赤松が目印。
常磐大学高等学校の正門から、水戸商業の一郭は整然とした区割りで、以前は武家屋敷が立ち並んでいた痕跡が最近まで在った。
旧「松小路」の町名碑。
幕末の古地図。
何時のものかは分からないが、天保7(1836)年以降。
松小路を始め、梅小路・楓小路・柳小路・花小路・桜小路・桃小路・桐小路・柏小路・常磐小路、などの洒落た名前の小路が並び「新屋敷」と呼ばれた。
江戸時代初期、寛文6(1666)年頃は水戸藩付け家老の中山備前の守の下屋敷となり備前町から(私の推測)家士を移住させて「新屋敷」とした。
中山氏が松岡藩の領主として独立した後は、陸田などになっていた。
文政9(1826)年の地図は「下屋敷」とあるが、町割りはされていない。
天保7(1836)年、水戸藩主斉昭は天保の改革の一環として、定府制を廃止。
江戸在住の家臣に国元帰還を命じた。
この時に再び武家屋敷となった。
屋敷割の際に、目印となる樹木を植え小路名とした。
何とも粋な計らいだ。
松小路の由来は、稽古場・風の赤松の大木に違いないだろう。
この地区は町名変更の際に「新荘」となったのは残念な話だ。
近年、この辺りは個人の住宅が減少しマンションなど、集合住宅が多くなった。
そんな風潮に抗い「稽古場・風」は健在だ。
毎月9日「風マルシェ」が開催される。
「生活クラブ生協」の品物やこだわりの農産物、手作りケーキの販売など。
その時に依って出し物は変わる。
庭&駐車場の一画の小屋は立ち飲みカフェ「小さな風」。
200円でコーヒーが飲め語り合う場。
多少の雑貨なども展示販売される。
久し振りに6月9日(火)に開催予定らしい。
新型コロナウイルス禍の状況下での開催だ。
珈琲を飲みに訪ねようと思っている。