東南アジア・ヴァーチャル・トラヴェル

空想旅行、つまり、旅行記や探検記、フィールド・ワーカーの本、歴史本、その他いろいろの感想・紹介・書評です。

横塚眞己人 文・写真,「西表島のマングローブ」,2007

2007-12-29 20:08:13 | 自然・生態・風土

『月刊たくさんのふしぎ』2007年7月号(第268号)

これはいい!
マングローブについては、学術的専門的書籍から〈地球にやさしい〉とかなんだらかんだらほざいた気色悪いインチキ本までいっぱいあるが、まず、これを見よ!

西表島はマングローブ帯として北限に近く、つまり東南アジアのような核心域ではないわけだが、著者のカメラと文章でマングローブ世界の入口となっている。

ほんとにいい写真だ。水中写真からマングローブ帯の動物、胎生種子がぷかぷか流れるところなど、うっとりする。

著者(よこづか・まこと)は西表島に10年間住んでいたいた方、タイやマレーシアも歩いているようです。
環境保護がどうのこうのという言明を避けて、まずセンス・オブ・ワンダーという姿勢の「月刊たくさんのふしぎ」福音館書店、定価700円、40ページ。

押川典昭 訳,プラムディヤ選集4・5,『すべての民族の子』,上下,めこん,1988

2007-12-27 23:01:58 | フィクション・ファンタジー

『足跡』の項で、全4部作の第2部で中断と書いたが、この第2部『すべての民族の子』も無事読了。
これで全4部を通読した。
みなさまがたは、ちゃんと、1部2部3部4部と順序よく読むように。
というか、それがあたりまえですね。

オランダ東インド政庁というのは、日本の江戸時代のような身分制社会だったと納得。
それを崩すには、フランス革命思想や自由民権、共和制という西洋伝来の魔法を導入しなければならなかった、というのも納得。

蒸気機関車や自転車というような、まがまがしく、人々を幻惑する魔法も同時に伝わる。


内澤旬子,『世界屠畜紀行』,解放出版社,2007

2007-12-27 22:47:06 | フィールド・ワーカーたちの物語

内澤旬子,『世界屠畜紀行』,解放出版社,2007

超おすすめ、ことしのベスト!
このタイプの本、要約しても無駄だし、ただただ著者といっしょに楽しむだけ。紹介・レビューしにくい本だな。

『東方見便録』(小学館,1998、当ブログでレビュー済)や『センセイの書斎』(幻戯書房,2006)と同じスタンスで書かれ、同じように楽しめる。
アウトドア派であり書斎派(?)、文武両道のイラストレーター。

『本の雑誌』2008年新年号で、2007年の出版関係者・書評家のベスト・スリーが掲載されている。そのなかで、最相葉月さんが、ベスト3にあげている。
最相さん自身の『星新一 一〇〇一話をつくった人』,新潮社,2008も今年のベスト10級。
SF関係者や出版関係者ではない書き手によって、最初の基本的伝記が書かれたのは、星新一にとっても読者にとっても、ひじょうにラッキーだった。

杉原たく哉,『しあわせ絵あわせ音あわせ』,日本放送出版協会,2006

2007-12-24 23:00:43 | 基礎知識とバックグラウンド

NHKラジオ中国語講座テキストに2003年4月から連載。

わたしのブログで東南アジアを中心に書こうと思ったのは、中国関係があまりに膨大で、ある種うっとうしさを感じるからである。
歴史関係は史料も研究者も格段に多いし、外交問題・経済問題も玉石混交の本があふれている。書画から料理まで文化の中心。
すごいと思う反面、風とおしが悪くて、息がつまってしまう。

それでも、本書のような本を手にとると、やはり中国関係は、研究者やライターの層が厚くて、文化は底知れないなあ、と思い知らされる。

副題「中国ハッピー図像入門」。
図像学(ずぞうがく)の基礎も解説されていて初心者にとってありがたいが、それよりなにより、あふれるような(うっとうしい)パワーに圧倒される。
著者の軽い文体(しかし、しっかりした知識にささえられたものだ)の案内で、読者は目をたのしませ、奇っ怪なイメージに驚き、笑ってしまう。
たとえば、こんな調子。

〈〔江戸城の〕松の廊下には浜松図によって「夢のパラダイス」の意味付けがなされていました。私たちが、部屋の壁にハワイやタヒチの美しい砂浜のポスターを貼るのと似ています。パラダイスで刀を振り回した浅野内匠頭も問題ですが、楽園のビーチに来てまでネチネチとイジメを繰り返していた吉良上野介は、もっといけません。「御両人がハッピー図像のお勉強をしていれば」と悔やまれるところです。〉

うーむ。奥が深い。アホらしさやマヌケさを楽しむという姿勢を含め、中国関係は深い。
しっかり文献(中文)がよめる著者は、初心者のために、日本の文物や人名を含めて、ちゃんとふりがなをふってくれる。ときどきピンインもついている。ありがたい。
ただ、画竜点睛を欠くのは、書名のよみかたが奥付にない!
NDL-OPAC によれば〈シアワセ エアワセ オトアワセ〉なのだが……、これでいいの?

