東南アジア・ヴァーチャル・トラヴェル

空想旅行、つまり、旅行記や探検記、フィールド・ワーカーの本、歴史本、その他いろいろの感想・紹介・書評です。

猪俣良樹,『パリ ヴェトナム 漂流のエロス』,めこん,2000

2009-05-03 18:59:10 | コスモポリス
題名から何の本かわからないが、『日本占領下・インドネシア旅芸人の記録』,めこん,1996に続く、ボードヴィルやステージ・ショー、ポップ・ミュージックに関する著作の第二弾である。
ベトナムの長編抒情詩『金雲翹(キム・ヴァン・キェウ)』のキェウを演じた幻の歌姫を捜す旅の記録。

取材日時が明記されていない、小説のような語り方である。香港返還直前というから、1997年頃の取材だろう。最初のサイゴン行きで、著者は通訳の〈マダム〉と知り合い、彼女とともにサイゴン周辺の南部を取材する。そして、最終的にキェウの生まれ変わりのようなマダムと著者の関係はまるで物語のように進むのだが……。

サイゴン、ハノイ、パリ、ロサンゼルス、と幻の歌姫を捜す旅が語られる。実は、本書に登場するのはほとんどが旧南ベトナムの人々。サイゴン解放によって国外に逃亡した人々、あるいは対米戦争後にサイゴンで苦しい生活をおくる人々なのである。戦争に負けた側の心情とでも言おうか。
そしてまた、著者の捜す歌姫は、時代遅れの〈封建的〉な女性像であり、廃れゆくステージ・ショーの残骸でもある。

このように複雑な構成であり、小説なのかルポルタージュなのかわからない語り方であるが、キェウが運命に翻弄される主人公であるように、ポピュラー・カルチャーやステージ・アートも、政治的正しさやイデオロギーに翻弄されながらも、政治や支配イデオロギーを超えた存在である、と読者にうったえる一冊。
このようにまとめてしまうと、本書の持つ微妙な陰影が伝わらない。誤解されそうだ。つまり、植民地化の屈辱や退廃、前近代的な女性観など、一見ネガティヴな要素を超えた魅力が大衆文化にあるってことだ。
うーん、こう言ってしまうとさらに誤って伝えてしまうな。

出版社めこんの本の中では、目立たないものですが(著者のウェブ・サイトによれば、日本一売れない作家であるそうだ)、ご一読を!


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