東南アジア・ヴァーチャル・トラヴェル

空想旅行、つまり、旅行記や探検記、フィールド・ワーカーの本、歴史本、その他いろいろの感想・紹介・書評です。

巌谷国士 ,『地中海の不思議な島』,筑摩書房,2000

2008-12-01 23:09:34 | アジア以外の旅行記
旅行の楽しみについて、しばしば言われる文切型がある。
いわく、旅でおもしろいのは、出会う人である、名所や旧跡などどれも同じようなもので二、三か所見たら飽きてしまう……。
一方でその反対の意見もある。
人がおもしろいとか、出会いが思い出深いというけれど、人なんて世界中似たようなもので、一時の出会いなど旅の楽しみではない……、というタイプ。

本書の著者・巌谷国士は、少なくとも著作を読むかぎり、モノや風景に飽くなき興味を持つ人であるようだ。
というか、膨大な文化的背景を読みとる教養があるため、遺跡から建造物、博物館の展示物、絵画、街路や街の構造、などなどいくら見ても見飽きることがない人物であるようだ。

普通はうんざりしてしまうよね。
本書のような旅は、そうとうに強靭な足腰と強靭な頭脳を備えている者でないと、続けられない。
わたしも、フランス語とイタリア語がしゃべれて、ラテン語とギリシャ語の素養があり、古典時代から現代までの思潮と文学に通じていたら、本書に紹介されているような地中海の旅をしてみたいもんだと思う。
(決して皮肉やヤッカミではなく)環境破壊と人口減少後の世界を歩き、過去の文明に思いを馳せるのも風流であるし、海の幸と乾燥台地の幸を肴にワインを傾けるのもいいだろうなあ。

*****

本書は実際に旅をしたのが1990年代後半、各節の日付は執筆の日付であろうが、旅行期間もほぼ同じ時期と思われる。
『ヨーロッパの不思議な町』から続く紀行シリーズ、写真も著者自身の撮影。

当然であるが、地中海地域を歩くにも体力とスキルは必要であり、写真を撮って資料を整理するにも技量と経験が必要である。
けっして書斎の中の旅行ではないだろう。
著者の旅の楽しみも、写真で写されたものばかりではなく、乾燥した空気、強い陽光と影、波の香や寒風、石畳のでこぼこや坂道など、五感で感じるものがむしろ大きいのではないか、という気もする。
紀行文として読むと、歴史と文明を語る材料がいくらでもあり、地中海の歴史の深さ(というより、研究の深さかな、)を感じる。悔しいが東南アジアとは違うな。