東南アジア・ヴァーチャル・トラヴェル

空想旅行、つまり、旅行記や探検記、フィールド・ワーカーの本、歴史本、その他いろいろの感想・紹介・書評です。

山口誠,『ニッポンの海外旅行』,ちくま新書,2010

2010-08-28 00:17:30 | その他;雑文やメモ
うーん……。
帯にあるように、〈若者の海外旅行離れ〉の分析。1964年の海外旅行自由化から現在の不況時代までの変遷を旅行のタイプとガイドブックから分析する。

しかし、まず、若者=大学生という前提が無理じゃないのだろうか。
次に、20代の海外旅行が減っているのが事実だとして、どんなタイプの旅行であれ、自分の金と暇を使って行く旅行がほんとうに減っているのだろうか。

つまり、著者のいう〈買い・食い〉旅行であれ、〈貧乏旅行〉であれ、〈自分探しの旅〉であれ、はたまたずっと以前からの添乗員付き団体旅行であれ、旅行者(著書は消費者と呼ぶかもしれないが)の主体的な選択の旅行がそれほど減っているのだろうか。

20代の若者の旅行(正確に言えば海外渡航)が減っているのは、会社の研修旅行・慰安旅行など強制的な旅行が占める部分が多いのではないか。
あるいは、以前なら出張する上司のカバン持ちとして行くとか、婆さんの海外旅行に付き添うとか、得意先の招待旅行にお前替わりに行ってくれ、というようなタイプの旅行が不況で減ったせいではないか。

どんなタイプであれ、著者のいうところのバックパッカーや個人長期旅行はもともと出かける人数は全体の1%やそこらだろう。1%が0.5%になっても全体の減少には関係ないと思う。

それから、海外旅行のタイプの変遷として、『地球の歩き方』『オデッセイ』『旅行人』『ABroad』『個人旅行』『わがまま歩き』『るるぶ』などのガイドブックを材料にするのは妥当だろうか。
著者は『るるぶ』などの買物・グルメ情報ばかりのガイドが売れ、歴史や文化を紹介するガイドブックが消滅しようとしているように述べている。
しかし、昔からガイドブックは、買物・ホテル・レストラン案内が大部分であったはずだが。

『何でも見てやろう』『印度放浪』『深夜特急』、あるいは蔵前仁一や下川裕治・前川健一などに影響された旅行者がもし参考にするとすれば、旅行ガイドブックではないと思う。

たとえば、平凡社の「コロナブックス」、新潮社の「とんぼの本」シリーズなど旅行ガイドとして使える本はいっぱい出版されているでしょう。
河出書房新社の『アジア読本』、明石書店の『○○を知るための○章』シリーズ、中央公論新社の『世界の歴史』、なんでもありである。司馬遼太郎や塩野七生なんかも旅行ガイドとして読まれているんではないんでしょうか。

まるで、過去のバックパッカーは『地球の歩き方』だけ見て旅行していたみたいだ。
いや、みたいだ、じゃなくてほんとに『地球の歩き方』だけしか見てなかったのではないか、と同じ著者の
山口 さやか, 山口 誠,『地球の歩き方の歩き方』,新潮社,2009
を読んでいて感じた。

本書と『地球の歩き方の歩き方』で基本的な情報を知ったのだが、『歩き方』はもともと大学生向けパック旅行のための無料案内書から出発したのだそうだ。パック旅行じゃない個人自由旅行だと言われそうだが、事実上の団体旅行ではないか。別にそれが悪いというわけじゃない。ただ、そういう背景があると今頃やっと知っておどろいている。

『歩き方』を批判するわけではないが、あれこそ決まったコースを行くだけのパック旅行ではないんでしょうか。新潮社『地球の歩き方の歩き方』を読むと、創刊メンバーはつわもの揃いで、なかなか商売人でもあるようで、そういうベンチャービジネスの成功談として一読の価値はあった。
しかし、それと『るるぶ』や『ABroad』を対比して論じても説得力ないと思うんですが。

あと、たとえば『Popeye』から『ハナコ』までのファッションやライフスタイル誌、『山と渓谷』から『BE-PAL』までのアウトドア関係、『丸』から『ムー』までのオタク系(いっしょにして御免)、音楽や映画・マンガ、そういったメディアのほうが海外旅行のプラス要因として大きいわけで、ガイドブックだけ比較しても意味ないんじゃないかなあ。

そういえば、筑摩書房からも『週末から』というレジャー雑誌がでていたっけ。

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書評や本の感想からズレるが、いわゆる〈若者の海外旅行離れ〉の理由は、相対的な貧困が一番の原因だとわたしは考える。

相対的というのは、旅行をするための金がないほど貧乏だと言う意味ではない。20歳ぐらいの年齢を考えると、バブルの時代も不況の時代もたいして違いはないんじゃないか。
現在の20歳前後の若い連中が相対的に貧困なのは、携帯・パソコン・衣類・化粧品・コンビニ消費など、使った気がしないのに消えていく金が多く、それ以外のものに消費がまわらないのが原因ではないか。

さらに、海外旅行に限っていえば、旅行そのものの費用ではなく、旅行に行きたくなるための情報や知識を得る金がない。だから、めんどくさい海外よりも温泉にでも行ったほうがいい、という消費行動になるのでは。

それから、インターネットの影響としては、海外へのネガティブな感情があふれていて、旅行しようという気分を冷やすものがいっぱいある。
悪名高い某サイト(2ちゃんねるではありません)を覗くと、海外女一人旅など不道徳・破廉恥・国辱的なものだときめつけるような投稿が山のようにある。

中国人は反日的、インド人は詐欺師、東南アジアは不潔、白人は人種差別主義者、イスラム教徒はテロリスト、などなど海外旅行を危険・不衛生で貞操の危機と思っている人が大勢いるようだ。

さらに、20歳前後の若者の場合、親や家族の反対がすごいようだ。
だから、〈ボランティア〉だの〈短期留学〉だのと理由をつけて、団体旅行に参加する以外ないのが今の若者なのである。ははは、ざまあみろ。

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以下、本書の内容からさらに離れるが、

今後日本人の海外旅行は2泊3泊の短期旅行を除くと、どんどん減るだろうな。

むかしむかし、添乗員付き団体旅行で行った大正生まれの爺さん婆さんたちは、一人で着替えができない、枕が変わると眠れない、ナイフとフォークが使えない、洋式トイレが使えないなど、基本的な生活習慣がダメな人が多かったわけだ。

今後、日本の便利で窮屈な生活に順応した世代は、ヨーロッパだろうとアジアだろうと、不便な生活に耐えられないのではないか。
ウォッシュレットもない不潔なホテル、コンビニ食しか知らない舌にあわない気持ち悪い食事、乗物酔いに悩まされる移動、化粧品やサプリ食品やお気に入りの小物でいっぱいになったスーツケースを転がすことも難儀、という海外旅行はとても大金を出して行く気にならないだろう。

地球の歩き方どころか空港内(長いぞ)も歩けない人は海外旅行ができないということになるだろう。

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さらに身辺雑記になるけれど、旅行ができない状態で円高のニュースをみると、ひじょうに悔しい!この前海外に行ったときは、1USドル108円だった。とほほのレートである。

せめて海外へ行った気分になるため朝晩に水シャワーを浴びている。