奥野修司,『ナツコ 沖縄密貿易の女王』,文春文庫,2007

2007-12-20 22:04:52 | 移動するモノ・ヒト・アイディア

親本2005.もう文庫になった。
こんな作品は、文庫もすぐ品切れになるから要注意。

ああ、こんなふうだったのか、と納得。
なにを納得したかというと、たとえばスルー海域やマラッカ海峡の海賊、珊瑚礁やマングローブ帯に突然出現しては消えていく港市。
そんな歴史のはざまの海域世界がイメージできた。
小説『ハイドゥナン』で描かれたような辺境の極貧の地、というイメージでは解けない海域世界が描かれる。

アメリカ軍政下の南西諸島。本土と行政分離され輸出入を禁止された状況で、〈ケーキ(景気)時代〉と呼ばれる密貿易時代があった。占領開始から1952年ごろまでの6,7年。
その波乱の世の中で、ナツコとよばれたひとりの女性のものがたり。
住民自身が非合法の裏稼業ととらえ、よそ者にはなかなか口を開かない世間にはいりこみ、気長に取材した労作である。

ナツコという女性が短い一生のあいだに巡ったのは、以下のようなところ。
与那国島・久部良(くぶら)・祖内
奄美諸島・石垣島・岡前
沖縄本島の糸満・本部半島・那覇
フィリピンのマニラ
台湾の蘇澳(スーアオ)・台北
本州の神戸・和歌山市の和歌浦
香港

商品は、東沙諸島で採れる海人草(かいにんそう)、台湾からのコメ・砂糖とペニシリン・ストレプトマイシンなど医薬品、米軍基地から盗んだ衣料品・タバコ、本州からのアワビ・ナマコやミシン・アイロンなどの工業製品、さらに香港経由で大陸への非鉄金属(薬莢)へとかわっていく。
輸入統制の狭間をすりぬけて、密輸商売は巨大な稼ぎとなっていく。

同時に、糸満の門中(もんちゅう)という同族の結びつき、結婚した相手の一族とのトラブル、ナツコのふたりの娘、同業者との関係も描かれる。

京大探検者の会 編,『京大探検部 【1956-2006】』,2006

2007-12-20 21:39:04 | 20世紀;日本からの人々

発足当初の目的は、とにかく日本を脱出すること。学術調査もパイオニア精神もその後のことで、まずビサを取得し、資金を集め、海外へとびだすこと。
これだったのだ。

ということは、海外渡航が自由化され(あくまでも手続き上で、資金の問題は残る)、文部省の海外調査予算ができたあとは、初期の障害はなくなり、探検隊の意義は変わってしまった、ということ、そういうふうにわたしは読んだ。

設立までのトラブルは本多勝一が執筆しているように、山岳部的な岩登り派との確執があった。
それから、今西錦司という人は、やっぱり桁はずれというか、ヘンな人で、この人は人間のいない場所でも一番乗りすることに意義を見出すタイプであるようだ。
探検部全体に多大な影響を与えた人物であるが、後の各隊員が活躍する分野とは違う方向の人物である。そういうこと。

高谷好一が初代プレジデント(部長のようなものか)だったというのは、初めて知った。イランへ行っている。
高谷好一を含め、本多勝一・石毛直道など後に東南アジア方面でさまざまのフィールドワークをする連中が初期の探検部員である。その初期のようすを知る上でおもしろい本。高谷好一は執筆していない。

ケネス・ラドル、石毛直道,『アジアの市場』,くもん出版,1992

2007-12-20 21:37:43 | フィールド・ワーカーたちの物語

これを見ればアジアのイメージがつかめる超おすすめ。
しかし、企業メセナのつもりなのか、こういう大判の本を出してもらっても、図書館でみるだけですね。みなさんも図書館でどうぞ。
初出は『季刊民族学』1984年秋―89年春まで全16回連載。

『魚醤とナレズシの研究』のコンビが、各地の市場でバシャバシャ写真をとり、特色を述べたもの。発表当時つまり1980年代半ばの旅行であるから、今からみて古い部分があるが、かえって貴重な記録になりそう。
場所の選定がいい!
漁業がさかんな淡水域が多いのだが(例外はセブ島と石垣島)、それらと対極的なウルムチ・長春も紹介。

以下、ざっと
ベトナム;ハノイのドンソン市場、ホーチミンのベンタイン市場で南北差がみえる。
カンボジア;プノンペン、内戦の影響が濃い時期
タイ;北・東北・中部・南と全域さらっと。
セブ島;マンダウェイ市場、階層による食生活の違い
ジャワ島;バンドン・チレボン・スラバヤとプカランガン
西ジャワ;スカブミ養殖魚専門市場、プロの市場
シンガポール;団地の中の市場など多民族・他宗教の都会
バングラデシュ;コクセスバザールとチッタゴン丘陵
ウルムチ;オアシス農業
長春;自由市場、開拓と食料事情
広州;清平路自由市場、珠江デルタの養魚、野味
香港;小販
韓国;ソウルほか、キムチと塩辛、定期市の歴史
石垣島;公設市場

