メアリー・キングズリーの足跡を追ううちに、アリス・グリーンという人物にめぐりあった著者の、ここ4,5年の研究成果をまとめた著作。
アイルランド国立図書館の司書でさえ、「日本人であるあなたが、どうやって気づいたのか?」とたずねるほど、忘れられた人物が、本書の中心人物アリス・グリーンである。
ではそのアリス・グリーンとはどういう人物かというと、
歴史家の夫J.R.グリーンの著作を管理し、その印税でサロンを経営。
歴史家・自由党議員・女性参政権反対運動(女性参政権運動ではない!)・フェビアン協会派のたまり場になる。
その中で、メアリー・キングズリーと知り合う。
王立ニジェール会社、オイル・リヴァーズ保護領(ニジェール沿岸保護領)の政策に関与。
ここまではメアリーの応援者という立場。
南アフリカ戦争の捕虜収容所で看護活動をしていたメアリーの死。
その死の状況を調査すべく、南アフリアへ旅たつ。
さらに、ブリティシュ帝国各地に設けられた収容所のひとつであるセント・ヘレナ島で捕虜へインタヴュー取材・調査を開始。
ここで、「ボーア戦争」といわれた戦争の複雑な構造を知る。
ボーア戦争なんて、学校の世界史の授業で習ったきり、すぐ忘れる人が大部分だと思うが、この戦争はブリティッシュ帝国にとって、ものすごい大きなものだったらしい。
ちょうど、日本がブリティッシュ帝国の子分になって、日清戦争に勝ち、浮かれていた時期である。
東アジアのことは子分にまかせ、親分は南アフリカで忙しい。
もっとも親分はアフリカばかりでなく、全世界で絶え間なく戦争をしていたのだけれど。
ボーア人というのは、オランダ人の子孫で、農業・牧畜をやっている、貧しい農民である。
トランスヴァール共和国・オレンジ自由国(それにしても、勝手の名前をつけるもんだ)には、「オランダ人」という悪いやつらがいて、資源を独占している。
ヨーロッパから、義勇兵というのが参加している。ドイツ・イタリア・デンマーク・フランスなどからやってきた連中である。
以上がボーア側。
一方、ブリテン側には、本島からの軍、ケープ植民地や自治領(カナダ・オーストラリアなど)からの参軍、そしてアイルランド兵がいる。
アイルランド人はボーア側の義勇兵になっている者もいる。
ここで、アリス・グリーンはイングランド人によって、野蛮・臆病・残忍といわれて侮蔑されているボーア人の実態を知る。
メアリー・キングズリーが「アフリカ人の法と慣習を尊重する」態度と同様に、アリスはボーア人を利理解しようとする。
さらに、アイルランドに対するイングランドの無知に怒り、対抗する活動をはじめる。
著者の井野瀬さんが指摘するように、残念ながら、アリス・グリーンにはボーア戦争にまきこまれたアフリカ人に対する関心はない。
しかし、アイルランドへの関心・関与は増大し、アイルランド史の研究・教科書執筆にとりかかる。
最終章では、イースター蜂起への関与、ロジャー・ケイスメントとの関係が少々触れられているが、これらは、今後の研究で、じっくり取り組んでくださるはずだ。
ながながと、まずい要約読んでくれて、すまぬ。
ぜんぜん、わからなかったでしょう。
各自、自分で本を読むなり、ウェブで調べるなりしてください。
ええと、それで、本論よりもびっくりしたのは、
『王様と私』で有名な(有名なといっても、わたし自身はじめて名前を知った)アンナ・レオノーウェンスのことが書かれているのだ。
どういう女かというと……
もともと、あのミュージカルは、アメリカ人宣教師マーガレット・ランドンという人が書いた
Anna and The King of Siam というアンナ伝が元なのだが、そのアンナ伝はアンナの著作、
The English Governess at The Siamese Court,1870
The Romance of The Harem,1873
の2冊が元。(それにしても三文本的な煽情的タイトルだなあ)
ところが、1976年、アンナの息子ルイの伝記で、アンナの正体(?)が暴露される。
Britowe,W.S. "Lous and the King of Siam",1976.
