あすか共和国の興亡2
(2)
そのときテレビが丁度事件の放送を始めるところだった。
「ここで放送を中断してただ今入った強盗事件についてお知らせします。本日九時ごろ「安全第一銀行」の現金輸送車が日本橋支店の通用門口で、数人の武器を持った男たちに襲われ現金を強奪されました。怪我人が出たかどうだか不明。また被害金額は判っておりません。通報を受けた所轄署はただちに緊急配備をし、隣接する警察と連携、非常線を張り犯人の車の行方を追っております。犯人の車は黒の大型の四輪駆動車の模様」「新しいニュースが入りました。犯人の車は国道ろ号線あすか市の交差点の検問で発見され、逃走を続けましたが、新興都市のあすか市あすか町一丁目一番地の国道い号線の路上で、パトカーに包囲されましたがそれを躱し、近くの民家の庭に進入、そのままその民家に逃げ込みました。警察は周辺の交通を遮断、その民家の周囲を完全に包囲。犯人逮捕に万全を期しております。それではここで、警視庁記者クラブからこれまでに警視庁に入ったニュースをお知らせ致します」「こちら警視庁記者クラブです。警視庁では現金輸送車襲撃事件が人質事件に発展しかねない状況と危惧しております。警視庁では警視庁、日本橋署、あすか署の合同捜査本部をあすか署に設置、事態の早期解決を期しております。以上警視庁からでした」
昭島 「お二階さんもこれで事態を呑み込んだろう」
沢田 「パニックを起こさなければいいが、とにかく女と子供だけだからな」
島元 「それは心配ないだろう、あの秋田夫人一寸苦手だが他(ほか)のもんを上手く統率していくよ」
沢田 「はっきり言ってこっちも頼りにしたいぐらいだ。見通しは明るいぞ昭島」
昭島 「よし、それを祈ろう。では反省と今後の対策だ。はっきり言って甘かった、あんなに早くパトカーが動員されるとは。銃の発射も頂けない。しかし、かろうじてシナリオ通り第一関門はクリアした。屋敷の様子も事前の調査以上に完璧だ」
沢田 「昭島、反省はいいよ、今更どうしようもない。近所の下見も完璧だった。それよりはっきりしよう、俺は作戦遂行、後へは戻らん」
昭島 「よし、長期戦だぞ、文字通り籠城だ。人質がその間耐えられるかどうかが問題だ。彼女たちを苦しめるのはこっちもちと辛いな」
沢田 「何を今更、リーダーらしくないぞ」井沢 「そうだよ、彼女たちにとっちゃ思いもしない災難だが…しかしこれも予測のうちだよ昭島」
昭島 「元井と代田はどうだろう」
島元 「目的完遂を躊躇(ためら)っているのか昭島。お前はリーダーだ、しっかりしろよ。俺たちの決意は揺るがないぞ」
田代 「俺もだよ。元井も代田も決意は変らん筈だよ」
昭島 「すまない、弱気を覗かして。挫折したら、単なる現金強奪犯で終りだ」
沢田 「当たり前だよ」
皆一斉に、真剣な形相ながら安堵の息を吐(つ)いた。
昭島 「よし、今後は人質の協力、なかでも人質のリーダーの秋田夫人の資質に賭ける。四月一日作戦開始だ」
無線の呼び出しが鳴る。島元が無線を取り、
島元 「元井か、どうした、門扉のパトカーが下がった、なに、装甲車が三台横並んでその背後に警官が大勢、判った、顔は出すな。代田に伝えてくれ、予定通り四月一日作戦を取ることを再確認した。決定だ。異存はないよな。なにを今更か、はははっ、よし、監視を続けてくれ」
昭島 「さて今後の作戦だが、これは戦争だ。作戦の指揮は勿論予定通り、沢田お前が取ってくれ。なにしろ専門家だからな。サブは島元だ。俺は夢を練り上げる」
島元 「よし、受けた。みんな沢田の指揮に従おう」
沢田 「いいかい、警察はまだなんの打つ手もない状態だ、俺たちの出方を模索して動きを待っているんだ。だから俺たちは沈黙を続ける。警察は先ず俺たちの身元を懸命に探る。これは時間の問題だ、間もなく割れる。その出方を見て行動だ。行動というより要求を出す」
井沢 「身元が直ぐ割れるって?」
島元 「沢田と俺の線からだよな」
沢田 「そうだ」