最後の石垣島がほかに比べて異様に淋しい……

佐々木高明,『南からの日本文化(下)』,日本放送出版協会,2003

2007-12-20 21:36:46 | フィールド・ワーカーたちの物語

下巻の一部だけレビュー。
フィリピン・バタン島のイトブット(Itbut)村、1970年の調査。
ヤムイモとサツマイモを主作物とする輪作畑作農耕の村。

イモを栽培するさい、ニワトリやブタの血を供犠する儀礼がある。著者の推定によれば、これは古い時代の雑穀ないしは陸稲焼畑の儀礼が根菜農耕に起源があるものである。

フィールド調査とともに、ふたつの日本からの漂流記録も参照される。
寛永年間(1660年代)と天保年間(1830年代)の記録である。
この2種の漂流記録から、過去の農耕や儀礼、食物調理を再現する。

サツマイモはスペイン人の渡来とともに持ち込まれたようだ。
過去の記録にアワ栽培の記録はない。
大型獣つまりブタ・ウシの供犠がある。
サトウキビからつくった酒やキンマも天保期には記録されている。

*****

台湾・屏東県・霧台(ブタイ)郷・去露(キヌラン)村での1971年の調査。
まったく平坦面がない村で、斜面の焼畑でサトイモ・アワ・サツマイモ・ラッカセイを主作物とした農耕。
ここではアワの栽培にさいして禁忌や儀礼があり、アワモチやアワ酒などハレの食品として意識されている。

しかし、収穫量や日常重要な作物は、サツマイモでありサトイモである。

*****

というように、照葉樹林帯からはずれた、根菜農耕を主体にした焼畑民のあいだでも、アワや雑穀栽培にみられる儀礼が存在する、ということ。
一方では、おそらく古層の文化である動物供犠の儀礼も残っている。
そして、新大陸産の作物であるサツマイモ・トウモロコシ・ラッカセイなどが日常の作物として、収穫量も消費量も多くなっている、ということ。

なんかあたりまえのことばかり書いているようだが、〈照葉樹林帯〉の核心域での調査が困難な時期に、メラネシアやウォーレシアに共通する生態を調査したことが、のちに〈照葉樹林文化論〉を訂正・発展させるさい、視野をひろげることになったと思う。

それからやはり、日本文化と結びつけた議論よりも、ブタや水牛のいる村、トウモロコシやサツマイモといった新大陸産の作物のインパクト、キンマやサトウキビ酒など日本列島にない文化、そういうことを含めたフィールド調査話のほうが、わたしには興味があるのだが。

佐々木高明,『照葉樹林文化とは何か』,中公新書,2007

2007-12-20 21:35:32 | フィールド・ワーカーたちの物語

決定版だ。
もう、これ以後、照葉樹林関係の本を読むのはやめる。
これ一冊で終わり。

中尾佐助という人物は偉大だ。
彼の提唱した仮説、仮説だよ、仮説!照葉樹林文化論は、その後のフィールド・ワークで検証され生態にかたどられた物質文化である。中尾佐助の仮説は正しかった。
しかし!
〈東亜半月弧〉というような魅力的な命名は、少々むりがある。実際は、アッサム・雲南から日本列島西部まで続くのはたしかだが、広大な長江以南の地域も含んでいる。
江南では、歴史時代に照葉樹林帯が消滅したように、雲南・貴州の山地からも照葉樹林は消滅している。
残ったブータン・シッキムから西日本のわずかなポケット地帯から証明された仮説である。

では、中尾佐助はなぜこの魅力的な仮説を考えたか。
それは、(ここからがわたしの判断だが)やはり、中国と日本の伝統を切り離したかったからだろう。
ちょうど、江上波夫の〈騎馬民族説〉が、シナ文明と日本列島を切り離したかったのと同様のメンタリティだろう。
〈騎馬民族説〉はトンデモだが、照葉樹林文化はたしかに存在し、実証できた。
しかし、それを、日本文化の起源とか、日本人の源郷ととらえるのは、やはりおかしな方向へいってしまう。

わたしとしても、日本列島に共通する文化として、ヒマラヤ山麓東部まで続くものがある、とする説には感動するが、それのみを日本文化の源流とするのは誤りである。
また、こちらが重要だが、ヒマラヤ山麓東部から東南アジア北部、華南、台湾までを、日本文化のルーツとしてだけ強調するのは完全におかしい。

さらなる間違いは、照葉樹林文化と稲作を結びつけたことである。
その点は、本書の研究史と第3部の対談にくわしいが、やはり照葉樹林帯の文化として稲作をとりあげるのはむりがあったようだ。

誤解をさけるためにつけ加えると、現在の照葉樹林帯では、稲作は重要な要素である。しかし、日本列島で稲作が重要であるのは移入文化であるのと同様、かの地での稲作も移入文化である。

という基本をしっかり認識するために読むべき本。
ほんとに40年間よく研究してくだすった。