というのがその息子ルイの伝記本。
これによって判明したアンナ・レオノーウェンスとはいかなる人物か?
ボンベイ近郊アーマドナガールで生まれる。
父は家具職人兼大工
母はユーラシアン(ヨーロッパ人とアジア人の混血)。
父はアンナが生まれる前に死亡。
母、東インド会社付属軍兵士と結婚。
アンナは無事じ成長したらしく、18歳で東インド会社経理事務員のトマス・レオノーウェンスと結婚。
長女エイヴィス出産(娘もいたのか?!)
長男ルイ出産。
夫は転勤をくりかえし、そんな中、ペナンで急死。
未亡人になったアンナはシンガポールで陸軍兵士の子女を教える学校教師を務める。
そうしているうちに、総領事からシャム宮廷での家庭教師を依頼される。
こうして、アンナの宮廷生活(?)が始まるわけである。
では、その後のアンナは?
それは、
Dow,Leslie Smith,Anna "Leonowens A Life Byond 'The King and I'",1991
である。
この本ではアンナのカナダでの活動が述べられている。
そして、「過去や出生をでっちあげた女」というラベルの影にかくれて不当に無視されていたカナダでの活動、たとえば、ハリフォックスでの美術工芸学校設立、ロシアのポグラム批判、慈善活動などを紹介しているそうだ。
へぇ~。
まるで、おしんのような波乱万丈の生涯ですね。
井野瀬久美恵さんはジーン・リースとの関連も指摘しています!鋭い!
井野瀬さんは、「白人女性中産階級は、ブリテン島の中で自生したものではなく、植民地との関係の中で創造されたものである。」と、主張し、このアリス・グリーンを扱った一連の研究の大テーマでもあるわけです。
こうした、巨視的な視点をもち、実証的研究をつづけている井野瀬さん、個人的に注目しています。
けど、アンナ・レオノーウェンスという人物については、わたしは、どうもエキセントリックな色物というイメージしかわかないなあ。
英語のウェブ・サイトをみると、後期の慈善活動を強調したサイトが多いようだし、アンナ自身の責任ではないが、映画『王様と私』のイメージは反省することなく、くりかえされている。
なんと、ジュディ・フォスター主演で『アンナと王様』という映画まで作られているんですね。
ビデオを借りてきて見たが、あまりのあほらしさに途中でやめた。
ジュディ・フォスター扮するアンナが王族の少年に『アンクル・トムの小屋』を勧めるシーンがあるのだ!
おいおい!
USAのアフリカ系にとって屈辱的な三文小説をタイの王族に勧めるのかよ!
知らない人のためにお節介な解説を加えると、この『アンクル・トムの小屋』はアフリカ系つまり黒人を侮蔑する内容のため、ほとんど禁書扱いである。小学校で紹介されることはない。図書館で推薦されることはない。
でも、ひそかに楽しみたい読者は存在するらしい。
エロ本を読むように、この小説を楽しみたい読書層を満足させるために、タイの王族に薦めるという設定をひねくりだしたのだろうか?
ああと、一応、カナダに渡ってから、アンナとストウは交際がある。めんどくさいから、ウェブで調べてくれ。
しかしなあ、どの面さげて、ブリティッシュ女がタイ人に奴隷解放を説教するというのだ?
虐げられたユーラシアン女のど根性か?
以上急いで書いたので、ほとんど意味不明の内容かもしれない。
なお、息子のルイは、この後タイに住み続け、木材(チーク)を商う事業をしていたようだ。
プラヤー・アヌマーンラーチャトン 森幹男 訳,『回想のタイ 回想の生涯』によれば、オリエンタル・ホテルの中に事務所をかまえていた時期もあった。王室関係の仕事をしたエピソードも紹介されている。