テレビが新しいニュースを始める。「ここで現金輸送車襲撃事件の続報をお知らせいたします。事件は思わぬ方向に展開し始めました。本日防衛庁より警視庁に陸上自衛隊ヨルカ駐屯地の兵器庫から、自動小銃5丁、ライフル銃2丁にそれぞれの相当の弾薬、爆薬、それに手榴弾1ケース12個が盗難に遭ったという事実が、自衛隊からの被害届で明らかになりました。これらの武器が襲撃に使用された疑いがいまのところ捜査本部では濃厚と見ております。なお犯人たちの立て籠もった屋敷はあすか市あすか町一丁目一番地、外務省事務次官秋田成人氏の邸宅であることが判明いたしました。現在人質の人数性別は不明です。また確定的な犯人の人数も判っておりません。邸宅は静まり返り、中の様子は全くうかがい知ることは出来ません。しかし犯人たちが強力な武器を携帯していることは、間違いありません。合同捜査本部では憂慮を隠しません」
沢田 「よし、警察側にたってミーティングだ。まず俺たちの身元の捜査といこう、いいな、俺が仕切る。ヨルカ自衛隊の報告では本日早暁武器庫からニュースにあったような武器が消えているのが発見された。同時に2等陸尉沢田と彼の部下島元陸曹長の二名が昨日から帰隊していない、即ち姿が消えた」
島元 「島元は沢田と同郷で四国瀬戸内海大豆島の壺井高校の同級生。高校卒業と同時に自衛隊に入隊」
沢田 「一方沢田は高校卒業後防衛大学に入校、卒業後3等陸尉に任官。ヨルカ駐屯地に配属まもなく2等陸尉に昇級」
島元 「島元は沢田がヨルカに配属されると同時に、大豆島駐屯地よりヨルカに転属願いを出し、沢田2等陸尉の直属部下となる」
昭島 「沢田は防衛大学時代から射撃の才能に恵まれ、次期オリンピックのライフル射撃部門の有力優勝候補と目されている。これが問題だ」
沢田 「沢田の交友関係を洗い出したか」
井沢 「沢田の高校時代の仲間は総勢七名。揃って秀才で地元の新聞で小豆島の二十四の瞳をもじって十四の瞳と騒がれました」田代 「沢田と島元をのぞく五名は現役でT大に合格。留年することなく去年卒業、しかし就職することなく、現在の職業は不明。おそらくフリーターをしているのではないかと推測されます」井沢 「七名の顔写真は入手済みであります」田代 「T大組五名は一昨年の夏、沢田2等陸尉の斡旋でヨルカ駐屯地に体験入隊をしております。それも半年間にわたる長期合宿訓練を受けております」
昭島 「なにいぃ、自衛隊なに考えてんだ」
島元 (薄笑いを浮かべて)「恐らくT大出の自衛隊入隊を期待したんでありましょう」
昭島 「まさか実弾射撃訓練まではさせていないだろうな」
沢田 (笑いながら)「沢田のことです。やらしたものと考えるべきです」
昭島 「あはははっ、そうだったな。」
井沢 (姿勢を正し真面目な顔で)「その事実関係は自衛隊に強硬に正すべきだと思います。部下の命にかかわる問題です。手榴弾の投擲訓練もしたかもしれません。(一同声を出して笑う)井沢という男が一人黙々と車輌の操縦に励んでおりました。自衛官が呆れるほどの腕前だそうです」(皆笑う)
昭島 「パトカーがあっさりかわされたのも無理ないな」(井沢、にんまり笑う)
沢田 「これで犯人の人数、身元も確認、顔写真も入手、携帯武器も判明した。あとは人質の人数身元だが」
田代 「それも逐次情報が入っております。占拠場所は外務省事務次官秋田成人邸。秋田邸では四月から六年に進級する小学生翔太君の誕生祝いのパーティが九時頃から、複数の友達とその母親が招かれて催されておりました。今確実な人質は母親の次官夫人と翔太君、それにお手伝い。招かれた母子の氏名住所人数は確認を急いでおります。なお現金輸送車身襲撃の際に、銀行員、警備員にはなんら被害はありません」
昭島 「それはなによりだ。被害金額は判明したか」
井沢 「一億一千万円です」
島元 「人数の割りには少ないな」(一同苦笑いする)
沢田 「あとは犯人がなにを要求してくるか、まずは投降をあらゆる手段をこうじて勧めることだ。言うまでもないが人質の身の安全が優先だ、そして現場の警官たちから犠牲者を出さぬことだ。これは人質の安全と共に徹底させるのだ」
無線の呼び出し音がミーティングを中断する、沢田おもむろに無線機を取り出し、
「どうした元井か、ヘリコプターが飛来して来る、テレビ局か、心配ないさ、単なる取材だ。やじ馬だ、ほっとけよ」「さっ、ミーティング続行だ」
島元 「犯人の住所勤務先を洗いだし、直ちに家宅捜索に入るんだ」
沢田 「親兄弟、近親者の確認を急げ」
島元 「親兄弟による投降の説得ですか、それは今どき流行らないんじゃないか。なにしろ親子断絶家庭崩壊の時代だからな」
