元ライターの小説家への道

僕もまだ本気を出していません。

北野武の「全思考」を読んだ。<第一章>

2011年12月18日 23時33分52秒 | 日々雑感
「THE MANZAI 審査に不満の声も」

 審査には不満はなかった。客席の芸能人がチョイチョイ映るのがウザかった。ワイプで良いじゃん。個人的にはスリムクラブが一番面白かったんだけど、誰も何も言わないということは順当なのでしょうね。宗教と資格が面白かったんだけどな。

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 北野武の「全思考」を読んだ。自分と同じような考えが書かれていたり違ったりしたので、うんうんと頷いたり否定したりしながら面白く読むことができた。そして自分の考えや感じたことを綴ってみたくなった。

 第一章は<生死の問題>。北野武は学生の頃、死に関して恐怖感を抱いていた。母親に言われた通りに生きてきて、世の中でやりたいことを何ひとつやっていないし、残してもいない。そんな状態で死んだら、自分という存在が何も残らない。それにすごい恐怖を感じる。知人の死などからそういうことを感じて、すごい天気の良い日に新宿で大学を辞めることを決意したそうだ。

 僕の場合は北野武とは異なる死を高校生の頃に考えていた。自殺に対する魅力。学校生活に絶望を感じていたわけではない。純粋に死んだらどうなるのだろうという好奇心に捕らわれていた。もし死んで霊魂的なものに変化するのなら、その状態がどんなものか知ってみたい。もし死後の世界なんてなく死んだらすべて終わりだというなら、それはそれで無という状態と一体となりたい。そんな風に考えていた。

 特に理由もないのに、軽い気持ちで死んでしまうというのに憧れていた気もする。何度かやろうかなと考えたこともある。結局、行動はまったく起こさなかったが。ただ数年後に発売される「完全自殺マニュアル」が、当時の僕が読んでいたらやばかったかもしれない。あの本を読んで自殺をした人がいると聞いたことがあるので、僕も未遂くらいはしたかもしれない。

 けどまぁ結果的に何もしなかった。理由は「どうせいつか死ぬんだから、寿命まで生きてからでも良いかな」と。まぁそんな感じだった。けど今でも僕の中では死に対する覚悟のようなものができており、もし医者から「あなたは明日死にますよ」と言われても取り乱すことはないと思う。ただ死生観は気分によって変わり、子供の成長をずっと見ていたいから長生きしたいなぁなんて思ったりもする。

 あとは適当に書くけど、死後人間はどうなるのか?という答えは自分なりに持っており、昔は「死んだらすべて終わり」と考えていたが、今はその考えだけはしないようにしている。そう考えてしまうと思考が停止してしまう。天国や地獄があるという話でもいいし、霊的なものになるでもいいし、何かこねくりこねくり考えるようにしている。

 いまは死後の世界があると仮定して、そこで先輩の霊から死因を聞かれた時に「癌で死にました」とか言うのは「格好悪いなぁ」なんて考えてる。マシンガンで蜂の巣にされるとか、コンピュータが狂って宇宙に放り出されたとかだと、そういうのは一目置かれるかな~とかね。

 北野武は地球最後の日に立ち会えるとしたら屋根に上って「さぁ来やがれ!」と思うらしいが、それも良いかなぁと思う。

つづく。自分のために。 


全思考 (幻冬舎文庫)
クリエーター情報なし
幻冬舎
コメント
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