うたのすけの日常

日々の単なる日記等

うたのすけの日常 新聞記事のスクラップノート131

2012-11-30 05:12:12 | 日記
          
          僅か40年前に日本もテロの嵐が吹き荒れていました

            

 昭和49年8月30日昼過ぎ、昼休みでにぎわう東京・丸の内にある三菱重工会社1階ロビー付近で若い男が仕掛けた爆弾が大音響とともに爆発しました。付近のビル街の窓がこなごなに吹っとび、一帯に白雲がたちこめ、通行人や昼休みのサラリーマンなど6人が死亡、119人が重軽傷を負う大惨事となりました。
 まるで今日のシリアやガザの惨状そのものであります。警視庁と丸の内署は、爆発直前に三菱重工に、若い男の声で「爆弾を仕掛けた」との予告電話がかかってきたこと、爆発現場に爆弾が破裂したとみられる跡があることから、爆発は爆弾と断定、過激派などによる計画的な犯行とみて犯人の追及を始めました。
 なお犠牲者は増えて、企業爆破ともいわれて死亡8名、重軽傷385名にのぼりました。そして昭和51年(1976)3月2日AM9時2分に北海道庁の1階エレベーター付近で爆発があり、出勤途中の職員2名死亡、80人余りが重軽傷を負っています。
 この惨事は当時小生は、9時2分出勤途中の職員、そしてエレベーター付近で爆発というニュースを奇異に感じましたのでよく覚えております。

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3 コメント

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Unknown (■かわぐち えいこう)
2012-11-30 10:59:37
道庁爆破後は、北海道新聞などが狙われるといわれていたそうです。当時私の妻はその新聞社の函館支社で受付嬢をしていました。出入りする人をよく観察しなさいといわれていたそうですが、その中で購買部にアイスクリームを配達する丸刈りの男性が、一番目つきが悪かったといってました。その男性が私の高校時代の同級生だったのです。ずいぶん経ちそれが判明したのですが、友達もあの受付嬢がお前の妻かと知っていました。たぶん怪訝な目つきをされたので知っていたのでしょう。世の中不思議なめぐりあわせです。
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Unknown (うたのすけ)
2012-11-30 11:10:48
今日は。
そうでしたか。
まったく大変な騒ぎが続きました。
受付をなさっていたとは、ずいぶんと神経を使ったことでしょうね。
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Unknown (■かわぐち えいこう)
2012-12-02 11:55:39
そうなんです。当時は神経疲れでかなり痩せていました。私と結婚してからは緊張がほぐれ、めきめき体重が増えました。結婚したのが昭和49年ですから。
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