昭島 「いや、たとえ浪花節でもお涙頂戴でも、あらゆる手段を尽くしたほうがいい」
また無線が入る、沢田が取る。 「ヘリは狙撃を恐れているらしく、高く飛んで建物の周りを旋回してるだけか、どうりでヘリの音が低いわけだ。だが姿は見せるなよ、当分隠密作戦だ」
井沢がおどけた口調で話を続ける。
井沢 「只今、犯人が秋田邸に乱入した経緯の報告が、現場の責任者から報告が入りました。パトカーは犯人の車を秋田邸の門前で挟み打ちしたのでありますが、犯人の車はハンドルさばきも鮮やかに右に左に切り、(笑いが起きる、井沢得意顔)門扉を突き破り邸内に侵入…」
島元 「パトカーは?」
井沢 「すかさず邸内に追跡したのでありますが犯人は車を急停車し、犯人二人が両側の窓から身を乗り出し、自動小銃を連射したのであります」
島元 「直接パトカー、警官を狙って撃ってきたのか?」
井沢 「いえ、地面に向かっての威嚇射撃であります」
沢田 「犯人に攻撃的な殺意はなかったと言えるな」
井沢 「やむなくパトカーは停車、犯人の車はそのまま邸内に侵入。玄関に達しました」
昭島 「パトカーの警官は咎められんな。ピストルと自動小銃では話にならん」
田代 「新聞社、テレビ局が記者会見を要請してきておりますが」
沢田 「断れ、記者会見なんかあとのあとのずっと先だ。直ちに対策本部を現場に設置する。国道にテントを設営する。敏速に全力を挙げて行動だ」
テレビのニュースが流れている。「犯人の身元、人質になっている方々のお名前は以上であります。只今旭日テレビのヘリコプターが、現金輸送車襲撃犯が占拠した秋田邸の上空に到達した模様であります。現場の様子は現在どのようでしょうか『ハイ、こちらヘリコプターより現場の様子をお知らせ致します。空は快晴眺望は絶好です。今見えてまいりました、ヘリコプターは秋田邸の上空を高度を高く取って旋回しております。白い宏壮な二階建ての邸宅が一望できます。屋上一杯に庭園になっているのがご覧いただけるとおもいます。かなり大きな樹木も多く、犯人が潜んでいても発見は不可能な状態です。一階も二階も窓は完全に厚いカーテンで覆われ犯人は勿論人質の様子を窺いしることは出来ません。あっ、玄関の前に大型の黒の四駆動が横付けになっております。玄関を完全に塞いでおります。その玄関から真っすぐに石畳で舗装された道路が門まで百五十メートルぐらいありましょうか、続いております。その両脇と敷地を囲むように樹木が植えられております。そして各所に水銀灯のポールが立っております。門のそばには警察車両が建物に対峙した格好で停められております。それに身を隠すように多数の警官が警戒しております。門の前の道路は完全に封鎖され、報道陣はシャットアウトされております。ただ今道路が俄然慌ただしくなっております。警察車両が行き交っております。なにか進展があったのでしょうか。以上ヘリコプターよりお伝え致しました』」
沢田 「なかなかいい場所に指揮所が確保できたな、秋田邸への電話は直通にしたな」
島元 「それよりテレビ局のヘリの飛行禁止の措置はとったか。徹底させろ、沢田の腕なら一発で撃墜されるぞ」
昭島 「狙撃班の出動を要請するか」
沢田 「その必要は今のところないだろう。それより自衛隊からその後情報は入ってるか」
井沢 「えらいことです。沢田の奪ったライフルは五菱重機の開発した最新鋭の銃で、射程距離殺傷力ともに抜群で、おまけに赤外線暗視スコープを装置した秀れもんのことです」
昭島 「機動隊の盾は役に立つのかな」
田代 「それは大丈夫です。浅間山荘の銃撃戦以来改良に改良を重ねて、バズーカでも跳ね返します。」
島元 「ほんとかよ、(みな真面目に不安げに顔を見合わせる)これで防衛庁長官は更迭だな。俺は知らないよ」(みんな大笑いする)
沢田 「よし、奴らから未だなんの意思表示もなされない。もう待ちは限界だ、作戦開始だ」
井沢 「皆さん、新しい情報が只今入りましたテレビからです。人質の中に襲われた「安全第一銀行」の支店長の家族がはいっています。おまけに支店長の父親は未だ会長職で実権を掌握し、銀行界にドンとして君臨しております」
テレビのアナウンスが、感傷的に続いている。「以上人質全員のお名前をお知らせ致しました。人質のご家族のご様子については判り次第お知らせいたします」