読書感想167 剣の天地
著者 池波正太郎
生没年 1923年~1990年
出身地 東京・浅草
出版年月 昭和50年(1975年)10月
出版社 (株)新潮社
★感想★★★
新陰流の創始者である上泉伊勢守信綱を描いた小説である。上泉伊勢守は戦国武将として戦い、後に一介の剣士として生きる道を選んだ。本書の4分の3は戦国武将としての上泉伊勢守で、4分の1が剣士として諸国を巡る時期に当てられている。上野国の赤城山の近くの大胡城主として関東管領上杉憲政に従い、北条・武田勢と戦い続けた前半生である。上杉憲正が長尾影虎(後の上杉謙信)を頼って越後に逃げたあとは、上野国の箕輪城主の長野業正の配下として北条氏康や武田信玄と戦い続けた。頼みの綱の上杉謙信は強いことは強いが、本国の越後国に戻らなければならず、また信濃国での武田信玄との戦いも続き、常時関東にいるわけではなかった。さらに武田信玄の調略の手は長野業正の娘婿にまで及び、一族の中で殺しあう凄惨な戦いが続いた。長野業正が亡くなって、劣勢の上杉陣営は裏切りが続く中、若き長野業盛を盛り立てて箕輪城で最後の戦いが始まった。落城の中、総大将の長野業盛が自刃し、上泉伊勢守が残った手勢を引き連れ城から打って出ると、武田信玄は戦いは終わったと矛を収め、敵の将兵すべてを解放した。家臣になってくれないかという信玄の頼みを断り、上泉伊勢守は家督を嫡子に譲り、2人の弟子とともに剣士としての旅に出る。
以上が上泉伊勢守の一生の概略だ。
上泉伊勢守は柳生新陰流の創始者柳生宗厳の師匠として知られている。しかし、その前半生はあまり語られることはなかった。小領主として長年にわたる上杉と北条・武田の勢力争いの中で一族・盟友が血で血を洗う裏切り、報復を見てきた。そして凄惨な負け戦を経験し、負けるとわかっていても義を貫いた武士だ。だからこそ、「無刀とり」とか「活人剣」という発想が生まれたのだろう。人を殺したくないという願いがこもっている。
小説としてもとてもおもしろく、宿命的な敵や宿命的な恋なども描かれていてあきさせない。