東南アジア・ヴァーチャル・トラヴェル

空想旅行、つまり、旅行記や探検記、フィールド・ワーカーの本、歴史本、その他いろいろの感想・紹介・書評です。

エイドリアン・ヴィッカーズ 中谷文美 訳,『演出された「楽園」 バリ島の光と影』,新曜社,2000

2007-01-24 14:55:43 | コスモポリス
バリ島のイメージの変遷をめぐる歴史。

というと、ヴァルター・シュピース、ミゲル・コバルビアス、マーガレット・ミード、グレゴリー・ベイトソン、クリフォード・ギアツといった、綺羅星のごとき人類学者や芸術家のなまえが思い浮かばれる。こうしたヨーロッパ人にも1章が割かれているが、本書の扱う内容はもっと広い。

まず、オランダ人のバリ島発見から、1908年の主権獲得まで、オランダおよびヨーロッパ人の航海者・統治者によるバリ島イメージが説かれる。

次に、バリの王族・貴族による自らのイメージ。
東インド会社との戦いから、オランダ政府の保護にあまんじる地方領主になるまでの変遷が描かれる。

そして、20世紀になってからの、オランダの植民地官僚、学者、オリエンタリスト、芸術家、人類学者、観光業者、文筆家による「楽園イメージ」の創造が叙述される。

本書がすごいのは、この後だ。

第4章 苦境に立つバリ 1908年~1965年

ここで、オランダ植民地体制の完成、ナショナリズムの台頭、「伝統的」支配層の既得権益固執、「革命派」のリアクション、オランダとの独立戦争、共和国成立後のバリ島イメージの再生、観光開発が描かれる。
原著者が日本版の読者に向けて書いているように、原著者は、日本語が読めないし日本の研究者との交流もなかった。
であるために、日本側の大東亜戦争期の研究はまったく参照されていない。
そうではあるが、本書はこの時期の混乱した状況を知るには最適であるように思う。なんにしても、他に、この時期のバリを論じた本がないのだ。

第5章では、スカルノ時代、スハルト時代の観光開発が概観される。

本書p280より引用

バリの文化的生存をめぐる関心は、いくつもの異なった前提に依拠していた。固定した、真正で不変のバリ文化というものが存在するということ、その文化が不安定でまがいものの、バリ的でない文化にならないように保たれ、守られなければならないということ、バリ文化を保存することはバリ人のためになることであり、そのバリ人は一枚岩と考えられるということ、などである。

いや、まったく「クタ・ビーチは観光化してしまって、こんなところじゃ、ホントのバリのよさはわからない、けれど、山地にはむかしから変わらないほんとうのバリ人の生活があるんだ。」という、観光パンフレット、ガイドブックのものの言い方は、50年前100年前からあるのです。

英語圏の著者による著作に、「伝統文化」、「文化の保護」という言葉がでてきたら、わたしは一応眉につばをつけて読むことにしているが、本書の内容は、英語圏の著者が陥るハイプにはまってはいない。

著者はオーストラリアのサウスウェールズ生まれ、シドニー大学で学び、教師の職もつとめる。
本書は、オーストラリア人とインドネシア人の読者に向け、ヨーロッパ人・アメリカ人の見方を相対化する視点で書かれている。
同じ東洋の住民である日本人としておもうのだが、こういう研究者が日本の研究を知ってくれれば、もっと広い視野が開けるだろう。
(自分のギャグを解説するのもマヌケな話だが、「東洋の住人」というのは、オーストラリア人、インドネシア人、日本人をいうのですよ!)

訳者の中谷さんは、ウェブでざっと見たところによれば、バリ島における女性の地位、カースト、婚姻、家庭での地位、社会的地位を研究している方であるようだ。

わたしは、イヴァン・イリイチ流「シャドウ・ワーク」理論をなんでもかんでもあてはめるのはどうか、と思う男であるが、儀式・冠婚葬祭における女性の役割は、「女性の主体的な行動、日常生活における権威」であると捉えるよりは、無償の労働ととらえるべき要素が多いとおもう。
特に、バリ島のようなショー・ビジネス化した儀礼において、女性の労働は、不規則・長時間・低賃金労働と捉えるべきじゃあありませんか?

……というようなことを研究している方だと思う(著作、論文を読んでないので、勘違いだったらすみません。)。

ええと、それから、もうひとつ重要なこと。

以上の要約を読むと、観光地としてのバリ島は、インチキのハリボテみたいに感じるかもしれないが、そうではない。
本書を読むと、ますますバリ島に行きたくなる。
歴史的に形成された、人工の楽園としてのバリ島を見物したくなる。
う~ん、そういう意味では、本書も絶好のリゾート地ガイドですよ!


1 コメント

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Unknown (k_u_n_i_。)
2008-01-28 19:09:09
「スハルト」で検索したら、ここに辿り着いてしまいました。個人的にバリ島文化を研究しておりますが、この本は気になりつつも、まだ読んでいません。
大いに興味を持ち、是非とも読んでみようと思いました。有り難うございます。またお邪魔します。
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