花紅柳緑~院長のブログ

京都府京田辺市、谷村医院の院長です。 日常診療を通じて感じたこと、四季折々の健康情報、趣味の活動を御報告いたします。

映画「禅 ZEN」│小説「永平の風 道元の生涯」

2021-07-25 | アート・文化


『禅 ZEN』は2009年公開の道元禅師の生涯を描いた映画(主演は中村勘太郎、現六代目中村勘九郎)で、小説『永平の風 道元の生涯』(仏教学者、鳳仙山長泰寺住職、大谷哲夫師著、文芸社、2001年)が原作である。以下に記すのは俗人の私的感想である。 
 映画のオープニングは道元禅師が宋の荒野を歩み行かれる俯瞰の情景で始まる。そしてエンディングは、原作にない登場人物、市井の塵埃にまみれて生きた女おりんが御足跡を辿り荒野を歩み去る姿であった。古今東西、我等衆庶が是非なく身過世過ぎする世界は俗そのものである。おりんが辿る荒野の道は各自が一人で歩まねばならない行路を表す心象風景であろう。ふと我に返った時、現世の俗衆の自分にも忝く結縁を賜った思いがした。
 道元禅師は最期、御身をささえられ道場にお入りになる。何時までもお前達とともに只管打坐に徹するという御姿である。しばらくして御遷化を知った道衆があちこちで漏らす嗚咽に叱咤が飛ぶ。京都での御遷化の史実からこれも創作であるが、師をひたすらお慕い申し上げる道衆の御心が深く偲ばれた映像であった。

鎌倉幕府第五代執権、北条時頼は、宝地合戦で三浦一族を殲滅した後に道元禅師にみずからの魂の救済を仰ぐ。怨霊に襲われ右往左往する時頼の姿は、刀の扱いが骨の髄まで染み込んだ武士には程遠く、あたかも市井の平民が恐怖にかられ矢鱈と刀を振り回す風情に見えた。眼前に現れるは真実怨霊か、将又迷う心のなせるわざか。あり得ぬものを見て心が乱れるのは武士も同じであろう。だが武家の棟梁の剣さばきはそれ相応であるべきではないか。深い昏迷の時も一瞬たりとも武士から離れることは出来まい。素人了見であるが、襲い来るものを成敗せんと真直ぐに虚空を切る太刀筋の方が、遥かに無慚で凄愴な情景になる気がした。
 時頼はついには大きな安らかな悟道に達したという意の辞世、「業鏡高縣、三十七年。一槌打碎、大道坦然。」(業鏡(ぎょうきょう)高く懸げ、三十七年。一槌に打砕して、大道坦然(たんねん)たり)を残している。



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