翻訳 朴ワンソの「裸木」70
247頁2行目~250頁
私は本当には彼女のその苦しい事情を知りたくはないから、全部食べた弁当箱を包んで鞄に入れ、歯磨きをしながら彼女を無視した。
「この子は話を途中で止めて行こうとするんだったらどうして話すのよ。全部聞いて行きなさい」
「結構です」
「何が結構なの? あんたが結構でも私は結構じゃないわよ」
「だから結構です」
「あんたが私を売女としてしか知らないことに私が我慢できる?」
「じゃ、何と思うことをお望みですか?」
私は改まって、少しねちねちと問いただした。
「まあ、私を間違いなく売女として思っていたのよね。私ぐらい哀れな女もないのよ」
「簡単に言ってください。私の売り場に人がいないんです」
「そう、そうだわ。私の昼食時間も10分しか残っていなかったのよ。最初の夫が私をなぜ騙したのか? 独身だと。丈夫で妻子のある奴が…」
「それでですか?」
「どうしたらいい? 私が引き下がったよ」
「どうしてですか?」
「どうしてって? 初めてで、他人の夫を奪い取るつもりかい? 私が引き下がることが第一にきれいで道理に合っているよ」
癪に障っても彼女の諦めには道徳的な満足があった。
「お姉さんには売女としてもはるかに及びません」
私は彼女の返事を待たずに休憩室を抜け出した。それで私が本当にそう思ったわけではなかった。私はただ彼女の軽蔑する悪態を必要としただけだった。
私は自分の席にもどると、美味しく食べた昼食が彼女のせいで、吐き出したくなった。
今の私にとって吐きそうなのは彼女だけではなく、すべて道徳的なものが含まれていた。
私は未だに、オクヒドさんを愛していることと彼の妻とを結びつけて、心苦しく思ったことが一度もなかった。更に彼女を憎むことさえできなかったので。そうできなかったことは、戦争のせいだった。戦争がすべてのものを終わらせ、刑罰という狂信ゆえにそんなことは少しも重要ではなかった。
しかし、今は変わった。私は戦争を待ちもせず望まなくてもいいのだ。私も普通の人のように戦争を少しずつ怖がりながら、戦争から自分の幸福を守るために、勇敢にならなければいけない。
私はオクヒドさんと一緒にもう少し長い愛を設計したかった。首の長い女の人から彼を奪い取り、私に熱中させたかった。そこで出し抜けに倫理道徳のたぐいに妨害されるわけにはいかないのだ。私は満身の力であらゆる道徳的なものを排斥しなければならないのだ。
「売女め、売春婦が心の中で売春婦だったふりでもするのだろう」
私はしばらく彼女に必要以上に腹を立てた。そうしてみて、私は売春婦でけちん坊で破廉恥な彼女が一番気に入った。彼女が母親であることも癪に障るが、考えて見れば獣も母親になれるはずだから、母親が何かそれほど誇らしいのかと見下すこともできるが、道徳的なふりをすることだけは我慢できなかった。
「お姉さん、うちの売場見てて」
ミスキが弁当箱を軽々とあげて見せて、幼い子供のように軽快に階段を飛び上がって行った。
昼食を終えて帰ってきた銭さんがマッチの棒をより分けて歯をほじくった。
「インソカ、目障りだ。カルビでも取るふりを止めろよ」
「止めろ止めろ。虫歯に生姜の欠片がついたのか、臭い」
「水腹でも満たそうとキムチを一気にかき込んだようだな。しょっぱくて、ただなら苦くてもたった一つもわからないのかい、ちぇちぇ」
「やっぱり男にも休憩室を一つ作ってくれれば、弁当をたっぷり作って食べるのに…うどん一杯手に入れる間に便りが出て行くよ」
「止めろ、インソカ。俺はうどんも抜いたんで、お前のせがれが食らう愚痴を言うと、腹の中の回虫がうごくんだな」
「食べろ食べろ。食べ物を惜しんで金を集めようとするのか。いつ死ぬかも知れない世の中で食べるんだよ」
「近頃、かみさんが一進一退で、生きることが言葉じゃない」
「それはよくないね。体も丈夫なはずなのに、病院へも行ってみたかい?」
銭さんが真顔になって心配そうな顔をした。金さんは返事もせずさっきもんで消した吸殻に火をつけようとするので、チンさんが素早くタバコを一番に投げてやった。かみさんの病気でたった今同情されたことがその場ではこっけいだ。
金さんがタバコを1本だけ取り出してしまって、もう一度チンさんに投げてやると、自分も1本つけてくわえ、
「オクヒドさんはどうしたんですか? あの方も奥様が病気にでもなったんじゃないんですか…」
「絵をちょっと速く描かなければならないです。溜まったものが多すぎて大変です」
私は彼らの話題を中断させた。
「オクヒド先生は絵を描いていらっしゃるので心配しないでください」
「何だって? 家で絵を描くなんて? 何の絵?」
「あの方は画家なんですよ。知る価値のある人はわかる本当の画家です」
「俺達もだいたいはわかっていた。こんな時でも堕落する人じゃないことを。ところでどんな大きい紙に合う絵でも注文されたのかい?」
「そうでしょう。よく知らないけど、何百万ウォンもする絵もあるのよ」
「ソウルでどんな金持ちがいて、そんな大きい絵を依頼したんだろうか?」
「私達の絵が至急です。速く始めてください」
私は癇癪を起こして溜まった絵をだいたい取りまとめて、窓のところに行って帳を押した。
わびしい歩道と慌しく通りすぎて行く通行人、裸になった街路樹の醜い姿、私は仕方なく彼が描いた枯木のことを考えた。
その絵を始めて見た時のひやっとした感じが生き生きと蘇った。
彼がはるか遠くに感じた。孤独が悪寒のように不意に襲って来た。
「お姉さんもうちの売場をちょっと見てくれといったのに」
ミスキがかわいらしくにらんだ。
「ごめん、ごめん」
しかし、彼女も自分の売場に戻らずに私の横に立った。性質がさっぱりした彼女がガラス窓に息をふきかけて磨きだすと、少し視界が晴れた。
冷え冷えと澄んだ空と灰色の古い建物、ちょうど前が第八米軍のバス停留所だ。一群のGI達を一山吐き出して、それぐらい乗せて転ぶように出発した。
再び同じ光景が続いた。
時々少年が米兵に品物を売ろうとするのか物乞いをしようとするのか、腕にぶらんぶらんぶらさがりながらの罵詈雑言を聞いて、ひっくり返ることもあるが、少しもきまり悪いとか、哀れとかではない。PXの前で一日中立って気が乗らないだけだ。
私達はどんな変貌も待てない光景の前に茫然と立っていた。私は自分も気づかずに圧縮された息を吐くように吐き出した。
少年が一人二人ずつ集まってきたり、窓ガラスにべたべたとしがみついたりした。ある奴は手で変なしぐさをしながら、しきりに私達を遊ばせた。
私達は柵の中に閉じ込められた猿なのだ。愉快な見物人がしきりに群がって集まった。私達は彼らのために何の才能も働かせることもできない無能な猿にすぎず、私達の絶望が彼らに及ぶはずもなく、また彼らの哀歓は私達に疎遠だ。私達は帳を押した。