風野真知雄の「大江戸定年組」の3作目『起死の矢』を読んだ。息子に家督を譲った元町方同心、旗本、商人の幼馴染の3人が、隠れ家を舞台に江戸の町の人々の相談にのり、その解決にあたるという話だが、第2巻の最後の方で3人の1人、旗本の夏目が中風(脳溢血or脳梗塞)を発症する。第3巻の中で、意識を取り戻した夏目が半身が御語課さない状況から、歩きはじめるまで回復していく(現代でいえばリハビリが成功した)。いずれこの話しは、定年退職という社会の仕組みの中で、その後をどう生きるか小説仕立てで問うているようの気がしてならない。何となく読まされてしまう作品である。
おはようがんした。昨日で、除排雪の大所の作業は何とか終わった。雪の量が多くて、普通の時の倍以上かかってしまった。雪が降ってからちょうど1週間である。機械などのを持たない家の周辺はまだ雪がかなりの量残っている。今週の後半は気温が上がるようだから、雪解けを期待するしかない。ところが雪解けと同時に、屋根からの落雪が起こるようになる。私の住む洋野町大野は、高い山もなくいわば高原状の地域なので、雪崩はあまり心配ないが傾斜の急な斜面では雪崩のことも心配しないとならない。いずれにせよ気象の変化になんらかの異常を感じざるをえない。
今朝も妻の担当で、厚揚げを使った炒め物、お魚はシマホッケ、それにホウレンソウのおひたしとカブとキュウリの酢の物。味噌汁はダイコンとフでした。
今日は午前と夜に会議がある。晩御飯は私が当番だが、手抜き料理を考えないとならない。午後は蔵の屋根の雪下ろしかな?どうも冬場は血糖が上昇気味(毎年そういう傾向)なので、できるだけ体を動かすようにしているのだが。
風野真知雄の「大江戸定年組」のシリーズの第2巻『菩薩の舟』を読んだ。隠居した旧友3人(とはいっても3人は50代なのだが)の前職は、町方同心、旗本、商人とさまざまだ。気力体力ともに自信のある彼らは手頃な隠れ家を手に入れて、江戸市中の厄介ごとに首を突っ込んでいった。第2巻では『菩薩の舟』、『森の女』、『青猫』、『幼なじみ』、『老いた剣豪』という題の話が盛り込まれている。江戸時代であれば、50代には「隠居」となるのだろうが、私は62歳で退職し「隠居」となった。幸い、米づくりを中心とした農業で毎日を過ごしている。60代まで働き続け、「毎日が日曜日」となっている同じ世代のことを考えると、やることが見つからないつらさは本当に大変だと思う。なにかこの「大江戸定年組」を読んでいると、現代のそうした世相が透けて見えるのである。
今日は朝一番で国保大野診療所で糖尿病の定期検査を受けた。やはり冬季は運動量が下がっているのでA1cの値が悪くなっていた。この間、除雪作業で体を動かしたのは来月以降のデーターに反映するので、「要観察」で経過を見ることになった。10時に診療所から戻って、車庫の屋根に登り雪下ろし。約1時間で下し終え、妻と義妹を動員して排雪作業。大野川の堤防にトラクターで持って行って投棄。雪が川の中を流れていく。昼まででこの作業を終え、午後からはこの雪で被害を受けたハウスなどを町議である妻を車に乗せて見て回る。最初の農家では、雪の重みでホウレンソウのハウスが見事にひしゃげていた。この農家の話では共済は2割しか補償してくれないので再建が難しいということだった。別の農家ではもっと被害が大きかった。山梨県などでは、国の助成も受て農家に援助の手を差し伸べるようだ。わが町の特産品とされている「雨よけホウレンソウ」を守るためにも町に援助の手を求めなければと思う。ある農家では、「議員が被害を見て歩くことが大事だ」と話し、がんばれと激励してくれました。
おはようがんした。除排雪も最終段階まできた。昨日は母屋の台所と居間の屋根(傾斜が緩やかで雪が落ちにくい)の雪を下し、ふちで固まっている氷を割って落としたので、水滴が落ちツララが伸びる状態はなくなった。雪があってできなかった煙突掃除もして薪ストーブの燃え方も改善した。あとは妻の車の車庫の屋根の雪を落として、これは川に投げにいかないっとならない。蔵の屋根は落としたところが花壇の部分で、気温が上がってとけるのを待てばよい。あとは母屋の一番上の屋根からおちた雪が脇の道路を塞ぐことが心配だが、その時の対応で良いかと思う。
今朝妻は、肉じゃが、塩サバの揚げ物、ホウレンソウのおひたし、サラダなどをつくった。昨日は妻が買い物に行ったが、何を思ったのかまた納豆を買ってきて合計5パックになった。いつもは買い物をほとんど私がやっているので、少し勘が鈍ったのではないかと思ってしまう。
今日は、地元の国保診療所でいつもの定期検査を受け薬をもらう。10時頃少し暖かくなってから車庫の屋根の雪を下し、午後の頭で処分するつもり。